23話
マギ管から帰った数日後。
転校してきた次の日に欠席する。
そんな伝説を琴音と共に残しはしたが、概ね平和に過ごすことができた。
まぁ……動画の影響で少し遠巻きにされている気はしなくもないが。
俺は“一人で”校門をくぐり、指先が少し汗ばむのを感じながら教室の扉の前に立った。
――俺は今、かつてないほどの危機に直面している。
ことの始まりは昨日の放課後。
琴音のひと言から始まった。
「私、明日魔法少女研修で欠席するから、ソフィは一人で過ごしてね」
この一言で俺は一人で登校するのが確定してしまった。
それの何が危機なのか――それはソフィアには学校に琴音以外の友達がいないことだ。
友達を作ろうとはしている。
けれど、話しかけても目を逸らされ、返答は早口で言葉に詰まってばかり。
頼みの翔太もチラチラと視線は送ってくるが目が合うと逸らされてしまう。
いじめられている訳ではないとは思う。
落とした消しゴムは拾ってくれるし、持ち物を隠されたこともない。
でもなんか遠巻きにされている気がする。
――おっと、扉の前で考え込んでしまった。
俺は意を決して扉を開いたあと、目を見開いてその場で石像のように固まった。
視線の先では何故か女子が二名、俺の椅子と机を丁寧に拭いている。
西条さんと小日向さんは入り口で固まる俺に気付いたのかこちらを向いて慌て始めた。
「あ、あれ⁉︎ 月城さん⁉︎ きょ、今日は早いんだね!!!」
「こ、これは、少しでも月城さんに快適な学校生活を送ってもらおうと……」
今日は寝坊と寄り道が十八番の琴音が居ないから早いのだ。
……でも、“今日は”って毎日やってるのか、これ。
「あ、ありがとう」
口元が引き攣るのを感じながら感謝を述べると二人は顔を真っ赤にして黄色い声を上げながら席へ戻っていった。
取り残された俺は、琴音が居ないせいか、いつもより静かな教室で本を開いて時間を潰す。
――しばらくしてやっとチャイムが鳴り担任が入ってきた。
「今日は、都市緑化計画の一環で造園屋が来て作業をするから中庭に出る時は注意するように」
担任はそれだけ告げると呆気なく朝のホームルームが終わり授業へと入っていく。
授業にさえ入れば、友達が居なくても大丈夫だ。
いや――自分で言って悲しくなるな、これ。
優のときはそれなりに友人に囲まれていたのに何が違うのか。
今の俺は翔太の背中をジッと見つめることしかできない。
やっぱり、性別が違う。
それだけのことでこれまでの関係が変わってしまうのか……
いっそ翔太には優だと打ち明けてしまいたい。
いや――今はそれよりも昼休憩だ。
時計の短針は少しずつ最高点に近づいている。
魔法少女研修のせいで垣守先輩も居ないので屋上には行けないのだ。
どうしたものかと唸っていると、チャイムが鳴ってしまった。
授業の挨拶が終わると、椅子が擦れる音があちこちから聞こえ、お昼の喧騒が広がっていく。
「あ〜、終わった〜」
「学食いこー」
「午後、小五郎の授業じゃん、寝れるわ〜」
仲の良いグループが自然と集まりあちこちで楽しげな声が弾む。
――そんな中、ソロは難易度が高い。
俺は行く当てもなく教室を飛び出すと、人が居なさそうな中庭へと足を向けた。
「……そうだった、造園業者が来てるんだったか」
中庭では作業服を着た人たちが黙々と木を植えている。
“都市緑化計画”とは、最近都知事が熱心に押している環境政策の一環だ。
ビルを壊してまで公園にしたりするので批判も少なくない。
作業してるのは手前の一角だけだし、奥の方なら落ち着いて食べられそうだ。
そう思った俺は造園屋さんの人たちの横を抜けていった。
そして――目を大きく見開いてその場に釘付けになった。
中庭の奥、ベンチのある一角に俺が一方的によく知っている人影がいた。
腰まである陽の光を受けて輝く黄金の髪に百四十センチにも満たなさそうな小柄な体格。
純白のワンピース型の制服に、セーラー風のケープ。
その人はベンチ横のイチョウの木を見上げていたが俺の気配を感じたのかゆっくりと振り返った。
――間違いない。
「おや、キミは月城ソフィアさん、だったか?」
やっぱり、白鷺環だ。




