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緋眼のアイリス  作者: 惰浪景
第一章

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19話

 扉を吹き飛ばし、突然現れた乱入者に俺と先生は言葉を失う。


「アンタが魔眼が使えるとか言うやつか?」

「えっと……」


 配信やニュースでよく見るS級魔法少女が急に乗り込んできた。

 そんな状況に頭がついてこない。

 彼女――ブレイキンブレイカーは一刻も早く現場に到着するために壁を壊してショートカットしたりすることで有名だ。


 世間では直情型、脳筋とかよく言われている。


「へぇ〜これが噂の銀髪美少女様か」


 彼女は俺の横まで来ると品定めをするような視線を投げてくる。

 この場に晴香が居たら大興奮だっただろう。


「……で、訓練室の修理費を上乗せしにきたのか?猪頭」

「ガーデンで会議していたら魔眼の話になってな」

「……で?」


 先生が額に手を当てながら続きを促す。


「端末に魔眼の検証データがポンポン追加されてただろ? だったらここだってなるだろーが」


 ブレイキンブレイカーはそう言って胸を張ったあと唇を僅かに尖らせる。


「それとオレ様のことは猪頭じゃなくてブレイキンブレイカーと呼べって言ってるだろ」

「……その稚拙な呼称を口にしろと?」

「はぁああああ?」


 確かに俺もブレイキンブレイカーというネーミングセンスはどうなんだろうとはずっと思っていた。

 でも――もう少しオブラートに包んでよ先生。

 

 ど真ん中の豪速球を食らった彼女は顔を真っ赤にしている。


「で、結局は何の用だ、猪頭」


 ――この人と先生の相性は最悪なんだろうな。

 もはや、煽り倒しているようなものだ。


「てめぇっ……チッ……まぁいい、オレ様は大人だからな」


 彼女は舌打ちし、気持ちを落ち着けるようにひとつ息を吐く。

 その後、肩に担いだ棍棒をこちらに突きつけてきた。


「オレ様と勝負しろ」

「はい?」


 こっちは民間人だ。

 日本でトップクラスの魔法少女と勝負してまた病室に帰れと?

 ――心の中でそんなツッコミを入れる。

 そこへため息まじりに先生の援護射撃も飛んできた。


「猪頭、彼女は今日、目を覚ましたばかりの――ただの民間人だ」

「魔物を前に民間人です、病み上がりですなんて言って見逃してもらえると思ってるのか?」

「あなたは人間でここは戦場じゃないでしょ?」


 俺の目の前に居るのは魔物じゃなくて理性のある少女だと思っている――そう伝えたが彼女は納得いかないようだ。

 ブレイキンブレイカーは「わかってねぇな〜」と頭を掻いてみせた。


「アンタ、魔法少女のライセンス発行はしないのか?」


 ライセンスの発行――つまり魔法少女として戦わないのかということだろう。

 琴音を守るときは咄嗟のことで、戦う選択をしたが命を賭けるのは怖い。

 父の”戦って欲しくない“という言葉もある。

 だから――


「魔法少女になるつもりは今のところありません」


 彼女は「そっか」と呟くと、どこか遠くを見る。


「守りたいものとかはないのか?」


 その言葉に――

 家族の顔。

 琴音の突飛な行動。

 親友の推しトーク。

 次々と頭に浮かんでいく。


「守りたいものはあります……でも……」

「悩んではいるんだろ?」

「……はい」


 魔物の脅威を目の当たりにして琴音を失いかけた。

 けれど、自分には脅威から大切なものを守れる力があるかもしれない――そう思った。

 だが、命を賭けてまで戦えるのか?

 日常が壊れるかもしれない。

 だがあの時、俺に戦う力があれば琴音を危険に晒さずに済んだんじゃないか?

 

 ――そんな自問自答を繰り返している。


「戦うかどうかは他人が決めることじゃねぇ。アンタ自身が選ぶことだ」


 守りたいから戦う――言葉にするのは簡単だ。

 でも、それを実行するにはとてつもない勇気が要る。

 俺は、マギ管での新しい人間関係を通してそのことをようやく思い知った。


「……あなたはどうして戦うんですか?」


 思わず、そんな言葉が口をついた。

 彼女は虚をつかれたように「オレ様か?」と自分自身を指差した。

 一拍の沈黙の後、瞳に揺るぎない光を宿し、短く答えた。


「逃げるのが、オレ様の美学に反するからだ」

「美学?」

「オレ様たち魔法少女の背中の向こうには、人の営みや平和な日常がある」


 S級魔法少女の口から放たれるその言葉には、否応なく重みがあった。


「力があるのに、背を向けちまえば魔物を相手にしないといけねぇ非日常が日常に迫ってきやがる……」


 彼女は吐き捨てるようにそう言う。


「オレ様はそれが許せねぇだけだ」


 彼女の戦う理由は、今悩んでいる俺の胸にも深く刺さった。

 毎日学校に行って友達と笑い、家族と過ごす。

 そんな当たり前は誰かの命懸けで成り立っている。

 

 ――そんなことを思った。


「ま、そんなことは置いておいて、だ」


 彼女は今までの真剣な表情を一変させニコッとワイルドな笑みを浮かべる。


「オレ様と勝負しろ」

「いやいやいや、今までのやりとりでそうなる理由がわからないんですけど⁉︎」

「論理性の欠片もない振る舞いは、今に始まったことじゃない」

「悩みごとがあるときは体を動かすのが一番だろ?」


 彼女にとっては体を動かす=バトルらしい。

 いや、どこの戦闘民族なんだ。

 

「それに、実戦形式じゃないとわからないデータもあるんじゃねぇか?」

「……一理あるな」


 一番のブレーキ役のはずの先生が脳筋サイドに流されている……

 俺の運命は決まったのかもしれない。

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