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第26回桜庭メルの心霊スポット探訪:矢来神社 三

 『死んだ……?』『え……』『マジでヤバくね?』『メルちゃん!?メルちゃん!?』

 「カロロ……」


 水の中で動かなくなったメルを見て、ライガーが獣に似つかわしくない悪辣な笑みを浮かべる。

 直後に水球が無数の水飛沫となって霧散し、解放されたメルの体が重力に引かれて落下し始めた。

 べしゃっ、と地面に叩きつけられたびしょ濡れのメルの体は、やはりピクリとも動かない。


 「カロロ……」


 ライガーは舌なめずりをしながら、倒れ伏すメルへと近付いていく。メルの亡骸を食らってやろうという腹積もりだ。

 メルの目の前にやってきたライガーが、メルの頭に齧りつこうと大きく顎を開く。


 「……っあああああ!!」


 メルが弾かれたように体を起こした。

 右手に握られた包丁が一瞬にして莫大な量の紫色の炎を纏い、メルはその包丁をライガーの頭部目掛けて掬い上げるようにして振り上げる。


 「カロロロロォッ!?」


 包丁はライガーの顔の左側を捉え、ライガーの左目を潰した。

 同時にライガーの全身に、一瞬にして数十もの裂傷が刻まれる。


 「ごほっ、ごほっ……メルが死んだと、思いましたか……?」


 メルは苦しげに咳き込みながら立ち上がる。


 「甘く見ましたね……たかだか10分息ができないくらいで、メルが死ぬわけないじゃないですか……!」

 『普通は死ぬんだよ!』『なんで生きてんの!?』『でも生きててよかったぁ!』『メルちゃ~ん!!』


 思いの外ピンピンしていたメルの姿に、コメント欄が歓喜に包まれる。


 (メルちゃん……!よかったわ、無事で!)

 (何言ってるんですか、メルが生きてることはサクラさんが1番よく分かってたでしょ?)


 サクラも安堵の表情を浮かべている。


 「カロ……カロロォッ!!」


 裂傷の苦痛に悶えるライガーは、その体を無数の水滴へと変化させた。

 水の流動性を生かし、傷を無かったことにしようという目論見だったのだろう。

 しかし無数の水滴が再び結集し、ライガーの姿を取り戻すと、その体には裂傷が刻まれたままだった。


 「無駄ですよ……その傷は治りません。サクラさんのお墨付きですから」

 「カロロロォッ……!」


 ライガーはメルを血走った両目で睨みつけている。


 「あら、怒ってます?」


 メルはライガーを挑発するように口角を持ち上げる。


 「怒ってるなら、かかってきたらどうですか?」


 メルの雑な挑発を受けてか、ライガーが顎を大きく開いてメルへと躍りかかる。


 「てやああっ!!」


 迫り来るライガーに対し、メルは高密度の炎を纏わせた包丁をカウンターの要領で振るった。

 刃の動きに合わせて、紫色の炎が三日月のような弧を描く。


 「カロロロロォォッ!?」


 包丁の刃はライガーの脳天を見事に叩き割り、同時にライガーの全身に数十の裂傷が刻まれる。そしてそれらの裂傷から一斉に紫色の炎が噴出した。


 「カ……カロ……」


 紫色の炎は、包丁が持つ「生命を害する呪い」が具現化したものだ。その炎に内側から焼かれるライガーは、急速に肉体が崩壊し始めていた。


 「さようなら。早く元の神様に戻ってくださいね」


 メルはダメ押しとばかりに、ライガーの首元に包丁を振り下ろす。

 包丁は豆腐でも切るようにあっさりとライガーの首を刎ね、その直後にライガーの肉体は完全に消滅した。


 「わぁ……服がドロドロ……」


 メルは自らの体を見下ろし、悲し気に眉を顰める。

 泥水を多分に含んだ激流に呑まれたせいで、メルの服は元の色が分からなくなるほど泥に塗れてしまっていた。


 『うわぁ……』『これはもう洗濯でもどうにもならないだろ』『買い替えるしか無さそうだな』

 「……なんか皆さん、ちょっと嬉しそうじゃないですか?」

 『ソンナコトナイヨ』『メルの出費が増えることを喜ぶ不誠実な視聴者なんてここにはいないよ』

 「うわぁ嘘くさ~い」

 『確かに服全損からの買い替えコンボがこのチャンネルの名物になりつつあることは否めないけども』

 「じゃあやっぱり喜んでるんじゃないですか!」


 メルが視聴者とじゃれ合っていると、どこからともなく魅影がふわりと舞い降りてきた。


 「はい、お疲れ様」

 「常夜見さん……どこにいたんですか?」

 「あら。空からずっと見ていたわ……そんなに嫌そうな顔をしなくてもいいじゃない」

 「……それで、何をしに降りて来たんですか?」

 「桜庭さんに少し話しておきたいことがあったの。桜庭さんにとっても、聞いておいて損の無い話だと思うわ」


 魅影はメルの嫌そうな顔など意にも介さず、メルの周囲をくるくると歩き回りながら話し始めた。


 「桜庭さん。あなたはこれまでに殺した祟り神の数を覚えているかしら?」

 「えっ?えっと……」


 メルは記憶を探りながら、指を折って殺した祟り神の数を数える。


 「……7体かなぁ?」

 「そう。その通りよ」

 「分かってたならわざわざメルに聞かないでくださいよ」

 「巖羽々神(イワオハバカミ)白魔猪神(ハクマシシガミ)火文布神(ホノアヤカミ)緋狒神(ヒヒガミ)長鳴龗神(ナガナキオカミガミ)思惟食神(オモイジキ)、そして今の水害の祟り神。あなたはこれまでにその包丁で7体の祟り神を葬ってきた」

 「何か知らない名前があったんですけど」

 「ちなみに調べてみたら、あの祟り神の名前は河盈神(カワミツカミ)というそうよ」

 「どこで調べるんですかそんなの」


 メルの野次を完全に黙殺し、魅影は不敵な笑みで言葉を続ける。


 「あなたの包丁は、殺した相手の呪いや祟りを吸収する性質がある。つまり今、あなたの包丁には祟り神7体分の莫大な祟りが溜め込まれている状態、ということになるわ。桜庭さんは祟り神以外にも多くの怪異を殺しているから、厳密に言えば祟り神7体分なんてものではないわね」

 「……何が言いたいんですか」

 「ところで桜庭さん、あなたは自分のことを人間だと思っているかしら?」

 「ホントに何が言いたいんですか!?」


 話題転換の角度があまりにも急すぎる。メルには魅影が何を言いたいのかが全く読み取れない。


 「どう?あなたは自分が人間だと思う?」

 「思うっていうか……メルは人間ですから」


 困惑しつつもメルがそう答えると、魅影は首を横に振った。


 「いいえ。今のあなたは、厳密には人間と言える状態ではないわ」

 「何を根拠に……」

 「だって、あなたには咲累香々神(サクラカガカミ)の霊力が宿っているもの。咲累香々神の霊力を受け取ったことで、あなたの霊力の一部は神格のものに変質した。つまり咲累香々神の力を託されたその日から、あなたは半分人間で半分神格なのよ」

 「えっ……そうなんですか!?」


 メルは思わずサクラの方を振り返る。


 (……その怪異使いの言う通りよ)


 サクラは申し訳なさそうな表情で、魅影の言葉を肯定した。


 (私の力を託したあの日から、メルちゃんは純粋な人間とは言い難い状態になってしまっているわ……今まで黙っていてごめんなさい)

 (あっ、いえ。別にそれならそれでいいんですけど……)


 メルが半神半人となってしまったことに、サクラは思うところがあるようだったが、メルには特に思うところは無かった。


 「それで、常夜見さんは結局何が言いたいんですか?メルが殺した祟り神の数を聞いて来たり、メルが半分神様だって言ってみたり……結局何が言いたいのか全然分からないんですけど」

 「勿論順を追ってきちんと説明するわ。けれど、その前に……」


 魅影は言葉を切り、ペロッと舌を出した。


 「っ!?」


 舌を出すのは、怪異使いが怪異を召喚する際の予備動作だ。

 メルは召喚を阻止しようと動き出すが、不意を突かれたために出遅れてしまった。


 「おいでなさい、阿頼耶権現(アラヤゴンゲン)


 魅影が怪異の名を呼ぶと同時に、魅影の舌に紫色の幾何学的な紋様が浮かび上がる。

 そしてメルと魅影の間の地面にも同様の紋様が浮かび上がり、眩い光を放つ。


 「阿頼耶権現、って……」


 メルは光から目を守りながら、魅影が告げた怪異の名について思考を巡らせる。

 メルは以前に1度その名前を聞いたことがあった。幾世守(きせもり)(あおり)から、警戒すべき対象として魅影が使役する怪異について教えられた時だ。

 「阿頼耶権現」は人間の心を支配する怪異。煽はそう言っていた。


 「くっ……」


 光が収まり、メルが改めて前方に視線を向けると、そこには可愛らしいテディベアが立っていた。

 そのテディベアを認識した瞬間、メルはまるで全身をコンクリートで固められたかのように体が硬直し、テディベアから目が離せなくなった。


 「ふふっ。この子、可愛いでしょう?」


 魅影がテディベアを抱え上げる。


 「この子は阿頼耶権現。この子の姿を認識した人間の精神を、思いのままに支配することができるの」


 ニヤリ、と魅影は悪辣な笑みを浮かべる。


 「神格の霊力を持つ桜庭さんには効き目が薄いのではないかと思ったけれど、どうやら無事に効いたようね。何度も桜庭さんの前に連れて行った甲斐があったわ」


 こうしてテディベアを抱えている魅影の姿を、メルは何度か目にしたことがあった。ある時から魅影はメルの前に現れる際、必ずテディベアを抱えるようになったのだ。


 (まさかあのぬいぐるみが怪異だったなんて……)


 サクラは唇を噛んだ。

 これまであのテディベアが怪異だということに気付けず、まんまと阿頼耶権現がメルの精神を支配するための条件を満たされてしまった。


 (メルちゃんしっかりして!メルちゃん!?)


 サクラが必死に呼びかけるも、メルは答えない。いや、答えられないのだ。

 既にメルは阿頼耶権現の精神干渉を受け、自発的な行動が不可能な状態に陥っている。今のメルは指1本すら自らの意思では動かせない。


 「さて、それじゃあ話の続きをしましょうか。桜庭さんも動けなくても聞こえてはいるでしょう?」


 相変わらずクスクスと悪辣に笑いながら、魅影は中断していた話を再開する。


 「桜庭さんには神格の霊力が宿っていて、桜庭さんの包丁には祟りが溜め込まれている。じゃあ、もし包丁の祟りが桜庭さん自身に流れ込んだら、桜庭さんはどうなってしまうのかしら?」


 魅影がゆっくりとメルの方へ歩き始める。


 (っ、まさか……なんてことを!?)


 魅影の思惑に気付いたサクラが、その悍ましさに戦慄する。


 (メルちゃんを祟り神にしようというの!?)


 魅影が左手で阿頼耶権現を抱えたまま右手を伸ばし、メルの手の中にある包丁へそっと触れた。


 「ずっとこの時を待っていたわ」


 魅影の瞳が煌々と赤く輝き、包丁の刃が破砕音と共に砕け散る。

 すると壊れた包丁の中から黒い光が溢れ出し、メルの体へと浸透し始めた。


 「あああああっ!?」


 顔や手などの皮膚が露わになっている部分に、黒い神経のような模様が浮かび上がり始める。その過程が激しい苦痛を生んでいるのか、メルは叫び声を上げている。


 『メルちゃん!?』『なんだこれどうなってんだ?』『絶対これヤバいでしょ』『トコヨミさん何したの!?』

 「うっ……ああああああっ!?」


 自らの体を掻き毟るように身悶えしながら、メルが一際大きな絶叫を上げた。

 するとメルの体から凄まじい黒色の衝撃波が放たれた。

 衝撃波によって空間がビリビリと震え、周囲の木々が次々と薙ぎ倒されていく。そしてその様子を撮影していたスマホも、衝撃波の脅威から逃れることはできなかった。


 『えっ』『ちょ』


 カメラのレンズに罅が入ったかと思うと、次の瞬間スマホそのものが粉々に砕け散る。

 そしてスマホが破損したことで、配信はここで途絶えてしまった。

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ありがとうございます

次回は明日更新します

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