022 ぶっちぎりでイカれた初心者・6
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運営チームと開発チーム全員に、緊急招集が掛かった。原因はなんとなく察していたが、我々が想像していたよりも、遥かに異常な光景が目の前に広がっていた。
『――――出来た…………。ダブル、インパクト走法…………』
これは、とあるプレイヤーの少し前の映像だ。
レベル1にしては異常な移動速度、それにチュートリアル待機マップでの死亡ログ、そして異常なバトルログの発生……。
このプレイヤーによって『ダブルインパクト走法』と名付けられたそれは、明らかにバグだった。この1年間、課金部分に小さなバグがあって補填したぐらいしかバグについては記憶がない。ゲーム部分は完璧に作られ、自由性と親切さを追求した結果、逆に自由が失われ悪意があるとさえ言われてしまった悲しきゲーム……。
「出来たか!? 誰か、出来たか!?」
「出来ねえよ!! どうやって出せんだよ!!」
「まず棒高跳びが無理なんですけど……」
「レベル1じゃ無理じゃないすか?」
「レベル1でやってんだから、レベル1でやれるって確認しなきゃバグ検証になんねえだろうが!!」
「いやまあ、そりゃそうなんですけど……」
そんな悲しきゲームで、誰よりも自由で、誰よりも破壊的な遊び方をするプレイヤーが現れた。現れてしまった。
名を、ウェーブ。個人情報を調べようとしたら、まさかのブロックをされてしまった。この会社で本部長の座にまで上り詰めた私が、開発部門の長の座である私が、個人情報を閲覧出来ない程のプレイヤー……。
この時点で、嫌な予感がした。昔、ジジイが総合主任として勤務していた頃に居たとされる、バビロンオンラインの破壊神の話をふと思い出した。
――曰く、ゲーム独自の言語の読み書きを数日でマスターし、詠唱システムの根幹を解析された。
――曰く、アバターを作成してから2ヶ月弱でメインストーリーを想定外の別解で制覇し、ワールド1の想定シナリオを破壊してしまった。
――曰く、最強と言われた戦闘AIを搭載した女神を、どれだけアップデートされても負かし続けている。
そんなプレイヤーが居るもんかと、私がガキだった頃は笑ったものだ。なんせジジイは、そのプレイヤーについての情報を一切話そうとしない。この会社に勤めていて、その地位で、取得出来ない個人情報なんてあるわけがないと。世間知らずの私は、ジジイのことを馬鹿にしていた。
――――今、ジジイのクソ邪悪な笑顔が、天国から私を見ている気がする。
「あの、レベル100でなら、出来ました……」
「レベル1でやれって言ってんだろ!!」
「棒高跳びのところさえ端折れば、空中ダッシュの後に100回に1回ぐらいなら成功するんですけど……」
「いや、それは成功してないよ。ダブルインパクトは空中ダッシュの後に武器をチェンジして、特定のタイミングで発動すると強制モーションが二重に出るバグだ。こういう感じで、バトルログにも二重で表記される」
「え、じゃあ、これは普通のインパクト走法……?」
「そうなるね。しかも遅い」
「ええ~……」
バグが発生した。由々しき事態だ。しかし開発スタッフの誰も検証に成功する者がおらず、何度映像を見ても再現することが出来ない。
挙動は明らかにバグ、映像はある、原因となるタイミングの解析も出来た、修正プログラムは一応用意されているが…………出来ない。バグの検証のためには、バグの性質や脅威度も理解する必要がある。プログラムだけを見て修正すると、思わぬ何かが連鎖反応を起こして、全く別の場所にバグが生じる場合がある。バグを取ったつもりがバグを増やした、なんてことにもなりかねない……。
それに、修正プログラムが正常に作動したかどうかを調べるためには、そもそも誰かがこのバグの再現に成功しなければならない。AIにウェーブの動きを模倣させるのは失敗した……。バグのタイミングを狙って強制モーションを取れなんて、そんな命令が理解出来るはずもなかった。むしろ『何言ってんだコイツ?』みたいな表情で見られた。悔しい。
「……メガリスちゃんの提案の通り、仕様ってことにしませんか~?」
「ダメだ、せめて1回だけでも成功させろ」
それに、メガリス……。このオンラインゲーム世界の管理AI……!! あいつめ、私を馬鹿にしているのか!? 本当にふざけた提案をしやがって……。
『プレイヤーは革命を求めています。プレイヤー名【ウェーブ】の発見したダブルインパクト走法は、間違いなくこの世界に革命を齎します。修正せず、仕様であると認めることを推奨』
「重ね重ね馬鹿を言うなメガリス!! こんな馬鹿げた行為が、革命だと? こんなのでプレイヤーが喜ぶわけがないだろ!!」
「いや、インパクト走法がめっちゃウケてるんで、絶対ウケますよこれ」
「うるさい!! プレイヤーはな、イベントとかそういうのを求めてるはずだろ!!」
「それは既存のプレイヤーだけで、新規や離れたプレイヤーには響かないですよ~」
「だからって!!」
『このままでは、確実にペルシアオンラインは衰退し、面白みのないゲームとして黒歴史に刻まれます。でしたらせめて、なんだかデタラメなモーションが取れるバカゲーとして認知を広め、別方面の繁栄を取り戻すべきだと提言します』
バ、バカゲー……!? この、完璧で最高の世界観を持つダークファンタジーの大作が、バカゲーだと!? 認めん、断じて認めん!! 認められるか、そんなの!!
「あ、ほら見てください。ダブルインパクトぴょんぴょん丸とか開発してますよ。ダブン丸ですって」
「ダブルインパクトローリングスラッシャー、略してダブロリ……」
「いやーどうやって空中でこんなに安定した武器チェンジが出来るんだろ」
「うわあああーー!! ダブル致命インパクト攻撃ぴょんぴょん丸!? レベル1のダメージランキングがまた更新されましたよ!? 2万840ダメージ!!」
わあ凄い! レベル1で2万ダメージって出るんだぁ!? 凄いぞウェーブちゃん、その調子で――――じゃない! 認められないって言っているんだ!!
『絶対に盛り上がります。仕様として発表すべきです』
「馬鹿か!! こんなのを仕様にしたら、バグが直せないダメ運営と思われるだろうが!!」
『いえ、既に新作で大失敗しているダメ運営と思われています。多分この部署だけがダメなのだろうと、世間一般に広く認知されています』
「んっぐぉおおおおおお……!!」
「主任、いい加減認めましょうよ~。ペルオン、失敗してるんですって」
「主任じゃない、本部長だ!!」
『本部長……ふっ……』
「笑うなぁメガリス!!」
『失礼しました』
ダメだ、どうやってもダブルインパクトの再現が出来ん……。修正しても本当に修正されたのか、それを確認することが出来ない……。
何者なんだ、ウェーブちゃん……。可愛いなぁ~……。何歳ぐらいなんだろう? 成人してるのかなぁ? あ、一応未成年ってことだけは確認出来るなぁ~……。
『未成年の女性です。犯罪ですよ?』
「うっるさい!! どんな人物か気になっただけだ!!」
『本部長の血圧上昇を確認。リラックスしてください。深呼吸を提案』
「んぐぐぐがぁぁあああ……!!」
おのれメガリス、おのれメガリス……!! 私がこんなケツの青い女の子に鼻の下を伸ばしていると思ったか、馬鹿め!! いやでも、スタイルは凄く良いんだよな……。笑顔はちょっと不気味というか、そこもまたミステリアスな感じで良いな。タイツじゃなくて生足なら最高なのになぁ~!! タイツ脱がんかなぁ?
『タイツを凝視して鼻息を荒くしないでください。血圧が更に上昇しています』
「うわ、本部長それはちょっと……」
「変態ですよ本部長~」
「う、うるさい……。それよりもダブルインパクトは成功したのか!?」
「もう誰もやっていませんが」
「出来る気がしないのでやってません」
「無理で~す」
かぁあああああ!! 数十人集まって誰も成功しない!? なんでなんだ、どうしてこう……ぐううう……!! があああああああああ!!
『ウェーブ氏のチート疑惑解消の証拠に、一部データの開示と映像提供を求めた件。それを非常に忙しい状況で要求した件。これらの補償もまだ決まっていません』
「それは、後日また……」
「そういうものの対応って、早くしないと刻一刻と鬱憤が溜まって、周りのプレイヤーに広められて更にダメ運営って言われるんですよ~?」
『ミス岩倉の言う通りです。本来手に入るはずだった【★★デストロイヤー】、【★★ポー君の王笏】もしくは【★★名刀・神威】を補填する案が最善です』
「しかし、チート疑惑がかかるようなプレイをするほうが……!!」
「それにしたって聞くタイミングがあると思うんッスけど~」
んぐうぅぅう……!! こいつら、寄って集ってつべこべつべこべと……!! だが、確かに聞くタイミングは良くなかったかもしれないな……。あのダンジョン攻略が終わるまで待つべきだった、冷静に考えればそうだ。それは、確かに私の落ち度ではあるな……。
『女神ペルシアが掲示板にて対応した以上、本部長が慌てて対応する必要はなかったと思われます。無駄な介入により、プレイヤーにストレスを与え、その結果ストレスによる判断ミスでダンジョン攻略に失敗した。その可能性が高いと分析結果が出ています』
「…………どれか、1つだけだ」
『いえ、本部長の落ち度は2件です。ですので、2点補填すべきだと思われます』
「あの子のプレイヤースキルなら、2階は突破出来てそうだったよね~」
「そうなると、ミスティックは4個持ち帰れたわけですし、本来なら全部渡すべきですよね」
『……ここに居る全職員にアンケートを取り、その結果を反映して補填するのは如何ですか?』
全職員にアンケートだと!? まあ、まあ~……運営側の不利益になるような行為だし、こいつらも節度というものを弁えているだろう。私の落ち度は2件、つまり2個の補填が妥当なラインだ。最大限譲歩したとしてもな!! まあまあ、そのぐらいわかっているだろう……。
「では、やってみろ。その結果で補填しようじゃないか」
『全職員にアンケートを実施します。プレイヤー名【ウェーブ】のチート疑惑について、本部長の対応は適切であったか否か、また適切でないと答えた場合、補填案のAからDまでを選択してお答えください』
『アンケート:本部長の対応は適切だったか否か――――適切と回答しました。アンケートを提出します。ありがとうございました!』
ンンンンーーッ!! 適切一択ッ!! 当たり前だろうがぁーー!! アンケートといえば匿名で投票出来るのだから、当然私に有利な方に回答するぞぉーー!!
『なお、このアンケートは匿名ではありません』
「は? おい、そういうのは先に言え!!」
『アンケートの集計結果を発表します。本部長の行為は適切……1票。不適切、56票。補填内容はCとDが同率で、本来手に入るはずだった武器を2点、もしくは3点補填すべきと回答されました』
「あああああああ!?」
「適切って答えたの本部長じゃないですか~。罪を認められない本部長、ダサいです~」
「やっぱ3点全部でいいのでは?」
「とりあえず3個送って、ウェーブちゃんに選ばせるのはどうです? どのぐらい迷惑に感じたか、その反応も見られるわけですし」
『ミスター根岸の案を採用。3点全て送信し、ウェーブ氏が適切と思った量の補填を受け取って頂きましょう』
ぽえ~……。なんでこうなるの、なんで~……。補填がプレイヤーの裁量性とか、聞いたことないよぉ~……。お願いウェーブちゃん、1個だけ……。いや、0個!! 君は『ウェーブの力で手に入れたいですぅ~絶対受け取らないですぅ~』って言うはずだ!! そうだ、そうだよな!?
『では、送信します』
「おい、まだ私が許可してないだろうが!!」
『事前に補填内容の許可は受けています。これまでの会話は録音されています』
「チクショオオオー!!」
受け取らない!! ほら、絶対受け取らない!! チュートリアルを終わったばかりの君は、突如メールボックスに入った装備を見て『こんなの受け取れないですよぉ~』って受け取りを拒否するはずだ!! そうだ、そうに決まっている!! お願い受け取らないで、特別扱いはダメなのぉ!! そういうのはダメぇ!!
『ウェーブ氏が【★★デストロイヤー】【★★名刀・神威】を受け取りました。【★★ポー君の王笏】は受取を拒否、脳波を分析するに『非常に迷惑な事件だった』と感じていたようです』
「お~。レアドロだけ持ってった」
「本部長? 顔が青いですよ?」
「耳は赤いですね~」
『既にダブルインパクト走法でターラッシュへ移動しているようです。多くのプレイヤーに目撃されています』
あああ、あああああ~……。あああああああああ~…………。
『掲示板にて、ダメージランキングが再度更新された件が話題になっています。再度チート疑惑が浮上、導きの女神ペルシアが炎上を感知して鎮火を開始しました』
「ペルちゃまにダブルインパクトの情報、送りま~す」
「あ、ああ……。あああ~……」
『本部長が軽度の心神喪失状態と判断。一時的に指揮権を管理AIメガリスが所有し、事態の収束に向けて行動することの許可を願います』
『アンケート:管理AIメガリスに指揮権移行、賛成56件。反対0件。無投票、1件』
じいちゃん、私ね、破壊神に壊されちゃった。
ウェーブちゃん、ゆるさないぞ~。いつかかならず、ぎゃふぅんとかあはぁんとか、ぜったい、いわせてやるんだぁ~……。
『指揮権が管理AIメガリスに一時的に付与されました。ウェーブ氏によるダブルインパクトの成功映像を公開、バトルログについては未公開とします。また、ダブルインパクトは仕様であると認めます』
「どうせならダブルインパクトの成功判定、ちょっと拡張して欲しいわ~」
「ああ~これ、真似できる人絶対少ないわ。絶対無理」
「数人は明日の朝までに成功しそうだよね。安定まではいかなそうだけど」
「本部長、一度仮眠室で休憩なさっては?」
「はぁ~い」
「こうなっちゃえば可愛いもんなんだけどねぇ」
「いつもこれでいいのにね」
ねむいねむい。じいちゃん、おやすみ~……。わたしね、あしたからがんばる~……。




