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第23回桜庭メルの心霊スポット探訪:目星稲荷 後編

 「えっ!?」

 『消えた!?』『地面に潜ったように見えたけど……』


 攻撃すべき対象を見失ったメルは、慌てて体勢を整えて着地する。

 するとメルは背後から強烈な死の気配を感じ取った。

 その気配から逃れるべく、メルは前方へと飛び出す。その直後、メルが立っていた空間を刀が横薙ぎにした。


 「瞬間移動……!?」


 メルの目の前で消失した鎧武者は、いつの間にかメルの背後に回り込んでいたのだ。その移動速度は瞬間移動と呼ぶ他ない。


 (メルちゃん気を付けて。あの鎧武者、どうやら影を介して移動することができるみたいよ)


 メルの脳内にサクラの声が響く。メルと違って俯瞰で戦況を見ていたサクラは、メルが気付けなかったことに気付くことができた。


 (影、ですか?)

 (ええ。メルちゃんの攻撃が当たる直前、鎧武者は自分自身の影の中に潜り込んでいたわ。そしてその後にメルちゃんの影から出現して、背後から奇襲を仕掛けていたの)

 (何ですかそれ、そもそも影って入れるものなんですか!?)


 影というのはメルの知る限り、光が遮られて暗くなった部分のことだ。影の中に入ることなどできるはずもない。

 だがそんな常識など全く通用しないのが、怪異という存在なのだ。


 (けど、影に入れるって分かればやりようはあります……!)


 サクラからの情報を受け、メルは再び鎧武者に突撃する。

 だが今回は直線的に突撃するのではなく、ジグザグと雷のマークのような軌道で鎧武者との距離を詰めた。


 「ヴァァ……」


 右へ左へと激しく動くメルに、鎧武者は翻弄されている。

 そして鎧武者の視線がメルの動きに追いつけなくなったところを見計らって、メルは一気に鎧武者へと接近する。

 そうして背後に回り込むと、鎧武者はもう完全にメルを見失ってしまった。


 「っ……」


 息を殺し、忍者のような動きで背後から攻撃を仕掛けるメル。

 しかし甲冑の隙間を狙ったメルの包丁が届くよりも先に、鎧武者は影の中へと潜り込んで消失してしまった。


 『また消えた』『瞬間移動はズルだろ』『メルちゃんどうするの……?』


 かかった、とメルは内心ほくそ笑む。

 メルの背後の影から、鎧武者が音もなく姿を現す。

 そして鎧武者は無防備に見えるメルの背中に、上段に構えた刀を振り下ろし……


 「残念、聞こえてますよ」


 まるで背中に目が付いているかのように、メルは華麗な動きで鎧武者の刀を回避する。

 鎧武者が刀を振り下ろす際に発生する空気の流れと僅かな音を、メルはその鋭敏な聴覚で感じ取り、攻撃の軌道を完全に読み切ったのだ。


 『うわすげぇ』『背中に目でもついてる?』『メルには何が聞こえてるんだろ……』


 そして攻撃を外した直後の鎧武者は、メルの至近距離で致命的に無防備な姿を晒していた。


 「メルを見失えば、絶対に影の中を移動すると思ってました」


 敢えて鎧武者に影の中を移動させ、メルの背後に回るように仕向ける。そしてその攻撃を回避して鎧武者に隙を作るというのがメルの狙いだった。

 鎧武者が必ず背後に現れると分かっていれば、攻撃を避けることは難しくない。


 「てやぁっ!」


 隙だらけの鎧武者に向かって包丁を振るうメル。

 紫色の炎を纏った刃は、鎧武者の首元にある甲冑の隙間に、まるで吸い込まれるように迫り……


 「きゃっ!?」

 『えっ!?』『マジか!?』


 そしてガキンッという金属音と共に、包丁の刃は弾き返されてしまった。


 「ヴァァッ!!」

 「くっ……」


 体勢を立て直した鎧武者の攻撃を、メルはバックステップで回避する。

 そして鎧武者から充分距離を取ったところで、メルは顔を顰めた。


 「まさか隙間も硬いなんて……」


 硬い鎧を着込んでいても関節は柔らかいに違いないと信じていたメルだが、その予想は鎧武者には通用しなかった。


 『関節まで固くてどうやって腕とか動かしてるんだろ』

 「そこはまあ、怪異ですから……」


 怪異というものの不条理さを、メルはつくづく噛み締めた。


 「はぁ……仕方ないですね……」


 メルは何かを諦めたように溜息を吐き、包丁の柄を両手で握り締める。


 「やるしかない、か……」


 そう小さく呟いたメルの左右の瞳が、煌々と赤い光を放つ。同時に包丁の刃から大量の紫色の炎が噴出し、螺旋を描きながらメルの体に纏わりつく。

 そしてメルの体を包み込んだ紫色の炎は、天女の羽衣のような形態へと変化した。


 『出た』『最近よく見るやつだ』

 「これ疲れるからあんまりやりたくないんですよ……」


 不平を口にしながら、メルは目にも留まらぬ速さで鎧武者へと肉薄する。


 「ヴァァ!?」


 メルのあまりの速度に、鎧武者は影に潜ることすら間に合わなかった。


 「てやぁぁっ!」


 メルの放った鋭い突きが、はんぺんに串を刺すかのようにあっさりと鎧武者の甲冑を突き破る。

 その瞬間、鎧武者の体が内側から激しい爆発を起こした。


 「ヴァァァッ!?」


 紫色の爆炎の中で悲鳴を上げる鎧武者。

 爆発によって左腕以外の四肢は全て吹き飛び、甲冑には何ヶ所も大穴が開いている。それ以外にも細かな傷が数十も刻まれており、最早戦闘不能であることは火を見るよりも明らかだ。

 全開にした包丁の呪詛は、祟り神すら一撃で葬る。難攻不落の堅牢さを誇る鎧武者と言えど、耐えられる道理はなかった。


 『一瞬で終わったじゃん』『最初からこうすればよかったのに』『でもまだ生きてるくね?』


 しかしその堅牢さ故か、鎧武者は辛うじて消滅を免れていた。


 「まだ生きてるんですか?」


 メルは呆れながら、止めを刺そうと鎧武者に近付く。

 するとその時、鎧武者が倒れている地面が紫色の光を放ち始めた。


 「きゃっ!?」


 その光の眩さに、メルは思わず左手で光を遮る。

 そして紫色の光が収まり、メルが改めて視線を向けると、そこにはもう鎧武者の姿は無かった。


 「消えた……!?どこへ……!?」


 メルは周囲を見渡すも、やはり鎧武者は見当たらない。


 「消滅した?でもさっきの光、なんか見覚えが……」


 鎧武者が消失した理由として思い浮かぶのは、鎧武者が絶命したためその体が消滅したというものだ。鎧武者は瀕死の状態だったため、メルが目を離している間に絶命したとしても不思議ではない。

 しかしメルは、鎧武者が消える直前に見えた紫色の光がどうにも気がかりだった。あの光の色合いに、メルはどこか見覚えがあったのだ。

 一体どこで見たのかとメルが自らの記憶を探っていると、


 「メルちゃ~~~ん!!」


 元気な声と共に、玻璃が弾丸のような速度で飛んできた。


 「メルちゃん!!」

 「ふぎゅっ」


 そして玻璃は飛んできた勢いそのままに、メルの顔面にビターン!と張り付く。


 「怪異の気配が消えたわ!メルちゃんやってくれたのね!」

 「あ~……」

 『かわいい』『ちっちゃくてかわいい』


 どうやら玻璃は怪異が消失したことで、メルが怪異を始末したと思って飛び出してきたらしい。


 「玻璃ちゃんごめんなさい。実はメル、怪異を取り逃がしちゃって……」

 「あら、そうなの?怪異の霊力がすっごく小さくなってたから、てっきりメルちゃんがボコボコにしたのかと思ったのに」

 「ボコボコにはしたんですけど、最後の最後で目を離した隙に……」

 「ふ~ん。でも私の領域から怪異がいなくなったから、殺せてなくても別にいいわ!ありがとう、メルちゃん!」


 玻璃としては怪異が自分の領域からいなくなれば、殺そうが殺すまいがどちらでもよかったようだ。


 「もしまたあの怪異が戻って来たら、またメルを呼んでください。そしたら今度こそ殺しますから」


 メルがそう言うと、玻璃は「分かったわ!」と元気良く頷いた。


 「あっ、そうだわ!メルちゃん、お礼にこれをあげる!」


 玻璃がパチンと指を鳴らすと、空中に親指の爪ほどの大きさの赤い石が出現した。


 「これは龍石っていうの!メルちゃんも知ってるかしら?」

 「そうですね、前に見たことがあります」


 龍石とは自然に存在する霊力が集まってできたものだ。メルが以前に目にしたものは数百万の値がついていた。


 「怪異を追い払ってくれたお礼に、これをメルちゃんにあげる!」


 玻璃は龍石を両手で抱え込み、それをメルに差し出してきた。


 「えっ、いいんですか?龍石って貴重なものなんじゃ……」

 「いいの!どうせ私は使わないし。それにこれ、ただの龍石じゃないのよ!」


 玻璃が悪戯っ子のようにクスクスと笑う。


 「メルちゃん、試しにその龍石を遠くに投げてみて!」

 「えっ……大丈夫ですか?そんなことして……」

 「大丈夫よ!だって失せ物探しの神様である私が付いてるんだもの!」

 「あっ、確かに」


 メルは言われた通り、玻璃から受け取った龍石を適当な方向へと投擲した。


 「これでいいんですか?」

 「ええ!それじゃあ次は懐を探ってみて!」

 「懐……ポケットですか?」


 言われるがままにポケットに手を入れるメル。すると指先が何か硬いものに触れた。


 「これって……」


 メルがその硬いものを取り出すと、それはたった今投擲したばかりの龍石だった。


 「ね?凄いでしょ!?この龍石は離れてもすぐに戻ってくる、絶対に失くさない龍石なの!私が龍石を改造して作ったのよ!」

 「離れてもすぐに戻ってくる……」


 それを聞いたメルは、試しに少し離れた場所にある木の幹を狙って、右手の親指で龍石を弾いた。

 弾丸に匹敵する速度で弾き飛ばされた龍石は、狙った木の幹の奥へとめり込む。

 それを確認した後にメルがポケットに手を入れると、そこにはやはり龍石が戻ってきていた。


 「これは……すごいですね」

 「でしょでしょ!?」


 メルの称賛の言葉に、玻璃は満面の笑みを浮かべる。

 メルは時折、小石などを指で弾いて攻撃に用いることがある。その際にこの龍石は大いに役に立つことになるだろう。何せ弾いても弾いてもすぐに戻ってくるのだ。


 「これ、本当にいただいていいんですか?」

 「もちろん!」

 「ありがとうございます、大事にしますね」


 メルは龍石を両手で包んで胸に抱いた。


 「さて……それじゃあ今日の配信は、この辺で終わりにしましょうか」

 「あら、もう終わっちゃうのね?」

 「そうだ、玻璃ちゃんも一緒に最後の挨拶しませんか?」

 「いいの!?」


 目を輝かせる玻璃。メルは優しく目元を緩ませながら頷いた。


 「それじゃあこっちで、一緒にカメラの方を向いて……」

 「ここ?ここでいいの?」

 「……はい、そこでバッチリです」


 メルに導かれて玻璃がメルの顔の横に移動し、2人が丁度よく画面の中に収まった。


 「皆さんいかがだったでしょうか、第23回心霊スポット探訪!今回は見事玻璃さんのリクエストにお応えして、怪異を追い払うことができました~」

 「ました!」

 「それではまた次回、第24回の心霊スポット探訪でお会いしましょう!」

 「ましょう!」

 「じゃあ玻璃ちゃん行きますよ!せ~のっ、バイバ~イ」

 「バイバ~イ!」

 『かわいい』『可愛い×可愛い』『かわいいの2乗』『可愛すぎて脳味噌ないなった』


 玻璃のおかげで、この日の配信のエンディングはいつになく大好評だった。

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ありがとうございます

次回は明日更新します

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