表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/183

第26回桜庭メルの心霊スポット探訪:矢来神社 二

 「あれ?何も無い……」


 矢来神社の境内は、ただの広場のような空間だった。拝殿も本殿も社務所も、本来神社にありそうな建物は一切見当たらない。


 「幾世守さん、矢来神社ってここで合ってますよね?」

 「そのはずです……鳥居にもそう書いてありましたし……」

 「な~んにも無いね~……?」


 困惑して周囲を見回す3人。

 するとその時。


 「矢来神社は老朽化が進んだために、鳥居を残して全ての建物が解体されてしまったのよ」


 頭上から声が聞こえてきた。


 「……上から声をかけてくるの好きですね」


 メルが顔を上げると、そこには太陽を背中に空に浮かぶ魅影の姿があった。


 「常夜見魅影……!?」

 「なんでここに!?」


 魅影の姿を認識した燎火と煌羅は警戒を露わにし、胸元からネックレスを取り出してペンダントトップを握り締める。


 「常夜見さん、いつも空にいますね。たまには地に足つけてお話ししたらどうですか?」

 「あら、ごめんなさい。私にとっては空の方が居心地がいいの」

 「パンツ見えますよ」

 「……やめなさいそういうこと言うのは」


 メルのセクハラ発言に、魅影は薄らと頬を染めながら地面に下りてきた。


 「常夜見魅影……一体何を企んでいるのですか?」


 燎火がそう尋ねると、魅影は人を小馬鹿にするような笑顔を浮かべた。


 「あら、企んでいるなんて人聞きが悪い。私は矢来神社に祟り神が封印されていると聞いたから、様子を確かめに来ただけよ。あなた達がここにいるなんて知りもしなかったわ」

 「ウソくさ~……」


 魅影に半目を向けるメル。メルは魅影の言葉を信じるつもりは更々無かった。


 「別に信じてもらおうとは思っていないわ。ただ1ついいことを教えてあげる。祟り神の封印の要はこの先にある石灯籠よ」


 魅影はそう言って、境内の奥の方を指差した。


 「石灯籠を破壊すれば、封印されていた祟り神が復活するわ。それじゃあ、頑張ってね」


 言いたいことだけを一方的に告げ、魅影はまた空へと消えていった。


 「……一体何をしに来たのでしょうか、常夜見魅影は……」

 「さぁ、嫌がらせじゃないですか?」


 メルはもう魅影の行動原理に関しては考えないことにしていた。


 「どうしますか?常夜見さんの言うこと信じて、奥の方に行ってみますか?」

 「いいんじゃないかな?もし常夜見魅影が嘘吐いてても、またここに引き返して来ればいいだけだし」

 「罠ということも考えられなくはないですが……行ってみていいと思います」


 3人の意見が合致したので、メル達は魅影の言葉に従って矢来神社の奥へと進むことに決めた。


 「これって道なんでしょうか?」

 「う~ん、道って言われれば道って感じするかも?」

 「獣道という雰囲気ですね……獣でもあまり通りたくはなさそうですが」


 道かも怪しいような道を進むこと数分。メル達の前に、高さ2mにも達する大きな石灯籠が現れた。


 「わ、ホントにありましたね、石の灯籠」


 これで少なくとも、石灯籠の存在に関しては魅影は嘘を吐いていなかったことになる。


 「これを壊したら祟り神が復活する、って常夜見魅影は言ってたよね?」

 「ですが、これだけの石材の塊を破壊するのは骨が折れそうですね……」

 「ん~、メルの包丁ならいける気がします」


 メルは燎火と煌羅を下がらせ、スカートの下から包丁を取り出した。

 メルの瞳が赤く染まり、包丁の刃が紫色の炎に包まれる。


 「先に聞いておきたいんですけど、祟り神が出て来たら幾世守さんと煌羅さんはどうしますか?一緒に戦います?」


 メルがそう尋ねると、燎火と煌羅は互いに顔を見合わせ、それから揃って苦笑を浮かべた。


 「一緒に戦いたいのは山々なのですが……」

 「私達、多分足手纏いになっちゃうと思う……」


 2人は祟り神と対峙する自信がない様子。

 無理もない、とメルは頷いた。


 「じゃあメルが1人でやります、元々そのつもりでしたから。念のため2人はもっと離れておいてください。ここが見えなくなるくらいまで」

 「すみません、よろしくお願いします」

 「今度お礼に美味しいごはんご馳走するからね!」


 メルの指示に従い、燎火と煌羅はその場を離れていった。


 「……楽しみですね、美味しいごはん」


 メルは黒マスクの下で口元を緩ませ、改めて石灯籠に向き直る。


 「ていっ!」


 そして気の抜ける掛け声と共に紫の炎を纏った包丁を石灯籠に叩きつけると、予想よりも遥かにあっさりと石灯籠は両断された。

 真っ二つになった石灯籠は砂糖菓子のようにボロボロと崩れ、同時に石灯籠が建っていた地面から何筋もの黒い光が空に向かって伸び始めた。


 「お~、派手」


 ライブの照明を思わせるような派手な演出を、メルは数歩下がって観察する。


 「カロロロロォッ!!」


 そして黒い光の中から、巨体を持つ獣が姿を現した。

 それはライオンやトラのような、大型のネコ科の動物のような姿の祟り神だった。左右の肩からは、長い触手が1本ずつ伸びている。

 メルが「桜の瞳」を通して見ると、その獣は黒い光で縁取られて見えた。この獣が封印されていた祟り神ということでまず間違いない。


 「カロロロロ……」


 祟り神は鋭い牙を覗かせながら、剣呑な視線をメルに向けている。


 「ん~……」


 しかしメルは祟り神の視線を意に介さず、顎に手を当てて首を傾げていた。


 「ライオン……?それともトラかな……?」


 メルが頭を悩ませているのは、祟り神がライオンに近いかトラに近いかという問題だ。

 祟り神の首元には少量のたてがみがあり、その点ではライオンに近い。しかし胴体にはトラのような淡い縞模様も見えた。


 「皆さんはライオンとトラどっちだと思います?」

 『今それそんなに気になること?』『猛獣目の前にして暢気すぎるだろ』『ライガーじゃね?』

 「ライガー?って何ですか?」

 『ライオンとトラの雑種』

 「へ~、そういうのがいるんですね。じゃあ確かにあの祟り神はライガーっぽいのかも」


 博識な視聴者のおかげで、祟り神はライガーであるということでメルの中で結論付いた。


 「ちなみにライガーって肩に触手が生えてるんですか?」

 『生えてないよ』

 「へ~、じゃああの触手があの祟り神のオリジナリティなんですね」

 「カロロロォッ!!」


 メルと視聴者の雑談に業を煮やした、という訳ではないだろうが、ライガーが苛立ったように咆哮を上げる。

 するとライガーの周囲に、人間の頭ほどの大きさの水の塊が10個ほど出現した。


 「お~、ホントに水を使うんですね」


 矢来神社の祟り神が水を操る能力があるというのは、燎火が事前に推測していた。そのため突如出現した水の塊にもメルは驚かない。


 「カロロロォッ!」


 ライガーがもう1度咆哮を上げると、全ての水の塊が細長い槍の様な形状へと変化し、メルに向かって高速で射出された。

 それはさながら切断加工に用いられるウォータージェットのようで、人体に直撃すればまず間違いなく穴が開く。


 「お~、すごいすごい」


 しかしそんな恐るべき威力を秘めたウォータージェットも、メルにとっては曲芸も同然だった。様々な角度から迫るウォータージェットをひらりひらりと躱しながら、メルはスカートの中から包丁を取り出す。


 「最初から全開で行きますよ!」


 宣言と共にメルは包丁の柄を両手で握り締める。

 メルの瞳が煌々と赤く輝き、包丁の刃から紫色の炎が大量に噴出する。炎は螺旋を描きながらメルの体に纏わりつき、天女の羽衣を形作った。


 「てやああっ!」


 炎を纏ったメルは、一気呵成にライガーとの距離を詰める。

 この状態のメルの包丁は、祟り神すら一撃で葬るほどの絶大な威力を秘めている。つまり一撃さえ入れてしまえば、メルはライガーを殺すことができるのだ。

 早期決着を狙い、メルはライガーの脳天目掛けて包丁を振り下ろす。

 が、


 「えっ!?」


 刃が触れる直前、ライガーの姿が消失した。

 いや、消失したというのは正確ではない。ライガーは一瞬にして、その巨体の全てを水へと変化させたのだ。

 水となったライガーは、無数の水滴へと分裂して四方八方へと散り散りになっていく。包丁は空を切り、メルは僅かに体勢を崩した。


 「えっ、えっ、どういうことですか?」


 困惑するメルを余所に、無数の水滴はさながらイワシの群れのように空中を泳ぎ、メルから5mほど離れた場所へと集まっていく。

 そして全ての水滴が集結し大きな水の塊となると、水の塊は再びライガーの姿へと変化した。


 (どうやらあの祟り神は、ただ水を操ることができるだけではないようね)


 メルの脳内にサクラの声が響く。


 (恐らくあの祟り神は、自らの肉体を水そのものへと変化させることができるのだわ。というより、あの祟り神の本質は水なのかもしれないわね)

 (本当の姿はライガーじゃなくて水の塊ってことですか?)

 (ええ。あの獣の姿は戦闘形態といったところかしら)

 (それは……ちょっと困りましたね~)


 サクラの推測通り、ライガーの本質が水そのものであるならば、戦いはかなり厳しいものになるとメルは考えた。

 例えば川に刀を通したとして、川の流れを断ち切ることなどできようはずもない。刀を抜けばまたすぐ同じように川は流れてしまう。

 あのライガーもそれと同じで、刀傷を負わせたところですぐに元に戻ってしまうことだろう。


 (そう悲観することは無いわ、メルちゃん。普通の包丁ならばあの祟り神を斬ることはできないでしょうけど、メルちゃんの包丁は話が別よ。生命を害する呪いが宿ったその包丁なら、祟り神を斬ることができるはずだわ)

 (ホントですか?ならよかったです)


 サクラの助言に、メルはほっと胸を撫で下ろした。


 「カロロロォッ!」


 ライガーが吠える。

 するとどこからともなくゴウゴウという水音が聞こえ、次の瞬間四方から鉄砲水のような濁流が押し寄せてきた。


 「ひゃあっ!?」


 濁流はメルの体を飲み込み、渦巻きながら空へと昇っていく。

 そして濁流は上空で直径10mを超える球体となり、メルはその中へ閉じ込められてしまった。


 「ごぼっ!?ごぼぼぼぼっ!?」


 巨大な水の球体の中で、メルは洗濯機の中の衣類のようにもみくちゃにされる。球体の中では内向きの水流が発生しており、メルが水の檻から逃れようと藻掻いても、水流によって中心部に押し留められてしまう。


 (メルちゃん!?メルちゃんしっかりして!)


 脳内にサクラの声が響くが、メルにはそれに答える余裕はない。

 濡れたマスクが顔にぺったりと張り付き、メルの呼吸を妨げる。メルは半ば無意識でどうにかマスクを剥ぎ取ったが、それでも呼吸ができないことに変わりはない。


 『これ流石にヤバくね?』『いくらメルでも水の中じゃ……』『メルちゃん!!』


 水中に囚われたメルの姿に、コメント欄にメルの安否を心配する声が散見され始める。


 「ごぼっ……」


 メルが水の球体から逃れることができないまま、時間だけが過ぎていく。

 時間が経つにつれてメルの動きは徐々に鈍くなり、包丁と体に纏った紫色の炎も消えていく。

 そして10分が経つ頃には、メルはピクリとも動かなくなってしまった。

いいねやブックマーク、励みになっております

ありがとうございます

次回は明日更新します

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] …10分も無呼吸で暴れてるんだけどそろそろ人間卒業してません?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ