20話
嵐の前のような独特な緊張感が支配する訓練室。
変身した俺は剣ではなく、鉄パイプを手に、棍棒を担ぎ、肉食獣のような眼をしたブレイキンブレイカーと対峙している。
――どうしてこうなった。
「猪頭、念を押すまでも無いが、民間人の負傷者は出すな」
「……わかってるって」
先生の念押しにほんの少しだけ胸の重みが和らぐ。
けれど、ついさっき「目覚めたばかりの民間人だ」とか言ってた先生はどこへ行ってしまったのか。
「加えて、これ以上の訓練室の損壊は許容できない」
「それは善処するわ」
そう言って獰猛な笑みを浮かべる彼女に思わず腰が引けてしまう。
まさか、S級魔法少女相手に手合わせをすることになるなんて……
「あの……降参とかって……?」
「そんなに心配すんなよ、手加減するって」
いや、すごい苦手そうなんだよな……
配信で「近道だ!」とか言いながら壁を吹き飛ばす彼女を知ってるからこそ不安が募る。
「それにアンタも自分の力がどこまでか確認したいだろ?」
「私はそんな脳筋じゃ……あっ」
しまった。
口を滑らせて“脳筋”なんて言ってしまった。
恐る恐る彼女を見ると、獣じみた殺気が肌を刺し、今にも牙を剥きそうだ。
「……おい、今なんて言った?」
「……農林?……とか?」
「おいおい、農林って意味がわかんねぇだろ〜」
そうツッコミを入れると彼女は壊れた玩具のように「アハハハハハッ」と乾いた笑い声を上げる。
――その刹那。
脳裏に、棍棒で宙を舞う自分の姿が閃いた。
次の瞬間、ひと呼吸前まで俺が居た場所を棍棒が横薙ぎに通過する。
ブンッと空気を抉る音、そして前髪が風に揺れる感触に背筋が凍る。
「殺す気だっただろ!!今の!!!」
「ちゃんと加減してるし、このくらいは避けれるだろ?」
いやいやいや、魔眼で未来が見えてなかったら、即KOでしたよ⁉︎
そんなツッコミを入れる余裕もなく、予測した軌道通りにきた棍棒を二度連続で躱す。
「動きはド素人だが、……避けられる、どんなカラクリだ?」
「その“ど素人”相手なんだからもうちょっと力を抑えてもらってもいいですか?」
「ただのど素人にも躱されるハエが止まるような攻撃だって言いてぇのか!!!」
もうやだこの人……
地雷原でタップダンス――まさに今の俺のことだろう。
その後も殺意の塊のような攻撃が次々に殺到する。
避けきれない棍棒に鉄パイプを構え受け止めた。
ゴォンと重たい衝撃音が広がり、骨が軋む。
――めっちゃ重たい。
「おいおい、回避と防御だけで反撃しないとジリ貧だぜ」
「ッ……」
呼吸ひとつ乱さず重たそうな棍棒を振り続ける彼女。
それに比べて無駄な動きが多い俺はもう肩で呼吸をしている。
反撃をしなければならないとは思う。
だが――反撃をした未来はどれも、素人らしい隙だらけの攻撃にカウンターが入って終わってしまう。
下半身から連動した腰のひねりが背中を伝い、最後に腕へと集約される。
その流れに乗せた彼女のような一撃でなければ、反撃にはならない。
彼女の攻撃をなんとかいなしながら――ふと思った。
……今、すごく具体的に彼女の動きを分析できたな。
落ち着いて視線を向けると、始動の瞬間、
足の筋肉がピクリと動く。
――足から始動して腰を伝い腕へと一本の線のようにエネルギーが流れているのがはっきりとわかる。
この動かし方を真似できれば――そう考えながら、未来の彼女を手本に、真上からの重たい一撃を受け流す。
さっき真っ向から受け止めた時とは違う。
衝撃は軽く、棍棒が鉄パイプの上を滑り、俺の横へと逸れた。
「なに!?」
初めて無防備な姿を晒す彼女へ一歩踏み込む。
そして、コマのイメージで腰を回転させ鉄パイプを横薙ぎにする。
「ハァッ!!」
棍棒に弾かれた、コンッという乾いた音。
そのあと、木片が飛び散り、鉄パイプごと腕が押し戻される。
すぐさま反撃の一撃が迫る。
それを今の彼女と同様に防ぐ。
今度は受け流すのとは違い、手が痺れるような衝撃が走る。
「へぇ、やるじゃん」
「そりゃっ……どうもっ……」
「少し本気を出してやるよ」
彼女は一度間合いをとると腰をズシっと沈ませる。
俺は息も絶え絶えという状態だ。
今までしっかり手加減されていたことは薄々察していたがこれ以上はもう駄目だ。
次の一撃で勝負が決まるだろう――そう思ったとき。
「検証は十分だ。直ちに変身を解除しろ」
「え〜〜ここからが面白ぇところなのに〜」
先生の制止にブレイキンブレイカーは肩を落としながらも素直に変身を解除する。
俺もそれに倣って変身を解き、膝に手をついて荒い呼吸を整える。
「アンタ、名前は?」
突然、頭の上から声が降ってきた。
顔を上げると彼女がタオルをこちらに向けて差し出していた。
「月城……ソフィア」
有り難くタオルを受け取り、汗を拭う。
「ソフィアか、いい名前だな――あんたやるんじゃん!素人相手だなんて思えなかったぜ!」
今までの捕食者の笑みとはまるで違う。
ニカッという擬音がつきそうな笑顔がそこにはあった。
「おっと、オレ様の自己紹介がまだったな」
彼女はそう言って胸に手を当てる。
「マギ管特認コードホルダー、コードNo.4、ブレイキンブレイカー、本名、猪頭楽だ、よろしくな!」
長い自己紹介と共に右手が差し出される。
「よろしく、猪頭さん」
「楽でいいぜ!」
その手を握り返しガッチリと握手をした。
猪突猛進なところはあるけど竹を割ったようなさっぱりした性格が気持ちがいい。
俺はそんな風に楽への認識を改めたのだった。
そこへ先生が歩み寄ってきた。
「体調に支障はないか?」
「頭が疲れた感じはしますけど大丈夫です」
「魔眼の持続時間は三十分前後だな」
先生がそう結論づけるということは本当にもう限界だったのだろう。
それから、いくつか質問に答えたのち、過激すぎる能力の再計測はこうして終わったのだった。




