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緋眼のアイリス  作者: 惰浪景
第一章

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33/42

30話

 腕を引っ張られながらバスに乗り込み、温泉街のある麓まで降りる。

 そして俺は今、黒光りする木材と重厚な瓦屋根が威厳を漂わせる温泉宿の前に立っていた。


 入り口には木の板でできた看板が掲げられ『翠嶺閣』の文字が大きく刻まれている。


「待って、琴音」

「何よ?」


 そのまま、入り口の自動ドアを跨ごうとした琴音を引き止める。


「やっぱり女湯に入るのはまずいかなって……」

「その見た目で男湯に入る方がまずいわよ!」


 確かに今の外見で男湯に入れば痴女扱いは避けられない。

 でも、心は男の俺が琴音と女湯に入るのはすごく抵抗がある。


「私は待ってるから琴音だけ入ってきなよ」

「えぇ〜」


 琴音はジトっとした目をこちらへ向ける。


「ソフィ、一人になったら絶対、後悔するわよ」

「な、なんでさ」

「わからないの?」


 琴音から離れるとなにかまずいことが起こるのだろうか?

 首を傾げる俺に琴音はため息をつく。


「アンタ、可愛いんだから声をかけられまくって落ち着く暇もなくなるわよ」

「ははっまっさか〜」


 リーパーの動画の影響か男の頃に比べて視線を感じることは増えた気はする。

 しかし、女の子として見られてるみたいのはなかったと思う。


「試しに私、トイレに行ってくるからそこで待ってなよ」

 

 琴音は温泉宿のロビーにある椅子指さす。

 そして、ニヤリとした笑みを残して女子トイレへと吸い込まれていった。

 

 俺も琴音の後に続き温泉宿の中へと入り、ロビーの椅子に腰を下ろす。

 そんなトイレに行ってる間に声をかけられるとか無いだろ。


 そう思いながら、ボーッと『駅弁無料券付きご宿泊プラン』と書かれた張り紙を眺める。


 魚介系から肉系までいろんな弁当が並んでいてどれも美味しそうだ。


 ――そう思った時だった。


「あのー、すいません」

「はい?」


 まさか本当に声をかけられるとは。

 声のした方を見上げると風呂上がりなのか髪を濡らした落ち着いた雰囲気の男性が立っていた。


「大涌谷ってどう行けばいいか知ってますか?」

「ごめんなさい、わからないです……」


 道が分からなくて困っているみたいだ。

 ただ、俺も聞いたことがある程度の地名なのでさっぱりだ。

 すると男性は俺の隣に座ると、パンフレットのような紙の地図を広げてみせた。


「ここなんですけどね〜」

「……へぇ〜」


 今どき、スマホじゃなくて紙の地図見る人がいるのか。

 そう思いながらも地図を覗き込む。


「あっ、これ、ロープウェイか何かじゃありません?」

「ん?どれですか?」

「これですよ」


 男性も地図を覗き込んで自然と顔の距離が近くなり石鹸の香りが鼻を擽る。

 そういうの気にしないタイプの人なのか?


「おお、本当だ、ありがとう」


 それから男性としばらく話していると、琴音が帰って来た。

 

 ――やけに長いトイレだったな。


「お待たせ」

「友達を待っていたんですね、じゃ、僕はこれで」


 男性はそう言い残し、温泉宿の外へと消えていった。

 琴音はそれを見送ると、腰に手を当てて眉を吊り上げる。


「ソフィ!危機感なさすぎ!」

「え?別に道を聞かれただけだろ?」

「はぁ〜……」


 琴音のため息がロビーに響いた。


「さっき一緒に地図を覗き込んでた時、髪の匂いを嗅がれてたわよ……」

「えっ……まじで?」

「マジよ、あの時のあの男の心の声を再現してあげる」


 道がわからなくて困ってる人とちょっと雑談に興じただけのつもりだったんだけど。

 琴音は眉を下げ気持ちの悪い舌舐めずりまでしてみせる。


「髪きれーだな……花みたいに甘い匂い……耳ちっちゃ……舐めまわして〜」

「……」


 ――ゾワッ、背筋に冷たいものが走った。

 

 思わず自分の体を抱きしめてしまう。


「それで、ここで待ってるの?」

「……謹んで同行させていただきます」

「よろしい!」


 まさか自分がそういう目で見られることになるなんて……

 男としての意識が強かったから、全く気にして無かった。


 ――今までも学校や電車でそんな目で見られていたのだろうか?


 そんな不安を抱えながら俺は赤い暖簾をくぐった。

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