11話
――意識を暗闇から引き上げるように、誰かが自分を呼ぶ声がする。
その声に導かれ、俺は目を覚ました。
まぶたを開けると、白い天井と蛍光灯が目に入った。
眩しさに目を細めていると、晴香の顔が視界を占領した。
「お兄ちゃん大丈夫⁉︎」
制服姿の晴香の目には涙が溜まっている。
「……うん、ここは?」
声を出すと、かすれてガサガサの音が喉から漏れた。
視線をぐるりと巡らせると病室のような場所だった。
窓の外は、青色ではなく、黒色になっている。
「マギ管の医療棟よ、能力の確認中に倒れたんですって」
「覚えているか?」
母はほっとした笑みを浮かべて、父がコップの水を差し出してくれる。
水を口に含むと、喉のひりつきがスッとなくなった。
家族には、かなり心配をかけてしまったようだ。
「急に左目が焼けるように熱くなって……」
自分の奥底にあるモノは、今も確かに脈動している感じがする。
あのとき、急に流れ込んできた情報の濁流はなんだったんだろう。
――自分に何が起きたのか、この能力は安全なのか?
そんな不安に胸を締め付けられていると、部屋のドアがノックされ、ほどなく、九重先生が静かに入ってきた。
「私の監督下での計測中に、想定外の事態を招きました。申し訳ありません」
そう謝罪したあと、九重先生は俺の瞳をライトで順番に照らした。
さらに血圧を測り体温計を脇に挟ませる。
「現時点で健康への重大な影響は確認できません」
「良かったぁ……」
先生の言葉に晴香が安堵の息を吐き、家族一同の緊張が一気にほぐれた。
俺も、張り詰めた息をようやく吐き出す。
「それで、月城優くんの能力についてですが」
先生のその言葉に再び空気が引き締まる。
「正直、前例のない事例で未知数な部分もありますが、我々はこれを“魔眼”と呼称することにしました」
「……魔眼ですか?」
――初めて確認された事例。
心臓の鼓動が早くなり、血が早く巡る感覚に息が浅くなる。
隣の晴香は、魔眼という単語に厨二心をくすぐられたのかひとりだけ目を輝かせていた。
「能力測定の際、左眼が赤く変色し、さらに何かの模様が浮かび上がる現象を確認しました」
思わず自分の左眼を瞼の上から触る。
「また、脳波計測の結果、視覚野への情報入力が異常集中し、過活動状態が確認されています」
「優は、大丈夫……なんですか?」
父が硬い表情のまま、質問した。
「現時点で生命に重大な障害は認められません。ただ、能力使用時の脳負荷が過大で短時間で意識喪失に至る可能性が高いです」
使ったとしてもすぐに卒倒するような能力だし使うな、ということだろう。
「前例のない能力です。魔力暴走時の影響も不明なため、当面は我々の保護観察下に入っていただきます」
「保護観察下というと?」
まさか、マギ管の医療棟に缶詰になるんじゃないかという疑念が湧き出る。
学校に行けず家にも帰れないのは嫌だ。
「ここで継続的にモニタリングを行うのは、本人にもご家族にも過度な負担となります」
「お姉ちゃん、帰っていいの?」
晴香は先生と会って間もないため、彼のことをマッドな奴だと疑っているらしい。
さっきまで輝いていた目は今や「怪しい実験をするんじゃないか」と訴えていた。
――この人、第一印象悪すぎだろ。
「健康な未成年から日常生活を奪うことは、職務上も、私の信条にも反します」
表情筋が仕事をしまくる晴香の訴えは、人の機微に鈍感そうな先生にも届いたようだ。
ただ温度を感じない瞳で否定する先生に晴香は警戒を解かない。
「一定の条件下であれば、これまで通りの日常生活を送っていただいて構いません」
「条件というと?」
俺がそう聞いた瞬間――
病室の扉は静かに開けるとか、そもそもノックをするという教育を受けていなかったのだろう。
ダンッと大きな音を立てて、病室の扉は――ノックの存在を知らない者によって開かれた。
「私と一緒に行動することよ!!!」
そこに立っていたのは鮮やかな夏蜜柑のようなオレンジの髪をツインテールにした活発そうな少女。
記憶にある声で、俺の知っている姿より随分と大人びているが、誰なのかは、すぐにわかった。
「琴音⁉︎」
小学校時代に転校した幼馴染の柊木琴音だ。




