STORIES 053: おかえり、ただいま
誰かと一緒に生活するようになると、いろんなものが見えてくる。
それまで10年付き合っても知らなかったことが、たった1週間かそこらの共同生活でわかったりする。
単発の旅行では知り得ないこと。
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朝の習慣。
出かける前の儀式。
洗濯物のたたみかた。
食へのこだわり。
育ってきた環境。
趣味の時間の過ごしかた。
ものごとの優先順位。
お金の遣いかた。
…自分への気持ちの深さ。
結婚をしようと思う相手ができたなら、試しに1ヶ月でいいから一緒に暮らしてみるといい。
外で会ったり、時々お泊りするくらいでは、巧妙に隠されていることもあるかもしれない。
もしかしたら、大きな過ちを犯す前に気付けることもあるかもしれない。
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でも、同棲生活だけではわからないこともある。
結婚という制度、枠のなかに入ろうとすると…
途端に当事者だけの問題ではなくなってしまう。
お互いの親や家族。
住む場所。
仕事と収入。
新しい家族や将来のビジョン。
老後の暮らしかた。
人生の終わりの迎えかた。
頭ではわかっていても、実際に直面すると困難な問題は多く、そして大きい。
それでも、少しの間だけでも共同生活をすることで、そんな問題も整理できて、2人の絆を深めることに繋がるかもしれないよ。
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夕暮れ時のある街の風景。
今日は早めに仕事を上がれた。
来客も多くて喋り疲れたし、
新しい靴が硬くて、くるぶしのところも痛い…
そろそろセールの準備も始まるなぁ。
エレベーターで5階に上がり、マンションの扉を開ける。
キッチンからは、料理をする音と美味しそうな香りが漂ってくる。
おかえり。
早かったね。
休みだったからさ、いっぱい作っちゃった。
もうすぐできるよ。
着替えてきたら?
さっきね、スーパーに足りないものを買いに行った帰りにさ、駅前を通ったらね…
「お姉さん、どこのお店にいるのぉ?」
なんて、酔っ払ったおじさんに声かけられちゃったよ。
そんな格好もしてないのにね、ふふふ。
矢継ぎ早に話す彼女は、とても楽しそうだ。
きっと、のんびりと休日を過ごせたのだろう。
ただいま
まだ言ってなかったね。
僕はいつでも…
「ただいま」より先に、
「おかえり」を聞いているような気がする。
一人暮らしに戻る日が来たら、
ただいま、なんて独りで呟くようになるのかな。
言わないかな。
満面の笑みでフライパンを握る彼女。
今夜は手料理がたくさん並ぶ。
頂きものだけど、ワインでも出そうか。
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誰かと暮らすというのは、とてもいいね。