2話
駅までの通り道。
いつもと同じはずの通学路なのに、どこか静けさが違って感じられた。
すれ違う通勤客や学生たちの顔はどこか強張っている。
通りには重装備の警官や、警察車両がやたらと目立つ。
けれど、そんな違和感もすぐにかき消される。
「おーい、優! おはよう!」
いきなり背後から声をかけられ、振り返ると、
親友の水谷翔太が、相変わらずの元気さで駆け寄ってきた。
「今日も美の女神が嫉妬して空から石投げてくるレベルだな」
「全然うれしくないからやめてくれ。そのノリ、女子にでもやった方が、すぐ彼女ができるんじゃないか?」
「無理無理、俺のは優専用だし。ていうか、顔で選ばれてもなあ……」
――俺もそんなこと言ってみたいもんだが
こいつ、翔太は俺の親友にして、校内では“残念なさわやか系イケメン”で通っている。
その理由は、
「昨日のセイラちゃんの配信見た? 日常回だったんだけど、ガーデンの定例会議があって、みんな集合してて、たまきちゃんが映ってたんだぜ!」
そう、翔太は重度の魔法少女オタクなのだ。
晴香みたいな憧れのレベルじゃない。
自分で手作りしたグッズで部屋が埋まるくらいには、かなり“ガチ”だ。
今日も魔法少女の缶バッジだらけのカバンを持ってきていて本人のビジュとは完全にミスマッチだ。
朝から晴香と翔太による、スターライトクイーン・セイラ話のフルコースを食わされている。
テストに出るわけでもないのに、予習も復習もバッチリだ。
「映ってただけだろ?」
「いや、今回は喋ったんだよ! 超レアだぜ!」
「で、なんて?」
朝から二度目の“セイラ&たまきちゃん”――
さすがに食傷気味だけど、まあ、付き合ってやることにした。
翔太はたまきちゃんーー白鷺環の表情と所作を真似し始める。
正直、身長180cmの男がやると、傍から見てかなり痛い。
「静かにしてくれないか? ……ってな」
「……はぁ」
推しの魔法少女が一言喋っただけ……しかも注意しただけで、ここまで興奮できるのは正直理解し難い。
だけど――まあ、なんだかんだで、こうして毎朝バカみたいな会話をしているのも、嫌いじゃない自分がいる。
そんなふうに苦笑しながら歩いていたら、
ふいに、通学路の先に黄色い規制線とパトカーの群れが現れた。
あれ、ここ……もしかして。
警官や魔法少女管理機構の腕章をつけた職員たちが、慌ただしく現場を囲んでいる。
道路の端には、薙ぎ倒された標識や引き裂かれたアスファルト。
一番見られたくない場所は、鮮やかなブルーシートで隠されていた。
今朝ニュースで流れていた“魔物の襲撃現場”が、まさか通学路にあるなんて。
翔太も、さすがに声をひそめる。
「今朝のニュースでやってた場所か……?」
俺たちは規制線の少し手前で足を止めた。
近くには、通りすがりの学生や近所の人たちが立ち止まり、小声でささやき合っている。
「……斬撃系かな、標識とかめちゃくちゃだし」
「死人が出たんだって」
「討伐はされたんだろ?」
警官が「通行の方は向こうの歩道を通ってください」と野次馬を促しているが、
誰もがブルーシートの奥をちらりと気にしている。
魔物による被害――
もう珍しくもないはずなのに、現場の空気には、言葉にできないざわつきが残っていた。
翔太も無言で、現場を見つめている。
「行こう、今日は魔法適性検査だ遅刻するぞ」
「やべっ!」
俺が声をかけると、翔太はハッと我に返って足早に歩き出す。
現場から離れ、駅へと急いだ。
ホームで待っていた電車に乗り込むと、車内には同じ制服姿の生徒や通勤客がちらほら。
車窓から流れる朝の街並みを眺めながら、少しずつ気持ちも落ち着いていく。
学校の最寄り駅で降り、歩いて校門へ向かう。
校門の前ではちょうど風紀委員長の垣守灯華が、鮮やかな赤いポニーテールを、朝の風にふわりと弄ばれながら登校指導をしていた。
彼女はこちらに気付くとツカツカと近寄ってきた。
「水谷くん、あなたマギ管の人も来るんだから魔法適性検査の日ぐらいそのカバンの缶バッジ外しなさいって言ったじゃないの!」
「むしろ今日みたいな日はマギ管の人たちに俺の愛をアピールしたいんですよ! 土日の休みを全部使った力作なんです!」
堂々と言い切り魔法少女の缶バッジが大量についたカバンを見せびらかす翔太に、垣守先輩はあきれ顔。
「……ほんと、なんで私の周りにはこういう子ばっかりなんだろう……」
垣守先輩はため息まじりに、誰にともなくつぶやいた。
……その熱量、もうちょっと別の方向に使えばいいのにと、俺も内心呆れてしまう。
垣守先輩はため息をつきながらも、翔太のカバンをじっと半目で見ていたが――
「……そこまで頑張ったなら、今日は特別に見逃してあげる。でもマギ管の人にはなるべく見せないようにしてね」
「やった! 灯華先輩、感謝!」
「まったくもう……」
そう言い残して、垣守先輩は登校指導に戻っていった。
「ほら、教室行くぞ。遅刻する」
「了解しました! 隊長!」
そんな調子で、俺たちは並んで昇降口をくぐった。




