33話
曇天の横浜市街、そのど真ん中にそびえ立つ青白く発光する不気味な巨人。
それを目指して、変身した俺と琴音はひた走る。
「ラトス、オペレーションセンターに繋いでちょうだい」
「あいよー」
走りながら琴音が右腕に巻いたサポートAIに指示を飛ばした。
短いコール音が数回鳴り、端末から渋い男性の声が響いた。
『はい、マギ管オペレーションセンター』
「緊急要請を受けたクレセントムーンよ、状況はどんな感じ?」
『……横浜駅周辺に突如として魔物が出現、国はこの魔物を第四号特別災害生物と認定』
――特別災害生物。
S級認定に思わず唾を飲み込む。
『我々マギ管ではこれを“ヴォイドタイタン”と呼称する。それで作戦についてだが……』
「その前に今回は協力者がいるんだけど」
『協力者?』
琴音が、俺も参加する旨を伝える。
勢いだけでここまできたが大丈夫なのだろうか?
今更ながらそんなことを考える。
『魔眼の彼女か、わかった、協力に感謝する』
あっさりと承諾されてしまった。
『私はマギ管オペレーションセンター作戦主任の石動だ』
「はい、よろしくお願いします」
『まず、説明しておきたいのが命の危機を感じたら逃げること。街への被害の責任はこちらで持つ』
逃げていいのか。
『それから我々の指示はあくまでも要請だ、君には拒否する権利がある』
「わかりました」
あくまで民間組織であるということなのだろう。
自衛隊の無線とは随分と雰囲気が違う気がする。
『それでこれからの指示だが、民間人の避難完了までヴォイドタイタンを足止めして欲しい』
「足止めですか?」
『そうだ、S級の魔法少女も現場に急行中だ、くれぐれも無理はしないように』
「それって白鷺環も来んの?」
昨日、北陸に行くとか言ってたような気がするが……
端末の向こう側からはザーっというノイズだけが返ってくる。
『……彼女は今長野あたりを移動中だ、向かってはいるのだが……』
「そう……」
『それと自衛隊との連携は法整備が追いついていないこともあって、期待できないと思って欲しい』
「わかった、行動を開始するわね」
琴音は小さくため息を吐き、端末を切る。
「それじゃいきますか、魔眼はまだ使わないでね」
「うん」
そんなやりとりをしているうちにヴォイドタイタンは眼前まで迫っていた。
青白い巨体の表面を無数の血管が脈動し、不気味に明滅している。
「しっかし、全然動かないわね……コイツ」
琴音が言うように、先ほどから佇むように立っているだけで動く気配がない。
「ホントだな……」
このまま、みんなの避難が終わるまで放っておくのがいいのでは?
遠くには慌てふためいた様子で逃げる人々や渋滞した車列が見える。
下手に刺激するのは却って良くなさそうだ。
――そう思った刹那。
タイタンの血管が膨張し、青白い体が一気に真っ赤に染まる。
それと同時に、赤く変色した足元から砂塵が波紋のように押し広がる。
周囲のビルの窓ガラスが一斉に砕け、破片が煌めきながら雪のように降り注ぐ。
タイタンから百メートルは離れている俺たちの方にも立っているのがやっとぐらいの衝撃が襲いかかった。
「くぅっ……」
「これじゃ接近はキツイわね!」
タイタンは体の色を元の青に戻すと今度はゴウッと空気を震わせながら腕を地面に伸ばした。
「今度は何する気……?」
琴音と俺が固唾を飲んで見守る中、タイタンは足元にあった信号機を鷲掴み、そのまま引きちぎった。
――まずい。
信号機を適当にぶん投げでもされたら、この大都会だ、被害は避けられない。
俺は咄嗟に小田原駅で購入したお茶のペットボトルを全力で投げつける。
――なんでも、自分の武器にできる。
その特徴はペットボトルにも遺憾なく発揮されていたらしい。
身体強化の力で豪速球と化したペットボトルはタイタンの腕を直撃。
次の瞬間、中身が炸裂音とともに霧状に弾け飛ぶ。
液体を浴びたタイタンからはシューっと煙が上がった。
「エグいわね、あの緑茶……」
「あんまりダメージは無さそうだけどな」
「でも気を引くには充分でしょ」
タイタンはこちらを認識したようで、信号機を持った腕を振り上げる。
「来るわよ!」
「おう!」




