018 邯鄲の夢
今回の事件について、ディッツさんとライノさんが事後処理を行ってくれたおかげで、大変スムーズに収束致しました。
まず、悪魔と繋がりがありそうだぜ~なんて酷い理由でバブイ子爵の屋敷へ侵入した冒険者によって、蠍の魔女・サリーさんが監禁されているのを発見した件について。こちらはええと、バブイ子爵は問答無用で即処刑となりました。どうやらサリーさんは数日前から捜索願いが出されていた世界的に重要な人物だったらしく、人類に残された希望の1人とさえ言われている凄い人だったらしいです。そんな人を監禁して拷問していたバブイ子爵、及びに黒の傭兵団のメンバーは全員処刑。現在逃走中の黒の傭兵団の元メンバーも、無事に賞金首となりました。
それから、ディッツさんとライノさんが、どうしてすぐにバブイ子爵の屋敷へと駆けつけたのか。これについては、私の行き先を目で追っていたディッツさんが、私がバブイ子爵の屋敷に侵入したのを見てしまったことと、更に私が指名手配されている人物だと知って『大変な人物を招き入れてしまった』と焦って駆けつけてくれたからでした。
そしてカリンさんの所属していた邯鄲の夢のメンバー3人、この人達が駆けつけた理由は極単純。良い子でお留守番しててねと釘を差したはずのカリンさんがギルドハウスにおらず、私をギルドとパーティに加入させたタイミングで『そういえばギルドメンバーの位置情報確認で、カリンちゃんがどこに居るかわかるじゃん』と気がついたそうで、大急ぎで駆けつけてみればカリンさんから『助けてください~!!』と鬼のようなチャット連打を受信。その途中で行き先が同じだったディッツさんとライノさんとたまたま合流、なにやら危険な状態だと伝えた結果、突入するに至った……という経緯だそうです。
つまり、カリンさんがギルド招待を送ってくれて、それを間違って受け入れたのがファインプレーだったということですわね!
『蠍の魔女殿は、我々ローレイ騎士団が一時的に保護することとなった。今回の件で、ターラッシュの衛兵の信用は地に落ちた。もはやターラッシュにこの件を任せることは出来ない』
『本当に助かっちゃった~♡ サリーちゃん嬉しい~……ね、今度ローレイに来てよ。仲間もそこに来てくれるみたいだから』
「あ、あの……わ、わた……し……?」
『冒険者ウェーブの指名手配の件について、ターラッシュの衛兵の私的感情による不当な指名手配であることは明白である。また、バブイ子爵の屋敷への侵入についても、蠍の魔女救出のためとされるため不問である…………ってことだから、良かったね~ウェーブちゃん』
『ディッツ、重大な任務の最中だ。私語は慎め』
『…………冒険者ウェーブに罪はなく、むしろ讃えられるべき行為であった。よって、指名手配は解除。不法侵入と戦闘行為についても不問とする』
それと、私の行為は不問ということになりました。なんという都合の良い展開……と、思ったんだけどね? 私の罪を表沙汰にすると、ターラッシュという都市の信頼が底の底まで落ちてしまうのよね。指名手配や罪をなかったことにするのは癪に障るけど、これを公表した場合は自分達のほうが逆に都合が悪くなる。なんせ、世界的な重要人物である魔女が攫われて、それを見つけられずに数日が過ぎたら、指名手配犯が攫われた魔女を救出して出てきた……こんなの絶対公表したくないよね。
『サリー、大丈夫?』
『サリー、歩ける? おんぶ?』
『凄い大魔法使いがサリーちゃんのこと治してくれたから、平気平気~♡ イルちゃんもエルちゃんも心配し過ぎ~♡』
『また攫われる、心配』
『サリーは人類の希望。失うわけにはいかない』
『……というわけで、俺達は急遽ローレイへ戻ることになった。蠍の魔女殿を探していた双子の魔女殿と一緒にね』
『大至急移動してくれとのことでな、君達も……ターラッシュを拠点にするのは、少し考えたほうが良いかもしれないぞ』
ライノさんの言い方的に、ターラッシュには何か大きな問題が隠れているような気がする。保身のために都合の悪い事実を隠し、真実を捻じ曲げて発表する衛兵……。組織の腐敗を感じるよね。お母様はこういう組織の腐敗に凄く敏感で、腐った果実を見つけるのが得意なんだけど……。私は、そういうのを見つけるの、ちょっと苦手。
「忠告ありがとね~。道中気を付けてね~」
『蠍の魔女殿の迅速な治療、重ね重ね感謝致します、大魔法使い殿』
「やめてよ~ルフラーンで良いからさぁ~」
『それではルフラーン殿、我々はこれで……行くぞディッツ、重大な任務の最中だということを忘れるな』
『ウェーブちゃ……ウェーブ殿も、どうかお元気で。では、我々は失礼致します。この度の件について、ご協力感謝致します。つきましては、ウェーブ殿には今度ローライで』
ディッツさん、後ろ後ろ……ああ~……。
『銀風のライノが【キック】を発動、クリティカル! 銀翼のディッツに4,999ダメージを与え、大きくふっ飛ばしました』
『ぐお――――』
『それでは、失礼致します。参りましょう、双子の魔女殿、蠍の魔女殿』
『よろしく、色男。ばいばい、恩人ちゃん』
『ないす、色男。ありがと、恩人ちゃん』
『改めて、本当に感謝するわ。無茶苦茶過ぎる冒険者ちゃん♡』
「あ、は、はい……。こ、こちら……こそ……」
ライノさんに遠くへ蹴り飛ばされちゃった……。あ、サリーさんとイルちゃんとエルちゃん……だっけ? 3人共、道中気をつけてね……って、伝えようとしてもちゃんと言葉が出てこないのよね。はぁ~……。
「…………さ、て、と~?」
「え、ええと……」
「邯鄲の夢にようこそです~ウェーブさ~ん!!」
「カリンさん、ウェーブさんはまだ所属すると決めたわけでは……」
「にゃお~。んふふ、もちもち」
『にゃぁ~……(もう、好きなようにしてくれたまえ~……)』
というわけで……。どういうわけで……? 今一番問題になってるのは、カリンさんが誤爆で招待して、私が確認せずに加入しちゃったこのギルド、邯鄲の夢での私の扱いなのよね。
すみません間違いだったんです、と言うには非常にお世話になったし、ここまできてソロに戻れるような雰囲気でもないし……。や~ん、困っちゃった~……。あと、このギルドで一番の不思議ちゃん、にゃおみさんがナーノちゃんを溺愛し過ぎてそれも困っちゃう。自らも猫耳スタイルだし、よっぽど猫が好きなんだろうな~って。
「改めて、僕の名前はルフラーン! このギルドのマスターだよ! ウェーブちゃんのことをね、掲示板で知ってね、もう大ファンなの!! ねえねえ、インフェルノモードのチュートリアルでダメージランキングトップじゃない!? あれ、どうやったの!? 僕も暫く粘ったのに、5041ダメージを超えられなかったんだよ!?」
「ルフ様、ウェーブさんが困っておいでですから……。ええと、初めまして。染一夜 紫乃と申します。このギルドのサブマスターをしております」
「カリンはカリンです~! 一緒に悪いことを成し遂げた、お友達です! えっへへ~!」
あ、うん、カリンさんとはどういうわけか、フレンドになってしまいました。ニコニコ笑顔でお友達になってくださ~いって言われたら、もうね、断れないんですね……。
「あ…………。203BW66Y、にゃおみって呼んでね。名前は、お母さんに騙された」
「にゃおみちゃんはね~お母さんから『シリアルコードは名前を決める時に打ち込むと引き換えが出来る』って嘘をつかれて、それを信じて打ち込んだらこんな名前になっちゃったんだよね~」
「ひどい。でも、簡単に人を信じてはいけない教訓。名前、そのままにしてる。にゃおみって呼ばれるのも、嫌いじゃない」
「それと、にゃおみさんもサブマスターに御座います。カリンさんも。薄っすらお気付きかもしれませんけれど、実は役職持ちがここに全員おりますの」
「は、はい……。えっと……はい」
どうしよう、自己紹介されちゃったけど、これってもしかして……ようこそムードな感じですか……? 全員が私の自己紹介を待ってるかのように、ジーッと見つめてくる……。こういうの、苦手なのに……。
「……ウェーブ、です。今日、開始しました。好き勝手にプレイし、してて、楽しい、です……」
「今日!? いや、今まで聞いたことない名前だからそうだろうっては思ってたけど、今日の今日でこんなに影響を与えたって凄いよぉ~!! ねえねえねえ、そのコスチュームってもしかしてプレミアムなやつ? すっごく似合ってて可愛いよねえ!! 僕は体が貧相だからそういうのちょっと着るの難しいけど、ウェーブちゃんは」
「ルフ様!!」
「あ、ごめん……ごめんね……?」
紫乃さんの助け舟が助かる~……!! ルフラーンさんの陽の気質が、カリンさんとは別方向に強すぎる!!
「それにしても、今日開始で、しかもインフェルノでレベル41って! 凄いね、どうやったんだろう……。インフェルノはハードより取得経験値が下がってるし、レベリングダンジョンは全部転生前のレベルに戻されてインフェルノ用のレベルは上がらないし……。師匠って呼んでいい?」
「駄目です! カリンの師匠様です!」
「師匠って、呼ばないで欲しいんです、けど……」
「師匠はダメかぁ~……!! それにしても、カリンちゃんがこんなに懐くなんて珍しいね~」
「ん、珍しい。カリン、あんまり初対面と喋らない」
「ウェーブさんは、えっと……格好いいので!!」
え、カリンさんって基本的にはコミュニケーション苦手な方だったの? 不思議ちゃんって感じがしたけど、私みたいにコミュ障だとは思わなかったわ。あれかしら、俗に言う『周波数が一致する』ってやつかしら。顔を見ただけで『あ、この人とは気が合いそうだな』ってわかるやつね。
「まあ話が逸れたけど」
「逸らしたのは大半がルフ様です!」
「まあまあ。それでねウェーブちゃん、僕的にはウェーブちゃんにこのギルドへ加入し続けて欲しいんだ。これにはちゃんと理由があってね?」
「は、はい……?」
ギルドに加入し続けて欲しい……? 私にはメリットがありそうだけど、上級者ばっかりみたいなギルドっぽいし、そっちにはコミュ障のメンバーが増えるっていうデメリットしかないんじゃ……。
「1つ目の理由は、ウェーブちゃんは良くも悪くも有名人で、ソロだと危ないから」
「え……?」
「ウェーブちゃんはね、このゲームの掲示板で……あ~……不正プレイヤー疑惑がかけられているんだよ。レベル1で12345ダメージを出して、2位の僕にダブルスコアをつけてレベル別ダメージランキング1位。運営や女神ペルシア様の発表で仕様だよって言われたんだけど、それでも納得できないプレイヤーは大勢居るんだ」
「は、は……?」
は? え、ゲームを正常な範囲内でプレイしていただけなのに、チート扱いを受けてるってこと? 私の知らないところで、そんな騒動が起きてたんだ……。
「2つ目の理由は、インパクト走法の始祖として崇拝されすぎてるから。今じゃインパクト走法を使って、ターラッシュの外でレースが繰り広げられてるぐらいには大盛りあがりなんだ。恐らくだけど、このインパクターって呼ばれてる連中から、死ぬほど絡まれまくると思う」
「は……い……? え……?」
ごめんなさい、情報の整理が追いつかないです。イ、インパクターって? レース……? あ、あの外でぴょんぴょんしてた集団のこと!?
「そして最後に3つ目、可愛いから。1つ目と2つ目の理由を抜きにしても、リアモジュでその超セクシーなコスチューム、更に可愛いときたら超迷惑な粘着プレイヤーにストーカーされかねないよ。僕や紫乃、カリンとにゃおみもそういう経験があるから、これは断言出来るね」
「ねん、ちゃく……」
私なんかにそんな、粘着プレイヤーなんて…………いや、既にディッツさんがそれに近いような気がする。私みたいなのが好みっていう変態が、この世には少なからず居る可能性があるのよね……。
「僕としては、せっかくこのペルオンに新しい風、変革をもたらしてくれそうな存在が、そういうつまらない連中のせいで台無しにされるのは看過できない。だから、保護させて欲しい……というのはちょっとおこがましいかな? このゲームに慣れて1人でどうにか出来るようになるまででも良いから、うちに入ってくれないかなって話なんだ」
「…………メリット、は?」
「え?」
私にとっては大きなメリットかもしれないけど、何か新しいことをしそうな人物だからって、それだけの理由って……。私を保護するデメリットの方が大きすぎる気がする……。
「私、デメリットの、塊ですし……」
「入ってくれないんですか……? 駄目ですか……?」
「あっ、えっと、あ~……」
カリンさんに上目遣いで見られると、胸にキュッとくるものが……!! でもね、ごめんなさい! これがネガティブ過ぎる人間の思考でして……!!
「最大の理由としては、カリンが初めて自力で見つけたお友達だからっていうのが、あるんだけど……」
「カリン、箱入り娘。外、出ない。今まで、色々問題」
「わたくしとしては、カリンさんが懐いた人であるなら大歓迎。それに……粘着やらの対応なんて日常茶飯事で、全く気にすることは御座いません。慣れておりますので」
「カリンは、ウェーブさんとこのまま一緒が良いです!!」
「あああ~……」
これまでの人生で、ここまで私を求めてくれる人なんて居なかったから、凄くドキドキしてる……。この真っ直ぐな視線を断るのは、逃げ……よねぇ……。
正直、私はカリンさんのこと嫌いじゃない。むしろ放っておけないところが可愛い、結構楽しいとさえ思ってる。多分……お友達として、好きなんだと思う。だからこそ、お母様の言っていた通り……この好きから逃げるのは、良くないことだと思う……。
「どうかな、迷惑なら……」
「ふ、ふちゅちゅかものですが、どうぞ、よろしく、お願いします……」
「やった~!! ウェーブさん大好きです~!!」
「うわわわ……」
「あら~、熱い抱擁で御座いますね」
「うぇるかむ大歓迎~」
「良かった! それじゃ、改めてようこそ! 邯鄲の夢へ!! これからよろしくね、ウェーブちゃん!!」
あ、カリンさん、苦しい……!! あと、いつまでそのボロ布コスチュームなのよ!! ちゃんとしたコスチュームはないの!?
「~~っ!!」
「あ、ごめんなさ~い!! 苦しかったですね……」
「ねえ、カリンさん」
「カリンで大丈夫です~!!」
「カ、カリン……ちゃん」
いやぁ、呼び捨ての難易度は高いから、せめて"ちゃん"で呼ばせてね……。
「そのボロ布コスチューム、どうにかならないの……? もっとマトモなのは……」
「えっと、たまたま出たコスチュームで、お外に出るのに目立たないと思って! これ以外にはないです~!!」
「気に入るコスチュームがないって、着てくれないんだよね~」
ふ~ん、じゃあ……こういうコスチュームだと、どうなの?
「じゃあ、これならどう? どっちか、着る?」
「えっ!? わあ~…………カリンは、この青い方の服が好きです!!」
「あげる。そのみすぼらしいボロ布を、もう絶対に着ないって約束してくれるなら……」
「わあ~!? 本当ですか~!? 嬉しいです~!!」
お姉ちゃんが着てた服が貰える、【◆蒼炎の姫騎士のレオタードorドレス引換券】を気に入ってくれたみたいね。それじゃあ、プレゼントしてあげようかしら。
「その代わり、赤い方はウェーブさんが着てくださいませんか?」
「え゛」
「紫乃ちゃん、今のコスチュームのアイコンって……」
「きっと見間違い、見間違いで御座います……」
「わ~お~。にゃ~お~」
『に゛ゃ゛~お゛~』
こっちがプレゼントするのに、謎の交換条件をつけてくるじゃないの……!? ど、どういうことなの……!? ダメよ、こんな意味不明な条件を飲むわけには……!! だってこれも結構、今のコスチュームに負けず劣らずセクシー目なコスチュームなんだよ!? どうやって断るか……あ、そうだ。いいことを思いついたわ。
「じゃ、じゃあ……。転生して、インフェルノモードで開始して、ここに戻ってこられたら、着てあげる……」
「いんふぇるの? あ! マスターが言ってた、難しいモードですか!?」
「わたくしもそれに挑戦しようと思っていたところでして、チュートリアルを抜けることすら難しいと聞きましたが……」
「一応ね、インフェルノが無理そうだと思ったら前の難易度に戻すことが出来るみたいだから、まあ一応詰むってことはないだろうけど~……」
「ん、カリンがやるなら、私もインフェルノ、やる。難易度負け、したくない」
あ、あれ? なんか他の人に飛び火しちゃったような……?
「絶対、その赤いドレス……着てくださいますよね? 約束ですよ?」
「あ、えっと、うん……。戻ってこられたらね……?」
「マスター! カリン、転生してきます! インフェルノの出し方を教えて下さい!!」
「うわあ~やる気満々だ~……。ええっとね~? ハードモードを提案されたら、その画面を叩き割れば良いんだよ~」
え? 本気? 本気でやるつもりなの? 私にこのドレスを着せるためだけに、なんでそんな本気になってんの!?
「ウェーブさん、待っていてください! カリンは必ず、インフェルノさんをやっつけます!!」
「あ? うん? が、頑張ってね……?」
「あ~あ、行っちゃった。あの子、ああ見えて妙にガッツがあるから、チュートリアルクリアするまで粘り続けると思うよ~?」
「あはは……」
まさか、窓から落ちて尻もちをついちゃうドジっ子ガールが、煉獄のミノタウロスから2分逃げ切れるとは思えないんだけど……。まあ、待ってろっていうなら待っていてあげようかしら……。
「私も行って参ります。それでは」
「んにゃ~。ナーノちゃん、またね」
『にゃ~』
紫乃さんとにゃおみさんも転生に行っちゃった。2人は上級者っぽいからすぐ帰ってきそうだなぁ~……カリンちゃん、どれぐらいかかるかなぁ? 早く戻ってきて、このコスチュームを着て可愛くなって欲しいんだけど。早く諦めて帰ってこないかな~。
ご愛読ありがとうございます。
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