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大事なお知らせ

 「皆さんこんにちは、桜庭メルで~す」

 『メルちゃんこんにちは!!』『こんにちは』『なんかテンション低くない?』


 この日配信を始めたメルは、普段と比べて元気がないように見えた。

 いつもは必ず名乗っている「心霊系ストリーマー」という口上も、今日のメルは口にしていない。


 「えっと、今日は大事なお知らせがあるんですけど……その前に皆さんに謝らないといけないことがあります。前回の配信は予定にないタイミングで終わってしまって、ホントにごめんなさい」

 『あれはビビったな』『あの時って何があったの?』『多分スマホが壊れたんでしょ?』

 「そうなんです。メルがスマホ壊しちゃったみたいで」


 前回の配信では、撮影用のスマホが事故で破損してしまった。そのため配信が予期せぬタイミングで終了してしまったのだ。


 『あの後大丈夫だったの?』『なんかヤバそうな感じになってたよねあの時』

 「はい。あの後に何があったのかは、今日の配信でお話しさせていただこうと思ってます」

 『てか今メルどこから配信してるの?』


 ここでコメント欄に、メルの現在の所在地に関する質問が書き込まれた。


 『今んとこ空しか見えないんだけど』『空中で配信してんの?』


 現在メルの背景には、暗い色の空しか映り込んでいない。建物や樹木などの、メルの所在を示すようなものは何1つ見当たらなかった。


 「メルの場所ですか……ん~……」


 視聴者からの質問に対し、メルは少しの間思い悩む素振りを見せた。


 「……うん、口で言っても信じてもらえないと思うので、直接見てもらいますね」


 メルの言葉に合わせて、カメラがグイっと下を向く。

 そこにあったのは、青い地球だった。


 『は?』『え?』『地球?』『丸いんだけど地球』

 「はい、という訳でですね……メルは今、成層圏にいま~す」

 『成層圏!?』『え、マジで言ってる!?』『まさかマジで空中で配信してるとは思わんじゃん……』


 成層圏から配信しているというメルの衝撃的なカミングアウトに、騒然とするコメント欄。


 『てか成層圏って生身でいて大丈夫なところ?』『それ以前に生身で行けるもんなの?』

 「普通はいけないと思いますよ~。でもメルはもう普通じゃないので」

 『それってどういう……』

 「えいっ!」


 メルはフィンガースナップのような動作をしたが、残念ながら音は鳴らなかった。

 メルのその動作と同時に、メルの体を黒い繭のようなものが包み込む。


 『わっ!?』『何だこの黒いの!?』『今指パッチン失敗してなかった?』『してたしてた』


 黒い繭に言及するコメントと、メルにフィンガースナップの失敗に言及するコメントで、コメント欄が完全に二分された。

 黒い繭は程なくして、蕾が綻ぶように頂点から解けていく。そして繭の中から現れたメルは、姿が一変していた。


 「は~い、新衣装お披露目で~す」


 頭部に聳える7本の角。本来白い部分が黒く、瞳が赤く染まった眼球。コウモリのような1対の黒い翼。無数の棘を持つ長い尾。夜の闇を衣服に仕立てたかのような妖艶なイブニングドレス。

 その姿はメルが人ならざる存在になってしまったことを端的に物語っていた。


 『うわ何だ!?』『目怖っ!?』『ツノ生えてる……』『そのドレス可愛い~!』『この変身で真っ先にドレスに目が行く奴すごいな……』

 「はい、という訳でですね……メルはなんと、祟り神になってしまいました~」

 『祟り神になってしまいました!?』『何がどうなったらそんなことになるの……』

 「詳しい説明はですね、メルよりもこの件に詳しい、ある人にしてもらおうと思いま~す」


 そう言ってメルは画面の外に手を伸ばし、何かを掴んで画面の中に引きずり込む。


 『何それ犬?』『レッサーパンダじゃない?』『ほんとだレッサーパンダだ』『かわいい~!!』『レッサーパンダが結局この世で1番可愛いからな』『は?レッサーパンダよりもメルちゃんの方が可愛いだろうが』『ヤバいぞメルリアコ勢が出た!』


 メルの右手は、レッサーパンダらしき黒い生物の首根っこを掴んでいた。

 メルに捕らえられたレッサーパンダは、虚ろな表情で手足をだらんと垂れさせている。


 「ほらほら、カメラに向かって自己紹介!」


 メルがレッサーパンダをカメラに突き出す。

 レッサーパンダはしばらく動かなかったが、やがて観念したように口を開いた。


 「……常夜見魅影。元、怪異使いよ」

 『喋った!?』『レッサーパンダが喋った!!』『てか今トコヨミミカゲって言った?』『えっ、トコヨミさん!?』


 常夜見魅影。その名前はメルの配信の視聴者にとって、今や馴染み深いものとなっていた。


 「は~い、メルの配信にたまに出ていた常夜見さんが、なんと可愛い可愛いレッサーパンダになっちゃいました~」

 「……見世物にされるって、こんなに屈辱的なのね」

 「さ、常夜見さん。常夜見さんが何でこんな姿になっちゃったのかも含めて、前回の配信が終わった後のことを、視聴者の皆さんに説明してあげてください」

 「……はぁ~~~」


 魅影は海溝のように深い溜息を吐いてから、メルの指示通りに説明を始めた。


 「……私の計画は、桜庭さんを最強の祟り神にすることだったわ。そのために私は桜庭さんに祟り神を殺させて、包丁に祟りを蓄積させていた。そして桜庭さんが7体目の祟り神を殺したところで、私は計画を最終段階に移した。包丁に蓄積された祟りを桜庭さんに逆流させ、桜庭さんを祟り神にすることに成功した。スマホが壊れて配信が終了したのはこのタイミングね」

 『じゃあ配信中断はトコヨミさんのせいってこと?』

 「そういうことになるわね」


 魅影は自らの非を認めつつも、全く悪びれてはいなかった。怪異使いは下げるべき頭を持たないのだ。


 「けれど祟り神となった桜庭さんの力は、私の想定を遥かに上回っていた。私は祟り神になった桜庭さんを制御する手段を用意していたけれど、その手段は桜庭さんに力尽くで破壊されてしまったわ」

 『メル強くて草』『結局メルが1番強いんだなぁ』

 「桜庭さんは取り込んだ祟りの影響で正気を失い、言うなれば暴走状態にあったわ。桜庭さんが世界を滅ぼしかねないと判断した私は、その場にいた幾世守燎火と幾世守煌羅、それから桜庭さんから分離した咲累香々神と協力して、桜庭さんを止めようと試みた」

 『メル世界滅ぼしかねなかったんか』『草』『てかサクラカガカミ?って何?』

 「咲累香々神っていうのは、サクラさんの本名らしいですよ~。メルもあんまり馴染み無いんですけど」


 魅影の説明に、メルが後ろから補足を入れた。


 「桜庭さんはとても強かった。私達4人はまるで歯が立たなかったわ。けれど他の3人が時間を稼ぎ、私が命と引き換えにした一撃を放って、どうにか桜庭さんを正気に戻すことに成功した」

 『それはよかった』『あれ今なんかトコヨミさん死んでなかった?』『命を引き換えにしたって言ったよね?』『なんで生きてんの?』

 「なんで生きてんの?は最早悪口ではないかしら?」


 レッサーパンダ姿の魅影は、牙を剥き出しにして怒りを露わにした。


 「ほらほら、怒ってないで。どうして常夜見さんがこんな姿になって生きてるのか、ちゃんと説明してください?」

 「……私は人間として命を落とした場合に、怪異として転生する手段を構築していたわ。だから桜庭さんとの戦いで命と引き換えの一撃を放った私は、その後怪異としてこの姿で蘇ったの」

 『そんなことまでできるのか怪異使い』『残機が2つあるから命と引き換えにした大技使えるのカッコいい』『俺そういうの好き』

 「それを聞いてメルも納得したんですよ~。常夜見さんがあんな簡単に自分を犠牲にするなんておかしいな~って思ってましたもん。生き返る手段があったから、自分の命を犠牲にできたってことですよね?」

 「……まあ、そうね」

 「復活できる手段が無かったら、自己犠牲なんてしなかったってことですもんね?」

 「悪し様に言うのは止めてもらえるかしら!?」


 レッサーパンダが威嚇するのと同じ仕草でメルに抗議する魅影。しかし悲しいかな、レッサーパンダの威嚇というのはまるで怖ろしくないのだ。


 「それにしても、あの常夜見さんがこ~んな可愛い怪異になっちゃうなんて……」

 「……やめなさい、突かないで」


 メルは人差し指で魅影の頬をぷにぷにと突き、魅影に思いっきり嫌がられた。


 「常夜見さんって意外とこういうの好きなんですか?」

 「……私だって、もう少しスタイリッシュな姿に転生するつもりだったわよ。まさかこんな姿になるとは……」

 「いいじゃないですかいいじゃないですか。メルは今の常夜見さん、すっごく好きですよ」

 「やめなさい、抱き締めないで、苦しい。頬を擦り付けないで」


 メルが魅影に頬擦りすると、魅影には心底嫌がられた。


 「……あっ、話が逸れちゃいましたね。ほら、何やってるんですか常夜見さん。早く説明の続きをしてください」

 「あなたが横から茶々を入れてきたんじゃないの……」

 『理不尽で草』『メルがめちゃくちゃハラスメントしてる……』『ハラスメルだな』『適当なこと言うなよお前』


 魅影はまた深い溜息を吐き、それから説明を再開した。


 「桜庭さんが正気に戻ったのはいいけれど、そこで新たな問題が発生したわ。恐らくは祟り神となった桜庭さんの力が強力すぎたのでしょう。桜庭さんの力を分割するかのように、桜庭さんから7体の怪異が生まれた。言わば分霊のようなものかしら」

 『メルから怪異が生まれた?』『つまりメルがママになったってこと?』

 「まあ、そうですね」

 「そうではないでしょう!?あまり適当なことを言うべきではないわよ桜庭さん!?」


 世間一般からして常軌を逸した存在である怪異使いから見ても、メルの思考回路は常軌を逸していた。


 「んんっ。桜庭さんから生まれた7体の怪異は、そのいずれもが桜庭さんと瓜二つの容姿を持っていたわ。彼女達はそれぞれ、

桜庭メル・クリメイト

桜庭メル・クローラ

桜庭メル・アンライプ

桜庭メル・ファンファーレ

桜庭メル・オニキス

桜庭メル・スプリット

桜庭メル・テクトニクス

を名乗り、その姿を消した。その後の消息は今も掴めていないわ」

 「ちなみにその7人の姿はこんな感じです」


 メルはどこからともなく紙を取り出し、それをカメラに向けた。

 その紙には、メルによく似た姿の7人の少女が写し出されている。


 『何この紙』『写真?』

 「これはメルの記憶の中の映像を紙に転写したものです」

 『何その技術!?』『そんなことできるようになったの!?』『祟り神になったから!?』

 「そうなんです。祟り神になってから色んなことできるようになったんですよ。実は今撮影してるスマホも、メルが超能力みたいなのでふよふよ浮かせてるんです」

 『そうなの!?』『今日サクラさんいないの!?』

 「そうなんですよ~」


 これまでメルの配信ではサクラが撮影を担当していたが、祟り神となったメルはポルターガイスト能力でスマホに干渉し、撮影と被写体を同時にこなせるようになった。


 『サクラさんがカメラやってないなら、今日はサクラさんどこにいるの?』

 「サクラさんはですね~、今は重要なミッションをやってもらってます」

 『ミッション?』『どんなの?』

 「実はメル、祟り神になってからずっと成層圏で生活してるんですよ」

 『成層圏で生活してるんですよ!?』『サラッととんでもないこと言うな!?』『なんでそんなことしてんの!?』

 「祟り神ってね、地上にいると周りに悪い影響があるらしいんですよ~。ね、常夜見さん?」

 「ええ。祟り神が存在することによって自然界の霊力が汚染され、怪異が誕生しやすい土壌が形成されてしまうわ。それを嫌うなら、ここのような地上から離れた場所で暮らすのが賢明だわ」

 「で、成層圏に住まなきゃいけなくなったメルの代わりに、サクラさんには地上でメルの代わりに生活してもらってます。今のサクラさん、メルと同じ見た目してますから」


 今のサクラはあくまでもメルの分身体であるため、瞳の色を除いて外見が完全にメルと同一だ。メルの身代わりを務めるには、これ以上ない人材である。


 「っと、話がめちゃくちゃ逸れちゃいましたね。問題はこの7人なんですよ!」


 ふと我に返ったメルが、改めて7人の桜庭メルが写った紙をカメラに向ける。


 「この7人を野放しにしておく訳にはいかないんです!ね、常夜見さん?」


 メルの問い掛けに魅影は重々しく頷く。


 「この7人は桜庭さんの命を分かつ形で生まれているわ。7人をこのまま野放しにしておくと、桜庭さんは時間が経つ毎に衰弱していき、そのまま死に至ることも考えられる。それを避けるためには、桜庭さんが自らの手でこの7人の命を奪い、分かたれた命を取り戻す必要があるわ」

 『それってメルが娘を殺すってことだよね?』『親子同士で争わなきゃいけないの?』

 「そうなんです。悲しいですけど……」

 「だから親子ではないって言っているでしょう!?妙な情を抱けば苦しむのはあなたなのよ、桜庭さん!」

 「分かってますよ常夜見さん。メルもそこまで本気で言ってないです」

 「ならいいけれど……」


 魅影はメルに疑いの目を向ける。


 「それに彼女達の存在によって発生する問題は、桜庭さんの命だけでないわ。私の見たところ、彼女達はそれぞれが祟り神に匹敵、或いは凌駕する力を持っているわ。それほどの怪異を放置しておくと、環境にどのような悪影響が生じるか想像もつかない。悪い言い方をすれば、彼女達は害獣なのよ」

 「という訳なんです。それで、ここからがお知らせなんですけど……」

 『やっとか』『お知らせまでの前振り長かったなぁ』


 冒頭でお知らせの存在に触れてから、途中に長い説明を挟み、実際にお知らせを発表するまで長くかかってしまった。


 「実は……桜庭メルの心霊スポット探訪を、一旦お休みにしようと思ってます」

 『えっ!?』『そんな!?』『なんで!?』

 「そして心霊スポット探訪の代わりに、新しい企画を始めます!その名も、桜庭メルの自分探しの旅!」

 『なにそれ?』『モラトリアム?』

 「この自分探しの旅はですね、メルから生まれた7人のメル、名付けて桜庭ーズを探し出して、1人ずつ倒していこうっていう企画です!

 『名前ダサッ!?』『桜庭ーズダサッ』『もっと他に名前なかったのかよ』『メルがこの名前にしようって言った時トコヨミさん止めなかったの?』

 「私もダサいとは思ったわよ?けれど別に名前なんて何でもよかったのだもの」

 「えっ、そんなにダサいですか……?」


 自らのネーミングが大バッシングを食らい、メルは肩を落とした。


 『悪いことは言わないから別の名前にしよ?』『語感も悪いしさ』

 「え~……じゃあ、メルティーズにします」

 『まあ桜庭ーズよりマシか?』『ティどっから出てきた』『メルーズだと語感悪いしな』

 「それじゃあ改めまして……自分探しの旅は、メルティーズを見つけ出して、1人ずつ倒していこうっていう企画です!勿論常夜見さんにも手伝ってもらいますよ!元はと言えば常夜見さんのせいなんですから!」

 「……まあ、今の私には他にやることもないもの。手伝うわ」

 「という訳で、自分探しの旅はメルシスターズが見つかり次第始めて行こうと思ってます!皆さん、乞うご期待です!それじゃ、バイバ~イ!」


 最後にメルがカメラに向かって両手を振り、「大事なお知らせ」と銘打たれた配信は終了した

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ありがとうございます

次回は明日更新します

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