七瀬真琴は放っておけない
真波ちゃんが学校にこなくなってしまった。
わたくしの可愛い可愛い妹が、どういうことかはわかりませんが、部屋に引きこもって学校へきてくれない。この情報だけで真波ちゃんのクラスの子達を全員処して差し上げようかと思ったのですけれど、詳しい事情がわからないうちに行動を起こすのはやめなさいと幸二が言うものですから、とりあえずは大人しくしておくことにしましたわ。
「おっと、私が一番遅かったか。すまない、遅れてしまったね」
「いや、時間通りだよ兄さん。僕達が早かっただけだ」
「いいえ、遅いですわ! 真波ちゃんが大変なことになっているのに、危機感が足りませんわ!」
やっと来ましたわね悠一! わたくしの双子の兄であり、兄妹の中では長男という立場ですのに、悠一はいつもこういった集まりの時は一番遅くやってきますの。真波ちゃんなんて一番早く動いて、一番早く集まっているというのに……。まあ、今回は真波ちゃんが居ない集まりですけど。
「その件について情報を集めていたんだよ。どうか赦してくれ~」
「僕も集めたが、情報は多いほうが良い。それじゃ、情報を共有しよう。まずは姉さん、何か知っているかな」
「え? わたくしは忙しかったから、屋敷に直接戻ってきましたわ。だから何も知りませんわね」
「そ、そうか。まあ、姉さんはモデルやらそっちの仕事が忙しいからね……」
幸二ったら、なんだか引っかかる言い方をしますわね。わたくしは仕事で忙しくて、真波ちゃんを放置する悪い姉だとでも言いたくて?
「まあまあ真琴ちゃん、そう怒らないで。私達だってこうして事件が起きるまでは何もしてこなかった、ダメな兄達だ」
「別に怒っていませんわ!」
「姉さんがその表情とその声色で怒っていない時は、これまでなかったと思うけどね」
「幸二も、そういう言い方が良くないってわからないかい? 悪い癖だよ、直したほうが良い」
「……すみません、姉さん」
「まあ、構いませんわ! それより真波ちゃんはどうして引きこもってしまいましたの!?」
そんなことより真波ちゃんですわ! どうして引きこもってしまったのかしら……。誰かに何かされたの? それとも、学校に行くのが単純に嫌? お姉ちゃん達に出来ることは何かないかしら……。
「その件についてだね。まず、クラスの中で真波はとても異質な存在だったそうだよ。悪い意味ではなくて、あまりにもオーラがありすぎて近寄れない、なんというかカリスマ的オーラを放っていて怖かったらしい。それでいて成績は学年でトップクラス、学力では幸二に並ぶ程で、体力テストなど運動面では真琴や私ぐらいの成績を出している。それを自慢したりせず、ただ物静かに、つまらなそうに座っている……というのが、真琴のクラスメイト達の話だったよ」
「僕も同じような情報しかないな。美術の授業で先生に褒められてもお辞儀をするだけで喜ぶ素振りもなく、誰に話しかけられても全く表情を変えず。そんな様子で毎日を過ごしていたようだ」
「わたくし達と話す時は、面白いぐらい表情がころころと変わりますのに!?」
「う~ん。そこなんだよ……。多分真波ちゃんはね、学校生活がつまらなくなっちゃったんじゃないかな」
「学校が、つまらない……」
確かに、真波ちゃんにとって学校というものはつまらないものかもしれませんわね……。学校の成績が良いとお母様達は褒めてくださるけれど、お母様達がわたくし達に求めているものは恐らく、今後七瀬財閥を継いでやっていけるだけの能力……。特に真弓お母様は、15歳になる前には財閥の長として君臨し、傾いていた財閥を立て直すどころかより巨大化させることに成功した完璧超人。わたくし達よりも若い時にそれだけのことをしていた人物ですもの、わたくし達に求めている能力のハードルは高い。学校にお母様達が求めている成長は存在しないと、あの子は感じてしまったのかしら……。
「お母様達がわたくし達に求めている能力は、学校では得られないと悟ってしまったのかしら」
「え? ああ、う~ん……。お母様達は私達に、好きなように思いっきり青春を楽しみなさいと言ってくれるけど……そうだよねえ~……」
「1月に入学してから5ヶ月、見切りをつけるには十分な期間ではある……」
5ヶ月という期間は、真波ちゃんが学校というものに見切りをつけるには十分な期間だったかもしれないわね……。お母様の真意に気がついて、自分を高めることに集中することにした……と見るのが妥当なのかしら。あの子は、天才だもの……きっと、学校という小さい器には収まりきらなかったのだわ。
「ところで、真波は今頃部屋で何をしているんだろうか……」
「ああ~それならお母様から聞いたよ~。真波ちゃんはね、ペルシアオンラインってゲームにハマってるみたいだよ~?」
「ぺる、な、なんですって?」
え? ゲーム……? ハマって……!? あの子が、ゲームにハマっていますの!?
「あれ? 真琴ちゃん、PVのためにコスプレして撮影やってたじゃない? もしかして、覚えてない感じかい?」
「ええと、仕事はたくさんあって、どれの撮影か……覚えていませんわね……」
「……ほら、これだよ姉さん。覚えてない?」
これって言われて見せられても、コスプレをして撮影した写真なんて沢山あるから覚えていませんわ……。ええと、これは……。
「……あ! 覚えていますわ!! 世界最大級のオンラインゲーム、バビロンオンラインの正式な後継作として作られた……あの……ク、ク……!」
「そう、世界最大級の高難易度クソゲーと言う最悪のレッテルが貼られた、あのペルシアオンラインだね」
「私も名前ぐらいは聞いたことがあるよ~。クラスにもやっていた子が居たみたいだけど、敵が強すぎて凄く難しいのと、バビロンオンラインのようなサクサク成長出来る感じがなくて辛かったと聞いたけどね~」
「そんなゲームを、真波ちゃんが!?」
ええ、そんな酷いゲーム、真波ちゃんにプレイさせては毒ですわ! きっとそんなゲームだとは知らずにプレイしているに違いありません! すぐに伝えて、バビロンオンラインのほうが良いと教えてあげないと……。
「お母様の話では、最高難易度でプレイしているらしいよ。前代未聞のぶっ飛んだ行動を連発して、初日から各方面を騒がせているんだとか~。ほら、このゲームの掲示板。ウェーブって子が真波ちゃんだね」
「ひゃっ!? え、えっ、真波ちゃんが、ここ、こんな、ダメですわ!? 真波ちゃんのお肌が、こんなに!!」
「……本当に真波か? 僕の中の真波のイメージとは、かなりかけ離れてるな」
おっ、こ、こんな!? こんな、その、えっちな格好は! わたくし、いけないと思いますわ!! でも、こんなに楽しそうに笑っている真波ちゃん、わたくしは今まで見たことが……。
「そっとしておいてあげようよ」
「えっ!?」
「兄さん、放置するべきじゃないって集まったのに、また放置かい?」
「うーん……。だって、楽しそうじゃない? きっと、良い影響になると思うんだよね」
「でも、真波ちゃんが……」
「なんなら、真琴ちゃんも一緒に遊んであげたら? 私の記憶が正しければね、さっきの写真を撮影した時にペルシアオンラインの運営からプレイチケットと、その衣装を再現したコスチュームの引換券を貰ってたはずだよ? 是非、実際にプレイしてみてください~って言われてたでしょ~」
どうして兄さんがそんなことを覚えていますの!? わたくし、そんなの全然記憶にないんですけれども!! いえ、でも……。確かに思い出してみれば……。1年ぐらい前に、燐音お母様に連れられて全員でこのゲームの広報をするのに撮影をしていたような……?
「兄さん、良く覚えてるね……」
「まあかなり忙しい日で、撮影も30分ぐらいで終わって次に向かっちゃったからね~。その後、七瀬財閥のグループ企業との懇親会があったでしょ?」
「あ! それなら覚えていますわ! お母様達と大変仲の良いご友人が沢山いらっしゃって、そっちに驚いてその前の記憶が飛んでいましたわ!」
「燐音お母様のお姉さん、可愛かったよね~。真波ちゃんよりちっちゃい子が居る~と思ったら、4倍以上生きてらっしゃるレジェンドだったもんね~」
そうだわ、その後の懇親会の衝撃が大きすぎて、その前の記憶が吹っ飛んでいましたわ!! 確か、あの日のデータなら……あった、本当にありましたわ!! プレイチケットと、コスチューム引き換え用のシリアルコード!! お兄様ったら、本当に良く覚えていますわね……。
「で、話は戻るんだけど。今はそっとしておいてあげるのが、一番じゃないかなって」
「でも、放置してばかりでは……」
「私達の存在も、煩わしいのかもしれないよ? だって、誰にも何も言わずに引きこもってしまったんだよ?」
「干渉して欲しくない、ということか……」
「う~ん、少なくとも今はそうなんじゃないかな。だから――――」
干渉して欲しくない……。でも、完全に放置というのは……。そうだわ、わたくしは忙しくてプレイ出来ませんけれども、真波ちゃんは既にプレイしているのであれば! このコスチューム引換券のシリアルコード、あの子に使って貰えば良いのではなくって!? 貰い物をプレゼントするなんて、かなり端ないことだけれど……。もしも、少しでもあの子の役に立つようであれば……。
「――――真琴ちゃん? 聞いてるかい?」
「え? ええ、聞いてますわよ?」
「姉さんのその表情と声色で……」
「幸二? まだ懲りないかい?」
「いや、あ~……すみません」
よし、真波ちゃんにメッセージを送りましたわ! 返事は、期待していないけれど……。もし、返事をくれたら、嬉しいですわね! とにかく、今はそっとしておきましょ! また家族全員で、どこかにお出かけ出来るような日がきっとくるはず……。その時は、真波ちゃんといっぱいお喋りするの。あ、そうだわ! わたくしの出来る範囲で、ペルシアオンライン……だったかしら? そのゲームで使える先程の限定品のようなものがあれば、集めて送ってあげようかしら! うんうん、きっとあの子も喜んでくれるはず。早速、情報をチェックしてみましょう!
【人物紹介・両親】
七瀬燐音:偉大なる母。全員に『お母様』と呼ばれている。真弓の補佐。
七瀬真弓:偉大なる母。全員に『ママ』と呼ばれている。七瀬財閥の長。
【人物紹介・子】
七瀬悠一:真弓が産んだ長男。死ぬほどイケメンで完璧超人。妹達が大好き。一人称は私。
七瀬真琴:真弓が産んだ長女。容姿端麗なスーパーモデル。社交界ではおねだり上手で、相手の領域の深いところまで平気で入ってくる。思い込みが激しい方で、善意100%の行動が迷惑になることもある。
七瀬幸二:燐音が産んだ次男。ちょっと嫌味なところが出ちゃうデータ君。ちゃんとごめんなさいが出来るタイプ。
七瀬真波:燐音が産んだ末妹。兄や姉と比べてとにかく何かが劣っている、普通であると思っているのがコンプレックス。それらが拗らせ過ぎて引きこもってしまった。根暗、低身長、巨乳、映えないくすんだ黒髪、目付きが悪い。普通と言われるのがプッツンスイッチ。 本作の主人公。
【用語紹介】
バビロンオンライン:ペルシアオンラインの前作、45年も続く超御長寿オンラインゲーム。もはや実現している異世界だとまで言われている。未だに超人気ゲームであり、バビロンオンラインに対抗しようとして散っていったゲームは星の数ほどある。
ペルシアオンライン:バビロンオンラインの続編として開発されリリースされた問題作。バビオンオンラインを超えるクオリティを期待していたプレイヤー達の期待を、右斜め45度ぐらいの方向性で裏切ってしまった超高難易度ゲー。ただし、ポテンシャルは非常に高いので『もう少しこれがこうならなぁ……』という数々の要素を解消出来れば楽しめると言われているが……?




