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「影と呼ばれた英雄、その名を継ぐ者たち」  作者: じろう


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第14話:氷原の果て、記憶を禁ずる地へ

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二日目の夜、霧はなお濃く、峡谷を覆い尽くしていた。

白い靄はただの水蒸気ではなく、意志を持つかのように濃淡を変え、進む者の視界を奪い、耳にまとわりついてくる。

足音は石壁に反響することなく、吸い込まれるように消えていった。


レイヴンは剣の柄を握りしめながら、隣を歩く仲間に声をかけようとした。

「……おい、」

だが、喉の奥で言葉が途切れる。


――誰だ、この人は? 霞の中で仲間の顔がぼやけ、名前が出てこない。

その瞬間、霧の奥から、別の光景が割り込んだ。



炎に包まれた戦場。 崩れ落ちる石壁の前で、ノアが立っていた。

彼の背後には、逃げ惑う子供たちと負傷者たち。

前方からは、浄化兵の列が迫っていた。


「行け! 俺が止める!」


ノアは叫び、剣を振るった。

その刃は必死に仲間を守り、矢の雨を弾き返す。

だが数はあまりにも多かった。


矢が胸を貫き、血が雪を赤く染める。

それでもノアは倒れず、最後まで背を向けなかった。

彼の瞳は仲間を見据え、声を残した。


「……語ってくれ。俺がここにいたことを……」


次の瞬間、炎と瓦礫が彼を呑み込んだ。

その姿は記録から消され、王国の歴史には残らなかった。

だが、彼を知る者たちの記憶には、確かに刻まれていた。


霧がその光景すら呑み込み、ノアの声が遠ざかっていく。

胸が締めつけられ、孤独が背筋を冷たく走る。



「……っ」 息が荒くなる。霧が肺に入り込み、冷たさと共に記憶を削り取っていくようだった

頭の奥に、別の声が囁く。

――忘れろ。お前は一人だ。


その瞬間、背筋を冷たい刃でなぞられたような感覚に襲われた。孤独。仲間を失った戦場の記憶が蘇る。ノアの死の光景すら、霧に呑まれて消えかけていく。


「レイヴン!」


鋭い声が霧を裂いた。 ミラの声だった。

祈りの杖を握る彼女の姿が、白い靄の中に浮かび上がる。

その声に引き戻されるように、レイヴンの胸に熱が戻る。

彼の胸には別の痛みが残っていた。

ノアの最期を、彼らはすでに知っていた。


あの日、戦場から戻った生存者が震える声で語ったのだ。

「ノアは……子供たちを逃がすために、最後まで剣を振るって……炎に呑まれた」


その証言は断片的で、記録には残されなかった。

だが、仲間たちの間でだけは確かな事実として受け継がれていた。

ノアは死んだ――それは王国が消そうとした真実であり、彼らが語り継がねばならない声だった。


――そうだ、ミラだ。フィオナも、イリスもいる。ノアも……。


忘れかけていた顔が、次々と脳裏に蘇る。ノアの笑顔も、危うく霧に呑まれるところだったが、声がそれを繋ぎ止めた。


「……ミラ!」

レイヴンは叫んだ。声が峡谷に響き、霧を押し返すように広がる。


仲間たちも次々と互いの名を呼び合った。

「イリス!」

「フィオナ!」

「レイヴン!」


声が重なり合うたびに、霧の圧力がわずかに薄れていく。

それは単なる呼びかけではなかった。互いを確かめ合い、記憶を繋ぎ止めるための儀式だった。


やがて、彼らは気づく。 この峡谷は、ただの地形ではない。

「語らなければ記憶を奪う」――それが《忘却の峡谷》の本質だった。


レイヴンは剣を握り直し、仲間たちを見渡した。

「声を絶やすな。名を呼び合え。語ることでしか、ここは越えられない」


霧はなおも濃く、囁きは耳を侵そうとする。

だが、彼らの声が重なり合うたびに、記憶は繋がり、歩みは前へと進んでいった。



四日目の朝、峡谷を抜けた途端、氷原の風が牙を剥いた。

乾いた冷気が頬を裂き、肺に突き刺さる。

一歩踏み出すごとに雪が舞い上がり、白い世界が渦を巻いて彼らを呑み込んでいく。


やがて吹雪はただの自然現象ではなくなった。

雪片の一つひとつに、冷たい光が宿る。

それは瞳だった。

無数の眼が空に浮かび、氷原全体が巨大な監視者となって彼らを見下ろしていた。


「見られている……!」

フィオナが矢を構え、震える声で呟く。

だが標的はどこにもいない。

矢じりは空を彷徨い、雪の眼は嘲笑うように瞬きを繰り返す。


イリスが結晶を握りしめると、視界の端に幻影がちらついた。

兵士の影、死者の顔、過去の罪――すべてが「見られている」という恐怖から生まれた幻だった。

仲間たちの呼吸が乱れ、足取りが鈍る。

「……動けない……」

監視されるという意識が、鎖のように体を縛りつけていた。


そのとき、レイヴンが剣を掲げた。

刃が吹雪を裂き、氷原に鋭い音を響かせる。

「恐れるな!」 彼の声は風にかき消されず、逆に吹雪を押し返すように広がった。


「俺たちの声は、眼には奪えない!」


その叫びに応えるように、仲間たちも声を上げた。

「ここにいる!」

「見られても、消えはしない!」


声が重なり合うたびに、雪片の眼は一瞬だけ揺らぎ、光を失った。

吹雪はなおも荒れ狂っていたが、彼らの声が道を切り開いていく。


氷原の白は、監視の牢獄ではなく、声を響かせる舞台へと変わりつつあった。



六日目の夕暮れ、氷原の中に黒ずんだ影が見えてきた。

近づくと、それはかつて浄化兵たちが駐屯していた野営地の跡だった。


焚き火の跡は氷に閉ざされ、灰は白い霜に覆われていた。

地面には錆びついた鎖が散乱し、風に揺れてかすかな音を立てる。

それはまるで、まだ誰かが鎖を引きずって歩いているかのようだった。


「……ここで、何が……」

フィオナが矢を握りしめたまま、声を震わせる。


イリスは黙って結晶を取り出し、氷にかざした。

淡い光が広がり、凍りついた大地に刻まれた残響が呼び覚まされる。


次の瞬間、耳をつんざくような声が響いた。

「……忘れろ……忘れろ……」


それは兵士たちの叫びだった。

死の間際まで繰り返された、命令のような呪文。

声は氷に閉じ込められ、今もなお解き放たれずに響き続けていた。


仲間たちは息を呑んだ。

その声は恐怖ではなく、むしろ哀願に近かった。

「忘れろ」と叫びながら、彼ら自身が何かを必死に思い出そうとしている――そんな矛盾が胸を締めつける。


ミラが祈りの杖を握りしめ、涙をこぼした。

「……彼らは、記憶を奪われながら死んでいったのね」


レイヴンは鎖を拾い上げた。

冷たく、重い。

それはただの鉄ではなく、服従と沈黙の象徴だった。

「これが……ノクス連邦の秩序か」


風が吹き抜け、鎖が地面を擦る音が、再び「忘れろ」と囁いたように聞こえた。 仲間たちは互いに目を合わせ、言葉を失ったまま、氷に閉ざされた野営地を後にした。



氷原の風は容赦なく吹きつけ、指先の感覚を奪っていく。

野営地の跡を離れた彼らは、雪に囲まれた岩陰を見つけ、そこで足を止めた。


「ここなら風を防げる」

レイヴンが短く言い、剣の鞘で雪を払いのける。

硬く凍った地面が現れると、フィオナが矢筒から折れた矢軸を取り出し、細かく折って小枝代わりに積み上げた。


イリスは結晶を光らせ、周囲を照らしながら枯れ草を探す。

氷に閉ざされた大地の隙間から、茶色く乾いた草の根を引き抜くと、指先でほぐして繊維を細かく裂いた。

「火口にはこれが使える」


ミラは祈りの杖を横に置き、腰の袋から火打石を取り出した。

彼女の手はかじかんで震えていたが、何度も石を打ち合わせ、鋭い火花を散らす。

火花は一瞬だけ闇を照らし、乾いた草に落ちる。 だが、すぐに消えた。


「……もう一度」

レイヴンが低く呟き、彼女の手を覆うようにして支える。

二人の動きが重なり、火打石が再び火花を散らした。

今度は草の繊維がじりじりと赤く燻り、細い煙が立ち上る。


「息を吹きかけて」

イリスが促す。

ミラは慎重に顔を近づけ、震える吐息を吹き込んだ。

煙が濃くなり、やがて小さな炎がぱちりと生まれた。


フィオナがすぐに折った矢軸を差し込み、レイヴンがさらに太い枝を重ねる。

炎は一度揺らぎ、次の瞬間、風に煽られながらも力強く燃え上がった。


「……ついた」

誰ともなく呟いた声が、安堵の吐息と共に広がる。


赤い火は小さくとも、闇と寒気を押し返す灯火だった。

その光に照らされ、四人の顔が浮かび上がる。

氷原の夜はなお厳しかったが、焚き火の炎と仲間の声が、確かに彼らを生かしていた。

焚き火の残り火を囲んだ。

炎は小さく、風に煽られては消えかける。

それでも、赤い火は闇の中で唯一の温もりだった。


彼らは乾いたパンを分け合った。

硬く、冷え切っていて、噛むたびに歯が欠けそうな代物だった。

口の中の水分を奪い、味気なさばかりが際立つ。


「……硬いな。矢じりに使えるんじゃないか?」

フィオナが苦笑しながらパンを叩くと、カン、と金属のような音がした。


「それなら剣の鍔にでも嵌めてみる?」

イリスが真顔で返し、結晶の光でパンを照らす。

火にかざされたパンは、まるで武具のように鈍く光った。


ミラは祈りの杖を膝に置き、肩をすくめて言った。

「……祈りの供物にするには、ちょっと固すぎるわね」


一瞬の沈黙の後、三人の言葉が重なり、焚き火の周りに小さな笑いが生まれた。

氷原の風が唸る中、その笑い声は不思議なほど温かく響いた。


レイヴンは黙ってパンを噛みしめた。

歯に響く衝撃に顔をしかめながらも、仲間のやり取りに口元がわずかに緩む。

味は乏しく、冷たさが勝っていた。

だが、仲間の声と共にあることで、不思議と温かさを感じた。


「でも、まだ味がある」

イリスが淡々と呟いた。 その響きには、確かな安堵が宿っていた。


ミラは両手でパンを包み込むように持ち、静かに言った。

「食べることも、語ることも……生きている証ね」


その言葉に、誰もすぐには返さなかった。

焚き火がぱちりと音を立て、青白い結晶の光が炎に混じり、影が石壁に揺れる。


レイヴンは胸の奥で呟いた。

――声がある限り、俺たちはまだ人間だ。


彼は火の揺らめきを見つめた。

その小さな炎は、忘却を強いる世界の中で、確かに「記憶を語る者」の灯火だった。



七日目の夜、氷原のただ中、足元に細い裂け目が走っていた。

覗き込むと、凍りついた草の根が氷に閉じ込められたまま、まるで生きているかのように蠢いている。 その根から、低く湿った声が滲み出した。


「……忘れろ……語るな……」


声は風ではなかった。氷の奥底から直接、心に染み込むように響いてくる。

耳を塞いでも止まらず、胸の奥に絡みつき、思考を鈍らせる。


フィオナの手から矢が滑り落ちそうになった。

「……何も……思い出せない……」

彼女の瞳は虚ろになり、矢じりは雪に沈みかける。


イリスもまた結晶を握りしめながら、唇を噛んでいた。

「声が……記憶を削っていく……」

仲間たちの心が揺らぎ、沈黙が広がりかけたその瞬間――


ミラが祈りの杖を胸に抱き、目を閉じた。

そして、氷原に響き渡るほどの声で叫んだ。


「祈りは届く! 沈黙に呑まれても、声は残る!」


その声は澄んだ鐘の音のように広がり、氷の裂け目に反響した。

囁きは一瞬たじろぎ、草の根が軋む音を立てる。


「……語るな……」

最後の抵抗のように声が響いたが、ミラの祈りがそれを押し返す。

氷下の根は砕け散り、白い粉となって風に舞った。


仲間たちは息をつき、互いの顔を確かめ合った。

レイヴンは剣を握り直し、低く呟く。

「沈黙は呪いだ。だが声は……声は武器になる」


氷原の風が再び吹き抜けたが、今度は囁きではなく、仲間たちの声がその空白を満たしていた。



九日目の午後、氷原の果て、吹雪が一瞬だけ途切れた。

白の帳が裂け、その隙間に黒い影が立っていた。

フードを深くかぶり、顔は影に沈んでいる。

ただ、その存在だけが異様に濃く、氷原の白に逆らうように浮かび上がっていた。


「……誰だ」

レイヴンが剣に手をかけると、影はゆっくりと首を傾けた。


「連邦に入れば、記憶を奪われるぞ」

低く掠れた声が、風に混じって響く。

それは警告であり、呪いのようでもあった。


仲間たちは息を呑んだ。

その声は、耳で聞くよりも先に胸の奥に沈み込み、氷のように冷たく心を締めつける。


「なぜ俺たちを助ける?」

レイヴンが問いかけると、影は小さく笑った。

その笑みは顔の奥に隠れて見えないのに、確かに感じられる。


「俺は記録から抹消された者だ」

影の声は、雪よりも静かに、しかし確かに響いた。

「存在しない者だから、語るしかない」


その言葉は、氷原の風よりも鋭く胸を刺した。

存在しない者――それは、記憶を奪う秩序の果てに生まれた亡霊のような存在。

語ることだけが、彼に残された唯一の証だった。


影は道を指し示した。

その指先は確かに都市の方角を示していたが、同時に「戻れぬ道」をも指しているように見えた。


次の瞬間、吹雪が再び荒れ狂い、影の姿は白に呑まれて消えた。

残されたのは、風にかき消される寸前の声だけだった。


「……語れ。お前たちがまだ、存在するうちに」


仲間たちは互いに顔を見合わせた。

その言葉が警告なのか、祈りなのか、誰にも分からなかった。

ただ一つ確かなのは――彼らが今まさに「記憶を奪う国」の門前に立っているということだった。



十日目の朝、吹雪がようやく収まり、氷原の果てに黒鉄の門が姿を現した。

それは山のように巨大で、氷原の白を拒むかのように黒々とそびえ立っていた。

表面には深く刻まれた一文字――「忘却」。

その文字はただの刻印ではなく、門そのものが思想を語っているように見えた。


門前には兵士たちが並び立っていた。

鎧は黒鉄に覆われ、槍の穂先は氷の光を反射して鋭く光る。

彼らは一言も発さず、ただ冷たい眼差しで来訪者を射抜いていた。

その目は「過去を語る者」を見抜こうとするかのように、氷よりも冷たく、容赦がなかった。


やがて、一人の兵士が前に出た。

「名を告げよ」

低く響く声が、門前の空気を震わせる。


レイヴンは剣の柄を握りしめた。

その手には、これまでの十日間の試練の重みが宿っていた。

だが、彼が答えるより先に、イリスが一歩前に出た。


「私たちは旅の者。……ただし、記憶を持つ者でもある」


その言葉に、兵士たちの目が一斉に鋭く光った。

槍の穂先がわずかに動き、空気が張り詰める。

沈黙の中で、彼らの声が再び響いた。


「記憶を持つ者は、この地では“病者”と呼ばれる」

「入るならば、浄化を受けよ」


その宣告は、判決のように冷酷だった。

拒む余地はなく、従うか、抗うか――二つに一つ。


仲間たちは互いに視線を交わした。

フィオナは矢を握りしめ、ミラは祈りの杖を胸に抱き、イリスは結晶を強く握り込む。

レイヴンは剣をわずかに持ち上げ、低く息を吐いた。


十日間の旅路は、この瞬間のためにあった。

「忘却」を強いる国の門前で、彼らは選ばなければならない。

記憶を差し出すか、声を上げるか――。



辺境都市の広場は静寂に包まれていた。

石畳の上に整然と並ぶ民衆は、誰一人として声を発さない。

彼らは一斉に目を閉じ、胸に手を当てていた。

その姿は祈りにも似ていたが、そこに温もりはなく、ただ冷たい規律だけが漂っていた。


祭壇の上に立つのは白衣の司祭だった。

雪のように白い衣は風に揺れ、両の手が高く掲げられる。

その声は広場全体に響き渡り、石壁に反響して重くのしかかる。


「過去は魂を腐らせる。忘却こそ救い。語ることは呪い」


その言葉が繰り返されるたびに、民衆の胸に当てられた手はより硬直し、閉じた瞼の下の表情は陶酔にも似た静けさに覆われていく。

まるで一つの身体であるかのように、同じ動作で頷くその姿は、信仰の表れというよりも、命令に従う兵列のようだった。


レイヴンは眉をひそめた。

――これは祈りではない。

声を殺す儀式だ。


だが次の瞬間、彼は異様な感覚に気づいた。

司祭の言葉が響くたびに、舌がわずかに重くなる。

思い出そうとしたノアの笑顔が、霧のように揺らぎ、掴みきれなくなる。


「……効いている……?」

イリスが結晶を握りしめ、震える声で呟いた。


そう、これはただの演説ではない。

言葉そのものが呪文であり、思想と魔術が一体化した《浄化の儀》。

信じ込むほどに魔法は強く作用し、語る力を奪っていく。


その果てに生まれるのが――ノクス浄化兵。

彼らは記憶を持たず、声を持たず、ただ命令に従う沈黙の兵。

「忘却」を体現する存在だった。


フィオナが小声で呟いた。

「……これが、彼らの秩序」

その声は震えていた。矢を握る指先にも力がこもる。


ミラは祈りの杖を胸に抱き、涙を浮かべながら首を振った。

「祈りは届くはずなのに……ここでは祈りすら封じられている」


彼女の声はかすかに震え、しかしその震えが逆に、広場の沈黙を裂くように響いた。

周囲の民衆は目を閉じたまま動かない。

だが、その中の何人かは、ほんの一瞬、眉をひそめ、唇を噛んだ。


レイヴンはそれを見逃さなかった。

「……声はまだ、ここに残っている」

彼は低く呟き、剣を握り直した。



そのとき、レイヴンは剣を地に突き立てた。 氷原を渡ってきた刃が、石畳に鈍い音を響かせる。 広場に緊張が走り、民衆も兵士も一瞬息を呑んだ。


「ならば俺たちは――敢えて語ろう。呪いと呼ばれても構わない」


その声は、沈黙を強いられた都市に異物のように響いた。 レイヴンの瞳は揺らがず、彼は仲間たちの前に立ち、胸の奥から言葉を絞り出す。


「ノアの最期の言葉を……俺はここで語る」


彼の声が震えると同時に、仲間たちの心臓も高鳴った。 そして、彼ははっきりと告げた。


「声は死んでも残る。だから……語ってくれ」


その瞬間、広場にざわめきが走った。 目を閉じていた民衆の中に、涙を流す者がいた。 忘却の儀式に従ってきた彼らの胸に、封じられた記憶が疼き始める。 母の顔、失われた友の名、かつての歌声――忘れたはずのものが、声に呼び覚まされていく。


兵士たちが槍を構え、鎧の擦れる音が一斉に鳴り響いた。 司祭は顔を歪め、怒声を上げる。


「黙れ! その声は呪いだ!」


だがレイヴンは一歩も退かない。 剣を突き立てたまま、両手を広げ、声を張り上げた。


「呪いでもいい! 俺たちは語る! ノアの声を、ここに残すために!」


その叫びは、氷原を渡る風と共鳴した。 冷たい風が広場を吹き抜け、沈黙を裂く。 民衆の中から嗚咽が漏れ、誰かが小さく名を呼んだ。 それは十日間の旅路を経て、初めてノクス連邦の地に響いた「語る者の声」だった。



広場に響いた声は、確かに秩序を揺るがした。 だが次の瞬間、浄化兵たちが波のように押し寄せた。

槍の穂先が一斉に突き出され、鎧の擦れる音が轟く。


「来るぞ!」

レイヴンが剣を振るい、一人を弾き飛ばす。

フィオナの矢が閃き、兜を貫いた。

イリスの結晶が光を放ち、兵列に一瞬の乱れを生じさせる。

ミラの祈りの声が響き、兵士たちの動きがわずかに鈍る。


――声が、彼らを揺るがしている。


だが数の差は圧倒的だった。

次の瞬間、鎖が振り下ろされ、レイヴンの腕を絡め取る。

フィオナの弓は叩き落とされ、イリスの結晶は兵士の足が結晶を踏みつけた。

鈍い音と共に、外殻が粉々に砕け散る。

だが、その中心に宿る光の核だけは辛うじて残り、淡く脈打つように輝き続けていた。


砕けた破片は床に散らばり、冷たい石畳に吸い込まれるように消えていく。

しかし核の光は消えず、むしろ砕けた外殻から解き放たれたかのように、かすかな声を響かせていた。

ミラの杖も奪われ、祈りの声は鎧の手に塞がれた。


「離せ!」

必死の抵抗も虚しく、四人は次々と地に押さえつけられる。

冷たい鉄の鎖が皮膚に食い込み、冷たさと痛みが同時に走る。

手足を縛り、石畳に頬を打ちつけ、血の味が広がる。


それでも――声は残っていた。

民衆の中から嗚咽が漏れ、誰かが名を呼び、それを慌てて口を塞ぐ。

その小さな声は、兵士たちの怒号にかき消されながらも、確かに広場に響いていた。


司祭が吐き捨てるように命じた。

「連れ出せ。沈黙の牢へ」


兵士たちは四人を鎖で引きずり、広場を後にした。

民衆は再び目を閉じ、沈黙に戻る。

だが、その沈黙の奥底には、確かに揺らぎが残っていた。


暗い石の回廊を抜け、彼らは地下へと投げ込まれる。

壁には無数の爪痕が刻まれ、かすれた声の残響がまだ石に染みついていた。

武器も、装備も、すべて奪われた。

残されたのは、声と記憶だけ。


闇の中で、レイヴンは低く呟いた。

「……名を呼べ。声を絶やすな」


仲間たちが応える。

「レイヴン」

「イリス」

「フィオナ」

「ミラ」


その声が石壁に反響し、牢獄の闇を震わせた。

それは敗北ではなかった。

声がある限り、彼らはまだここにいる――。

そしてその声は、沈黙を強いる牢獄そのものを、わずかに軋ませていた。

あとがき・秩序の三柱


《眼》「はーい!秩序の三柱でーす!……いやあ、今回も“見られてる感”すごかったでしょ?僕なんかページめくるたびに“監視カメラかよ!”って言われてる気分でしたよ!」


《舌》「おいおい、監視よりも大事なのは“声”でしょ!“語れ、語れ”って本編で散々言ってたのに、読者さん、実際は声出して読んでないでしょ?……ほら、今こそ音読タイム!」


《鎖》「やめとけ!夜中に声出して読んでたら家族に怪しまれるやろ!……てか僕なんか“ギィィィ”って鳴るだけで出番終わりやぞ?効果音担当の気持ちも考えて!」


《眼》「でもさ、今回のレイヴンくん、牢にぶち込まれても“声がある限り俺たちはまだ人間だ”って言ってたじゃん。あれ、めっちゃカッコよかったよね!」


《舌》「いやいや、あれは僕の功績や!“声”って言葉が出てくるたびに僕が輝いてたんやから!」


《鎖》「お前ら二人とも勘違いすんな!最後にガシャーン!って縛り上げたのはこの僕や!縛られてこそドラマが生まれるんや!」


《眼》「……まあ結局、声も、視線も、鎖も、みんな揃って“秩序”ってことだな」

《舌》「うまいことまとめたな!」

《鎖》「でも次回もどうせルシエルくん迷うんやろ?読者さん、“また迷うんかい!”ってツッコミ準備しといてな!」


《眼》《舌》《鎖》「というわけで、次回も我々三柱の活躍に――ご期待ください!」

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