22話
談話室で香坂さんや楽とは別れ、ロビーへ。
測定やさっきの一悶着で疲れ切った体は鉛のように重たい。
琴音も疲れたのかお互い無言のままロビーに出ると見慣れた顔が出迎えてくれた。
「優!」
――母が駆け寄ってきて、全身が温もりに包まれる。
「……もう、心配したんだから」
「ごめん」
それから、俺と晴香と琴音が後部座席に乗り、父が運転する車で家へと帰る。
琴音の寝息を聞きながら、窓を流れていく夕日が赤く染めるビル群を眺めて息を吐き出す。
――やっと帰れる。
「……魔物を倒したって本当か?」
ルームミラー越しに父の憂いを含んだ表情が映り込む。
「うん……琴音が危なかったから」
「琴音ちゃんを守るためだったのね……」
ここで「お兄ちゃん凄い!」と挟みそうな晴香は横顔を夕日に照らされながら外を見ている。
「優は……これを機に魔法少女になろう、とは思っていないのか?」
「正直……悩んでる……」
自分に特別な力があるとは思わない。
それでもマギ管でできた人間関係は確実に俺に何か影響を与えている。
隣でヨダレを垂らす琴音を横目に――父は反対するだろうな。
胸の奥でそう思った。
沈黙が車内に満ち、車は赤信号で停まる。
「あなた、優の意思を尊重するって決めたじゃないの」
母に促され父はこちらを振り向いた。
「優、お前が何を選んでも俺たち家族はお前の味方だ」
「……ありがとう」
父がこの言葉を絞りだすのにどれだけの葛藤があったかは想像に難くない。
だからこそ――しっかりと慎重に選びたい。
「あなた!青!青!」
車の液晶に青信号の表示が出て母の指摘と同時に後ろからクラクションが鳴る。
思わずクスッと笑いながら俺は窓を向いたままの晴香に話しかける。
「なぁ、朝倉澪って知ってる?」
「超有名人だよ、お姉ちゃん」
晴香にまで呆れた目を投げられる。
「その割にはお前も、翔太からも名前を聞かなかったぞ」
俺の言い訳じみた反論に晴香は目を逸らしてまた外を見る。
「彼女の名前は私たちには口にしにくいんだよ……」
「琴音は英雄だって……」
「そりゃ英雄だよ、日本を背負ってるのは彼女なんだから」
てっきり、白鷺環が背負ってるのかと思ってた――とか言ったら怒られそうだ。
「芦ノ湖事件って知ってる?」
「三年前くらいにやたらとニュースでやってたやつ?」
「あぁ、それなら父さんも知ってるぞ――」
父が言うには三年前、箱根で災厄とも言えるS級の魔物が出現。
その魔物を二次災害の心配のない芦ノ湖へ誘導し大規模な火力で撃破した。
その一連の流れを“芦ノ湖事件”というらしい。
「それが事件なのか? 大きな被害もなく倒したんだろ?」
「殉職者がいるんだよ……魔法少女の……」
晴香のその言葉に思わず息を呑む。車内の温度も一瞬冷えたような気がする。
その現場に朝倉澪も居たのか。
あの冷たい眼差しの理由がほんの少しだけ分かった気がする。
「当時は本当に凄い騒動になったんだよ」
「あの時は魔物だらけで日経平均も酷くて、その挙句に、少女を自衛官にする法律を作って殉職者が出たからな」
「それで内閣総辞職したんだっけ?」
思い出してきた、毎日ニュースで少女を軍隊に入れた挙句に死なせたと非難轟々だった。
「そう、それで新しい総理大臣が、ヨーロッパの制度を参考にマギ管を設立したんだよ」
この政治の混乱と転換を含めて芦ノ湖事件というそうだ。
そして、マギ管のない時代から数少ない魔法少女として戦ってきたのが――朝倉澪らしい。
「どうしても、澪さまの名前を出すと、芦ノ湖のことがよぎるんだよね」
最後に晴香はそう締めくくり、琴音を送ったあと車は家へと帰ってきた。
そして俺は家の玄関をくぐり自室のベッドに倒れ込み、全身の力を抜いたのだった。
こうして俺はやっと日常に戻った。




