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第26回桜庭メルの心霊スポット探訪:矢来神社 五

 「……へぇ」


 煌羅が振り下ろした『亀骨』の刃を、メルは右の掌であっさりと受け止める。


 「いつの間に戻ってきたんですか?煌羅さん」


 赤いプラズマと紫色の炎が目くらましとなり、メルは煌羅の接近に気付けていなかった。

 魅影が『雷珠累(ライズガサネ)』を使ったのは、煌羅がメルの背後に回る隙を作るためだ。


 「メルちゃん!メルちゃんのさっきの攻撃、すっごくすっごく痛かった!」


 そう告げる煌羅の瞳は、チョコレートを頬張った子供のように爛々と輝いていた。


 「すっごく良かったよメルちゃん!もっと!もっと私を痛めつけて!」

 「あ、あはは……」


 それまで狂気的な笑みを浮かべていたメルだが、煌羅の性癖には流石に気圧されていた。


 「だ、だったら!お望み通りにしてあげますよ!」


 メルがそう叫んだ途端、渦巻く紫色の炎が煌羅の体を包み込んだ。


 「あああああっ!?」


 絶大な苦痛をもたらす炎に巻かれ、煌羅が絶叫を上げる。

 しかしその絶叫はどう聞いても悲鳴ではなく嬌声だった。


 「痛い痛い痛い痛いっ!最っ高に痛いよメルちゃんっ!!痛くて最高だよっ!!」

 「何っなんですかっ、あなたはぁっ!?」


 メルの蹴りが煌羅の腹部に深々と突き刺さり、煌羅の体がくの字に折れ曲がる。


 「がふっ!?」


 煌羅は口から血を流しながらも、恍惚とした表情でメルの脚を抱き締めた。


 「いいよメルちゃん……もっと……もっと!!」

 「くぅっ……」


 いかなる苦痛をものともしない煌羅に、初めてメルの表情が歪む。


 「離れてくださいっ!!」


 メルは紫の炎を纏わせた拳で煌羅の顔面を殴りつけるが、それでも煌羅はメルから離れない。

 メルがどれだけ殴打を加えても、煌羅は持ち前のマゾヒズムを発揮し、メルにピッタリと張り付いていた。


 「煌羅さん、離れてください!」


 不意に燎火の声が響き、メルは前方へ視線を向ける。

 そこにはいつの間にか燎火の姿があり、人差し指と小指だけを立てた右手をメルへと向けていた。


 「『礫火天狗……」


 燎火の右手の先に、超高密度の炎の塊が出現する。


 「……天梯(あまつきざはし)』!」


 そして炎の塊から、煌々と輝く灼熱のビームが放たれる。

 更にメルの右方では、魅影が組み合わせた両手をメルに向けて突き出していた。


 「『神解雷螺(シンカイライラ)』!」


 魅影の両手から、赤いプラズマがビームとなってメルに迫る。


 「じゃあね、メルちゃん!」


 そう言って煌羅がメルから離れた時には、既に2つのビームは回避不能な段階だった。

 煌羅はただマゾヒズムを発揮しているだけに見せて、その実メルを釘付けにするための囮だったという訳だ。

 『礫火天狗・天梯』と『神解雷螺』。灼熱の炎と赤いプラズマが交錯し、メルの体を呑み込んだ。

 2つの攻撃が相乗されたその威力は凄まじく、並の祟り神であれば命に届いてもおかしくないような一撃だった。

 しかし。


 「あっはははははは!!今のは面白かったですよ!!」


 炎とプラズマの中から現れたメルは、全くの無傷だった。


 「そんな……」


 燎火の顔に絶望の色が浮かぶ。


 「幾世守燎火!絶望している暇は無いわ!」


 燎火を叱咤する魅影だが、その頬には冷や汗が流れていた。


 「まさかあなた達がこれほどの力を発揮するとは思いませんでした!どうやらメルはあなた達を少し侮っていたようです!」


 メルは高らかに笑いながら、背中の翼をはためかせて上空へと舞い上がる。


 「メルももう少しだけ、本気を出すことにしましょう!」


 右手を天高く掲げるメルの体から、悍ましい黒色の風が吹き荒れた。


 「『祟鏡(タタリカガミ)巖羽々神(イワオハバカミ)』!」


 メルが高らかにそう叫ぶと、上空にいくつもの巨大な岩石の円錐が生成された。


 「なっ……!?」

 「どういうこと……!?」


 燎火と煌羅は呆然と上空の岩石塊を見上げる。


 「……巖羽々神の力ね」


 魅影がぽつりと呟いた。


 「常夜見魅影、何か知ってるの!?」

 「……私は桜庭さんの包丁が吸収した祟り神7体分の祟りを、桜庭さん自身に逆流させることで、桜庭さんを祟り神へと変質させたわ。つまり今の桜庭さんには、これまでに桜庭さんが殺した7体の祟り神の力がそのまま宿っているの」

 「まさか……今の桜庭さんは、かつて殺した祟り神の力をそのまま使うことができるのですか!?」

 「私もこの目で見るまでは確証がなかったわ。けれどあれほどの岩石の生成……あれは間違いなく、巖羽々神の力よ」


 巖羽々神。メルが最初に殺した、鉱物を生成し万物を石化する能力を持った祟り神だ。

 メルが空中に岩石塊を生成した能力は、巖羽々神と同質のものだった。


 「呪いの包丁によって殺害し、その呪いを吸収した怪異や祟り神の力を、自らのものとして行使することができる。それが『祟鏡』なのだわ」

 「あははっ!常夜見さんだいせいか~い!!」


 メルが掲げていた右腕を振り下ろす。

 すると腕の動きに合わせて、宙に浮かぶ岩石塊がゆっくりと落下し始めた。


 「くっ……」


 魅影は唇を噛んで岩石塊を見上げる。

 メルが生成した岩石塊は、破壊するには巨大すぎた。『礫火天狗』や『神解雷螺』を使ってようやく破壊できるかどうかという話だ。

 そして仮に岩石塊を破壊したところで、破片の1つが頭に直撃すればそれだけで致命傷になり得る。

 魅影達には、質量攻撃に対応する手立てがなかった。

 魅影と同じことを、燎火と煌羅も考えていた。2人も魅影と同じように、墜落する岩石塊を悔し気に見上げている。


 「ここまでかしら……」


 万事休すかと思われたその時。


 「まだよ!諦めてはいけないわ!」


 そんな声と共に、地面から突然何本もの巨大な樹木が伸び上がった。


 「なっ!?」


 予想だにしなかったその現象に、魅影達は目を瞠る。

 お伽話の豆の木のように空へと伸びた巨大樹達は、高度を下げる岩石塊の全てをしなやかに受け止めた。


 「……何ですか、これは」


 上空のメルが不快そうに顔を顰める。

 すると魅影達の前に、1人の少女が現れた。

 ピンクのブラウスに黒のスカート。黒と桜色が入り混じったツインテール。


 「えっ……メルちゃん!?」


 驚いた煌羅が叫んだように、その少女はメルと瓜二つの姿をしていた。


 「いいえ、私はメルちゃんではないわ」


 しかしその少女の姿は、1点だけメルと異なっている箇所があった。

 左右の瞳が、桜色に光っていたのだ。


 「私はサクラ。メルちゃんの守護霊のようなものよ。こうして直接話すのは初めてかしら」

 「咲累香々神、なの……?」


 信じられない、という表情で魅影が呟く。

 魅影も燎火も煌羅も、日頃からメルの配信をチェックしている。そのためサクラの存在も把握している。

 しかしだからこそ、サクラがこの場に現れるはずがないことも理解していた。


 「咲累香々神。神格としての霊力を桜庭さんに譲渡したあなたは、桜庭さんから離れることができないはずよ。それなのにこうして別個の存在として現れたのはどうして?」

 「簡単な話よ、メルちゃんが私を切り離したの」


 魅影の質問に対する答えを、サクラはあっさりと口にした。


 「緋狒神の分身を生み出す能力。それをメルちゃんが『祟鏡』で再現したんだわ。メルちゃんは分身に私の力と意識を移し、自分から切り離した。恐らくは無意識下でね」

 「桜庭さんは何故そんなことを?」

 「止めてほしいのよ、きっと」


 サクラはそう言ってメルを見上げた。


 「今のメルちゃんは、莫大な祟りの影響で正気を失っている。そうでなければメルちゃんが燎火さんや煌羅さんを攻撃するはずがない。だから暴走する自分を止めてほしいという無意識の思いが、私のことを……」

 「何を訳の分からないことを!」


 メルが苛立った様子でサクラの言葉を遮る。


 「メルを止めてほしい?そんなこと思う訳ないじゃないですか!メルは今、信じられないくらい気分がいいんですから!」

 「……確かに今のメルちゃん、いつもと全然違うもんね」


 今のメルが正気を失っているというサクラの説明に、煌羅は頷いた。


 「サクラさん。どうやったらメルちゃんを元に戻せるの?」

 「簡単よ、ひっぱたいてやればいいの。思いっきりね」


 サクラが提示した答えは、この上なく単純だった。


 「ただ、今のメルちゃんを思いっきりひっぱたくのは、並大抵のことではないわ。私達全員が力を合わせて、ありったけの攻撃を叩き込まないと」


 燎火、煌羅、魅影。それぞれの意思を確かめるように、サクラは3人の目を見つめる。


 「……あなたに言われるまでも無いわ、咲累香々神。私は最初からそのつもりだもの」

 「はい。桜庭さんを止めるという一点において、私達は既に合意しています」

 「私はいつものメルちゃんの方が好きだもん!」

 「……決まりね」


 サクラは改めて上空のメルを見上げる。


 「私達全員の力を合わせて、メルちゃんの目を覚ますわよ!」

 「目を覚ます?眠ってもいないメルを、どうやって目覚めさせるって言うんですか?」

 「そうね、まずは……こんなのはどうかしら?」


 サクラが胸元からネックレスを引っ張り出し、炎を模ったペンダントトップを握り締めた。


 「――祓器召喚」


 ペンダントトップから白い光が溢れ出し、サクラの右目に収束していく。

 そしてサクラの左目に、薔薇を模った祓器が出現した。


 「さあ、食らいなさい、『夷蛭(いびる)』!」


 サクラの合図と共に、『夷蛭』が起動する。

 『夷蛭』の性質は、周囲からの霊力の吸収。サクラはその性質を、対象をメルだけに絞って発動させた。

 メルの霊力を奪い始めた『夷蛭』が、みるみる赤く染まっていく。


 「霊力の吸収ですか?今のメルからそれっぽっちの霊力を奪ったところで何になるって言うんですか?」


 サクラが『夷蛭』を起動しても、メルの余裕は全く崩れない。

 最強の祟り神となった今のメルは、大海を思わせるほどの莫大な量の霊力を保有している。『夷蛭』が奪う霊力の量など、今のメルにとっては塵にも満たない。

 だが、そんなことはサクラも承知していた。


 「ええ、メルちゃんにとっては何ともないでしょうね。けれど私にはとても力になるのよ!」


 サクラが啖呵を切ると同時に、周囲の地面から数十もの大樹が伸び始めた。

 大樹は互いに複雑に絡み合いながら急速に成長し、メルとサクラ達を取り囲む巨大なドームを形成した。

 神格であった頃のサクラは、作物を豊かに実らせる力、つまり植物の成長を促進させる力を持っていた。

 先程岩石塊を樹木で受け止めたのも、数十の大樹でドームを形成したのも、この権能によるものだ。


 「メルちゃん、あなたを世界から隔離したわ。これで周囲の被害を気にせずに戦うことができる」

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ありがとうございます

次回は明日更新します

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[気になる点] 敵味方の垣根を超えて脅威に挑む胸アツ展開なはずなのに、この状況全部お前のせいだろさんがしれっと味方ヅラしているせいでいまいちノれないラストバトルw
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