26話
和やかな雰囲気だった中庭は一本の電話を皮切りに凍りついてしまった。
今、俺たちの前にはこめかみをピクリと震わせながら冷たくこちらを見下ろす朝倉澪がいた。
そんな圧力をものともせず白鷺さんは淡々とゴミを片付ける。
「それで自衛隊がここまで訪ねてきて何の用だい?」
「単刀直入に言います」
鋭い視線が白鷺さんを射抜く。
「我々もあなたの護衛に加わらせて下さい」
垣守先輩は事情を知っているのか驚いた様子もなく食後の紅茶を飲む。
だが、俺と琴音は何の話かわからず顔を見合わせた。
どういうこと?と目で問いかけるが琴音は小さく首を横に振る。
「それはS級のキミがわざわざ言いにくることかい?」
「あなたが交渉の場に来ないからこうして私が直接赴いたのです」
――そういえば。
朝倉澪と初めて会った日に会議室でやってた決裂したとか言ってた交渉……
あれの話か。
マギ管のS級魔法少女を自衛隊が護衛する。
……どういうことなんだろうか?
「機密に関わる話じゃないか? 無関係な人を巻き込むべきじゃない、日を改めるのはどうだろう?」
「そうですよ、最重要機密に関わることをここでベラベラと喋るのは感心しません」
白鷺さんと垣守先輩の冷静な返しに、朝倉澪は拳を握りしめた。
「ここで頷いてくれさえすれば、あなたの護衛は私が担当します」
頷きさえすれば帰る、そう言外に匂わせながら白鷺さんを強い眼差しで見据える。
そんな様子の朝倉澪に白鷺さんは短く息を吐いた。
「キミの力はボクを守るためのものじゃない、それは自分が一番わかっているんじゃないか?」
琴音が「私は何も聞いてない」と必死に耳を押さえながら念仏のように繰り返している。
「それは……やっぱり、私が仲間を殺したから、信用できないってことですか?」
「そうじゃない」
「……どうして」
白鷺さんは自らを責めるように声を震わせる朝倉澪に首を横に振る。
――絶対、俺たちが聞いていい話じゃないなこれ。
お経を唱える琴音を回収して教室に戻ろう。
そう思った瞬間。
――朝倉澪の感情が爆発した。
「どうして!そこの素人は側に置くのに私はダメなんですか⁉︎」
急に矛先がこちらに向いてきた。
思わずビクッと肩が跳ね上がり、固まる。
「彼女はただの友人さ」
“友人”そう言われたことに心が温まる。
「友人たちとお昼を共にするのは当然だろう?」
「安全が保障されていない人が側にいること自体、リスクなんです!わかってるはずでしょう⁉︎」
「朝倉さん落ち着いてください、声が大きいです」
学校の中庭で感情を抑えきれず、怒鳴り声をあげる朝倉澪。
垣守先輩がそれを嗜め「もう今日は引き取ってください」と退去を促す。
「あなたは、私には背負えなかったものを沢山背負っているんです……」
朝倉澪は、肩を震わせながらポツリとそうこぼす。
「それなのにいつも飄々としていて、そんな強さが羨ましくも憎らしい……!」
「私が守れなかったものをあなたは守れるかもしれない!」
まるで慟哭のような心の叫びが中庭に木霊する。
「だから私もあなたの力になりたい、でも、それさえも許されないのですか⁉︎」
嫉妬、憧れ、羨望いろんな感情がごちゃ混ぜになった朝倉澪の叫び。
それを真っ向から受けた白鷺さんはゆっくりと立ち上がる。
そして、朝倉澪の方へ歩み寄り、そっと彼女の左手を握りしめた。
「白鷺さん……?」
「護衛の役目は護衛が専門の人たちに任せればいいさ」
そう告げると、今度は白鷺さんが吸い込まれそうな深い蒼で彼女を射抜いた。
「キミの仕事は、ボクを守ることじゃない、魔物を狩ることだろう?」
「みんながそれぞれ“やるべきこと”を全力でやり遂げる」
白鷺さんは垣守先輩や琴音に視線を走らせ、二人は首肯で返事をする。
「それが魔法のない世界を取り戻す“大きな波”を生み出すとボクは信じているんだ」
九重先生もそんなことを言っていた。
――魔法を消し去る。
それは、マギ管共通の理念なのかもしれない。
「さてと、実は今から北陸へ行く用事があってね、申し訳ないけどこれで失礼するよ」
その場で立ち尽くす朝倉澪を残し、白鷺さんは颯爽と中庭から消えていった。
朝倉澪はその後ずっと無言で垣守先輩に促されて踵を返し、俺と琴音は教室に戻った。
魔法を消し去るために、みんなで力を合わせる。
その“みんな”の中に自分が居ないことがどうしようもなく不満で――
たった二日で見た“白鷺環”の輝きは家に帰ってもなお、俺の胸を焦がし続けた。




