027 引き分け?
◆ ◆ ◆
「ウェーブちゃん、元気を出してください~……」
『にゃあ~……』
『ピッピッ……』
「…………はぁ~」
訓練場で再現した大地の古傷は、簡単に飛び越えられるようになった。私が先に飛んで、次にカリンちゃんが飛んで、それを私が受け止めるという方法で渡れると、何度もチャレンジしてその方法を確立することに成功した。
そして本物の大地の古傷に到着して、さあダブルインパクトとダブルキャノンロケットで飛び越えるわよ~って意気揚々と橋の近くに到着した時、事件が起きたわ。
『――――赤い蝶ネクタイを着けた黒猫を連れた、魔族の角を持つ少女……ディッツさんの言っていた方では?』
『――――ウェーブさん、だね? 君のことは聞いている。それだけの実力があることと、蠍の魔女様を救出した功績が認められ、特例で通して良いこととなっている。連れは、同じく救出に参加したカリンさんだね? 君も通して良いと言われている』
『――――どうしたんだ? 渡りたかったんじゃないのか? 通って良いぞ?』
アレだけ練習した大地の古傷の飛び越え、無駄。まさかまさかの、特例でこの大橋を通って良いようにと取り計らわれてたわ。
挙句の果てに、ターラッシュ側にある休憩所と、ルナリエット側にある休憩所を仮拠点として登録出来るようにもなってて、万が一死んだとしてもここからリスタート出来るようにもなった。返してよ、私達の練習時間。そして本物に挑むという緊張感!! 返してー!!
『善意をいうものは、時には相手にとって迷惑にもなることがあるということだな……』
善意が悪意、迷惑に感じる瞬間ってのは確かにあるけど、まさかこんな形で感じるようになる日が来るとはね~……。私も気をつけないと。
「うーん……。ナーノちゃんは、いきなりあんなお家渡されて迷惑してない? 大丈夫?」
『今、この家を取り上げられてしまったら、私はウェーブ嬢と暫くお喋りが出来なくなるかもしれない』
「あ、そんなに……。えっ、エビフライは?」
『うぅむ、あれを取り上げられたらショックで3日は寝込む』
「格好良い猫ちゃんかと思ったら、意外としっかり猫ちゃんなんですね~」
「そう、ナーノちゃんは意外としっかり猫ちゃん」
『本能には抗えない、そんな時があるのだよ……』
そっか~。ごろにゃ~ん出来る場所とエビフライはもう手放せないか~。それにしても、怒るっていうよりはショックで落ち込むタイプなのね……。私はそういう時だと、怒っていじけるタイプかなぁ?
それにしても、本能ねえ~……。じゃあ、私が今感じているこの感情も、本能によるものだったりするのかな?
「ナーノちゃん、本能には抗えないって言ってたよね」
『うん? そうだな、抗えない時があるだけであって、はっとなって気がつくとやめるということは……』
『ピィ……?(あら、どうして斧を担いでいらっしゃるのかしら……?)』
「ウェーブちゃん? どうしたんですか?」
せっかく練習してきたものを発揮出来ず、モヤモヤしている。
目的地に到着するためには、狼男と魔法をバンバン撃ってくるゾンビと、デロデロと毒液を垂れ流すゴーレムから逃げなければ辿り着けず、イライラする。
目的地に到着したとしても、目的の地形と構成を引くまでリトライしなければ、モンスターを倒してステータスを上げることすらままならず、もどかしい思いをする……。
「気に入らないヤツをぶっ飛ばすのよ」
「え、もしかして向こうに居るモンスターさんを……」
『ピィ!?(あの狼男と戦うつもりなの!?)』
『ルナフェルノ前の準備運動のつもりだろうか……』
昨日はとんでもなく素早い動きに、死亡したらやり直しが出来ないプレッシャーがあったから逃げたけれど、今日は死んでもやり直しが出来るのよ。それなら、チャレンジしないという選択肢はないわ! さあ、実験体だかなんだか正式名称忘れたけど、勝負よ!! 狼男!! あれ、ちょっと待ってこいつなんか他のよりデカ――――!
『…………ガァアアアアアアアアア!!』
『黒き狼のガルフ(Lv.100)が【無双連斬】を発動――』
「おわあああああああああ!?」
『ガア!? あああ!? しまった!!』
『ニャアアアア!(ウェーブ嬢、この狼男は!)』
なんか違う!! 他の狼男となんか、ちがーーう!!
『クリティカル! 471,450ダメージを受け、貴女は死亡しました。初心者期間中につき、デスペナルティは発生しませんでした』
『なんということ……』
『ウェーブ嬢ー!?』
ヤバ……。ヤバ……。何が飛んできたのかさっぱりわからない間に死んだみたい、なんですけど……? え、レベル……100……!? 100って、カンストじゃないの!? ほへっ……。
『リスタート地点【大地の古傷の休憩所・ルナリエット側】が選択されました。転送します』
「うっ!? 何あれ!?」
『私にもわからない、一瞬で八つ裂きにされたことだけはわかるが……。あの狼男は、あまりにも別次元な存在だ』
「早く戻ろう!! まだ居るかも!!」
『もう一度挑むつもりなのかね!?』
あの狼男、まだ同じ場所に居るかもしれない。それに、カリンちゃんを1人置き去りにしてきちゃってる状態なのは、非常に良くない! まさか一瞬で負けるなんて思ってなかったから、とりあえずパーティチャットで安否の確認だけでも…………ッ!?
『――本当に、ここに居るのか!?』
「は、はい! 多分居ます~!! あ、居ました~!!」
「カ、リン、ちゃん!?」
『さっきの狼男に連れられてきたようだ……』
こっちから出向こうと思ったら、向こうからきたんですけど!! まあ、手間が省けて良かったけど、今度はさっきみたいにガルガルしてないっていうか、妙に敵意がないというか……。正気を取り戻しました、みたいな様子……?
『異界人で助かった……。いや、殺してしまった事実には変わりないが、まさか大魔女殿の使徒を連れている人物を殺してしまうとは……』
「あ、あんた、何者……? つ、強すぎ、うわ、顔が怖っ……」
『ガァアア!? か、顔が怖い……。そ、そうか、そうだな……。キャウーン……』
「ウェーブちゃん! ガルフさんはお顔が怖いですけど、悪い人じゃないですよ! それにお耳がもふもふです!」
カリンちゃんの良い人かどうかの判断基準、もしかして……もふもふ度合いとかが判断基準リストに入ってたりする? どう見ても悪役顔って感じでメチャクチャ怖いし、頭部が狼で牙がギラギラしてるのも怖いし、手も私の胴体を鷲掴み出来るんじゃないかってぐらいデカくて怖いし、とりあえず怖いんだけど。あ、キャウーンってして尻尾と耳が垂れたのはちょっと可愛い……かなぁ?
『そ、それより、俺はガルフ……。まあ見ての通り、とても善人には見えない面をしているが、怪しい者ではないんだ』
「…………初手で、こ、殺してきた、くせに」
『キャウーン、キュゥーン……』
人間だと思って接するから言葉がこう、上手く出てこないけど……。あ、そうだ! 動物と接してると思って話をすれば、ナーノちゃんと喋るぐらいにはスムーズに会話が出来るかも? よし、ギルドの人達とお喋りする練習と思って、頑張って会話をしてみよう!
「あ、あー……。ガ、ガルフちゃんは、どうしてあんなところに居たのかな~? わんわ~ん……?」
『ワウ……!? ちゃ、ん……!?』
「ウェーブちゃん!?」
『ピピピッ……(様子がおかしくなってしまったわ……)』
「迷子かな~? それとも、都市の周りの狼男に用事かな~?」
『こ、子供扱いしないでくれ! そんな歳じゃ』
「ん~~!! 教えてくれると嬉しいなぁ~~!! よしよしよしよし!!」
急に怒らないでガルフちゃん!! もふもふを撫でてあげるから、大人しくなりなさい!! 大人しくなぁれ!!
『…………こんなに様子のおかしい女が、使徒に認められた冒険者とは』
『私を睨まないで欲しいね。いつもはこんな子ではないんだ、きっと君が強すぎておかしくなってしまったんだよ』
「怖くない怖くない!! ほら、それで!? どうしてあそこにいたの!? なんで殺してきたのかなぁ!?」
『はぁ……。ま、まあ、あれは条件反射というか……。悪魔そっくりの女が斧を担いで迫ってきたんだ、そりゃあ手が出るというものだろう? 悪魔は生かしておけない。人類の裏切り者で、俺をこんな姿にした奴らだ……!! ラーラー……奴だけは、必ずこの手で……!!』
「紛らわしくてごめんねぇ~!! よしよしよしよしっ!!」
『はぁ~……』
「カリンもよしよししたいです~! えへへ、ふわふわだぁ~!!」
『はぁ~~…………』
なるほど、魔族そっくりなのはこの角のせいね。アバターのくせにデバフアイテムが過ぎない? まあでも、皆が気に入ってくれた角だし、外すつもりはないけど。しっかし、本当に悪魔って誰からも嫌われてるわね。ナーノちゃんが言ってた通り人類の裏切り者だし、そりゃあ嫌われて当然なんだけど……。
『やるか、やられるかの世界なんだ。弱い者は生き残れない。君を殺したことについて、謝るつもりはない。だが、まあ……異界人だと知って、正直安心した。大魔女殿の使徒が認めた勇者候補を、この手で摘んでしまったかと思って……』
「他にもその、勇者候補って居るのかなぁ~!?」
『ああ、居るさ。剣聖ガンリューが認め、コジローの名を継いだとされる剣士。人類の希望と呼ばれる薬師、蠍の魔女のサリー。人類最強と言われながら、天族の力も魔族の力も受け入れるのを拒んだ、フォルトゥナ傭兵団の団長、フリオニール……。そしてこの俺、黒き狼のガルフ。ただ、全員が全員、それぞれのやり方で裏切り者達を始末することを選んだ。勇者候補として選ばれたが、勇者になるつもりはない者達だ』
おおー凄い、名前が上がった内の1人は既にあったことがあるわー!! へえ、サリーさんってそんなに重要なNPCだったんだ。あの時たまたま救出したのって、実は超ファインプレーだったんじゃ? それにしても人類最強かあ~……このもふもふガルちゃんよりも強いのかな?
「その、フー……あ~……フニオチールだっけ?」
「フリオニールです~!」
「そう、そのフリオチールって人、もふもふガルちゃんと戦ったらどっちが強いのかなぁ~?」
『…………はぁ。フリオニールと戦ったらどっちが強いか、だって? 冗談じゃない。奴の片足でも動かすことが出来たら俺の勝ちってルールなら、ギリギリ勝てるんじゃないか? そんなレベルの相手だ。次元が違う……だが、奴は……』
へえ~そんなに強いんだ、そんなとんでもないNPCもこの世には存在してるのね。なんかその、フリオールって人は随分と訳ありみたいだけど……。そんなに強いなら魔神にひれ伏して魔王になっちゃった連中を倒しにいけば良いのに。
「奴は、なんですか~?」
『自分の身内だけが無事なら、他はどうでもいいというタイプで、人類のためにと動くような男ではないんだ。随分と昔に副団長が抜けたのが関係しているらしいんだが、詳しいことまではわからない……。とにかく、魔王討伐に動く気がないのだけは確かだ。今はルテオラで聖女のお守りをしているらしい』
「ほえ~詳しいねえガルちゃん~。良い子だ……」
『あ、ああ……。そろそろ頭が擦り切れそうだ、やめてくれ』
「む~……」
なるほどね、なんとなく情勢が掴めたわ。いやあ、偶然こんなところで世界情勢に詳しい人……人? まあ、なんかラーラーって奴に姿を変えられた元人っぽいし人か。とにかく、もふもふガルちゃんのお陰で色々と詳しくなったわ。ありがとね!
『にゃぁぁああ~……』
「え? 何? どうしたのナーノちゃん? 撫でて欲しいのかな?」
『そ、そんなことはない……が~……』
なんと、狼男を撫でてたのがよっぽど気に食わなかったのか、行き場のなくなった私の右手にナーノちゃんが頭をスリスリしてきたわ。なるほどね、これが猫ちゃん特有のツンデレヤキモチのスリスリ攻撃……!!
『うにゃうにゃう~……ゴロゴロ……』
『とにかく、なんで君が勇者候補として選ばれたのかはさっぱりわからないが、俺の邪魔だけはしないでくれ。俺は魔王ラーラーさえ殺せれば……くそっ……!!』
「皆さん大変なんですね~。カンちゃんも首をカキカキしてあげましょうか~?」
『ピッ!!』
「ふふっ……。私もナーノちゃんのお守りで忙しいから、魔王は二の次三の次かな~。ね~、ナーノちゃ~ん」
『それは困る、んにゃぁう~……』
『はぁ……。俺ばかりが怒っているのがアホらしくなってくる……付き合ってられるか』
何かに向かって努力する、前進し続けるってのは良いことだと思うけど、この人の場合だと魔王ラーラーを倒した後……なんだろう、危うさを感じるなあ~。なんか、どこかで寂しく独りぼっちでひっそり生涯を終えそうな……。
「ナーノちゃん、おやつ食べよっか。極上ジャーキーあるよ」
『にゃぁあああ!!』
『むっ……』
「何?」
『い、いや、なんでも…………』
ん? 何? これはナーノちゃんのおやつであって、あんたにあげるジャーキーじゃないんだけど。
うわ、面白い……。もふもふガルちゃん、私がジャーキーを動かすと視線が追いかけてくる……。しかも物凄く大きなお腹の音まで鳴らして、涎が我慢出来てない。ふふっ……。
「お手」
『は……!? は、はぁ!?』
「お手したらこれあげる。お手」
『す、すすす、するわけないだろ!?』
「じゃあはい、ナーノちゃん。あ~ん」
『にゃぁぁぁ~ん……。うみゃうみゃうみゃうみゃ……』
『あっ』
さっきはあんたに負けたけど、今度は負けるつもりはないから。さあ、あんたに耐えきれる? この、美味しそうに極上ジャーキーを食べるナーノちゃんの姿に……。これ、美味しいのかな? 一応課金アイテムだから、品質は間違いないだろうけど……。
「まだあるけど?」
『…………い、いや、俺は別に』
「カリンもおやつ持ってますよ~!! はい、カンちゃん! あ~ん」
『ピピッ! ピピッ!!』
『俺は、別に、そういうのは……』
鳴ってますよ? お腹、我慢出来ませ~んって言ってますよ? ほら、どうするんですか? さっき私を八つ裂きにしたその右手を、私が差し出してる右手にちょこんと乗せるだけで食べられるんですけど。
「…………」
『…………』
「お手」
『…………ワ、ウ』
「ん~良く出来たねぇ~!! グッボーイグッボーイ!!」
『くっ……!! なんという……!! しかし、美味い……!! 美味い……!!』
『んみゃんみゃ……』
「皆で一緒におやつを食べると、幸せな気分になります~!」
「カリンちゃんも食べる? 人用のもあるけど」
「あ~ん! あ~ん! あ、わんわんっ! お手しちゃいます~!」
うわ、カリンちゃんが正直過ぎて可愛い。心臓止まりそう、動け私の心臓……!! ガルちゃんとは違って、素直で良い子にはご褒美をあげます。人用のおやつジャーキーよ!
「よし、素直で良い子ね……!!」
「え!? カリンは悪い子に憧れているのに、良い子にしちゃダメです!」
「他人からおやつを口に運んで貰うんだもの、これは十分に悪行よ。素直で良い子だけど、素行は悪いからセーフね」
「じゃあ大丈夫ですね! あ~ん!! んっ、んっ……んっ~!! おいひいれひゅ~!!」
こらこら、食べ物を口に入れたまま喋らないの。それが一番の悪行だわ、悪い子ね~……ふふっ。
『…………』
「え、ガルちゃん、何その手」
『…………わ、わん』
『にゃう……戦士の誇りはにゃいのか……?』
『ない。少なくとも、今この瞬間は……!!』
あら、ガルちゃんってばよっぽどお腹が空いてるわ。一切れ食べたら歯止めが利かなくなったのね! そしてお手をすればもう1枚貰えると思って、必死にお手のポーズをしてくる。ふふ……ふふふ……。勝ったわ、勝ったわね……。これで、1勝1敗……!!
「おかわり」
『ワウッ!?』
「おかわりは、左手を乗せるのよ。ほら、おかわりでしょ?」
『…………ワウ』
「よし、良い子ね」
「わんわん~!! カリンもおかわりです~!!」
なんだろう、この優越感とかいうか、なんとも不思議な気持ち。こんな気持ち初めて……!!
『チチチッ(雛鳥に餌付けする親鳥みたいねえ~)』
あ、間違いない。それだわ、これが親鳥になった気持ちかぁ~……なるほど、悪くないかもね……。なるほど、なるほどねぇ……ふっふっふっふ……。