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第24回桜庭メルの心霊スポット探訪:エトリ家 三

 「ここは……どこ?」


 周囲を見回すと、そこは三方を建物に囲まれた中庭のような空間だった。空間の真ん中には象徴的な大樹が生えており、大樹の外周を囲うように白いベンチが設置されている。

 そしてそのベンチには、ブレザーの制服を着た数名の男女が腰掛けて各々談笑していた。


 「高校……?」


 制服姿の男女の存在といい、周りの建物の雰囲気といい、メルにはここが学校に思えた。


 「ここ……もしかして異空間?」


 気が付いたら元居た場所とは全く別の場所に移動している、という現象にメルは覚えがあった。

 こういう時は大抵、怪異が作り出した異空間に迷い込んでいるのだ。


 (サクラさん、ここって異空間ですか?)

 (そうね、さっきの赤い髪の女の子が作り出した異空間だと思うわ)


 サクラからのお墨付きも得て、ここが異空間であることがほぼ確定した。


 『メルちゃん服変わってる!!』『ほんとだ』『可愛い!!』『ブレザーも似合うね』

 「えっ……?ひゃあ!?」


 コメントの指摘で、メルは自分の服装も変化していることに気が付いた。

 ピンクのブラウスと黒のスカートから、ベンチに座っている男女と同じブレザーの制服姿になっている。


 「い、いつの間に……」


 身に覚えのない衣装変更。これも怪異の仕業に違いない。

 どうやらメルは怪異に異空間に送り込まれただけでなく、服まで着替えさせられてしまったようだ。


 「煌羅さんは……どこかにいるんでしょうか……」


 メルは一緒にいた煌羅の姿を探すが、少なくとも見える範囲には見当たらない。

 この異空間内のどこかにいるのか、それともこことは別の場所にいるのか。あるいはあまり考えたくはないが、煌羅は既に命を落としているという可能性もある。


 「何にせよ、煌羅さんと合流しないと……」


 メルが煌羅を探しに歩き出そうとしたその時。


 「おい、そんなとこで何してんだよ」


 メルは背後から声を掛けられた。


 「えっ?」


 振り返るとそこには、制服姿の1人の男子が立っていた。

 その男子は昨今テレビで見かける男性アイドルやイケメン俳優を平均化したような顔で、整ってはいるが悪く言えば個性の薄い顔立ちだった。


 「えっと……メルに言ってます?」

 「バカ、お前以外に誰がいるんだよ」


 確かにこの近くにはメルと男子しかいない。だからこそメルも自分が呼ばれたと思って振り返ったのだ。

 だが見知らぬ相手からいきなり馬鹿呼ばわりされたことで、メルは僅かに苛立ちを覚えた。


 「で、何してんだよ?」


 男子が改めて尋ねてくる。


 「何って……人を探しに行こうとしてたところですけど……」

 「そいつって男?」

 「女の子ですけど……?」


 特に嘘を吐く理由も無いので正直に答えるメルだが、内心では何故そんなことを聞かれるのかと疑問符を浮かべていた。


 「ふ~ん……」


 男子はメルの回答を聞きながら、さりげなくメルを壁際へと移動させる。


 「お前が探しに行こうとしてるのが誰でも関係ねぇよ」

 「じゃあなんで聞いたんですか……?」


 すると男子は直前、メルの頭の真横にある壁にドンッと右手を押し付けた。いわゆる壁ドンの体勢だ。


 「俺を放っといて他の奴に会いに行こうなんて、許されると思ってんのか……?」


 そして男子は空いている左手で、メルの顎にそっと触れた。こちらは顎クイなどと呼ばれる行為だ。


 「お前が俺のもんだって、もう1度分からせてやらなきゃいけないみたいだな……」

 『何してんだコイツ』『いきなり出てきてイタすぎるだろ』『コイツ少女マンガの住人か?』『少女マンガへの風評被害』『脳が破壊された』『メルちゃんに触るな!!』


 いきなりの暴挙に及んだ男子に、コメント欄は阿鼻叫喚に包まれる。


 「……あの、触らないでください」


 しかし当のメルはと言うと、軽く眉を顰めたくらいで、ほとんど無反応だった。

 男子はそんなメルの反応にも挫けることなく、あろうことか自分の唇をメルの唇へと近付け始める。


 『えっ』『何してんだおい!!』『マジで止めろって』『メルちゃんから離れろ!!』


 コメント欄には半狂乱になった視聴者すら現れ始めていた。


 「……」


 メルは近付いてくる男子の顔を無感動に見つめながら、徐に男子の胸にそっと右手を添える。


 「いいこと教えてあげましょうか」


 そしてグッと右手に力を込めると、突然男子の体が車に撥ねられたように後方へと吹き飛んだ。


 「『俺様系男子に無理矢理迫られて……!?』みたいなシチュエーションは、男子が女子より強い場合にしか成立しないんですよ」

 『草』『確かに』『力で勝ってないと無理矢理は無理だよな』『メルちゃんがあんなのとキスしないでよかった~!!』『安心した』『流石メル』『脳が再生された』


 メルが男子を突き飛ばしたことで、コメント欄にも安堵の雰囲気が流れる。


 「……あれ?聞いてます?」


 突き飛ばされた男子は、地面に大の字になって倒れたままピクリとも動かない。


 「……え、死んだ?」

 『草』『とうとうやったか』『いつかは人も殺すんじゃないかと思ってた』

 「い、いやいやいや!こんな異空間にいるのが普通の人間な訳ないじゃないですか!あれを殺したからって人を殺したことにはならないと思います!」

 『言い訳するのそこかよ』『メルはやってませんの方向で言い訳しろよ』『まず仮にも人の形をしてるものをあれって言うな』

 「……ていうかあれ、ホントに死んでるんですか?」


 メルは男子の生死を確認するため、未だに動かない男子へゆっくりと近付いていく。

 すると男子は突然再び動き出した。やたらと不自然な挙動で立ち上がると、メルにアピールするようにわざとらしく髪をかき上げる。


 「ふっ……おもしれー女」

 「なんだコイツ」


 思わず口調が乱れてしまうくらいには、メルは目の前の男子に困惑していた。

 男子は何事もなかったかのようにメルの目の前に立つと、メルの黒と桜色の髪に無遠慮に手を伸ばす。


 「だから触らないでくださいって……」


 メルは男子の手を振り払おうとするが、男子は一瞬メルの髪に触れただけですぐに手を引っ込めた。

 そして男子の指は、薄くスライスされた一切れの牛肉を摘んでいた。


 「髪にローストビーフついてたぜ」

 「ついてるわけあるかぁ!」

 『メル口調』『言葉遣いがおかしくなってる』

 「ていうか、えっ!?そのローストビーフどこから出てきたんですか!?髪にソースとか垂れてませんか!?えっ、えっ、なんでローストビーフ!?」


 自分の髪からローストビーフを取り上げられるという異常事態に、メルは自分の髪をペタペタ触りながら慌てふためく。

 そんなメルの姿を見て、男子はふっと口元を緩めた。


 「なんてな、冗談だよ」

 「どこからが!?どこからが冗談なんですか!?ここに来てからのこと全部!?」

 「お前って本当におもしれ―女だな」

 「それ止めてください!それが1番頭にくる!」


 まるで意味が分からない男子の言動に、頭痛すら覚え始めたメル。

 その時たまたま下げたメルの右手が、スカート越しに硬い感触を捉えた。メルが太もものホルダーに収納している包丁の感触だ。

 スカート越しに包丁に触れた瞬間、メルにふと魔が差した。即ち、「あっもういいや、やっちゃおう」という思考の放棄である。

 メルはその場にしゃがみ込み、静かにスカートの下から包丁を引き抜く。


 「おい、いきなり蹲って何をして」

 「えいっ」

 「がふっ!?」


 そして目の前で何やら喋っている男子の喉元に、何の躊躇もなく包丁の刃を刺し込んだ。


 「頭が痛くなるので、あなたはもう喋らないでください」

 「ぁ……」


 メルが包丁を引き抜くと、男子は力なくその場に倒れ込む。


 『殺したああああ!!』『とうとうやったなメル』『ついに人殺したか』

 「だからさっきも言ったじゃないですか。こんな異空間にいるんだから、どうせ普通の人間じゃないですって」


 頭痛の原因を排除し、スッキリとした表情で包丁を仕舞おうとするメル。

 しかし。


 「いきなり包丁で刺してきやがって、なんて非常識な女だ」

 「嘘でしょ!?」


 全く同じ顔に同じ背格好の男子が、どこからともなく新たに出現した。

 驚いたメルが視線を落とすと、そこには今しがたメルが殺した男子の死体がある。

 つまり殺した男子が蘇ったのではなく、全く同一の男子が新たに現れたということだ。


 「でも今まで、俺に包丁を刺した奴なんていなかった……ふっ、おもしれー女」

 「いやああっ!?」


 「おもしれー女」というフレーズに神経を逆撫でされたメルは、仕舞おうとしていた包丁を振るって2人目の男子の首を刎ね飛ばした。


 「俺の首を刎ねた女、お前が初めてだ……」


 だが即座に3人目の男子が現れる。


 「おもしれー女」

 「んあぅっ!!」


 ストレスで奇声を上げながら、メルは3人目の男子を脳天から股下まで真っ二つに両断する。


 「おいおい、どんな馬鹿力だよ」


 やはりというべきか、3人目を始末した側から4人目がやって来た。


 「ゴリラみてぇな女……」

 「死ねぇっ!」


 これまでの反省から、メルは喋る隙すら与えずに4人目の口の中を包丁で貫く。


 「死ねだなんて、今まで言われたこと無かったな」


 だが当然のように5人目が湧いて出てきた。


 「えっ、これ無限に出てくるんですか!?」

 『なんかモグラ叩き見てるような気分になってきた』『無限湧き没個性イケメン』『九官鳥くらい同じことしか言わないなこの男』


 殺しても殺しても即座に再出現してはメルに粉をかける男子を、視聴者は面白がり始めている。

 だが当事者であるメルからすればたまったものではない。


 「これ……いつまで続くんですか……?」


 男子を殺し続ける内、メルの顔に少しずつ疲労の色が見え始める。疲労と言っても肉体的なものではなく、延々と「おもしれー女」と言われ続ける精神的な疲労だ。

 するとそんなメルを見て気の毒に思ったのか、メルの脳内にサクラの声が聞こえてきた。


 (メルちゃん、恐らくその男の子はこの異空間の法則によって無尽蔵に生み出されているわ。どれだけ男の子を倒したところで、この異空間そのものをどうにかしなければ意味がないわよ)

 (異空間そのものをって……どうすればいいんですか?)

 (とりあえず、地面とかを攻撃してみればいいのではないかしら?)

 (ホントですか!?信じますよ!?)


 サクラは後半適当を言っているような雰囲気だったが、他に妙案もないのでメルはとりあえずサクラの助言に従うことにした。


 「髪が黒とピンクの2色だなんて、おもしれー女」


 訳の分からないことを言っている男子を完全に無視し、メルは足元の地面に狙いを定める。


 (メルちゃん、どうせやるなら思いっきりやった方がいいと思うわ)

 (分かりました、全開で行きます!)


 メルの瞳が赤い光を放つ。

 包丁の刃から紫色の炎が大量に噴出し、螺旋を描きながらメルの体に纏わりつく。

 メルの体を包み込んだ紫色の炎は、天女の羽衣のような形へと変化した。


 『おお』『本気モードだ』『メルちゃんカッコいい~~~!!』

 「てやああっ!」


 メルは逆手に持った包丁を、渾身の力で地面へと突き立てる。

 すると包丁が刺さった場所を起点として、紫色の炎が全方位へと急速に拡散し始めた。

 紫色の炎は中庭を焼き、校舎を焼き、そこにいる生徒を焼き、この世界の全てを焼き尽くしていく。

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ありがとうございます

次回は明日更新します

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― 新着の感想 ―
[一言] 髪からローストビーフはヤバすぎる まず汚れてないか!?って感想しか出てきませんわw
[一言] 芋けんぴがありならローストビーフ、なんなら北京ダックとかも髪についている可能性は十分あるよね
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