第1回桜庭メルの自分探しの旅:赤馬採石場跡地 中編
「知らないようだったら教えてあげるけど、ここは最近アタシの領域になったのよ!だから勝手に入って来ないで!」
「あなたは……」
その少女は、メルと同じ顔立ちをしていた。
髪型もメルと同じくツインテールだったが、黒と桜色の2色が入り混じった頭髪を持つメルとは違い、その少女の髪は燃え盛る炎のように真っ赤だった。更にツインテールの部分は、炎のような赤色どころか炎そのもので構成されている。
そしてその少女に、メルは見覚えがあった。
「あなたは確か……桜庭メル・クリエイト、でしたか?」
「あら?アタシのこと知ってるの?」
意外そうな少女のその言葉は、メルの記憶が正しかったことの証明だった。
桜庭メル・クリエイト。祟り神となったメルから生まれた、7人の桜庭メルの1人。メルがメルティーズと呼ぶ怪異の1体だ。
『うわメルそっくり』『マジで顔同じじゃん』『そのツインテどうなってんの?』
「って、誰かと思えばオリジンじゃない」
メルの顔を見たクリメイトが、心底嫌そうに顔を顰める。
「オリジン……メルのことですか?」
「ええ、そうよ。気に食わないけど、私達はアンタから生まれた存在。だからあんたが桜庭メル・オリジンなんじゃない」
「メルから生まれた……じゃあやっぱりあなたはメルの娘……?」
「ちょっ、気持ち悪いこと言わないでよね!?アンタがアタシのママなんて死んでも願い下げだわ!」
「あら、反抗期ですか?」
「親子じゃないのに反抗期も何も無いでしょ!?」
「桜庭さん、あまりふざけるのは止めなさい」
「は~い」
魅影に窘められ、メルは大人しく悪ふざけを止めた。
「……で、オリジンがわざわざ何しに来たのよ。まさかアタシに会いに来たとでもいうつもり?」
「そのまさかです。心苦しいですけど、色々な事情があってメルはあなたを殺さなきゃいけないので」
「ふ~ん、わざわざアタシを殺しに来たって訳ね……」
クリメイトがニヤリと笑う。
「いいじゃない、ちょうどアタシ退屈してたのよ。ここに住んでた怪異はもうぜ~んぶ殺しちゃって、壊すものが無くなっちゃったんだもの。どこか違うところに怪異を殺しに行こうと思ってたけど、アンタ達の気配を感じて戻ってきて正解だったわ」
クリメイトが好戦的な性格だったことに、メルは密かに胸を撫で下ろした。
仮にクリメイトが争いを好まない性格で、「やめて!殺さないで!!」などと懇願してきたら、メルの精神的ダメージは計り知れない。クリメイトが殺し合い上等なタイプで助かった。
「メルなら満足してもらえると思いますよ。メル強いですから」
「ふん、口では何とでも言えるわ。あんたもそこのレッサーパンダも、まとめてアタシの玩具にしてあげる!」
ゴゥッ!とクリメイトの全身から巨大な火柱が上がった。
「桜庭メル・クリメイト……火葬の意味の通りに、炎を操るのね。分かりやすくて単純だわ」
クリメイトから放たれる熱をその身に浴びながら、魅影は涼しげな表情を浮かべている。
「桜庭さん。私が手伝う必要は無いわよね?」
「はい。メル1人で充分です」
メルの足元から紫色の炎が螺旋状に噴き上がり、メルの体に纏わりつく。それを見た魅影は、巻き込まれないように離れた場所へと移動した。
「1人で充分?舐めるんじゃないわよ!どうせオリジンだからってアタシのことを見下してるんでしょ!?」
「いや全然そんなことは無いですけど……」
「アンタがアタシのオリジナルだとしても、強いのはアタシの方!それを今から分からせてあげる!」
高らかに啖呵を切り、クリメイトが地面を蹴る。
すると同時に、クリメイトの背中から凄まじい勢いで炎が噴出した。炎の噴射は莫大な推力を生み出し、クリメイトは一気呵成にメルへと迫る。
「えっ、速っ!?」
想像を上回るクリメイトの移動速度にメルは目を瞠る。
「ヴォルカニックブラスト!!」
その隙にクリメイトはメル目掛けて、炎を纏う右の拳を振り抜いた。
「くっ……」
メルは両腕で防御姿勢を取り、クリメイトの拳を受け止める。
流石はメルと同じ姿をしているだけあって、クリメイトの拳は非常に重い。しかもクリメイトのパンチは、ただの打撃では終わらなかった。
クリメイトの拳がメルの腕に接触した瞬間、激しい爆発が生じた。
「ひゃあああっ!?」
爆風を至近距離で受けたメルは、盛大に後方へと吹き飛ばされる。
「まだまだ行くわよ!ヴォルカニックブラスト!」
クリメイトは吹き飛ばされるメルにピッタリと追従し、更にもう1度拳を振るう。
「その技の名前、自分で考えたんですか?」
しかしメルも同じ手は2度は食らわない。クリメイトの拳が触れたら爆発することを知ったメルは、今度は防御ではなく回避を選んだ。
「そうよ!カッコよくて強そうでしょ!?」
「そうですね、ヴォで始まるところが特に強そうです」
「ふふん、そうでしょそうでしょ!!」
技名を褒められて得意気になったクリメイトは、得意気に口元を緩めた。
「じゃあこっちも食らってみなさい!ヴォルカニッククレセント!!」
クリメイトが右足に螺旋状の炎を纏わせ、華麗な回し蹴りを放つ。
「ていっ!」
それを見たメルも、紫の炎を纏わせた脚で同じように回し蹴りを繰り出した。
メルの脚とクリメイトの脚が交錯し、放たれた衝撃波によって砂塵が舞う。
「ぅああっ!?」
蹴り合いに屈したのはクリメイトの方だった。
紫色の炎に巻かれ、体勢を崩すクリメイト。そんなクリメイトに対して、メルは更にハイキックを放った。
メルの脚はクリメイトの可愛らしい顔を的確に捉え、クリメイトは大きく仰け反った。
「あら。体幹強いですね」
メルはクリメイトを蹴り飛ばすつもりだったが、クリメイトは仰け反りながらもその場に踏み止まっている。
「舐めるんじゃ……無いわよっ!!」
クリメイトは怒りの表情を浮かべながら体勢を立て直し、炎を纏った拳による連撃を放つ。
「アンタはどうせアタシのことなんて、自分の紛い物としか思ってないんでしょ!?」
「えっ?いや、そんなこと思ってないですけど」
「ふざけないで!アタシはアンタの紛い物なんかじゃない!アタシはアタシよ!」
「そうですね、メルもそう思ってますよ」
「アンタをぶっ倒して、アタシがアタシだってことを証明してやるんだから!!」
「さっきから何1人でヒートアップしてるんですか!?メルの声聞こえてます!?」
どうやらクリメイトは、自分がメルから生まれたメルと同じ姿の存在であるということに、相当なコンプレックスを抱いているようだった。
メルを目の前にしてある種の被害妄想に憑りつかれたのか、非合理的な理由によってメルを殺害しようと躍起になっている。
「……まあ、いいんですけど。こっちもそのつもりで来てますし」
クリメイトの剣幕に困惑するメルだが、メルとてクリメイトの命を奪いに来ているのだ。相手が被害妄想に憑りつかれていようと関係ない。
「てやっ!」
「がっ!?」
クリメイトの拳の嵐の隙間を突き、メルはサマーソルトキックでクリメイトの顎を蹴り上げる。
そして無防備になったクリメイトの土手っ腹に、メルの強烈なヤクザキックが突き刺さった。
メルの蹴りによって爆発音と衝撃波が生じ、空間がビリビリと震える。
「ぐあぁっ!?」
クリメイトの体が2度3度と地面を跳ねながら吹き飛んでいく。クリメイトと接触した地面には、血の跡が点々と付着していた。
「ぐ……がっ……」
苦痛に顔を歪めながら体を起こすクリメイト。パックリと割れた額から流れる血で顔が真っ赤に染まり、口からも血が流れている。
「なんて……力なの……」
「まあ、メル今一応祟り神ですからね~」
「これが……これが、オリジンなのね……」
「そのオリジンって呼び方がよくないですよ。メルは別に自分があなたのオリジンだなんて思ってませんし」
メルは説得らしき文言を口にするが、残念ながらクリメイトには届いていなかった。
「けど……アタシは負けない……オリジンなんかに、絶対負けない……!!」
クリメイトがふらふらと立ち上がり、ぎらついた瞳でメルを睨み付ける。
「アタシのとっておきを見せてあげる……!!」
「とっておき?」
クリメイトの不穏な発言に、一体何をするつもりかと眉を顰めるメル。
「よく目に焼き付けなさい、これがアタシの本気の本気……『マグマフォース』!!」
クリメイトが叫んだその瞬間、粘性のあるドロリとした赤いオーラがクリメイトの全身を包み込み、クリメイトの背中で大きな翼を形作った。
「わっ、熱っ!?」
同時にメルの全身に凄まじい熱気が叩きつけられる。
クリメイトが放つ熱によって、周囲の地面の表面が融解を始めていた。
「どう、オリジン?これがアタシの最強形態、『マグマフォース』!!アタシの身体能力をめちゃくちゃに強化する上に、マグマ並みの熱量で触れるモノ全てを焼き尽くすのよ!!」
「いや、明らかにマグマより熱いんですけど……」
あくまでもメルの体感の話になるが、最強形態となったクリメイトの放つ熱は、マグマなどの比ではなかった。
以前にメルが戦った炎の祟り神、火文布神と比べても、クリメイトの放つ威圧感は段違いだ。
「流石は桜庭さんから生まれた怪異ね……本気を出せば祟り神以上だわ」
離れた場所から戦闘を見守っている魅影が、誰に聞かせるでもなくそう呟いた。
「アタシがこの姿になったからには、アンタは終わりよ、オリジン!!」
クリメイトが地面を蹴り、後方へ炎を噴射しながらメルへと迫る。
「メルはまだ終わりませんよ!」
メルも紫色の炎を天女の羽衣のように纏い、クリメイトを迎え撃つ体勢を取る。
「食らいなさい!スペリオルヴォルカニックブラスト!!」
「技名長っ!?」
高らかに技名を叫びながら振り抜かれたクリメイトの拳と、技名の長さに面食らうメルの拳。赤と紫、それぞれの色の炎を纏った2つの拳がぶつかり合う。
瞬間、網膜を焼くような爆炎と耳を劈く轟音が生じ、キノコ型の雲が打ち上がった。
2人を覆い隠していた分厚い砂塵が程なく薄れ、再び2人の姿が露わになる。
「スペリオルヴォルカニッククレセントォッ!!」
「ていっ!てやぁっ!」
爆発の余波によって穿たれたクレーターの中で、2人のメルは殴り合っていた。
「ヴォルカニックドロップ!!」
「あつっ!?あっつぅっ!?」
クリメイトのドロップキックがメルの肌を焼き、
「メルも技名とか考えた方がいいんですか、ねぇっ!!」
「うぐぁっ!?」
メルが纏う紫色の炎の呪詛が、クリメイトの肌を引き裂く。
2人の体がぶつかる度に衝撃波が生じ、地面が砕けて砂塵が舞った。
「ぐっ……はぁ、はぁ……」
先に膝をついたのはクリメイトの方だった。全身の裂傷から血が流れ、左腕がだらんと垂れ下がっている。
「いてて……」
対するメルは、2本の足でしっかりと地面を踏みしめて立っている。傷らしい傷はほとんど見られず、見える範囲の傷は左頬の小さな火傷だけだ。
だがそれは、メルがほぼ無傷でクリメイトと戦い抜いたということではない。
祟り神になったメルは、霊力を用いた治癒能力を獲得した。その能力で適宜傷を治しながら戦っていただけのことだ。
そしてその治癒能力を、クリメイトは有していないようだった。
「アタシは……オリジンに敵わないの……?」
虚ろな瞳でクリメイトが呟く。その表情には絶望の色が見え始めるが、
「……ううん、そんなハズない!」
すぐにまたクリメイトの瞳に光が戻る。
「アタシはまだ、全部をオリジンにぶつけてない!」
満身創痍の体で、それでもクリメイトは立ち上がった。
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