009 イカれたアイツ
『ヴェエエエエ』
「ゔぇええええ」
『煉獄のクラッシャーシープ(Lv.65)が【破壊の突進】を発動、クリティカル! 77,710ダメージを受け、貴方は死亡しました』
『到達記録1階。プレイ時間0分37秒。煉獄のクラッシャーシープ(Lv.65)に破壊された……』
『リトライしますか? リタイアし――リトライが選択されました』
獄シープ、足が20本あるマイクロバスサイズの巨大な羊。分厚い体毛に覆われていて、そこに攻撃しても全くダメージが入らない。目が常にギョロギョロと動き続けていて、こちらを少しでも視認した瞬間一直線に向かってくる。本当、よくこんな化け物を実装したなってぐらい気持ち悪い生物。
絶対に赦せない極悪モンスターで、基本的に見つかった時点でアウト。とんでもなく足が速いから逃げ切ることも不可能。ちなみにさっき機転を利かせて、突進をギリギリで回避してマグマの中にダイブさせてやったんだけど、何事もなかったかのようにマグマを泳いで出てきたね。その時は思わず『マジかぁ~……』って声が出ちゃった。マジだよ。
『3……2……1……転送』
リトライを選択して再スタート、まずは小部屋から開始! これは当たりエリア!!
小部屋開始は今のところ獄シープが近くに居たことはないし、時間経過後に巡回してる獄シープに見つかっても小部屋の中で暫くやり過ごすことが出来た。まあその後に【煉獄の血禽照発】って鶏型の爆弾に殺されたんだけどね!! 滅多に居ない自爆モンスターで、自爆した後に一定時間で復活するらしいわ。復活すんな!!
『ヴェエエエエ……』
ああ~居る、居るわ~!! 突進してから念入りに踏みつけてくるクソ羊~!! いつか殺す、必ず殺す。今は、その時じゃない……。
この声の低さは索敵中ね。まだ見つかってないから、見つかるまではフリーで行動出来る。後はチキンデリバリーと、たまーに遠くから聞こえる声の主にさえ出会わなければ……。
『――――プギィィィィィイイイ…………』
居ます、居ますねえ~、推定煉獄ポークが!! 牛、豚、鶏、羊とお肉の元がいっぱい居るわ、ド畜生共め!! とにかく一匹で佇んでいる牛を見つけないと……。この小部屋の出入り口は2箇所、片方は大部屋というかほぼ遮蔽物なしの大空間に繋がってて、もう片方は学校の廊下の2倍の広さぐらいしかない通路に繋がってる。ギリギリ獄ミノが通ってこられそうだけど、来るとしたらほぼチキンデリバリーよね……。
遠くには他の部屋に繋がってる入り口が見える。意を決して大空間を走りきってそっちに向かうか、それとも先がわからない通路へ出るべきか……。迷う、迷うわ……でもここに居続けても状況は悪化するだけだし、こうしている間にもチキンデリバリーが部屋に転がり込んでくる可能性がある。爆発のダメージは両手斧でガードした時受けたのは1万ぐらいだったけど、レベル12でHPが980しかない私にとっては10回死ぬぐらいの超ダメージよ!
『ヴェエエエエ……』
『プギィィィイイイイイ……』
あーダメだ、大空間の方は羊が見える位置で徘徊してる……。信じられない程に素早いから、向こう側の部屋には辿り着けそうにない。なら、通路に出よう! 幸いにもこっちは目に見える範囲にはモンスターが見えない。さあ、出てすぐに右と左に道が別れてるんだけど……右か、左か……。なんとなく左で!!
うわあ、すぐに曲がり角がある。曲がり角の先でモンスターとバッタリっていうのが怖いから、慎重に曲がり角を覗いて先を確認しよう……。ん、居ない! でも行き止まりっぽい!! だけどなんか、なんかあーーっ!! 金色にピカピカ光ってる、箱みたいな物が置いてあるよぉおお!!
「……罠? 罠じゃない……?」
いや、インフェルノモードがそんなに甘いはずないじゃない。こんな低階層から金色の宝箱? 怪しい、怪しすぎて危険な臭いがプンプンしてくる。でも、かれこれ1時間半ぐらい70回ぐらい死んで、初めて宝箱という存在を見つけた。こんなチャンスは当分ないはず……。よし、開けちゃおう!!
「開けるべきよね……」
『コケッ』
「そうよね、転ばないように注意して」
『コケーッ!! コッ……コッ……コッ……コッ……』
『煉獄の血禽照発(Lv.66)が【火雲吐打運墓無】を発動しました』
「あっ……!?」
あああああああああああああ!? あああああああああああ!! いつの間に、いつの間に私の後ろに居たのよおおおおお!! ヤバい、カウントダウンボムが始まっちゃった!! こうなると爆発するまで私にべったりくっついてくる……せめて、あの宝箱が罠だったのかそうじゃないのか、それだけでも知りたい!! 開けてレアアイテムがあったら後悔することになるかもしれないけど、それでも良いからとにかく開けたい!!
『コケッ……コケッ……』
「あああああ……!!」
『コケッ……コッ……コッ……』
宝箱、開ける――――罠が仕掛けてあるかもしれないから、横から開ける!! 開け~!!
『【黄金の宝箱】をオープン……トラップ! 【猛毒矢】だ!!』
やっぱり罠だったじゃないの~!! ああ!?
『コッケコッコ――ォ……!?』
『煉獄の血禽照発が【猛毒矢】により5ダメージを受けました。【猛毒・レベル4】【麻痺・レベル4】になりました』
『煉獄の血禽照発が爆発します』
さ、刺さった、チキンデリバリーに刺さった!! でも爆発する、ローリング回避ーーッ!!
『【ローリング回避】を発動、衝撃波により540ダメージを受けました』
『壁に衝突し、410ダメージを受けました』
「おぐぅ、ぐっ……」
かか、回避した……。生きてる……!? そうだ、こいつ復活するんだ!! 宝箱の中身はどうせ空っぽだ――――空っぽじゃない!? なんか金色の袋のアイコンが入ってる!! 罠付きだけど中身がしっかり入ってますよってパターンだ!! いや、宝箱の中身よりも大事なものがあるわ。この猛毒矢を発射した装置、まだ矢が残ってない!? あった、あと2本発射されるようになってる!! こっちが先、これが欲しい!!
『【猛毒矢】を2本入手しました』
『煉獄の血禽照発(Lv.66)が【オートリザレクション】を発動』
『コケッ……コッ……コッ……』
『煉獄の血禽照発(Lv.66)が【火雲吐打運墓無】を発動しました』
私が死ぬまで絶対に爆発するのを止めないという、迷惑過ぎる覚悟を感じる!! でも、私を殺すのにそんな大技は余計なことだったわね!! その爆発準備中、私を追いかけてくるだけで攻撃してこないんだったら……くらえっ!!
「こぉけこっこぉぉおおお!!」
『【猛毒矢】を投げました。煉獄の血禽照発が【猛毒矢】により1ダメージを受けました。【猛毒・レベル4】【麻痺・レベル4】になりました』
「アイテム!」
『【★キャ・ロッド】を入手しました』
「箱詰め!!」
猛毒と麻痺で動けないチキンデリバリーを、宝箱に詰める!! これで爆発しても今度は爆風を受けないはず、もう出てくんな!!
『煉獄の血禽照発が爆発、ターゲットが存在しませんでした』
『煉獄の血禽照発が力尽きました……。経験値 100,801 獲得』
『おめでとうございます! 一時的にレベル31へ上昇しました!』
「お、お……お……」
お、え、宝箱の中で爆発して、復活しても出てこなければそれでいいと思ってたのに、倒し……た……? たったの1ダメージで、私が倒した判定になったってこと!? あ、一応猛毒で与えたダメージも私が与えたことになるのかな……? 獄ミノで経験値が貰えなかった時に、経験値が貰える仕組みみたいなのを確認した時には、モンスター毎に設定されたHPの一定量を越えるダメージを与えないと経験値が手に入らないって書いてあったんだけど……貰えちゃったみたい。
いけない、ぼーっとしてる場合じゃない。ここは行き止まりの通路、これだけの物音を立てたからにはモンスターが集まってきてもおかしくない。とりあえずステータスは……筋力と体力から上げようと思ってたけど、敏捷性を先に50まで上げる!! 残ったステータスポイントは……やっぱ筋力!! これで移動速度に変化があれば、獄シープから逃げ切れるかもしれない。
『――――ブモォォオオ…………』
「居る、来る……!!」
来る、奴が……!! あれだけ探して全く出会えなかった牛が、こっちに向かってきてるのを感じる!!
どうする、この通路じゃハンマーぴょんぴょん丸をするのに高さが足りない。さっきの小部屋も学校の教室の2倍ぐらい、せいぜい4メートルぐらいの高さしかない。倒すなら中部屋、もしくは大部屋か大空間……。それにこの行き止まりの場所からどうやって逃げ出せばいい? どうすれば…………角待ち!! 何も角で出待ち作戦は、モンスター側の特権じゃない!! 私だってやってもいいんだ!!
『【普通の両手斧】【普通の両手槍】【普通の両手槌】をセットしました』
さっき拾ったばっかりの武器は……ううん、流石に今拾ったばかりの武器を頼るのは……両手棒!? 棒なんて武器種、チュートリアル待機マップになかったじゃないの!! それにこの武器の名前、まさか……ネタ武器!? 獄ミノの足音が近づいてくる、角待ちは準備済み……見る時間、ある!!
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【★キャ・ロッド】(レジェンダリー・両手棒・エンチャントスロット【◯◯◯◯】)
・【要求】純粋なAGI50以上
・【固有スキル】ラビットキック
・物理攻撃力+260
・魔法攻撃力+460
・武器破壊耐性+77%
・【エンチャント】
┣なし
┣なし
┣なし
┗なし
――なんだこの、ふざけた槍は!! 柄を作り直せ、これは要らん!!
――なんだよ、軽くて丈夫で強い素材で作ってあるのに!!
強化可能・所有者登録【ウェーブ】・重量1.0kg
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『【普通の両手槌】を解除、【★キャ・ロッド】をセットしました』
『【歩く】を解除、【ラビットキック】をセット、【ラビットキック】を発動、対象が存在しませんでした』
「うっ……!?」
このスキル、狙った場所に急降下キックが出せる……しかもかなり威力が高い、地面にひび割れが出来て凹んでるぐらいのパワーがある!! これ、キックとかの上位スキルだよね……これだもん、戦闘用のちゃんとしたスキルを獲得したら基本動作とかの強制モーションを解除するわけよ!!
『ブモォオオオオオオオオオ!!』
『ブモオオオオォォオオオオ!!』
は……? え、ちょっと待って? もしかしてなんだけど、2体……い……る……? いやいや、違うよね! 声が反響して2体分聞こえてるだけだよね!! 絶対違う、絶対1体だけ……。あんな化け物が2体も同時に現れて良いわけないじゃん。普通は1体ずつ、いやこれ普通の難易度じゃないんだった!! じゃあ、まさか今のは私の勘違いじゃなくって……?
「でぇい!!」
『【下段振り下ろし】を発動、煉獄のミノタウロス(Lv.62)に4,401ダメージを与えました』
『ブ、モォォォオオオオォオ!?』
『ブモオオオ!?』
『煉獄のミノタウロス(Lv.62)が体勢を崩し転倒、煉獄のミノタウロス(Lv.64)が下敷きになり577ダメージを受けました』
『ブモ! モォオオオ!!』
『ブモ……ブモ、モオォオオ!!』
やった、角待ち大成功!! 凄い、先端が緑色で棒の部分が橙色のふざけた柄をした武器だけど、斧や槍よりも断然扱いやすい! 狙い通り角待ちが大成功、獄ミノの足の指を潰してやった!! この隙に横をすり抜けて、さっきの小部屋まで戻る。ここで戦うよりはまだマシなはず!
「はぁ……! はぁ……!!」
『――――ヴェエエエエ!!』
『――――ブヒィイイイ!!』
遠くにいる羊と、豚であると思われるモンスターが戦闘を察知して私を探してる……。大丈夫、あの巨体じゃ小部屋の中には入ってこられな、ぁあ、ああああああああああああああ!?
『ヴェエエエエエエエエ!!』
「ぴゃ、ぴょっ、おっ!?」
大空間がある側の出口いっぱいに、羊の顔面が詰まってるぅううう!! み、見つかった、キモッ!? 左右の目の焦点が合ってないし、それぞれがぎょろぎょろと動いてて本当にキモい!! でも今なら、あのムカつく顔面に1発ぶち込んでやるぐらい出来るよねぇ!?
「あ、ああああ、だりゃあああああああ!!」
『【ラビットキック】を発動、クリティカル! 煉獄のクラッシャーシープに13,470ダメージを与え、【失明・右】状態になりました』
『ヴェエエエエエエ、ヴェエエエエエエエエ!?』
どうだぁ!! 目ん玉潰してやったわ、キモいのよバ~カ!! うわ、逃げてった……二度と私の前に現れんな!!
それよりも、そろそろ入ってくる……獄ミノ2体が……。まさかまさかの入り口出待ち、二度も同じ手に引っかかるとは思えないけど、やってみるだけの価値はあるでしょ。
『ブモオォォオ……!! ブモォオオオオ!!』
『煉獄のミノタウロス(Lv.62)が【突進】を発動スタンバイ』
やば、バレてる……? いや、奇襲のタイミングをずらそうとしているだけね! なら、向こうの意識は左右に向いているはず。通路と小部屋の接続部、このダンジョンの壁の岩肌にはたくさんの突起がある……。ギリギリ、掴まっていられるはず!! 並の人間のパワーじゃこんなこと出来ないだろうけど、私は筋力のステータスがかなり高いから出来るはずよ、私ならやれる!!
『煉獄のミノタウロス(Lv.62)が【突進】を発動しました』
『ブモォオオオオオオ!!』
『モォオ!! モォオオオ!!』
『煉獄のミノタウロス(Lv.64)が【突進】を発動しました』
もう少し、もうちょっとで……!! よし、間に合った!! きた、くらえぇえええ!!
『【ラビットキック】を発動、クリティカル! 煉獄のミノタウロス(Lv.62)に13,488ダメージを与え、【スタン・レベル3】状態になりました』
『――モ……』
『モォオオオオオオオオ!?』
『クリティカル! 煉獄のミノタウロス(Lv.64)が煉獄のミノタウロス(Lv.62)に5,570ダメージを与えました』
先制攻撃成功よ!! 混乱してるレベル64よりも先に、レベル62の方を確実に始末する!! ハンマーぴょんぴょん丸なしで、しかも獄ミノ2体……やってやる、やってるぞーっ!!