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緋眼のアイリス  作者: 惰浪景
第一章

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閑話1-2 香坂志保

太陽が地平線に沈み、外を通る車の音が少なくなってきた時間。

 マギ管の二階にあるフロアでは多くの人が机に向かっていた。

 AIによって効率化がされているとはいえ、二年前に設立されたばかりのこの組織は人手不足が慢性化していて残業は日常茶飯事だ。

 

 魔法適性管理課、これまで厚労省と文科省でやってきた魔法適性の測定、データベースへの能力登録を一手に引き受ける部署だ。


 厚労省と文科省が担当した時代は、適性があった人は自衛隊への入隊を勧められた。

 だが女子中高生に寮生活や自衛隊の訓練を選ぶ子は少なく、定員は常に割れていた。


 そんな状況で自衛隊所属の魔法少女が命を落とす事件が発生した。

 ――その死が“少女の軍事利用”への批判を一気に加速させ設立されたのが魔法少女管理機構――マギ管(うち)だ。


 国から業務を引き継ぐのはとても大変だった……

 

 でも、今の方がもっと大変かもしれない。

 私――香坂志保はパソコンの画面と睨めっこしたまま、こめかみを抑えていた。


「初めての男性適性者、性転換、魔眼……なんでこんなてんこ盛りなの……」


 最初は初の男性の適性者ということで各部署との調整折衝に追われていた。

 ようやく整えて、本人とコンタクトを取ろうとしたら――女の子になっていて、更には魔眼が発現。


 能力情報の書き換え、戸籍申請と報告書。気づけばタスクで机が見えない。


 今も『月城ソフィア』と書かれたファイルを前に情報を追加している。

 推しのセイラちゃんの配信を観る暇もない。


 ――どうしてこんなことに……

 天井を仰ぎ、机の隅に置いたすっかりぬるくなったコーヒーをひと口。

 苦味と一緒に胃の奥に溜まった疲れまで広がっていく気がした。


 ――すべては星河学園の魔法適性検査から始まった。

 本来なら、いつもの日常業務の一環になるはずだったのに。


 あの日の私はいつも通りに、学校の体育館に機材を並べていた。


「香坂さんは男子の担当お願いします」

「はい」


 男子担当――当たりだ。

 女子の担当になると、問診から測定まで気が抜けない。

 その上、時間がかかってしまう。

 

 男子は適性がなく、研究の一環でデータをとっている。

 それだけなので、淡々と業務が進行してすぐに終わる――はずだった。

 


 ピピピッ――ピピピッ――


 体育館に男子から”鳴るはずのない“電子音が鳴り響く。

 画面に浮かぶ『適性S』の文字に私は目を見開き、硬直していた。

 

 ――故障?

 再計測を行うが結果は変わらない。

 

 私は、月城くんに教室に戻るよう促すと、判断を仰ぐため席を立つ。

 同僚に事情を伝え、すぐに課長へ連絡する。


「管理課だけでは対処できない、一度対応を検討する必要がある」

「……了解です」


 そこからは怒涛だった。

 計測データをまとめ、管理課で会議、研究部長への連絡、マギ管全体会議――次々と処理が積み上がる。


 翌日、学校へ連絡を入れ、本人に直接会う手はずを整える。

 その後、家族に説明を済ませ、後日マギ管に来てもらい、能力を確認する。


 日付を跨いでまで考えられた対応の“最初一歩目”は――

 「月城は今日は欠席でして……」という学校側の返答に、いきなり躓いた。


 すぐさまプランを変更、私が直接月城くんの家を訪問することにした。

 玄関を開けて出てきたのはお母さん。

 そこで少しだけ肩の力が抜ける。

 優くんと会えるか尋ねたが返答は歯切れが悪い。


 一般には“芦ノ湖事件”と呼ばれる自衛隊の魔法少女が命を落とす痛ましい一件があったこともあり、警戒されることはよくある。

 しっかりと説明をせねばと拳を軽く握った時。


 お母さんは覚悟を決めたように揺るぎない目でこちらを見返した。


「優、出てきなさい」


 お母さんが玄関の奥へ呼びかける。

 やがて、リビングへと通じているだろう扉がゆっくりと開く。

 出てきたのは、水色のワンピースに身を包む銀髪の美少女だ。


 驚きで頭が真っ白になり時間が止まったようだった。


 ――めっちゃ、かわいい。


 太陽の光を受けて輝きを放つ髪に、長い睫毛に囲まれた、宝石のような、吸い込まれそうな青い瞳。

 まるで神々が削り出した彫刻のようだった。


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