第4回桜庭メルの自分探しの旅:瑠璃ヶ窪 二
「この子カメラの前に連れて行くのイヤだぁ……」
メルと同じ顔でナルシスト。こんなキャラを配信に乗せれば、絶対にコメント欄の玩具にされる。
「オリジン、どうかしまして?そんなに顔を顰めていては、私ほどではないにせよ美しいお顔が台無しですことよ?」
「だからあなたと同じ顔なんですってぇ……」
どうにかしてテクトニクスをカメラに映さず済ませる方法は無いかとメルが頭を悩ませていると、
「ちょっと、何をグズグズしているの?」
「とっ、常夜見さん!?なんで来ちゃったんですか!?」
魅影と共にカメラの方からやってきてしまった。
「なんでって……あなたが全然戻ってこないからじゃない。テクトニクスを連れてくるだけのことにどれだけ時間をかけているの?」
「いや、ちょっと事情があってですね……」
「あら?可愛らしいワンちゃんですわね。私の方がもっと可愛いですけれども!」
「ちょっ、テクトニクス!?」
『お?』『なんだ?』『面白そうな奴出てきたな』
早くもテクトニクスのキャラクターを看破した目聡い視聴者が、俄かにコメント欄で活気付き始める。
「喋れるワンちゃん、お名前は何と仰いますの?」
「常夜見魅影よ。あと私は犬ではないわ」
「魅影ちゃんと仰いますのね!私は桜庭メル・テクトニクスと申しますわ!」
「声が大きい……」
テクトニクスは魅影の前脚を握り、ぶんぶんと振った。
『今回のメルはお嬢様キャラか』『何か前にもお嬢様キャラいなかった?』『メルのそっくりさんお嬢様率高くね?』
「あら?この声は何ですの?」
続いてテクトニクスは、機械音声によって読み上げられるコメントに興味を示した。
「オリジン、これは一体どなたの声ですの?」
「あ~、これは配信のコメントをソフトで読み上げてもらってるんです。って言って分かります?」
「ええ、分かりますわ」
何気にコメントの読み上げに興味を示したメルティーズはテクトニクスが初めてだ。
「ということは、オリジンは今、このカメラで配信をなさっていますのね?」
「そうですそうです。あっ、カメラに映されるのイヤでした?」
「いいえ、どんなことはありませんわ。ですが困りましたわね……」
テクトニクスが頬に手を当てて溜息を吐いた。
「このままでは尊く美しく麗らかな私の存在が全世界へと知れ渡り、全人類が私の虜になってしまいますわぁ~!」
「ちょっ、やめてくださいカメラの前で!」
『すげぇこと言ってるなこいつ』『滅多にいないレベルのナルシスト』『メルと同じ顔でナルシストなの面白過ぎるな』
「あらいけない私としたことが!視聴者の方々への挨拶がまだでしたわ!」
テクトニクスがカメラに向かってカーテシーを披露する。
「皆様お初にお目にかかりますわ!私は桜庭メル・テクトニクス、この世で最も美しい乙女ですわぁ!」
「そのキャッチフレーズやめてください!お願いですから!」
『メル顔真っ赤じゃん』『テクトニクスさんがこの世で最も美しいってことは、メルもこの世で最も美しいってことになるよな』『なんてこった俺達は今まで世界一の美女の配信を見ていたっていうのか!』
「やめてください!早速メルをイジリ始めるのはやめてください!」
真っ赤な顔で腕をぶんぶん振り回すメル。
「あらあら、真っ赤になってしまって。美しい顔が台無しよ、桜庭さん。……ふふっ」
「常夜見ぃ!!」
魅影までもが視聴者に便乗してメルを揶揄い始め、メルはいよいよ頭に血を上らせた。
「はぁ……はぁ……」
「どうしてそんなに疲れているの?」
「そんなのこっちが聞きたいですよ!」
テクトニクスのキャラクターに振り回され、メルはまだ何もしていないのにも関わらず肩で息をしていた。
「ところでオリジン、ここには何をしにいらっしゃいましたの?私の尊く美しく麗らかな顔を鑑賞しにいらっしゃったという解釈でよろしいかしら?」
「よろしくないですね~。もうはっきり言いますけど、メルはあなたを殺しに来ました」
「まあ、私を殺しに!?」
テクトニクスは仰け反らんばかりに大きく驚くが、
「……なるほど、そういうことでしたのね」
すぐに納得した様子で首を縦に振った。
「あら。なんだか話が早いですね?」
「ええ、ええ。オリジンが私を殺してしまいたい気持ちは痛いほど理解できますわ。私の美しさが妬ましかったんですわよね?」
「違いますね」
「無理もありませんわ。私は世界で最も尊く美しく麗らかな乙女。この世の全ての乙女達は、私の美しさを妬まずにはいられないんですもの……」
「違いますね」
「ああ、罪深きは私の美しさ……私の生みの親であるオリジンですら、私の美しさを妬む気持ちを抑えることができないんですもの!」
「聞こえてますか?」
テクトニクスは自らの体を抱くようにして、完全に自分の世界に没入してしまっている。明らかにメルの声など耳に届いてはいなかった。
「ですが私も殺されるわけにはまいりませんの。私の尊さ美しさ麗らかさはこの世界の至宝。私という太陽よりも眩い光が失われてしまえば、この世界に住む全ての人々が暗闇に閉ざされてしまいますわ!」
「太陽あるから大丈夫だと思いますよ」
「この世界を遍く照らす最も尊く美しく麗らかな乙女として、私はここで終わる訳にはいきませんわ!この世界を守るために、オリジン、私はあなたと戦いますわ!」
「ああ、はい、じゃあよろしくお願いします」
かなりの論理の飛躍が見られたが、ともかくテクトニクスはメルと戦う構えを見せた。
「私は離れて見ているわよ。本当は面白そうだから間近で見ていたいところなのだけれど」
「どうぞどうぞ。今すぐにでも離れてください」
『え~離れるの?』『近くで見た~い』『テクトニクスさんの自画自賛で顔真っ赤になってるメルもっと見た~い』
「今すぐ離れてください!」
シッシッと手を振って、メルは魅影を追い払った。
「さあ、始めましょうかテクトニクス。メルの精神衛生を守るためにも、今日の配信はなるべく早く終わらせたいんです」
「私の次くらいに美しいオリジンを手に掛けるのは心苦しいですが……私の美しさは、誰にも損なわせはしませんわ!」
テクトニクスは両手を組み合わせ、親指を立てて人差し指と中指をメルに向け、銃のような形を作った。
「ダイヤモンドバレット!」
テクトニクスがそう叫ぶと、テクトニクスの周囲に大小様々なダイヤモンドが20個ほど生成され、それらが一斉にメルに向かって射出された。
「わ~、ゴージャスな攻撃~」
ライフル弾の如き速度で迫り来るダイヤモンドの煌めきに感心しつつ、メルは全てのダイヤモンドを軽やかに回避する。
「まだまだ行きますわよ!ダイヤモンドバレット・フルバースト!」
テクトニクスが銃の形の手でメルに狙いを定めながら、再びダイヤモンドの弾丸を発射する。
今回は1回目とは比較にならない、数百数千ものダイヤモンドの粒の一斉掃射だ。
「わ~、これ全部売ったらいくらになるんでしょう」
無数のダイヤモンドを前に、メルはそれを考えずにはいられなかった。
「こんなにあったら供給過多で値崩れしちゃうかな……」
流石に身のこなしだけではどうにもならないほどの弾幕だったので、メルは紫色の炎を放ってダイヤモンドを迎撃する。
紫色の炎に飲み込まれたダイヤモンドは、まるで砂糖菓子のように容易く溶けて消えてしまった。
「今度はこっちから行きますよ!」
メルは全身に炎を纏い、ダイヤモンドの弾幕の中へと飛び込んでいく。
ダイヤモンドを炎で相殺しつつ、メルはテクトニクスの間近にまで迫った。
「ダイヤモンドカリバー!」
テクトニクスが右手にダイヤモンドでできた細身の剣を生成する。
「ダイヤモンドの剣って強いんですか?」
「大事なのは強さではなく美しさですわ!たああっ!」
テクトニクスが剣を振り下ろし、メルはそれをハイキックで迎撃する。
メルの右足はダイヤモンドの刀身を容易く圧し折った。
「私の剣が!?」
「メルティ・クレセント」
砕けた剣に愕然とするテクトニクスに、メルは必殺の回し蹴りを放つ。
「くっ、ダイヤモンドシールド!」
テクトニクスは咄嗟にダイヤモンドの壁を作り出し、メルの回し蹴りを受け止める。
だがメルはその壁をも容易く蹴り砕き、直後紫色の炎が嵐のように吹き荒れた。
「……ビックリしました」
メルは静かに呟く。
瑠璃ヶ窪を存分に蹂躙した紫色の炎が消失すると、驚くべきことにテクトニクスには傷1つ付いていなかった。
「一撃で殺すつもりだったんですけど……あなた、今まで戦ったメルティーズの中で1番頑丈かもしれないです」
「ふふふ、そうでしょう!どのような苦難があろうとも、私の美しさが損なわれることは決してありませんわ!お~っほっほっほっほ、ごふっ!?」
高笑いの途中で、盛大に血を吐き出すテクトニクス。
「あっ、やっぱりダメージはあるんですね」
外見上は無傷に見えるテクトニクスだが、実際には相当なダメージを負っている様子だった。
「ふぅ……ダイヤモンドシールドが無ければ死んでいましたわ……ですが私の美しさは全く損なわれていないので、実質ノーダメージですわね!」
「その理屈はちょっと分からないです」
「それにしてもオリジン、恐るべき強さですわ……流石は私に次ぐ美しさを持つだけのことはありますわね……」
「強さと美しさに相関関係は無いと思いますけど」
「これは私も、奥の手を出さざるを得ませんわね!」
「あなた本当に他人の話聞かないですね」
何を言われようと自分の生き方を貫き通すその姿勢は、ある意味では最強なのかもしれなかった。
「御覧に入れますわ、私の最強形態!」
無数の菱形の煌めきが、テクトニクスの体を覆い隠す。
「『エンブリリアンス』!!」
煌めきの中から再び現れたテクトニクスは、虹色の宝石で形作られた大きな環を背負っていた。
それはまるで仏像の背中にある光背と呼ばれる飾りのようだ。
「綺麗ですね、その輪っか」
「そうでしょうそうでしょう!尊く美しく麗らかでしょう私は!」
メルが試しに軽く褒めてみると、テクトニクスは我が意を得たりとばかりに何度も何度も頷いた。
「ですが、ただ美しいだけではありませんのよ!」
テクトニクスが意味ありげな笑みを浮かべる。
そして膝を折ってその場に屈み込むと、右手で地面にそっと触れた。
「ビューティフルワールド」
するとテクトニクスが触れた場所を起点として、地面が虹色の宝石へと変化し始めた。
まるで宝石が地面を侵食していくように、宝石への変化は急速に広まっていく。
「あっヤバっ」
メルが咄嗟に空中へと退避すると、その直後にメルが立っていた場所が宝石に変化した。
もし地面に立ったままだったら、メルも宝石になってしまっていたのだろうか。そうなった姿を想像して、メルは冷や汗を流した。
「逃がしませんわよ!」
テクトニクスもまた空へと飛び上がり、メルに向かって右手を伸ばす。
その手に触れられたらどうなるかをありありと見せられたばかりのメルは、即座にテクトニクスの右腕を蹴り飛ばした。
「いったぁいですわぁ!?」
「痛くしてますから!」
「ですが負けませんわ!ビューティフルワールド!」
テクトニクスは負けじと左手を伸ばし、その指先が僅かにメルの右足に触れる。
すると激しい痛みと共に、メルの右足が宝石へと変化し始めた。
「左手でもよかったんですか……くっ!?」
肉体の一部が宝石に変化するという類を見ない苦痛にメルの顔が歪む。
だがメルはその痛みに耐えながら、自らの足に触れているテクトニクスの左腕をがっしりと掴む。
「え?」
硬直するテクトニクスをぐっと引き寄せたメルは、空いている左腕に螺旋状の紫色の炎を纏わせた。
「てやあああっ!!」
そしてメルの左腕が、テクトニクスの胸に直撃する。
胸を貫通させるつもりで放った貫手だったが、テクトニクスの体は想定よりも遥かに頑丈で、胸の中ほどまでしかメルの手は刺さらなかった。
「がふっ!?」
しかしそれでも、テクトニクスの命を奪うには充分だった。テクトニクスの胸と口から飛び散った血液が、メルの体に降りかかる。
テクトニクスは苦痛に表情を歪めながらも、メルに向かって微笑みかけた。
「あなたはこの世で最も尊く美しく麗らかな私の命を奪ったのです……これからはあなたが、この世で最も尊く美しく麗らかな乙女ですわ……」
「美しさってそういうシステムじゃないと思うんですけど……でもまあ、心掛けておきますね」
死に行くものへの手向けとして、メルはほんの少しだけ歩み寄る姿勢を見せる。
テクトニクスはもう1度笑みを浮かべると、その体が無数の塵となって消えていった。
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