15話
午後の授業の終了を告げるチャイムが鳴り、椅子を引く音や、雑談の声で教室がざわめく。
俺も荷物をまとめて帰る支度をし席を立とうとした――その時だった。
「そういえば、ソフィってパンツどうしてんの?」
「はい?」
明日の天気でも気にするかのように、琴音は平然とした声で尋ねてきた。
ざわめいていた教室が、波が引くように静まり返る。
前の席で雑談に興じていた翔太が、肩を揺らして勢いよく振り返った。
「色々急だったし、下着用意できてんのかなって」
「できてますっ」
母や妹には、下着を買いに行こうと言われてはいた。
ただ、女性用下着売り場に行く勇気がなかった。
だから、マギ管で測ったサイズを元にコンビニで揃えたのだ。
「ほんとにぃ〜?」
琴音は疑わしげな視線を俺の胸元と下半身に往復させる。
「ほんとだって、ちゃんとコンビニで買ったやつ着けてるから」
誰かが唾を飲み込む音と「……白だな」という声が聞こえる。
コンビニで買ったと言うと色がバレるのか?
「はぁ〜⁉︎コンビニ〜⁉︎」
お洒落さとか求めてないし、女性用のものを身につけるだけでもハードルが高い。
今の俺にはこれが一番良いのだが。
「よし、下着を買いに行くわよ!」
「いや、これでいいって……」
「ダメよ!こんな天使みたいな顔して、コンビニパンツだなんて冒涜よ!」
何に対する冒涜なんだ……
助けを求めようと翔太の方へ視線を向けるが目を逸らされる。
「み、水谷くんも一緒にどう?」
「……え?えぇ⁉︎お、おれ⁉︎」
翔太とは話したかったし巻き込んでしまおう。
「明日から教室に居られなくなる」とゴネる翔太を何とか頷かせる。
――それから、琴音に引っ張られて俺たちは郊外にあるショッピングセンターにやってきていた。
エントランスをくぐると放課後の学生たちのざわめきとフードエリアの香りが鼻をくすぐる。
その人波をかき分け、琴音を先頭に下着売り場を目指して歩いていく。
憂鬱な気分になっていると、道中ずっとこちらを盗み見していた翔太が意を決したように話しかけてきた。
「あのー、月城さんって、優の家に住んでるって聞いたけど本当?」
「……そうだけど」
想定はしていた質問だったが、頭の中で“設定”をなぞりながら返答する。
「遠い親戚だけど、受け入れてくれたんだ」
「ロシアは魔法適性があると、問答無用で軍に入れられて監視されるもんな」
“偽りの設定”を聞いた翔太は視線を下げて小さく頷いた。
その姿に少し胸がチクリと痛む。
「それで……優は、イギリスに行ったって聞いたけど……」
「はい、男性初の魔法適性が確認されたとかで……」
本当のことは一部バラしても大丈夫だと思います。と言っていた香坂さんの言葉を思い返しながら答えた。
翔太もそれは想定していたのか「やっぱり」と呟く。
イギリスに行った理由は、イギリスにしかない設備があるから、ということになっている。
「親友に何も言わずに行っちまうなんてな……」
「優さんも、すごく気にしてましたよ」
「そっか……」
翔太はショッピングセンターの吹き抜けになっている高い天井を見上げて小さく息を吐いた。
そんなやりとりをしていると下着売り場に到着した。
嫌がる俺を他所に、琴音はリボンやフリルのついた下着を次々にカゴの中に放り込む。
翔太は店の外で気まずそうにしていた。
買い物袋を持って店を出ると、外は夜の帳が下り始め、街灯が駐車場を照らしていた。
翔太は母親に買い物を頼まれたらしくここで別れる。
俺は琴音と紙袋の中身の重みを腕に感じながら、足どりも重く家路についたのだった。
視界の隅で街灯に照らされた車の影がまた――わずかに揺らいだ気がした。




