14話
教壇の後ろにある電子黒板をペンが叩く音が教室中に一定のリズムでこだまする。
その音を出す張本人はこちらを振り向くこともなく、教科書の文章をお経のように唱える。
眠らせの小五郎、そんな異名を持つ先生の授業に俺は小さくあくびをした。
ふと視線を感じ、通路を挟んで右隣の女子と目が合う。
見られていたか、と誤魔化すように笑みを浮かべると彼女は顔を赤くして前を向いた。
ちなみに左隣では琴音が涎を垂らしながら机に突っ伏していた。
――こいつ、俺の観察のために居るんだよな?
そんなツッコミを心の中でしていると昼休みのチャイムが鳴った。
「あー、よく寝たっ」
そう言いながら、伸びをした琴音はいそいそとカバンをあさる。
出てきたのはカップ焼きそばだった。
「琴音、まさか、それをここで?」
「そうだけど?」
「お湯は?」
そう尋ねると、彼女はドヤァと表情を作る。
そして、おもむろにペットボトルの水を取り出してそのまま中へと注ぐ。
それ水じゃ……?と思ったが、湯気が出ている。
「私は能力は炎系だからこんなことができるのよ」
得意気に胸を張る琴音。
教室のど真ん中でカップ焼きそばのために能力を使う魔法少女……
魔法少女であることは隠してるんだよな?と小さくため息を吐く。
そんなやりとりをしていると、教室の扉が静かに開いた。
騒がしい昼休みの教室が少し静かになる。
扉の方へと顔を向けると風紀委員長の垣守灯華先輩が入ってきた。
彼女は赤い髪を揺らしながら、俺たちの目の前に立ち、琴音の焼きそばを見て眉を顰めた。
「あなた……」
「あれ?スカーレッ、フゴッ……」
琴音が垣守先輩を見て何かを言いかけた。
――その刹那。
それが形になる前に、目にも止まらぬ速さで焼きそばパンが琴音の口に捩じ込まれた。
「二人とも、よかったら私とお昼一緒しない?」
瞳を細めて笑っているのに、“ゴゴゴゴゴ”という擬音が聞こえてきそうな圧を感じる。
その後、先輩は琴音に学校を軽く案内しながら屋上に続く扉の前までやってきた。
先輩はポケットから鍵を取り出すと扉に差し込み、カチャンッと、重たい金属音が響いた。
「屋上って立ち入り禁止じゃ……?」
「私は特別に認めてもらっているのよ」
手慣れた様子の垣守先輩に続いて屋上へと出る。
春の冷たい風が頬を撫でる。
琴音は真っ先に雨水の排水溝へと向かい焼きそばのお湯を捨て始めた。
ご機嫌な様子でお湯を流し込む琴音。
垣守先輩はそんな琴音の様子を横目にみながらこちらを振り向いた。
「それで体調と左眼は大丈夫?“月城優”くん」
「えっ……?」
突然の質問に思わず身体が凍りつくかのように固まる。
「ごめんなさい、唐突だったわね」
先輩は困惑する俺に謝罪をし、ポケットから“黒いリストバンド”を取り出した。
「私も魔法少女なの」
いつも校門や行事で挨拶を交わしていた先輩が魔法少女。
まさかのカミングアウトに目を丸くし瞬きを忘れる。
「それで、体調はどう?」
「……特には問題ないです」
「そう、ならいいわ」
先輩は安心したように柔らかく微笑み――屋上の隅でカップ焼きそばをかき混ぜている琴音を鋭く見据えた。
「柊木さん、いやクレセントムーン、あなた朝のレポート報告やってないでしょう!」
「あ、忘れてた」
「あなたねぇ……」
舌を出して頭に拳をコツンッと当てる琴音に先輩は半目になりため息をこぼす。
「おかげで私の方に九重部長から直接、月城くんの体調をチェックするように連絡がきたのよ!」
「ごめんって」
どうやら琴音は、今朝の俺に関する報告をすっぽかしたらしい。
――人選、やっぱ間違えてるんじゃ……
「最近、この付近でシェイドリーパーの出現も報告されてるんだから、もう少し気を張りなさい」
「まだ討伐できてないの?出現したの4日前よね?」
“シェイドリーパー”――その名を聞いた途端、琴音の表情からいつもの茶目っ気が抜け落ちる。
「その、シェイドリーパーって?」
「脅威度Bの魔物よ、私はAでもいいと思うんだけど」
「普段は実体化してなくて、背後から急に現れる。居場所もつかめないから厄介なのよね」
そう答える二人は氷のように動かない瞳で日常の中に潜む死線の話を当たり前にしていた。
いつも俺たちが「魔物が出たんだって」と他人事のように口にして日常を過ごす。
その裏で命を賭ける人がいる――そのことを突きつけられた気がした。
「さっご飯食べましょ!」
その先輩の一声で引き締まった空気はほどけ、昼休みは終わった。
屋上を出ていく時、給水塔の影が、わずかに揺らいだ気がした。
――気のせいだろう。
そう思って俺は午後の授業に戻ったのだった。




