閑話1-3 香坂志保
目の前で視線を泳がせ、モジモジと手を擦り合わせている彼女に見惚れていたが本来の職務を思い出す。
「……月城優さんで間違いないですよね?」
「はい……」
小鳥が囀るような美声でそう返事をする暫定月城くん。
それからお母さんを交えて事情を聞くと朝起きたら女の子になっていたという。
私は自分の頭を一度落ち着かせるために、一度深呼吸をする。
目の前の子が本当に月城優くんなのか――それを確認しなければならない。
そして、本当に女性化したのなら健康状態の懸念は早めに解消した方が良い。
「女の子になっているのは、想定外でした。健康状態の確認と、検査の結果について改めてマギ管本部でご説明させていただきたいです」
本人確認も含め、今すぐにマギ管に一緒に来てもらうのが最善だ。
私はそう判断し提案した。
お母さんに同意をもらい、月城家が出掛ける準備で慌しくなる。
その間に私は課長へ報告を行う。
「……わかった、他の部署には私の方から言っておくよ……」
月城優くんが――女性になった可能性がある。
突拍子のない報告に最初は訝しげだった課長の声は話を重ねるごとに沈んでいった。
昨夜、日付を跨いでまで協議したことがほとんど白紙。
それに加えて性転換の問題まで降ってきたのだから当然だ。
今日も残業になる――そう悟ったような覇気のない声で課長は電話を切った。
――またセイラちゃんの配信は見れそうにないかも……
そんなことを思いながら私は、月城家を乗せた車をマギ管へと走らせた。
エントランス部分に着くと、出迎えたのは研究部の九重部長だった。
「随分と事態が大きくなったなぁ〜」
最早、他人事のような感想をぼやきつつ、書類を片手に後へ続く。
途中、給湯室でお水を用意して応接室の机の上に置く。
優くんたちがコップに口をつけると、九重部長は相変わらずの無表情で淡々と説明を始めた。
この人は第一印象は最悪だけど、芯がしっかりあって不安を解くことを最優先してくれる。
信頼のできる科学者だ。
「まずは健康状態の把握を優先する。香坂、案内してくれ」
医療スタッフへの手配が終わったようで九重部長から指示が飛んだ。
本人確認も兼ねた血液や魔力の測定を行うため、優くんを伴って部屋を出る。
ご両親の九重部長に対する誤解はそのうち解けるだろう。
ただ、優くんは九重部長が怖い人だという印象のままみたいだ。
両手を胸の前で組みながら、怯えた小動物のようにおずおずと後ろを着いてくる。
本人は至って冷静を装っているけど、採血時に腕がプルプル震えていた。
この子のせいで今日は残業確定。でも本人は悪くない。
むしろ「本当に元男性?」と疑うほど仕草が可愛くて癒される。
――今日はセイラちゃんの代わりにこの子に癒してもらおう。
検査中でこちらに意識が向いていないことを良いことに横顔をじっくり眺める。
魔力波長検査で不安そうに視線を落とす彼女を見ながら「怪しい組織の実験台にされるんじゃ?とか思ってそうだな〜」なんて考える。
「魔力波長は月城優くんの独特な形と一致してますね」
「……わかりました、ありがとうございます」
スタッフの言葉で月城優くん=この子であることがほぼ確定した。
結果を課長に報告し、応接室へと戻ると九重部長はきっちりご両親の信頼を勝ち取っていた。
そして特身制度の説明が始まり、優くんが先生の質問におずおずと上目遣いで伺いながら答える。
「かわっ……」
あまりの破壊力に思わず声が漏れ、九重部長の冷たい視線が突き刺さる。
それから、優くんは能力確認のため訓練室へ移動した。
私は応接室に残り、特身制度の書類をご両親に記入してもらう。
新しい名前は――月城ソフィア。
思わず、ご両親に心の中で親指を立てつつ端末に情報を入力し全体に共有したのだった。
――本当に月城優くん改めソフィアちゃんに関する仕事はたくさんあった。
私はパソコンの画面に次々と情報を入力し、最後にエンターキーを押す。
「終わったぁ〜」
特身制度の折衝も終わったしこれでひと段落。
明日からはセイラちゃんの配信が見れる時間も取れる。
心なしか足どりも軽く家路についた。
――翌日、ソフィアちゃんが魔眼を使ってリーパーを討伐したと報告が届く。
たまたま通行人が撮影した動画がバズり、広報部がテレビ局や新聞社の取材対応に追われる。
私たち、魔法適性管理課も、ソフィアちゃんの魔眼の最新情報の入力という仕事が降ってきた。
……まだまだ、忙しい日々は終わりそうにないわね。
セイラちゃんの配信はまたお預けかな……




