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第24回桜庭メルの心霊スポット探訪:エトリ家 五

 「メル、ちゃん……私のことは気にしないで……私ごとレイアちゃんを、攻撃して……」

 「煌羅さん……でも」

 「っていうか、むしろ早く攻撃してほしい……痛めつけてほしいんだけど……」

 「あっそうでした。煌羅さんってそういう人でしたね」

 『おいキララさん意外と大丈夫そうだぞ』『マゾは強いなぁ』


 メルはうっかり失念していたが、煌羅はどちらかと言うとマゾヒズムの人である。それを思い出した瞬間、メルの中から煌羅に攻撃することへの躊躇いは消えた。


 「じゃあ遠慮なく行きますよ!ていっ!」

 「がふっ!」


 メルの放った鋭い蹴りが、煌羅の腹部に突き刺さる。

 煌羅は10mほどゴロゴロと地面を転がり、それからふらふらと立ち上がった。


 「殺してやるぅぅっ!!」


 完全に決まったメルの蹴りは相当なダメージだったはずだが、煌羅の動きは衰えない。

 性懲りもなく『亀骨』を振り回し、メルを斬り殺そうとしてくる。


 「ていっ」


 メルはまず左脚で煌羅の右腕に鋭い蹴りを放ち、手の中にある『亀骨』を弾き飛ばす。


 「てやぁっ!」


 そして武器を失い無防備になった煌羅の顔面に、右脚での強烈な回し蹴りを叩き込んだ。


 「ああ……すっごくいい……すっごくいいよメルちゃん……!」


 口から血を流しながら、煌羅が頬を上気させて恍惚の表情を浮かべる。


 「歯が折れちゃうかと思ったぁ……」

 「そ、そうですか……」


 メルの蹴りの衝撃で一時的に体の支配権を取り戻した煌羅だったが、すぐにまたレイアに操られてしまう。


 「殺してやる殺してやる死ね死ね死ねぇっ!!」


 普段の煌羅ならまず『亀骨』を回収しに行っただろうが、レイアに操られた煌羅は徒手空拳でメルに掴みかかってくる。


 「てやっ!」


 向かってくる煌羅の顎を、メルはサマーソルトキックで蹴り上げた。


 「ああ……今のもすっごいよかったよメルちゃん……!」

 「攻撃受ける度に自我取り戻すのやめてもらっていいですか!?怖いんですけど!?」


 レイアに憑りつかれて生気を失った煌羅も不気味だが、メルが蹴る度に頬を染めて息を荒げる煌羅の方がより不気味だった。


 「もう一旦ちょっと完全に憑りつかれててもらえませんか!?」

 『何その要請』『憑依に抗ってる人に対して完全に憑りつかれろなんて言うことある?』『でも正直ちょっと気持ち分かる』

 「死ねぇぇぇっ!!」


 メルの要請に従ったのか、またしても煌羅はレイアに体の支配権を奪われる。

 だが今度はこれまでのようにメルに掴みかかっては来なかった。

 その代わりに煌羅の両目が不気味な光を放ち、メルと煌羅の間の空間が不自然にぐにゃりと歪んだ。


 「っ、やば……」


 その現象が何なのかはメルには分からない。しかしそれが危険であることは本能的に理解できた。

 メルが全力で後方へと離脱した直後、


 「ひゃあああっ!?」


 歪んだ空間が激しい爆発を起こした。

 爆風の余波で地面を転がったメルは、目を白黒させながら体を起こした。


 「なっ……何ですか今の!?」

 『何が爆発した?』『空間がそのまま爆発したように見えたけど』『流石怪異は意味分からんことしてくるな』


 何が起こったのか見当もつかないメル。

 そんなメルの目の前で、今度は同時に3か所空間の歪みが発生した。


 「死ねぇぇぇっ!!」

 「イヤですぅぅっ!!」


 メルが少しでも空間の歪みから遠ざかろうと走り出し、直後に歪んだ空間が爆発する。

 そして爆発が収まった側から、またメルの近くの空間がぐにゃりと歪み始めた。


 「死ね!死ね!死ね!死ね!死ねぇぇぇっ!!」

 「ひゃあああああっ!?」


 絶えず襲い来る爆発と爆風に翻弄されながら、メルは必死でレイアの攻撃から逃れ続ける。


 「ちょっと!休憩時間とか無いんですかこの攻撃!?」

 『あいつが疲れれば攻撃も止まるんじゃない?』

 「いつ疲れるんですかあの人!?」

 『分からん』『メルに分からんことが俺らに分かるはずがない』

 「もおおおおおっ!!」


 視聴者と会話しながら逃げ惑うメルにはまだまだ余裕があるが、残念ながら煌羅(に憑りついているレイア)の方も一向に消耗する様子を見せない。


 (メルちゃん。あれは恐らく、念動(ポルターガイスト)能力を使って空間そのものに干渉しているわ)


 サクラの声がメルの脳内に響く。どうやらサクラは、レイアの攻撃の正体を看破したらしい。


 (念動(ポルターガイスト)によって歪曲した空間には、元の状態に戻ろうと歪曲に対して反発する力が発生する。その反発する力が爆発のような現象として現れているのね)

 (流石サクラさん!で、これどうやったら防げるんですか?)

 (そうねぇ、空間そのものが爆発するとなると、普通の方法では防げないでしょうから……避けるしかないわね)

 (じゃあ何も変わらないじゃないですか!?)


 サクラのおかげでタネは割れたが、残念ながら状況は好転しなかった。


 「……仕方ないですね。めちゃくちゃ力業でどうにかしますか」

 『めちゃくちゃ力業って何だよ』『何する気だ?』


 メルは不穏なことを呟くと、懐からある物を取り出す。

 それは親指の爪ほどの大きさの赤い石、龍石だった。前回の配信で、怪異を追い払った報酬として手に入れたものだ。

 メルはその龍石を手の中に隠し持つ。


 「死ね死ね死ね死ねぇぇぇっ!!」


 メルの周囲にいくつもの空間の歪みが生じ、それらが次々と爆発を起こす。

 メルはそれらの爆発を躱しつつ、こっそりと右手の龍石を親指で弾き飛ばした。

 最小限の動作で射出された龍石は、ライフル弾のような速度で煌羅に向かって飛んでいく。

 次々と空間が爆発を起こす中、高速で飛来する小さな龍石に、気付くことは至難の業だ。


 「がぁっ!?」


 煌羅の額に龍石が命中し、煌羅が額から血を流しながら大きく仰け反る。同時に空間の爆発がピタリと止んだ


 「よし今今今今!」


 爆発が止んでいる間に、メルは一気に煌羅との距離を詰める。煌羅が体勢を立て直す頃には、メルは既に地面を蹴って煌羅に飛び掛かっていた。


 「ていっ!」


 メルの両脚が、煌羅の首を挟み込む。


 「てやああっ!!」

 「ぎゃああっ!?」


 そしてメルは後方へと宙返りするようにして、脚で挟んだ煌羅の脳天を地面へ思いっきり叩きつけた。

 煌羅の脳天からだらだらと大量の血が流れ出し、体がビクンビクンと痙攣する。


 「ああ……すっごい……すっごいよメルちゃん……」


 体の支配権を取り戻した煌羅が、蕩けた表情でそう呟き、そのまま意識を失った。


 「……なんか、心配する気も失せますね」

 『分かる』『正直分かる』


 メルが何とも言えない表情で煌羅を見下ろしていると、その体からレイアが飛び出してきた。

 煌羅に憑依をするのは止めたらしい。


 「おっ、出てきた」

 「ううう……ううううう!!」


 レイアは頭を押さえ、獣のような唸り声を上げながらメルを睨みつけている。

 サクラが言うには、煌羅の肉体が受けたダメージはレイアにもフィードバックされている。レイアが頭を押さえているのは、脳天を勝ち割られた煌羅と同じダメージをレイアも受けたためだろう。


 「死ねぇぇぇぇっ!!」


 レイアが絶叫すると同時に、メルの周囲にいくつもの空間の歪みが発生する。

 しかし。


 「ずっとずっと憎み続けて、もう疲れたでしょう?」


 空間が爆発するよりも先に、レイアの胸に深々と包丁の刃が突き刺さる。


 「もう、休んでください」

 「あ……あ……」


 包丁を見下ろし、言葉にならない声を零すレイア。その体が徐々に、無数の粒子となって消えていく。

 するとメルが立っている荒野のような異空間から、パキパキと破砕音が聞こえ始めた。

 創造主たるレイアの死に伴って、異空間もまた崩壊しているのだ。


 「ああ……終わった……」


 そう呟いたメルの意識が徐々に薄れていく。

 そして気付くとメルは、かつてレイアの私室だった空き部屋に立っていた。

 そこにはもうレイアの姿はない。


 「戻ってきましたか……」


 ふと足元に視線を落とすと、そこには煌羅が倒れていた。

 頭部からの出血は既に止まってるが、その傷口は生々しい。


 「煌羅さん、大丈夫ですか?」


 メルは煌羅の側に膝を突き、声を掛けながら煌羅の容態を確認する。


 「あれ……メルちゃん……?」


 メルが3回ほど名前を呼んだところで、煌羅が意識を取り戻した。

 薄らと瞼を開けた煌羅は、寝起きのような表情でメルの顔を見上げる。


 「ここは……戻ってきたの?」

 「はい、ちゃんと戻ってきましたよ」

 「レイアちゃんがいない……メルちゃん、勝ったの?」

 「はい、煌羅さんのおかげで」

 「……よかったぁ」


 煌羅は表情を綻ばせた。


 「煌羅さん、起きられますか?」

 「うん……いたた」


 メルに支えられながら体を起こした煌羅が、痛みで顔を顰める。


 「はぁ~、気持ちよかったなぁ~」

 「お風呂上りみたいな感想止めてもらえます?」


 煌羅は恍惚としながら頭部の傷に手を当てる。


 「気持ちいいことって色々あるけど、やっぱりメルちゃんに痛めつけられるのが1番気持ちいいよね!」

 「そんな訳ないでしょ……」

 「え~?見てるみんなもそう思うよね?」

 『え!?』『いや俺らに振られても……』『ちょ……っと分からないかなぁ……』


 煌羅の性癖は、メルと視聴者を震撼させた。


 「まあ、無事ならよかったです。本当に」

 「えへへ、心配してくれてありがと」

 「じゃあ、煌羅さんも一緒に配信締めましょうか」

 「いいの?」

 「勿論。立てますか?」


 メルは煌羅を支えようとしたが、煌羅はメルの助けを必要とせずにすっと立ち上がった。


 「あっそうだ。メルちゃん、配信終わる前にちょっと耳貸して?」

 「耳?」

 「うん。もう1つメルちゃんに伝えておきたいことがあったの」


 煌羅の要請に従い、メルは煌羅の唇に耳を近付ける。


 「前回の配信で、メルちゃん鎧武者の怪異と戦ったでしょ?」


 メルは頷く。影に潜りこんで移動する能力を持つ厄介な怪異だった。


 「あれね、多分常夜見魅影が使役してる怪異だよ」

 「えっ、ホントですか!?」

 「うん、月虧兜(ツキカケカブト)玄信(クロノブ)って怪異。メルちゃんがあの怪異に止めを刺そうとした時、怪異が紫色に光って、その後に怪異がいなくなったでしょ?」

 「は、はい。あの紫色の光、どこかで見たことがある気がするんですけど……」

 「あれはね、常夜見魅影が怪異を回収する時の光なの。怪異を召喚する時にも、同じ光が出てるでしょ?」

 「……あっ、確かに!」


 煌羅のその言葉でメルは完全に思い出した。

 あの時メルが見た光は、魅影が怪異を召喚する時の光と同じ色合いだった。


 「じゃああの武士は、ホントに常夜見さんの……でも、常夜見さんは何のためにあの怪異をあそこに?メルと戦わせるためじゃないですよね?」

 「うん、月虧兜玄信をメルちゃんと戦わせるつもりはなかったと思う。多分だけど、常夜見魅影は祟り神を生み出そうとしてたんじゃないかな?」

 「祟り神を……」

 「あの神社を領域にしてた神様、玻璃ちゃんだっけ?月虧兜玄信の影響を受けてちょっとだけ祟り神になりかけてたでしょ?あれが常夜見魅影の目的だったんじゃないかな」

 「なるほど……」


 強力な怪異を玻璃の領域に配置し、玻璃を汚染することで祟り神へと変化させる。それが魅影の目的だという煌羅の説は、確かにもっともらしく聞こえた。


 「だとすると、常夜見さんが前に言ってたことは完全に嘘ってことになりますね」

 「言ってたこと?」

 「前に常夜見さんに聞いたことがあるんです。どうしてメルに祟り神をけしかけるのかって。常夜見さんその時、祟り神を殺して元の神様に戻してあげるためだって言ってたんです」

 「あっ、そうだったね」


 それは以前の配信中の出来事だ。煌羅はメルの過去の配信のアーカイブもチェックしているため、メルの話を聞けばすぐに思い出した。

 祟り神は命を落とすことで長い年月をかけて元の神格に戻るため、祟り神をメルに殺させることで元の神格に戻すという目的は、一応の筋が通っている。

 しかし魅影が本当に玻璃を祟り神にしようとしていたとすれば、新たな祟り神を生み出すようなその行動は、メルに語った目的とは矛盾している。


 「あれ絶対嘘だよ。あいつそんなに性格よくないもん」


 煌羅もメルと同じ意見のようだった。


 「常夜見魅影が何を企んでるのかはまだ分からないけど、でも絶対にメルちゃんによくないことは企んでるから。気を付けてね、メルちゃん」

 「はい。ありがとうございます、煌羅さん」


 内緒話が終わり、メルと煌羅はカメラに視線を向ける。


 「それでは皆さん、また次回の心霊スポット探訪でお会いしましょう!じゃあ煌羅さん、せ~のっ、バイバ~イ」

 「バイバ~イ!」

配信中に内緒話するくらいなら配信終わってから普通に話せ(メルと魅影が内緒話をするところを書きたかっただけの人)


【ちょこっと解説】

レイアがメル達を最初に異空間に閉じ込めたのも、煌羅に憑りついてメルを攻撃したのも、メルを警戒していたためです。

メルの前にレイアの討伐にやってきた祓道師達は、レイアにとって取るに足らない相手でした。それ故彼らはポルターガイスト能力のみで適当に撃退されました。

ですがレイアにとってメルは非常に大きな脅威であり、真っ向から戦えば勝ち目がないことをレイアは理解していました。

そのため異空間での精神攻撃や、煌羅に憑りついて実質的に人質とすることで、メルの力を少しでも削ごうとしていました。


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次回は明日更新します

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