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緋眼のアイリス  作者: 惰浪景
第一章

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28話

まずは、イノシシの進路上に負傷者がいる状況を変えなければならない。

 顔を見合わせた二人はイノシシの進路を逸らそうと走り出す。


 ――しかし、イノシシの飢えた双眸は負傷者たちを捕らえて離さない。


「私たちは脅威でもないって感じね!」

「結月、アレをやりましょう!」


 イノシシの後脚からはさっきみた紫色のオーラがたちのぼり始めている。

 もうそんなに余裕はなさそうだが、何かできることがあるのだろうか。


「ウォーターヴェール」


 山の斜面を水が駆け下りて、一時的に川ができる。


「フロウランウェイ!」


 結月が氷属性魔法を放つ。

 流れていた水は瞬く間に凍りつき、なだらかに整形される。


 こうして山の斜面に即席のスケートリンクが誕生した。


 ――その瞬間、イノシシが視界から消える。


「どりゃあああああああ!!!」


 結月はそれに合わせて氷のハンマーを作り出すと、横殴りに振るう。

 ガンッと鈍い音が響き、骨が軋むほどの衝撃が腕を駆け抜けた。

 直後、無数の石片が弾丸のように襲いかかり、体が吹き飛ばされる。


 結月は地面を転がり背中を木に打ちつけ、肺の中の空気が一気に絞りだされた。


「やった……」


 口の中に血の味が広がるが彼女は小さな笑みを浮かべる。

 イノシシが突進してできた道は負傷者たちがいる場所から僅かだが――確かに逸れている。


 それを確認した結月は、よろめく体に鞭を打つように立ち上がる。


「芦ノ湖まで誘導するって約束したんだから」


 そして、距離が空いたイノシシを見据え、右手を掲げる。


「アイスジャベリン」


 氷の槍がイノシシに当たり、あっけなく砕け散る。

 小枝を当てられたイノシシがこちらを向いたその瞬間に背中を向けて走りだす。


「司令部、こちらメイジ、芦ノ湖の方角と距離は?」

『司令部からメイジ、東方に距離、150、付近に市街地がある、注意せよ』

「メイジ、了」


 イノシシが追ってくるのを確かめて無線を切る。


『司令部!これ以上の作戦継続は困難だ!メイジ隊はこれ以上戦えない!』

『マギバスター、ここでの失敗は大災害を招く、それは許されない、作戦は継続だ』


 朝倉澪の悲痛な声が無線越しに聞こえる中、地鳴りを連れて山を駆け下りていく。


『こちらマギバスター!司令部、攻撃の許可を!』

『許可できない、陸上への射撃は二次災害を招く恐れがある』


 朝倉澪が声を荒げる理由が胸が痛くなるほど分かる。

 結月は朝倉澪にとって大切な人なのだろう。

 そんな彼女が全身を赤く染めて、それでも力強く前へと駆けている。


 ――もし、琴音がこの状況になったら俺は冷静でいられるだろうか。


「結月!湖が見えた!」

「よし、もう一踏ん張り!いくよ!」


 もう身体は悲鳴をあげている。

 骨が折れたのか胸を刺すような激痛が走り、腕や足からは焼けるような痛みが襲う。


 それでも彼女は木々の隙間から僅かに見え始めた湖面に視線を固定する。

 

「ウォーターヴェール!!」


 発生した水の奔流が国道を越えて湖に流れ込む。


「これで仕上げ!フロウランウェイ!!」


 結月がそれを凍らせて、芦ノ湖までの氷の滑走路ができる。

 あとはイノシシをこれに乗せれば任務が完了する。


 ――はずだった。


 突如、イノシシの後脚に紫色のオーラが漂い始める。


「避けて!!!!!」


 咄嗟に水魔法使いの子を残った渾身の力で押し出す。

 突き飛ばされた彼女は氷の床を滑るように押し出されていく。


「アイスウォール!」


 体勢を崩した結月は滑走路に氷の壁を立ち上がらせる。


 ――その刹那


 圧倒的な質量が壁を突き破り遠くでまるで爆弾が起爆したかのような水柱が上がる。

 全身が圧し潰されるような衝撃が襲い視界が真っ白になる。

 気がつくと結月の体は宙を舞っていた。


 そのまま、下の国道に叩きつけられた体は転がるように湖岸の駐車場に倒れ込んだ。


『結月ぃぃぃぃぃぃぃッ!!!!!』


 喉が裂けるような朝倉澪の絶叫が無線越しに聞こえる。

 突き飛ばされた水魔法使いの子が足を引きずりながら慌てた様子で近寄ってくる。


「こ……ない……でっ……!」


 口から血が溢れ、視界がチカチカと点滅するなかそれを制止する。

 そして彼女は無線機を取った。


「こ……ち……らっメイジっ……ハァ、任務完了……」

『司令部了解、芦ノ湖への落下を確認!現在目標はポイントアルファから百メートル地点水上移動中、機動性が大幅低下!』

『司令部!攻撃の中止を進言します!結月が巻き込まれる!』

『マギバスター、攻撃を許可する』

『しかし!!!』

『アレが、陸に上がればもう止める手段がない、そうなれば多くの人が死ぬ、マギバスター、射撃せよ、この作戦の責任は私がとる』


 結月ごと撃たせるつもりか……!

 状況を察した水魔法使いの子が「すぐに救助を呼んでくる!」と離れたのを横目に結月は仰向けになる。

 手があらぬ方向に曲がり、徐々に音が聞こえなくなっていく。


 ……起きろ!そう声をかけることも抱きかかえて退避することもできない。

 彼女の中にいるだけの自分が酷くもどかしい。


「み……お……撃って……大丈夫だ……からっ」

『了……解……十秒後に射撃する……』

『射撃後、直ちに救助班を向かわせる』


 しばらくして、真昼の青を塗り潰すように空が真っ白に染まる。


「あ……りが……とう澪、……大好き」


 光の束が湖にめがけて打ち出され、視界が真っ白に塗りつぶされていく。

 

 ――彼女は最期に血で濡れた唇を動かし確かに”笑み“の形を作った。


「お……かあ……さっ……」

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