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緋眼のアイリス  作者: 惰浪景
第一章

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32話

箱根からの帰り道、小田原駅のホームに降り立った――その時。


「ラーメンが食べたいわ!」


 琴音が突如ひらめいたようにそんなことを言い出した。


「ラーメン?」

「そう!家系ラーメンよ!ちょうど帰り道じゃないの!」

「塩分のとりすぎじゃないか?」


 いつもラーメンばかり食べていてテンションも高い。


 ――血圧とか大丈夫なのか?


「それに、“家系”っていうならわざわざお店で食べなくても家で作ればいいんじゃないか?」


 家庭風のラーメンをお店で出して流行るものだろうか?

 そう首を傾げる俺を琴音は珍獣でも見るかのような眼で見ていた。


「今どきそんなこと言う人初めて見たわ……」


 琴音は呆れたようにため息をつくと人差し指をピンと立てる。

 

「いい?家系っていうのはね、博多の豚骨と東京の醤油を合わせたらいいんじゃないか、っていう発想から生まれた崇高なラーメンなの」


 捲し立てるように喋る琴音に頷くことしかできない。


「あと、家で作るラーメンじゃなくて店の屋号に最後、“家”って付く店が多いから家系ラーメンなの」

「へぇ〜」

「そして、その家系ラーメンの聖地が”横浜“なのよ!」


 確かに横浜ならちょうど帰り道だ。

 日も傾いてきているし丁度いいか。


 琴音の提案を了承してホームから西日に照らされる街並みを眺める。

 やがて接近放送が鳴り響き、二条のレールを照らしながら電車が小田原駅に入ってきた。


 ガラガラ――とドアが開き、車両から大量の人が吐き出される。

 出てきた人の一部がビニール傘を持っているのが目につく。


 ――この先どこかで雨に打たれるかもしれないな。


 そう思いながら電車に乗り込み、窓の外をぼんやり眺める。

 やがて太陽が厚い雲に覆われて窓を雨粒が叩き、細い筋が窓を流れ落ちていった。


「も〜、雨が降るなんて予報なかったのに、傘持ってないわよ〜」


 琴音は次第に本降りになっていく窓の外を眺めながら頬を膨らませる。


「降水確率20%とかだったよな」


 ラーメン屋に寄る前にコンビニで傘を買った方が良さそうだ。


『まもなく横浜、横浜です――』


 自動放送が流れ、横浜駅に乗り入れる大量の路線を機械的に読み上げ始めた。


 その瞬間だった――


『急停車します。ご注意ください――』


 急ブレーキがかかり体が前に押し出され、吊り革に咄嗟に掴まる。


「な、なに?」


 琴音が困惑の声を上げる中、電車は横浜駅から少し手前でガコン、と音を立てて止まった。

 何が起こったのかと顔を見合わせていると窓際の乗客が蒼白になって外を指差した。


「魔物だ!!!!」


 恐怖に震える声。

 その指の先を追った瞬間、息を呑む。


「なんだ……あれ……」


 ――そこには“異形”がいた。


 線路脇にそびえ立っている“それ”はビルの半分ぐらいまでの高さがある巨人だった。

 頭部はなく、半透明の青い肉体には無数の血管が脈打ちながら浮き出ていた。


「優」


 その声に横を向くと、琴音が鋭い眼光をこちらに向けていた。


「私はこれから戦いに行くけど、アンタはどうする?」


 答えは、決まっている。


 俺は拳を握りしめながら琴音を見返した。


「俺も行く」


 守りたいものがあって、自分にそれを守る力があるかもしれない。

 戦う理由はそれで十分だ。


「そう、なら着いてきて」


 パニック状態になっている車内を縫うように、琴音と俺は最後尾へ駆け抜けていく

 そこでは車掌が慌ただしく無線のやりとりをしていた。


 琴音がコンコンッと乗務員室の窓を叩く。


「なんですか?」

「マギ管の魔法少女なんだけど、アレ、倒しに行くから出して貰える?」

「い、今、運輸司令に確認しますから……」


 事態は一刻を争いそうだが仕方がないか。

 そう思ったのは俺だけだったらしい。


「法律で民間企業や団体は魔法少女に協力を求められた場合、応じるようにってあったでしょう?急いでるのよ」

「いや、しかし……」


 煮え切らない車掌の返答に琴音は大きく息を吐き出す。


「じゃあ、マギ管を名乗る奴らが勝手に線路に飛び出したとか報告しといてよ」

「ちょ、ちょっと、勝手に……」


 引き止めようとする車掌を横目に琴音は運転台に入ると乗務員用扉を開け放った。


「行くわよ、ソフィ」

「うん」


 電車から線路に飛び降りる。

 雨と風が顔を打ちつける中、俺と琴音は魔物に向けて駆け出した。

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