013 そんなのって、ないよ
煉獄のクラッシャーシープ。
マイクロバスぐらいの大きさで脚が20本、ドス黒い体毛に覆われ、人間サイズの巻き角が頭から生えている。顔は醜悪で行動も醜悪、他のモンスターが目に入ると蹴り飛ばしにいったり、気に入らないことがあれば岩や壁などに体当たりをしてストレスを発散しているような行動をする。
胴体へのダメージはほぼ通用しない。あの体毛は斬撃と打撃に高い耐性を持っていて、槍などの鋭いものでなければダメージが通らない。斧で攻撃するしかない獄ミノが逃げるしかないのは、あの厄介な体毛のせいで反撃出来ないからでしょうね。
逆に、暫く観察していてあることにも気が付きました。あの羊が絶対に近寄らないエリアが存在していて、その方向から豚の鳴き声が聞こえてくるということです。周囲のモンスターに当たり散らすぐらい傍若無人なあの羊が、推定豚のモンスターの居る場所には絶対に近寄らない。ここで私はある仮説を立てました。
恐らく推定豚のモンスターには、物理的な攻撃が通用しない可能性が高い。
羊は遠距離攻撃の手段を持っておらず、突進か踏み潰しぐらいしか攻撃方法がない。恵まれた体格で暴れまわるしか芸が無いから、推定豚のモンスターを倒す手段を持ち合わせていないのではないか。私はそう仮説を立てました。だって、同じエリアから動かないモンスターなんて、あの羊の良いおもちゃにされて当たり前なはずなのに、そうならないってことは通用する攻撃がないってことだと思うのよね。
よって、冷静に分析した結果……。羊を相手にするのは逃げ場が確保出来る場所か、もしくは入り組んだ地形。推定豚のモンスターには直接攻撃禁止で相手をしようと思います。羊には小手先だけの技は通用しないけれど、専用に対策を考えた技なら通用するはず。目潰しも効いたし、顔面への攻撃は概ね通るはず。
『【★キャ・ロッド】【★煉獄の大斧】【★たまちゃん】をセット中、【★キャ・ロッド】を装備しました』
今このダンジョンで手に入れた経験値は、全てが反映されるわけではない。大事なのは種類と数で、より多くの経験値を手に入れるには種類も倒さなければならない。今のところ倒したモンスターは2種類だけだから、私が思っている以上に貰える経験値が少ないはず。
それに、アイテム……。持って帰ることが出来る条件は、踏破した階数に依存すると言っていましたわね。つまり、最低でもこの階層を突破しないとアイテムが持って帰れない……。最悪、ぶどうジュースを置いていってしまうことになるということ!! 今回のチャレンジは物凄く調子が良いし、既に30分以上も生存しているんですもの、これを無駄にはしたくない……。出来れば2階へ、それも出来るだけ多くの種類のモンスターを倒してから進みたい。
「……ふぅ~……」
緊張しますね……。何度も何度も踏み潰された相手、リトライの原因の大多数があの憎き羊……。体が大きい分、HPだって物凄く多いはず。簡単に仕留められるなんて甘い考えは、絶対にしないほうが良いでしょう。2回……いや3回は殺すつもりで、全力を出して叩きのめさないと。
HPもMPも完全に回復、装備のセットも大丈夫。戦闘の主な流れもイメージ出来た……後は、思いもよらぬ何かが起きないことを祈るだけ……!! よし、いきます!!
『ヴェエエエ……ヴェエエエエ!!』
『煉獄のクラッシャーシープ(Lv.69)が【破壊の突進】を発動、煉獄のミノタウロス(Lv.68)を破壊しました』
『エリアアラート:煉獄のクラッシャーシープがレベルアップし、煉獄のデストロイシープにランクアップしました!』
早速起きるじゃん、思いもよらぬ何か……。どうすんのよ、ドス黒い体毛から赤いバチバチしたオーラが出てるのだけど? これもう、勝てないタイプの大惨事ってやつじゃないかしら。いやぁ、これは……いやいや! 右目は潰れたままなんだから、そちら側から集中して攻めれば勝機はあるはず……。この大空間にある高い足場は羊の巡回ルート、身を潜めて待機していれば必ずここを通る!
『ヴェエエエ、ヴェエエエエ!!』
気が付かれた!? いや、新しい力を得て興奮しているだけ……だと、思いたいなぁ……。とりあえず巡回ルートに戻ってきた、もう少し引き付けて……。まだ、まだ焦らないで、確実に当たる距離まで……今だ!!
『【ラビットキック】を発動』
『ヴェエエエエエエエ!!』
『煉獄のデストロイシープ(Lv.70)が【死屍舞】を発動』
奇襲したのに、反応が物凄く早い!! やっぱり気が付かれてたかも、頭をデタラメに振って攻撃を絞らせないつもりね!? このラビットキックは当たらない、有効打にならないかも……!! でも、これをキャンセルしたからってどうにもならないし、ええい!! 当たれーー!!
『クリティカル! 煉獄のデストロイシープ(Lv.70)が14,779ダメージを受け、【失明・左】になりました』
『ヴェエエエ、ヴェアアアアアア、ヴェエエエエ!!』
『煉獄のデストロイシープ(Lv.70)が【破壊の大狂乱モード】になりました。【狂戦士・レベル3】【身体能力向上・レベル3】【最後の闘志・レベル1】になりました』
当たった、でもとんでもなく強化されてる気がするんですけど!? ヤバい、このままじゃやられる……!!
『【★煉獄の両手斧】に変更、【ローリングスラッシャー】を発動、対象が存在しません』
『ヴェエエエアアアアエエエエ!!』
『煉獄のデストロイシープ(Lv.70)が【狂乱の大爆進】を発動』
空中ローリングスラッシャーで空中回転移動、これで退避!! 避けきれるような距離なのかわからないけど、こっちが見えてない状態なら逃げ切れる可能性、ごぁああああああああ!? 周囲の岩やら壁やらに激突しながら、当たったものを手当たり次第に破壊してるんですけど!? これ、高い足場に戻っても足場ごと粉砕されて死ぬやつだ!!
とりあえず、進行方向と逆に向かって距離を取ろう。まずは考える時間が欲しいから、一旦離れて……。
『ヴェエエエ…………』
『煉獄のデストロイシープ(Lv.70)が【執念の殺意】を発動、心の底から憎んでいる敵を探しています……』
『アラート:煉獄のデストロイシープ(Lv.70)が貴方を感知しました』
は、ああああ!? 目が見えなくても、なんか別の器官で私を感知した!? そんな機能があるなんて聞いてないじゃん……まさか、デストロイシープになって新しく獲得した機能ってこと!? 最悪だ、どうしよう、ここには本当に何も無い!! 遮蔽物も、入り組んだ地形も、高い足場も存在しない……ただ、突進されたら轢き殺されるだけ……。
あの巨体を仕留めきるだけのパワーは持ち合わせていない。恐らく、大斧で落下致命が取れたとしてもHPを削り切ることは出来ないと思う。迎え撃つのは下策、でもこの状況を打破できる上策が何も無い……。
『煉獄のデストロイシープ(Lv.70)が【狂乱の大爆進】を発動』
『ヴェエエエエアアアアアアアヴェエエエエエエエエ!!』
いつもは何を喋っているのかわからないけど、これだけはわかるよ。確実に私へ向かって『ぶっ殺す』って叫んでるね。さっきのミノタウロスの比にならない、強烈な殺意を全身に感じる。鳥肌が立って、興奮で吐き気がしてくる。
今、凄く……楽しい。
これまでイージーモードでぬくぬくと暮らしてきたこの羊が、生命の危機なんて感じたことがないであろうこの羊が、私より圧倒的に強いはずの存在が、明確に生命の危機を感じて私を全力で殺しにきている。この状況が凄く……楽しい……!!
『【★キャ・ロッド】に変更しました』
『【★★ぶどうジュース】を使用、HPとMPが完全に回復しました』
なら、下策であったとしても。こいつを殺せる可能性がある攻撃に、全てを賭けてぶつけるしかない。
この突進を運良く避けたとしてもいずれ追い込まれて死ぬ。半端な攻撃は全く通用せずに死ぬ。だったら、賭けてみるしかないでしょ……!
『ヴェエエエエエアアアアアアアアアアア!!』
『【下段振り下ろし】を発動、【ジャンプ】を発動』
棒高跳びみたいなモーションから、棒の先端に乗ってジャンプ。常人の身体能力では確実に無理があるこの動作を、強制モーションをピッタリ押して可能にする。何回もやって身に付いている動作、ここまでは良い。でもこのままじゃ、空中であの突進を受けて木っ端微塵にされるだけ。
だけど、突進攻撃という性質上、この羊は弱点を常に晒しながら攻撃しなければならないということ。私は相手のこのリスクに、全てを賭ける!!
『ヴェエエエアアアエエエエエヴェエエエエエエ!!』
「…………だあああああ!!」
『【烏兎脳穿衝】を発動、即死! 煉獄のデストロイシープ(Lv.70)の脳を破壊しました!』
『ェ…………――――』
『おめでとうございます! チャンピオンモンスター【煉獄のデストロイシープ】を撃破しました! MVPはあなたです』
『MVP報酬として【★煉獄のシープサンダル】を獲得』
賭けに、勝った!! 目潰しをしていなかったら絶対に避けられた、でも見えていないからこそこの攻撃が通って…………あああああああああ!?
『煉獄のデストロイシープの死体に吹き飛ばされました。17,551ダメージを受けました』
「ほげ――――!?」
『MVP経験値 2,000,000 獲得』
『おめでとうございます! 一時的にレベル49へ上昇しました!』
そうだった、倒したモンスターってすぐには消えずに、ちょっとの間残ってるんだったぁあああ!! 暴走マイクロバスみたいなスピードで突っ込んできたんだもん、即死させても死体が突っ込んでくるよねぇ!? ぐお、ふっ飛ばされ、どこまで飛ぶのよこれ……!? というか、経験値なにこれ!? 他のに比べて多すぎない!? ランクアップしたモンスターだからってこ、うわうわうわうわ、待ってよ! 羊がなんかドロップアイテム出してるんだって!! ねえ待って、待って!? しかも、もしかしてだけどこの方向って!!
『――ブヒィィイイイイ!?』
「あああああああああああ!?」
い、居たぁああああ!! なんか王冠みたいなのを被った軽自動車ぐらいの大きさの豚!! 二足歩行の豚!! 杖も持ってる!? ぶ、ぶつかる……反動を消す方法……!!
『【★たまちゃん】に変更』
これしかないでしょ!? 爆風で自分も巻き添えかもしれないけど、ええい仕方ない!! くらえぇえええ!!
『【★たまちゃん】を発射、弱点ッスよ! 本気クリティカル! 煉獄の豚公(Lv.70)に100,101ダメージ、焼き豚完成っす! 夜露死苦!』
『おめでとうございます! エリアボスモンスター【煉獄のポー君】を撃破しました! MVPはあなたです』
『MVP報酬として【★煉獄のポー君の冠】を獲得』
『MVP経験値 300,000 獲得』
『おめでとうございます! 一時的にレベル50へ上昇しました!』
『自爆! 11,580ダメージを受けました』
うご、おおぉお……。至近距離に加えて、初ダメージボーナスが乗って、しかもクリティカルと弱点……? た、倒した……? あ、豚もドロップアイテムがある……。羊のドロップアイテムも……う、受け身を取らないと、このままじゃ顔面から地面に落ち――――。
『エリアボスモンスターを撃破した為、次のフロアへ移動する階段が出現しました』
え、床が、なくなっ……? 階段……!? まさか、私が落ちるはずだった床が次のフロアに移動する階段に!?
『重要なシステムメッセージ:階段に到達。エリア踏破を確認、記録中……』
『落下ダメージで1,790ダメージを受け、貴方は死亡しました』
『到達記録2階。プレイ時間44分59秒。階段に顔面を打ち付けて無様に死亡した……』
『リトライしますか? リタイアしますか? リタイアが選択されました』
ええ、ええ! ぶざまぶざま!! 階段に顔面を打ち付けて無様に死亡しましたわねー!! こんなの普通ありえないでしょ!? 階段が出てこなければ絶対死ななかった、おかしいって!! 抗議、抗議よこんなの!! ん、がああああ!! んもぉおおおおおおおおおおお!!
『エリア1の討伐モンスター数、10体。討伐種類総数、4種+レアモンスター1種。1階で撃破したモンスターの経験値全てを獲得可能です』
『持ち出し可能アイテム数、ミスティック1点。レジェンダリー3点。獲得経験値を減らすことで、追加の持ち出しが可能です』
ミスティック1個に、レジェ3個……? ミスティックは刀かぶどうジュースのどっちかを諦めろってこと!? 仕方ないから、刀は諦めるかぁ……。レジェは……たまちゃん、キャ・ロッド、特攻服、腰ミノ、シープサンダル、冠の6個? うう、全部欲しい……。追加で3個持ち出すってなると、どのぐらい経験値減っちゃうのかな。
『レジェンダリー+1点、10%減少。+2点、追加で20%減少。+3点、追加で30%減少。+4点、追加で40%減少。それ以上の持ち出しは出来ません。ミスティック+1点、50%減少』
『獲得経験値を60%減少させ、レジェンダリーアイテムを3点追加で持ち出し可能になりました』
『おめでとうございます! レベル41に上昇しました!』
『【★★ぶどうジュース】【★キャ・ロッド】【★たまちゃん】【★煉獄血禽照発夜露死苦特攻服】【★煉獄の腰ミノ】【★煉獄のシープサンダル】【★煉獄のポー君の冠】を獲得しました』
あーあ……。レベル41に戻っちゃった……。羊と豚の分の経験値、なくなっちゃった……。
それとさ、最後に拾い損ねたドロップアイテムはなんだったの? はぁ~……。まあ、それを拾ってたら更に悩んでただろうから、これはこれで良いのかな……。
『未取得アイテムは【両手剣:★★デストロイヤー】【片手杖:★★ポー君の王笏】でした』
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! ああああああああああ、あああああああああああああああ!! あああああああああああああああああああああ!! 酷い!! そんなのってない!! こんな、こんな、ぐ、ゔ、ゔぇ…………ゔぇえええええええええええええええええ!!




