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第3回桜庭メルの自分探しの旅:リアルシアター 二

 「ここは……」

 「やはりリアルシアターは異空間への入口となっていたようね」


 メルの足元には魅影の姿もある。


 「常夜見さん。一緒に来れたんですね」

 「そうね。分断されなかったのは僥倖だったわ」

 「配信の方はどうなってるんでしょう……視聴者さ~ん、見れてますか~?」

 『見れてる』『見れてるよ~』

 「よかった、通信はちゃんと繋がってるみたいですね……異空間でも通信繋がるのって、よく考えると変ですよね」

 「異空間のことをよく考えるのは止した方がいいわ。考えるだけ無駄だもの」

 「ですね~……にしてもどこなんでしょうここ。窓割れてますけど」


 メルが割れた窓から外の様子を窺おうとしたその時。

 バンッ!!と勢いよく部屋の扉が開いた。


 「ひゃああああっ!?」

 「桜庭さんうるさい……」

 『驚きすぎだろ』『鼓膜破れた』『メルってジャンプスケアに弱いよな』


 メルが盛大に跳び上がっている間に、開け放たれた入口から数人の男性が室内になだれ込んできた。

 男性達は体の一部が腐敗しており、腐臭がツンとメルの鼻孔を突いた。


 「ひゃっ、あっ、ぞ、ゾンビ!?」


 ゾンビの闖入と同時にメルの瞳が赤く光る。

 メルは激しく狼狽えつつ右脚に紫色の炎を纏わせ、向かってきた1体のゾンビをハイキックで迎撃する。

 ハイキックがゾンビの頭部に命中すると同時に、ゾンビの上半身が消し飛んだ。


 「あ~ビックリした……」

 『ビックリし終わる前に敵を殺すのやめろ』『ビックリした人間の攻撃力じゃない』

 「桜庭さん、油断するのはまだ早いわよ。敵はまだ残っているわ」

 「常夜見さんが処理してくれればいいんじゃないですか!?」


 ちゃっかり部屋の隅に退避した魅影に文句を言いつつ、メルは残りのゾンビも一掃した。


 「メル、ゾンビなんて初めて見ました。常夜見さんは見たことありました?」

 「似たようなものは見たことがあるわ。それにしても、ゾンビ映画を見ていたらゾンビのいる異空間に飛ばされるだなんて……」

 「ひょっとして、映画の中の世界だったり……?」

 「その可能性はあるわね。外の様子を見に行きましょう」


 改めて窓の外の様子を確認したところ、メル達がいるのは高層ビルの最上階の一室ということが分かった。

 階段で降りるのも面倒だったので、メルは魅影を抱えて窓から飛び降りた。


 「わ~、ゾンビがいっぱ~い」

 『当り前みたいに何十階分飛び降りるのやめてもらえる?』『まあ空飛べる奴だしなぁ……』


 どこぞの大都会のようなその街は、端的に言うと荒廃していた。

 立ち並ぶ高層ビルのそこかしこから黒煙が立ち昇り、路上は事故を起こしたと思しき廃車が溢れ返っている。そして壊れた車の隙間を縫うようにして、無数のゾンビが唸り声を上げながら徘徊していた。


 「ゾンビの発生によって、少なくとも文明は荒廃しているという設定なのかしらね」

 「これってあれですかね。やっぱりゾンビに噛まれるとゾンビになっちゃうんですかね」

 「どうかしら。試してみたらどう?」

 「イヤですよ!」


 特に声を抑えることもせずにメルと魅影が会話していると、近くのゾンビが2人の存在に気が付き、襲い掛かってくる。

 するとそれを皮切りに、街を徘徊するゾンビ達が一斉にメル達に殺到し始めた。


 「あらあら。桜庭さんどうしましょう」

 「どうしましょうじゃないですよ。そうやって戦うのはぜんっぶメルに丸投げしてぇ」

 「だって今の私はか弱いか弱いレッサーパンダなのだもの。戦うなんてとてもできないわ」

 「都合のいい時だけレッサーパンダ面しないでください」

 『レッサーパンダ面』『初めて聞いた日本語だ』『人間気分とレッサーパンダ面の2人組なのか』


 魅影はメルの肩に飛び乗り、自分は戦わないという意思を表明する。

 メルは溜息を吐き、右脚に紫色の炎を収束させた。

 高密度に圧縮された紫色の炎によって、右脚の周囲の空間が歪んで見える。


 「メルティ・クレセント」


 静かに技の名前を口にしながら、メルは周囲を取り囲むゾンビの群れに向かって回し蹴りを放った。

 右脚の軌道に合わせて全方位へと放たれた紫色の炎が、雪崩のようにゾンビ達を飲み込んでいく。

 炎の波はゾンビだけでなく路上に放棄された廃車をも次々と飲み込み、ゾンビや車が途切れることなく延々と爆発する。

 そして数十秒後、メルが放った紫色の炎が消失すると、そこにはゾンビも車も何1つ残ってはいなかった。


 『うわぁ……』『エグっ』『回し蹴りの威力じゃないな』『兵器』

 「流石ね、桜庭さん。広域殲滅もお手の物だわ」

 「次ゾンビ出て来たら常夜見さんが戦ってくださいね」


 メルは魅影を半目で睨んだ。


 「ところで、メルティーズもこの異空間にいるんでしょうか?」

 「どうかしらね、いる可能性は勿論あると思うけれど……リアルシアターにはいくつかスクリーンがあったわ。スクリーン毎にそれぞれ別の異空間に繋がっていて、メルティーズがいるのはこことは別の異空間ということも考えられるわね」

 「そうですか~……ちなみにこの異空間ってどうやったら出れるんですか?」

 「そんなこと知らないわ。いざとなったらあなたがこの異空間ごと破壊してしまえば済む話よ」

 「そんなことできるんですか……って、前にやったことありますね」


 異空間はその空間ごと破壊することで元の世界へと帰還できる。メルは過去の配信で実践済みだ。

 いざとなれば力業で帰還できるということで、メルはかなりの精神的余裕を獲得した。


 「一応探査術式は展開しているけれど、今のところメルティーズの反応は無いわね。少なくともこの近辺にはいないようね」

 「そうですか~……じゃあ歩くしかないですね~」

 「歩く必要は無いでしょう?飛べばいいじゃない」

 「あそっか。メル飛べるんでした」


 メルは魅影を胸に抱え上げ、ふわりと宙に浮かび上がる。

 そして空中で前傾姿勢になると、自動車と同程度の速度で移動し始めた。


 「この異空間、どれくらい広いんでしょう?」

 「どうかしら……少なくとも私の探査術式の効果範囲より広いのは確かだけれど」


 メルティーズの捜索は探査術式を使うことのできる魅影1人で充分のため、メルはボーっと地上を眺めながら飛行を続ける。


 「ゾンビばっかりですね~……人がぜ~んぜん見当たらないです」


 地上には相変わらずゾンビが溢れ返っており、今のところ生存者は1人も見当たらない。


 「相当終わってますね~この世界」

 「そうね……あら?」

 「ん~?」


 メルと魅影は同時に何かに気付いた素振りを見せた。


 「常夜見さんどうかしました?」

 「探査術式に反応があったわ。術式の効果範囲内にメルティーズがいるはずよ」

 「ホントですか?よかった~」

 「それで、桜庭さんはどうしたの?あなたも首を傾げていたようだけれど」

 「あっそうだ。あれ見てください」


 メルが地上を指差す。


 「なんか変なゾンビの死体がいっぱい落ちてるんですよ」

 「変な死体?」


 魅影がメルの指差す先に視線を向け、同時にスマホのカメラも地上を映す。

 地上には100を優に超えるであろうゾンビの死体が散乱していた。そしてそれらの死体はいずれも、体を正中線で両断されていた。


 「あら、綺麗に真っ二つね」

 「悪趣味ですね~。誰があんな殺し方したんでしょう?」

 「メルティーズではないかしら。いい趣味をしているわね」

 「見解が割れましたね。にしてもあれをやったのがメルティーズだとして、どうやったらあんな綺麗に真っ二つになるんでしょうね~」


 メルの見たところ、真っ二つの死体の切断面は相当滑らかなものだった。刀などの刃物を使って人体をこのように切断することは至難の業だろう。


 「それもこれもメルティーズを見つければ明らかになることよ。早く向かいましょう」

 「は~い。常夜見さん道案内してくださ~い」


 魅影が方向を指し示し、メルがその方向へと空路で向かう。

 そうしてメルが飛び続け、30分ほどが経過した。


 『なんか全然いなくね?』『トコヨミさんが見つかったっていうからすぐ着くと思ったのに』

 「メルも今全くおんなじこと思ってます。常夜見さん、ひょっとしてメルティーズがずっと移動してるから、なかなか追いつけないとかだったり?」

 「いいえ。探査術式に引っ掛かった時点から、メルティーズはほとんど移動していないわ。単純に探査術式に引っ掛かった時点でメルティーズが遠くにいただけよ」

 『じゃあその探査術式?ってやつめちゃくちゃ効果範囲広いんだ?』『トコヨミさんすげぇじゃん』

 「あら、そんなこと無いわ」

 「謙遜してるとこ悪いですけど鼻の穴ピクピクしてますよ」


 視聴者に褒められて、魅影は嬉しそうだった。


 「けれどそろそろ見つかるはずよ。もうそこまで遠くは無いわ」

 「ホントですか?あっ、ホントだ、なんか声みたいなの聞こえてきました」

 『声?』『何も聞こえなくね?』『メルはほら、キモいくらい耳いいから』『あそっか』

 「キモい言うな」

 「ちなみに私にも聞こえないのだけれど」


 視聴者や魅影の耳には届いていなかったが、メルの聴覚は歌声のような音を捉えていた。


 「まだそこまではっきりとは聞こえないですけど……ちょっと、メルの声に似てるような気が……」

 「それならメルティーズの可能性は高いわね。さ、急いで桜庭さん」

 「そうやって人を空飛ぶタクシー扱いして……終いには落としますよ?」


 声が聞こえるとなれば、最早魅影の探査術式に頼る必要はない。メルは声の聞こえる方向へと一直線に向かう。


 「あっ、いました!」


 そしてメルは、高層ビルの屋上のフェンスに腰掛けている人影を発見した。

 その人物は髪と瞳が翡翠を思わせるような緑色で、長い髪を束ねたツインテールは竜巻のような渦を描いている。

 そしてその人物の顔立ちはメルと瓜二つだった。


 「メルティーズ、ですね……」

 「そうね。気配からしても間違いないわ」


 メルと同じ顔を持つその人物がメルティーズであることは、疑う余地がなかった。


 「ら~、らららら~ら~ら~……」


 メルティーズは宙に投げ出した足をゆらゆらと揺らしながら、退屈そうに鼻歌を歌っている。

 メルはメルティーズがいるビルの屋上に着地すると、抱えていた魅影を床に下ろした。


 「あのっ!」


 メルが声をかけると、フェンスに外向きに腰掛けているメルティーズがゆっくりと振り返った。


 「……オリジン?驚いたな、どうしてこんなところに?」


 口では驚いたと言うメルティーズだが、その表情はあまり驚いているようには見えなかった。


 「あなたに会いに来ました。あなたは確か……スプリットでしたか?」

 「へぇ、私に会いに来たんだ?そうだよ。私は桜庭メル・スプリット。あなたから生まれた怪異の1人」


 スプリットはフェンスから飛び降り、メルに向かい合った。

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ありがとうございます

次回は明日更新します

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