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第9話:祈りは痛みを語る

記憶の根源が静まり、広間には一瞬の沈黙が訪れた。 だがその静けさは、嵐の前のものだった。

「……語った。けれど、語っただけじゃ終わらない。」 レイヴンは剣を収め、深く息を吐く。

「記憶が応えた。語られぬ者たちの声が、私たちに届いた。」 ミラは祈りの杖を胸元に抱え、結晶の残光を見つめる。

「でも、語ったことで……何かが動き出した。」 フィオナは矢を矢筒に戻しながら、低く呟いた。

イリスが壁の古代文字に目を向ける。 そこには、先ほどまでなかった一文が浮かび上がっていた。

「語る者よ。語った記憶は、語られぬ者たちの痛みを呼び覚ます。 だが、語ることは始まりに過ぎない。 語られた記憶は、語られなかった記憶を引き寄せる。」

広間の空間が微かに震え、《根源核》の奥からさらに深い層の記憶が脈動を始める。

「……これは、俺たちが語ったことで、記憶が自ら語り始めた?」 レイヴンが眉をひそめる。

「記憶は語られたいと願っている。 でも、それは語る者に“耐える覚悟”を求める。」 ミラが頷く。

「語ることは、痛みを引き受けること。 それでも、私は引くつもりはない。」 フィオナが矢をつがえる。

「けれど、王国は語ることを許さない。 枢機卿が動く。私たちの語りは、秩序にとって“疫病”だから。」

イリスが静かに言う。

広間の天井に刻まれた術式が微かに光を放つ。


遠く離れた記録塔――王国の最上層にて、記憶枢機卿が目を開く。

「語る者たちが、根源に触れたか…… ならば、記憶の秩序を守るために、彼らを消す。」

その背後で、一人の若き記録官が声を上げる。

「枢機卿様……語る者たちは、本当に秩序を壊す存在なのですか?」

枢機卿は振り返らずに答える。

「語られぬ記憶は、秩序の外にある。 それを語ることは、記録の枠を越えること。 枠を越えれば、秩序は崩れる。」

記録官は一歩踏み出し、震える声で問いかける。

「でも……記憶が語られたいと願っているなら…… それは、記録の欠片ではなく、声なのでは?」

枢機卿の指が術式盤の縁に触れる。 しばし沈黙ののち、低く呟く。

「記憶に願いがあるならば、それは秩序にとって“異物”だ。 語る者がそれに触れれば、秩序は語られぬ声に飲み込まれる。」

記録官は言葉を失う。 枢機卿は静かに術式盤に手を置き、冷ややかに告げる。

「ならば、記憶そのものを封じる。 語る者が記憶に触れられぬよう、術式を再構築する。」

術式盤が光を放ち、王国全域に波動が広がる。

「語る者たちよ。語ることを選んだならば、記憶を失う覚悟を持て。」

枢機卿の声が、記録塔の奥深くに響いた。

彼の手が術式を起動する。 記憶監視者――記録院直属の術式兵が目覚める。

「語る者の記憶は、秩序を腐食する。」 そのうちの一体が、無感情に呟く。

記録官はその背を見つめながら、拳を握りしめる。 語ることが、なぜここまで拒絶されるのか―― その答えを、まだ記録の中に見つけられずにいた。


「……来る。」

イリスが低く呟いた。

壁の古代文字が赤く染まり始める。 記憶監視者が術式を通じて接近している証だった。

「枢機卿の術式が、記憶波動を追ってる。 私たちの語りが、痕跡になってる。」

ミラが祈りの杖を構える。

「分かれて動くしかない。 記憶を持ち出す者と、囮になる者に分かれよう。」

フィオナが矢をつがえながら言った。

「俺とイリスが《根源核》の断片を持ち出す。 ミラとフィオナは、術式を引きつけてくれ。」

レイヴンが頷く。

「了解。祈りで波動を乱す。フィオナ、矢の準備を。」

ミラが術式の中心に向かって詠唱を始める。

「記憶よ、私の師の声を宿して。沈黙を裂く力になって。」

フィオナは矢に触れ、静かに呟いた。

空間が裂け、記憶監視者が現れる。 顔のない仮面。記録文字が浮かぶ腕。術式で編まれた鎧。 足音はない。滑るように広間を進むその姿は、まるで“記憶の静寂”そのものだった。

「語る者の記憶は、秩序を腐食する。」

仮面の奥から、無感情な声が響く。

「来たか……」

フィオナが矢をつがえ、ミラが祈りの杖を掲げる。

監視者は術式の波を放ち、空間に「遮断」「封印」の文字が浮かび上がる。

その波動は、語る者たちの記憶波動を感知し、 空間そのものが“記憶の牢獄”に変わろうとしていた。

「祈りで波動を乱す。フィオナ、今!」

ミラが詠唱を始める。

「師匠……あなたの祈りを、この矢に宿して……沈黙を裂く。」

フィオナが矢に触れ、記憶の断片を呼び起こす。

矢が淡く光り、記憶の声が宿る。 それは、語る者の痛みを武器に変える術――《記憶矢》。

フィオナが矢を放つ。

矢は術式の空間を貫き、監視者の核に命中。 術式が揺らぎ、監視者の動きが一瞬止まる。

「効いた……でも、まだ動いてる!」

フィオナが叫ぶ。

監視者の腕に刻まれた記録文字が再構築を始める。 術式が自己修復し、仮面の奥から再起動の波動が広がる。

「破壊しても意味がない……術式が記憶を再構築してる!」

ミラが目を見開く。

監視者は滑るように前進しながら、空間に新たな術式を展開する。

「記憶遮断・秩序維持・語り封印」 その文字が空間に浮かび、広間の壁が変形を始める。

「空間が……記憶の牢獄に変わってる……!」

フィオナが矢を構える。

「枢機卿の術式だ。語ることそのものを封じるつもりだ……!」

ミラが祈りの杖を握りしめる。

監視者は語る者たちに向かって滑るように迫る。

その動きは、感情も意志もない。ただ“記録”に従っている。


「語る者よ。記憶の逸脱は、秩序の崩壊。 記録に従わぬ者は、記憶から排除される。」


ミラが静かに言う。

「語ることは、記録に従うことじゃない。 記憶に応えること。 だから私は、祈り続ける。」

祈りの光が広間に広がり、術式の波に干渉する。 監視者の動きが再び鈍る。

だが、術式の再構築は止まらない。 記憶監視者は“記憶反応型”――語る者の行動に応じて、術式を変化させる。

その瞬間、監視者の仮面に新たな文字が浮かぶ。 「記憶逆流・感情遮断・語り消去」

空間が震え、語る者たちの記憶が逆流を始める。 ミラの祈りが暴走しかけ、フィオナの矢が震える。

「ミラ、祈りを止めて!」

フィオナが叫ぶ。

「記憶の波動よ、祈りの光に応えよ……沈黙を裂き、語る者の道を開け……」

ミラは祈りの杖を掲げ、空間の揺らぎを抑えようと詠唱を続ける。

《根源核》の断片が脈動し、ミラの祈りに過去の記憶が流れ込む。

瓦礫の中で祈る少女。 届かなかった祈り。 誰にも救えなかった命。

「……やめて……これは、私の記憶じゃ……」

ミラの瞳が揺れる。

祈りの光が暴走し、空間に過去の断片が次々と再生される。 祈りの術式が制御不能になり、広間の天井にまで記憶の残響が広がっていく。

「ミラ、祈りを止めて!」

フィオナが叫ぶ。

だが、ミラは祈りを止められない。 術式が彼女の意志を越えて、記憶の痛みを語ろうとしていた。

「私は……祈った。でも、誰も救えなかった。それでも、祈り続けた。それが、語る者の務めだと思っていた……!」

祈りの光が爆ぜ、記憶監視者の術式を一時的に押し返す。 だが同時に、空間の構造が崩れ始める。

「ミラ、戻ってこい!」 レイヴンが叫び、彼女の肩を掴む。

その瞬間、ミラの祈りが断ち切られ、術式が静かに収束した。 空間の揺らぎが止まり、記憶の残響が広間の奥へと沈んでいく。

ミラは膝をつき、震える声で呟いた。

「祈りは……語ることと同じ。痛みを引き受けること。でも、私は……まだ、受け止めきれていない。」

「それでも、語る者は進むしかない。語ることは、痛みを抱えてでも、前に進むことだから。」

レイヴンは静かに言う。

フィオナが矢をつがえ、監視者の再起動に備える。 イリスは術式の残響を解析しながら言った。

「記憶監視者は、私たちの“語り”に反応している。 語ることそのものが、彼らにとって“敵”なんだ。」

ミラは立ち上がり、杖を握り直す。 その瞳には、祈りの痛みを越えた覚悟が宿っていた。

「語ることは、祈ること。 ならば、私は祈り続ける。 語られぬ者たちの声が、届くその日まで。」

フィオナは矢をつがえ、記憶監視者の術式核を狙っていた。 だが、指先が震える。 矢に宿した記憶が、彼女の意識に流れ込んでくる。

師・セレナの声。 血に染まった祈りの場。 届かなかった祈り。 それでも、祈り続けた背中。

「フィオナ……語ることは、痛みを引き受けること。 それでも、語る者は語らなければならない。」

その声が、矢の中から響いた。

フィオナの視界が揺れる。 戦場の記憶が再生される。 仲間が倒れ、師が祈り続ける。 その中で、彼女は矢を放った。 それは、語ることの始まりだった。

「師匠……私は、あなたの痛みを語る。 この矢に、あなたの祈りを宿して……沈黙を裂く。」

フィオナが矢を放つ。 矢は記憶の断片を帯び、術式の空間を貫いた。 監視者の核に命中し、術式が一瞬だけ崩れる。

「命中……でも、まだ動いてる!」 フィオナが叫ぶ。

ミラが祈りを重ね、空間の揺らぎを抑える。 だが、監視者は再構築を始めていた。

「時間を稼いだ。今のうちに、レイヴンたちを逃がす!」 ミラが叫ぶ。


場面は切り替わる。


レイヴンとイリスは、根源核の断片を抱えて地下通路を走っていた。 空間は狭く、術式の残響が壁に染みついている。

「この断片……記憶が生きてる。語られることを待ってる。」

レイヴンが言う。

「でも、王国はそれを許さない。 語ることそのものが、秩序にとって“危険”だから。」

イリスが応える。

遠くから、術式の波が迫ってくる。 記憶監視者が追跡を開始したのだ。

「急げ。語る者の記憶が、今度は俺たちを守る番だ。」

レイヴンが剣を抜き、通路の先を見据える。

イリスは兄の記憶が宿る結晶を胸元に抱え、静かに呟いた。

「カイル……私は、あなたの声を語る。 封じた記憶を、今度こそ解き放つ。」

二人は通路の闇へと消えていく。 その背後で、記憶の波が静かに脈動していた。


「語る者たちは、記憶の根源に触れた。語られぬ者の声が、秩序を揺らしている。」

枢機卿は術式盤の前に立つ。

「語ることは、記録の逸脱。ならば、語る者の記憶を遮断し、語る力そのものを封じる。」

術式盤が光を放ち、王国全域に波動が広がる。

「語る者たちよ。語ることを選んだならば、記憶を失う覚悟を持て。」


「再起動……術式が自己修復してる!」

フィオナが叫ぶ。

「記憶遮断・再構築・秩序維持」 監視者の仮面に、新たな文字が浮かび上がる。

空間の壁が変形し、記憶の通路が閉じられていく。 空間そのものが、語る者たちを封じる“記憶の牢獄”へと変貌していく。

「空間が……記憶の牢獄に変わってる……!」

フィオナが矢を構える。

「枢機卿の術式だ。語ることそのものを封じるつもりだ……!」

ミラが祈りの杖を握りしめる。

「語る者よ。記憶の逸脱は、秩序の崩壊。記録に従わぬ者は、記憶から排除される。」

「語ることは、記録に従うことじゃない。記憶に応えること。だから私は、祈り続ける。」

ミラが静かに言う。

祈りの光が広間に広がり、術式の波に干渉する。 監視者の動きが再び鈍る。 だが、術式の再構築は止まらない。

記憶監視者は“記憶反応型”――語る者の行動に応じて、術式を変化させる。

「ならば、語る者は語り続ける。封じられても、記憶は消えない。」

レイヴンの声が、通路の奥から響いた。

その声に、広間の空気が微かに震えた。 語る者たちの記憶が、封印の術式に抗い始めていた。

監視者の術式が広間全体に展開され、空間の壁が完全に変形を終えようとしていた。

「遮断」「封印」「沈黙」――その文字が天井に浮かび、語る者たちの記憶波動を切断しようとする。

フィオナが矢をつがえ、ミラが祈りの杖を握りしめる。 だが、術式の圧力は強く、記憶の波が語る者たちの意識を侵食し始めていた。

「このままじゃ……記憶そのものが封じられる……!」

ミラが苦しげに呟く。

「語ることが、消される……」

フィオナの矢が震える。

そのとき、レイヴンの声が通路の奥から響いた。

「語る者よ――語れ。 痛みを、祈りを、語られなかった声を。 記憶は、語られることで生きる。」

ミラが目を閉じ、静かに祈り始める。

「語られなかった子供の声。 届かなかった祈り。 私は、それを語る。」

フィオナが矢を放つ。

「師の祈りは、沈黙の中で燃えていた。 私は、その炎を語る。」

イリスが結晶を掲げる。

「兄の声は、記録に残らなかった。 でも、私は覚えている。 だから、語る。」

レイヴンが剣を振るい、空間に記憶の波を解き放つ。

「語ることは、戦うことじゃない。 語ることは、解き放つことだ。」

その瞬間、広間の空間が震えた。 監視者の術式が揺らぎ、仮面に刻まれた文字が崩れ始める。

「記憶遮断・秩序維持・語り封印」 → 「記憶共鳴・秩序変容・語り解放」

術式が反転した。 語る者たちの記憶波動が空間に満ち、封印の術式を上書きしていく。

監視者の身体が術式の崩壊に耐えきれず、記録の鎧が剥がれ落ちる。 仮面が砕け、記憶の光が中から溢れ出す。

その光の中に、かつて語られなかった者たちの声が響いた。

「私は、ここにいた。」 「祈りは、届かなくても、消えない。」 「語ってくれて、ありがとう。」

監視者は静かに崩れ、記憶の粒子となって空間に溶けていった。


記録塔の術式盤が警告を発し、枢機卿の手元に異常波動が走る。

「……術式が……反転した……?」

彼の瞳が揺れる。

「記憶が……語る者に応えた……? いや、そんなはずはない……記録は秩序だ……語ることは逸脱だ……!」

枢機卿は術式盤に手を伸ばすが、盤面の文字が次々と「共鳴」「解放」に書き換えられていく。

「止めろ……止まれ……!」

彼の声は、記録塔の奥に虚しく響いた。

その背後で、若き記録官が沈黙のまま立ち尽くしていた。 拳を握りしめながら、彼は初めて“語ること”の意味を理解しようとしていた。

枢機卿の声が遠ざかる中、記録官は術式盤に刻まれた文字を見つめる。 「共鳴」「解放」「記憶応答」――それは、記録の外にあるはずの言葉だった。

彼は静かに手を伸ばし、記録盤の端に触れる。 その指先に、微かな記憶の波が触れた。

語られなかった声。 封じられた祈り。 記録に残らなかった涙。

「……語ることは、記録を壊すんじゃない。 記録の外にある命を、もう一度呼び戻すことなんだ……」

彼の呟きは誰にも届かない。 だが、その瞬間、記録塔の最上層に微かな揺らぎが走った。


広間は静寂に包まれる。 だが、それはもう“封印の静寂”ではなかった。 語られた記憶が、空間に息づいていた。

ミラが祈りの杖を下ろす。 フィオナが矢を収める。 イリスが結晶を胸に抱きしめる。 レイヴンが剣を収め、静かに言う。

「語る者は、語った。 痛みを、祈りを、記憶を。 それは、封じるものではなく、解き放つものだった。」

彼らの背に、語られた記憶が静かに寄り添っていた。

そして、誰も知らない場所で、記録官は初めて“語る者”としての一歩を踏み出した。

――語ることは、痛みを引き受けること。 それでも、語る者は語る。 記憶が、語られることを待っているから。

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