3話
そんな調子で、俺たちは並んで昇降口をくぐった。教室に入ると、すでに何人かのクラスメイトが集まっていた。
今日は高校生になって初めての魔法適性検査ということもあって、いつもよりざわざわと落ち着きがない。
窓際では、男子たちが「早く終わらないかな〜」「授業よりはマシだろ〜」とどこか他人事のように喋っている。
一方女子たちはというと、少し浮き足立った様子で、「魔物の討伐報酬はCランクで40万円出るんだって〜」と魔法少女への憧れや、「40万円で命賭けるの…?」と不安を口々に話している。
翔太は自分の席に着くやいなや、またスマホで魔法少女配信をチェックし始めた。
俺はといえば、他の男子たちと一緒で正直いまいち実感が湧かない。
どうせ男には魔法適性なんて出るはずない。
――これも毎年恒例の行事みたいなもんだろと、どこか他人事に思えた。
そのうちチャイムが鳴り、担任が「おはよー」と気だるげに教室に入ってきて「よし、出欠とって体育館に移動するぞ」と声をかける。
どうやら一年生から順に測定するらしく、全クラスが体育館に集められた。
入り口で担任に誘導され、男子と女子で列が分けられる。
女子の列はマギ管の女性職員が何人もついていて、
「最近、身体の一部に違和感がありませんでしたか?」
「勝手に炎や電気が発生したことは?」
「どこか痛みや異常は――」
と、丁寧な問診をされている。
その横で、男子たちはまるで健康診断のように、「はい、腕まくって。じゃあ順番にどうぞー」と、ただ無言で測定器の前に立たされていく。
ピッという無機質な音と女性の「次の人どうぞ〜」という声が一定のリズムで体育館にこだましていた。
どこか味気ない、機械的な空気だった。
……まあ、どうせ男子は“適性なし”で終わるのが通例だ。
「おい、優、男子担当のマギ管のお姉さん美人じゃね?」
翔太が小声で耳打ちしてくる。
見ると、男子側の受付には、マギ管の制服を着た若い女性が立っていた。
すっきりしたショートボブに控えめなメイク。
どこか親しみやすい雰囲気もあるけど、手際はやたらと良い。
一人ひとりに「はい、腕出してくださーい」と声をかけて、測定器を手早く腕に巻きつけていく。
「お前、節操ないな……」
俺が呆れているうちに、列がじわじわと進んでいく。
やがて、その“マギ管のお姉さん”の前まで順番が回ってきた。
「お名前お願いします」
「月城優です」
受付の女性は一度こちらを見て、すぐに資料に目を落とす。
名前を見つけたのか、「はい」と無機質な声を出した。
「腕まくりをして右手でも左手でも良いので出して下さい」
言われた通りに腕まくりをして右手を差し出すと、
マギ管のお姉さんが慣れた手つきで測定器を巻きつける。
カチリと小さな音がして、スイッチが押された。
あとは静かに“ピッ”という音が鳴るのを待つだけ――
そう思っていた、その時だった。
――ピピピッ、ピピピッ。
今までの無機質な電子音とは明らかに違う、連続した音が響いた。
その瞬間、受付の女性の手が一瞬止まる。
周囲もなんとなく、ざわつき始める。
俺も驚いて、「エラーか何かですか?」と聞こうとした。
さっきまでワックスでピカピカに磨かれた体育館の床ばかり見ていたけれど、思わず顔を上げてしまう。
――けれど、その言葉は声にならなかった。
なぜなら、マギ管のお姉さんが、さっきまでの事務的な表情とはまるで別人みたいに、目を見開いてこちらを見ていたからだ。
どう見ても、エラーなんかじゃない。“本当に想定外のことが起きた”――そんな空気が伝わってくる。
周囲がざわめき始め視線が集まってくる。
「あれって……」「高い魔法適性があった時の音じゃ……?」
そんな外野の声が、ぽつぽつと聞こえてくる。
マギ管のお姉さんは、真剣な表情でしばらく無言で何かを考え込んだあと、俺のほうを見て、「月城くんは、このまま教室に戻ってください」と静かに言った。
その目に先ほどまでの事務的な様子は一切なかった。
そして他の職員のもとへ小走りで駆け寄り、何やら耳打ちしてから、業務を引き継いで体育館をあとにしていった。
俺も纏わりつく視線から逃げるように、教室へと戻った。
席に着いてもしばらく呆然としていると、測定を終えた翔太が妙に静かに近づいてきたが鼻息は荒い。
「お、おまえ、まさか……魔法少女……いや、魔法男になるのか!?」
「いや、魔法男ってなんだよ。つーか、ちょっと落ち着けよ翔太」
「だ、だって! もしお前が魔法使いになったら、たまきちゃんやガーデンのみんなと、あんなことやこんなことを……うおお、想像するだけで……!」
……なんでこいつのほうがテンパってるんだ。
「落ち着けって、そもそも男で魔力適性が出たやつなんて今まで一人もいないし、たぶん何かの間違いだろ」
なだめても、翔太は興奮冷めやらぬままだ。
「でも、音が明らかに違ったし、職員の人もめっちゃ慌ててたし!百合の間に男が」
そんなことをブツブツ言い続けている。
やがてチャイムが鳴り、授業が始まる。
けれど、マギ管からの呼び出しも特にないまま、一日が過ぎていった。
俺はやっぱり何かの間違いだったんだろう。そう自分に言い聞かせるようにして、翔太と連れだって下校した。




