表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/11

第2話:記憶の番人と歪められた真実

祠の術式が収束した後、三人はしばし沈黙の中に立ち尽くしていた。

空気はまだ震えていた。語られぬ者たちの記憶が、祠の石壁に微かな光を残していた。

その光は、まるで誰かが「まだ語ってほしい」と願っているかのようだった。

「……この祠だけでは足りない。」

ミラが静かに言った。

「語られぬ者たちの記憶は、祠の外にも眠っている。封じられ、忘れられ、誰にも触れられずに。」

フィオナは矢を収めながら、祠の奥に目を向ける。

「語るためには、記憶を集めなければならない。祠の灯を、広げるために。」

レイヴンは《メモリア・コア》を見つめる。アレンの記憶は、彼に語る者としての覚悟を与えた。

「語り部の祠は、始まりにすぎない。次は……記憶の痕跡を辿る。」

ミラは祠の石碑に手を添え、古代語で刻まれた術式を再び起動させる。

石碑の下部が静かに開き、小さな巻物が現れた。

「これは、語り部の灯――記憶の地図。」

巻物には、王国の記録から削除された場所が記されていた。かつて語り部たちが記憶を祈りに変えて語った場所。今は、誰も知らない。

「この地図を使えば、語られぬ者たちの記憶を探せる。」

ミラの声には、確かな希望が宿っていた。

フィオナは巻物を受け取り、目を細める。

「師がかつて訪れた場所も記されてる。記憶の痕跡が、まだ残っているかもしれない。」

レイヴンは頷く。

「なら、次の目的地は決まった。語られぬ者の声を、拾い集めるために動こう。」

祠の外に出ると、夜はまだ深く、風は冷たかった。

だが三人の歩みは、迷いなく石畳を進んでいた。

──その背後で、祠の石碑が微かに光を放った。

語り部の灯が、再びともされた瞬間だった。


《アストラ・ノード》の回廊を抜けた先、三人は古びた図書塔へと辿り着いた。

その塔は、かつて“語り部の記録庫”と呼ばれていたが、今では禁書庫と化していた。

王国の記憶制度にそぐわない記録――痛み、裏切り、犠牲、そして祈り――が封じられた場所。

塔の扉は重厚な魔力封印で閉ざされていた。

その封印は、王国第十代王の治世に制定された《秩序保全法》に基づくもので、

“記憶の純化”を目的として、語り部の記録を「秩序に適合しない情報」として隔離するために設計された。

レイヴンが《メモリア・コア》をかざすと、術式が反応し、静かに扉が開いた。

アレンの記憶波動が、かつてこの塔に記録された祈りと共鳴したのだ。

中は冷たい空気に満ち、無数の記憶結晶が浮遊していた。

それらは、語られぬ者たちの声――王国が「記録に値しない」と判断した魂の断片だった。

「ここは……語られぬ者たちの記憶が封じられた場所。」

ミラが呟く。

「王国が“秩序の素材”として分類できなかった記憶は、ここに隔離される。語られることも、記録されることもなく。」

塔の内部は三層構造になっていた。

• 第一層《記憶の断片》:未整理の記憶結晶が浮遊する空間。

• 第二層《記憶の再構成室》:語り部がかつて記憶を祈りに変えた場所。

• 最上層《封印の間》:王国によって記憶が永久封印された領域。

塔の奥に立つ男――セリウスは、もはや完全な人間ではなかった。

白銀の髪は、記憶結晶の光を浴びて淡く揺れ、瞳には過去の断片が浮かんでいた。

彼の声は静かだったが、語るたびに空間が微かに震えた。まるで、彼自身が記憶の波動を発しているかのように。

「君たちが来るとは思っていたよ。」

かつて彼は王国の《記憶管理局》に所属し、《記憶監査官》の上級職にあった。

だが、語られぬ者の記憶に触れ続けたことで、彼の魂は記憶と同化し始めた。

記憶の封印を解くたびに、彼の肉体は波動に侵食され、

やがて彼自身が“記録されない者”――語られぬ者の残滓と化していった。

「私はもう、完全な人間ではない。

語られぬ者たちの記憶が、私の中に棲んでいる。

彼らの痛みが、私の声となり、祈りとなった。」

彼の存在は、王国の記録から完全に消去されている。

それは制度的な抹消ではなく、記憶そのものからの消失――

“記録されない者”は、王国にとって存在しない者と同義だった。

セリウスは、禁書庫の番人として塔に留まり続けている。

だがそれは、使命ではなく、記憶に縛られた運命だった。

彼が塔を離れれば、記憶の波動は暴走し、語られぬ者たちの声が断絶されてしまう。

「記憶は、語られなければ消える。

だが、語りすぎれば歪む。

私はその境界に立つ者――記憶の番人であり、記憶そのものだ。」

彼が差し出した結晶――リュカの記憶――に触れた瞬間、

レイヴンは微かな幻聴を感じた。

それは、セリウスの声ではなく、リュカ自身の声だった。

「……彼は、語っているのか?」

フィオナが呟く。

セリウスは頷いた。

「彼の記憶は、私の中にある。

語られぬ者の声は、私を通して語る。

だから私は、語る者であり、語られる者でもある。」

この瞬間、三人は理解した。

セリウスは、記憶に取り込まれた者――

語り部の祈りと、語られぬ者の痛みを繋ぐ“生きた記憶”だった。

塔の奥でリュカの記憶が静かに光を放ち始めたその瞬間、

外の空気が震え、重い足音が塔の入口へと近づいてきた。

「……来たか。」

セリウスが目を閉じ、記憶の波動を静かに沈める。

扉が軋む音と共に、黒衣の一団が姿を現した。

胸元には銀の紋章――《秩序記録局》の印。

その中心に立つのは、監査官長ヴァルム。冷徹な瞳が塔の内部を一瞥する。

「未登録の記憶波動を検知した。ここは、秩序違反の温床と見なす。」

レイヴンが一歩前に出る。

「記憶は語られるためにある。封じるためじゃない。」

ヴァルムは眉ひとつ動かさず、セリウスに視線を向ける。

「お前は、かつて記録を守る者だった。今は、記憶に喰われた亡霊か。」

セリウスは静かに答える。

「私は、語られぬ者の声を宿す者。記憶に喰われたのではない。記憶と共に在る。」

監査官たちが術式を展開し始める。

空間が歪み、封印の波動が塔の壁を這う。

ミラが祈りの杖を掲げ、石床に古代語を刻む。

「語りの陣、起動します。記憶を祈りに変える準備を。」

フィオナは弓を構え、矢に淡い光を宿す。

「語ることは、戦うこと。私は、矢で語る。」

セリウスが塔の中心に立ち、両手を広げる。

「語りの儀式を始めよう。記憶の波動を、祈りの灯に変える。」

──語りの陣が発動した。

床に刻まれた古代文字が光を放ち、塔全体が記憶の波動に包まれる。

レイヴンが《メモリア・コア》を記録台に嵌める。

アレンの記憶が再生され、炎と祈りの声が空間に広がる。

「俺は、語られるために戦ってるんじゃない。守るためだ。誰かの痛みを、誰かの命を。」

その声が、監査官たちの術式を揺らす。

記憶の波動が秩序の封印を軋ませ、空間が震える。

ヴァルムが叫ぶ。

「記憶は素材だ!感情に支配されてはならない!」

セリウスが応じる。

「ならば、語られぬ者たちの祈りは、素材ではない。魂だ。」

その瞬間、下級監査官の一人が前に出た。

「感情波動、強すぎます!術式が乱れています!」

別の監査官が叫ぶ。

「封印を維持できません!強制排除を開始します!」

三人の監査官が前線に展開し、封印術式を矢のように放つ。

空間に鋭い光が走り、語りの陣を狙って飛来する。

フィオナが即座に反応した。

「来るわよ!」

彼女の矢が放たれ、術式の光と衝突する。

空間が弾け、火花のような記憶の粒が舞う。

レイヴンは剣を抜き、迫る監査官の一人と交差する。

「語りを止める者には、語られぬ者の痛みを知ってもらう。」

剣が術式の盾を裂き、監査官の術が崩れる。

だが彼らは感情を持たない。顔色ひとつ変えず、次の術式を展開する。

ミラが祈りの杖を掲げ、記憶の波動を増幅させる。

「祈りよ、語られぬ者の盾となれ。」

塔の床から光の壁が立ち上がり、語りの陣を守る。

監査官の術式が弾かれ、空間に裂け目が走る。

セリウスの声が塔全体に響く。

「語りは、命を刻むこと。語りは、沈黙に抗うこと。」

ミラが祈りを唱え、リュカの記憶が解放される。

フィオナの矢が空を裂き、封印の術式を貫く。

──塔の奥で眠っていた記憶たちが、次々と光を放ち始める。

語られることを待ち続けた者たちの声が、空間を満たしていく。

監査官たちは術式の崩壊に気づき、後退を始める。

ヴァルムは最後に言い残す。

「語る者は、記録されない。いずれ忘れられる。」

レイヴンは静かに答えた。

「記録されなくても、語り続ける。誰かが聞く限り、記憶は生きる。」

──語りの儀式は完了した。

塔の空気は静まり、祈りの灯が天井へと昇っていく。

セリウスの身体は微かに揺れ、記憶の波動と共に淡く光る。

「語りは、終わりではない。始まりだ。」

三人は塔を後にする。

その背後で、語られぬ者たちの声が、静かに語り続けていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ