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第3話:記憶監査官と語る者の剣

図書塔の外壁が崩れ、灰色の煙が立ち上る。

夜の静寂を裂くように、鋭い術式の光が空を走った。

《記憶監査官》――王国直属の特殊部隊が、語る者たちの行動を察知し、塔を包囲していた。

彼らは黒い鎧に身を包み、顔を仮面で覆っている。

その瞳は感情を持たず、ただ命令に従う機械のようだった。

「語る者は、記録の秩序を乱す。排除対象とする。」

冷たい声が響いた直後、塔の外縁に展開された封印術式が爆ぜ、火花のような記憶の粒が舞い上がる。

矢が放たれ、術式の光が塔の窓を貫いた。

フィオナが即座に反応し、矢を撃ち落とす。

「来たわね。予想より早かった。」

彼女の瞳には、師の記憶を歪められた怒りが宿っていた。

「師の声を取り戻す。それが私の語り。」

監査官たちは三方向から塔を包囲し、連携術式を展開していた。

空間を歪ませる封印波動が、塔の壁を這い、語りの陣を揺さぶる。

その術式は、記憶波動を遮断し、語る者の意志を鈍らせるよう設計されていた。

レイヴンは剣を抜き、窓枠を蹴って外へ飛び出す。

「語ることは命を懸けること。ならば、俺は語る者として戦う。」

彼の胸には、アレンの記憶が今も燃えていた。

「誰かの痛みを、誰かの命を。語ることは、守ることだ。」

監査官の一人が術式の槍を放つ。

空間が裂け、鋭い光がレイヴンを狙う。

だが彼は剣で受け止め、術式の核を断ち切った。

「封じるだけの記憶に、命は宿らない。」

ミラは塔の中央で祈りの詠唱を始め、仲間に加護を与える。

「師エルノの祈りが、私に語りの術式を教えてくれた。遠い血の記憶が、泉に響いていた。」

彼女の祈りが塔の床に刻まれた古代語を呼び覚まし、語りの陣が再び輝き始める。

塔の内部では、セリウスが記憶結晶を守りながら、語りの陣の核を安定させていた。

「記憶の波動が乱れている。語りの灯が消えぬよう、術式を補強する。」

フィオナは塔の外壁に矢を放ち、監査官の術式を迎撃する。

「語りは矢となり、沈黙を貫く。それが私の語り。」

矢が術式の核を貫き、封印の波動が一瞬揺らぐ。

──そして、監査官の陣形の中に、一人だけ仮面を外した若き男がいた。

ノア――かつて“語られぬ者”の末裔でありながら、王国に仕える道を選んだ者。

戦場の光ではなく、記憶の影が彼の瞳に揺れていた。

「なぜ語る?語れば、過去は痛みになるだけだ。」

その声には、怒りではなく、迷いが滲んでいた。

レイヴンは彼に向き合い、静かに言う。

「痛みを知る者こそ、語る資格がある。語られぬ者の声を、俺たちは無視しない。」

ノアの瞳が揺れる。

その瞬間、彼の中で封印されていた記憶が微かに震えた。

──記憶の残響──

幼い頃、祖母エルノに連れられて訪れた《沈黙の祠》。

祈りの布が風に揺れ、石碑に刻まれた古代語が淡く光っていた。

「ノア、語ることは命を灯すこと。沈黙は、命を閉ざすことなのよ。」

──現実──

ノアは震える手で懐から《メモリア・コア》を取り出す。

それは、祖母エルノの記憶核――王国の記録には存在しない、語られぬ者の声。

彼は記録台にそれを嵌める。

青白い光が広がり、塔の空間が震える。

セリウスが術式を再調整し、語りの陣を拡張する。

「記憶の波動が強まっている。語りの灯を、さらに広げるぞ。」

ミラが祈りの言葉を唱え、封じられた声を呼び覚ます。

フィオナは石碑の前に立ち、矢に祈りを宿す。

祖母の声が、空間に響いた。

「語る者よ、沈黙に抗え。語る者よ、命を灯せ。」

ノアの瞳に、涙が浮かんでいた。

だがその涙は、痛みではなく、誓いだった。

──レイヴンが《メモリア・コア》を記録台に嵌める。

アレンの記憶が再生され、炎と祈りの声が空間に広がる。

「俺は、語られるために戦ってるんじゃない。守るためだ。誰かの痛みを、誰かの命を。」

その声が、監査官たちの術式を揺らす。

記憶の波動が秩序の封印を軋ませ、空間が震える。

ヴァルムが叫ぶ。

「記憶は素材だ!感情に支配されてはならない!」

セリウスが応じる。

「ならば、語られぬ者たちの祈りは、素材ではない。魂だ。」

ノアは一歩前に出て、祖母の記憶に手を添える。

「俺は……語る者になれる。」

その瞬間、塔の奥で眠っていた記憶たちが、次々と光を放ち始める。

語られることを待ち続けた者たちの声が、空間を満たしていく。

その波動は、封印の術式を軋ませ、監査官たちの陣形を崩していった。

セリウスが塔の中心で両手を広げ、語りの陣を安定させる。

「記憶の波動が臨界に達した。語りの灯が、塔全体を包み込むぞ。」

ミラの祈りが強まり、床に刻まれた古代文字がさらに輝きを増す。

フィオナの矢が空を裂き、封印術式の核を貫いた。

レイヴンは剣を振るい、監査官の術式を断ち切る。

監査官たちは後退を始める。

その中心にいたヴァルムは、最後に言い残す。 「語る者は、記録されない。いずれ忘れられる。」

レイヴンは静かに答えた。

「記録されなくても、語り続ける。誰かが聞く限り、記憶は生きる。」

──語りの儀式は完了した。 塔の空気は静まり、祈りの灯が天井へと昇っていく。

セリウスの身体は微かに揺れ、記憶の波動と共に淡く光る。

「語りは、終わりではない。始まりだ。」

ノアは静かに塔の中央に立ち、祖母の《メモリア・コア》を見つめていた。

その瞳には、かつての沈黙ではなく、語る者としての覚悟が宿っていた。

ミラが彼に歩み寄り、祈りの杖をそっと差し出す。

「語り部の血は、記憶に宿る。あなたの声も、灯になる。」

フィオナは矢を収め、ノアの肩に手を置いた。

「語ることは、戦うこと。あなたの矢は、まだ放たれていない。」

レイヴンは塔の扉へと向かいながら言った。

「次の記憶が、俺たちを待っている。語られぬ者の声を拾い集める旅は、まだ始まったばかりだ。」

塔の外には、夜明けの気配が漂っていた。

灰色の空が、微かに青みを帯び始めていた。

語る者たちは、静かに歩き出す。

その背後で、語られぬ者たちの声が、確かに語り続けていた。

──そして、語る者たちは、再び歩き始めた。                


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