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第21回桜庭メルの心霊スポット探訪:勿忘神社 四

 その瞬間、魅影の赤い瞳が煌々と輝き、同時に魅影の体から赤色の暴風が吹き荒れた。


 「きゃっ!?」


 暴風に煽られ、メルは数歩後退する。

 渦を巻く赤い暴風の中心では、魅影の姿に変化が生じていた。魅影の側頭部から、ヤギのように捻じ曲がった1対の黒い角が出現したのだ。


 「……まるで悪魔さんですね」

 「あら。あながち間違いではないわ」


 メルの軽口に、魅影は不敵な笑みを浮かべる。


 「『エルドリッチ・エマージェンス』。肉体をより怪異に近づけることで、主に戦闘能力を飛躍的に向上させる、怪異使いの秘奥義よ」

 「へぇ、教えてくれるんですね」

 「ええ。知られていようがいまいが、この姿になった時点であなたに勝ち目は無いもの」


 魅影のその言葉は、少なくとも思い上がりではなかった。

 今の魅影から放たれる威圧感は、メルがこれまで対峙したどの怪異よりも強かった。


 「――星よ紅く澱み給え」


 続いて魅影はまた別の呪文を呟きながら、それまでずっと組んでいた両手をゆっくりと離す。

 すると魅影の右手と左手の間に、バチバチと赤いプラズマのようなものが発生し始めた。


 「桜庭さん、死なないように気を付けてね?『赫雷(カクライ)』」


 赤いプラズマが光の矢と化してメルを襲う。

 『赫雷』はまさしく雷のような速度でメルに迫るが、メルはそれを少し横に移動するだけで回避した。


 「あら、流石桜庭さんね」


 メルを捉え損ねた『赫雷』は、そのまま直進して後方に生えていた木に直撃する。

 するとその木は燃えるでも焦げるでもなく、塵となって跡形もなく消失した。


 「なるほど、ただの電気じゃないってことですか……」

 「ええ、その通りよ」


 赤いプラズマという見た目の時点で分かっていたことだが、魅影のその力はメルの知る電気やプラズマとは訳が違うらしい。


 「さて、『赫雷』は当たらないようだけれど、それならこれはどうかしら?『雷珠(ライズ)』」


 魅影の周囲に赤いプラズマの球体が8個出現する。拳大のそれらの球体は『赫雷』を上回るスピードで射出され、それぞれ複雑な軌道を描きながらメルへと殺到する。


 「知らないんですか?メルはボールを避けるのが1番得意なんです」


 メルはロンダートやバク転を織り交ぜた必要以上にアクロバティックな動きで、8つの球体を全て回避する。とても腹に刺し傷のある人間の挙動とは思えない。


 「あら、そんなに動いたら傷に障るわ」

 「ご心配なくっ!」


 メルとて無意味に派手な動きを披露した訳ではない。魅影の注意をメルの動きそのものに向けさせることで、メルが向かう先に何があるのかを気付かせないようにしたのだ。

 メルが右手を伸ばす先。そこにはメルが思惟食神を殺す際に手放した、呪いの包丁が落ちている。


 「あら、駄目よ」


 しかしメルの手が包丁に届く直前、包丁が何かに弾かれるようにあらぬ方向へと飛んでいった。

 振り返ると魅影が右手を包丁の方へと向けていた。どうやら赤いプラズマとは別の、魅影の超能力めいた力によって包丁は弾き飛ばされたらしい。


 「……お見通しって訳ですか」

 「ええ。桜庭さんのことなら手に取るように分かるわ」

 「ゾッとしますね」

 「あら酷い。『万雷(バンライ)』」


 魅影が人間の頭部ほどの大きさの赤いプラズマの塊を上空に打ち上げると、そこから無数の雷が勿忘神社の境内に降り注いだ。『礫火天狗』を彷彿とさせるような範囲攻撃だ。

 本殿の建物も、舗装された石畳も、そこに転がる数十の死体も。赤い雷に触れたものはその素材に関係なく、皆等しく塵となって消滅していく。

 それはメルも赤い雷を食らえば最後、同様に塵となって消滅することを意味していた。


 「ひゃああっ!?」


 致死の雷が降り注ぐ中、メルは珍妙な悲鳴を上げながら敢えて魅影へと突撃する。

 常人離れした動体視力と反射神経で『万雷』を掻い潜り、魅影へと肉薄するメル。


 「てやああっ!」


 そして突撃した勢いそのままに、メルは魅影の顔面目掛けて飛び蹴りを放った。


 「ふふっ」


 大抵の人間は一撃で昏倒する程度の威力を秘めたメルの跳び蹴りを、しかし魅影は両腕で受け止めてみせた。


 「嘘っ」


 メルは驚きを露わにしながら着地する。

 すると今度は魅影がメルの顔面を狙って貫手を繰り出してきた。


 「わっ!?」


 メルは回避の初動が遅れ、魅影の右手が僅かに左頬を掠めた。頬の皮膚が薄く裂け、赤い血が僅かに垂れる。


 「常夜見さん、接近戦もできるんですか……そんなゴスロリ着てるのに」

 「服装は関係無いでしょう?それを言ったら桜庭さんだってそうじゃない」


 激しい近接戦闘を繰り広げるメルと魅影。地雷系ファッションの少女とゴシックロリータの少女によるキャットファイトは、バイオレンスながらもどこかメルヘンな雰囲気を醸し出していた。


 「ふっ!」

 「ぅあっ……!?」


 魅影の掌底がメルの腹部に突き刺さり、メルは苦痛に顔を歪める。

 魅影に攻撃された場所は、メルが自ら包丁を突き刺した傷のある場所だ。魅影の掌底によって塞がっていた傷が開き、また新たに血が流れ出す。


 「ほら、少し叩いただけでも傷が開いてしまうんだもの。そんな状態で私に勝てる訳が無いわ」


 苦しむメルに対し、魅影は乱れた髪を直しながら勝ち誇る。


 「もうやめましょう?私には桜庭さんと戦う理由は無いもの、桜庭さんが諦めたらすぐにでも立ち去るわ」

 「あなたに戦う理由が無くても、メルにはたくさんあるんです……!」


 メルは脂汗を流しながらも、強い視線でメルを睨み付ける。


 「メルは散々祟り神をけしかけられて、いい加減オコなんです……!」


 言葉遣いこそ緊張感がまるでないが、メルの怒りは本物だった。

 祟り神をけしかけられることも腹立たしいが、メルが特に怒りを抱いているのは、いたずらに祟り神を解放する行為そのものだ。

 祟り神は災害に等しい存在。それを解き放てば当然災害に見舞われるのと同様の被害が発生する。あるいは災害よりも更に甚大な被害が出るかもしれない。

 そのことを分かっていながら、メルと戦わせるためだけに祟り神を解き放つ魅影の所業を、メルはどうにも腹に据えかねていた。


 「あなたが怒るのはあなたの勝手だけれど。万全の状態ならまだしも、そんな大怪我を負った状態で、本当に私に勝てると思っているの?」

 「思ってますよ。それに万全じゃないのは、常夜見さんも同じでしょ?」


 トントン、と右目の『夷蛭』を指で軽く叩くメル。


 「ほら、かなり赤くなってきましたよ」

 「……っ」


 『夷蛭』の花は真っ赤と言っていいほどに赤みを増していた。

 『夷蛭』は魅影から霊力を吸収し続けている。既に魅影は看過できない量の霊力を吸収されており、その分だけ消耗していた。

 メルの言う通り、万全でないのはメルだけでなく魅影も同じなのだ。


 「……だからって、あなたに勝ち目がないことに変わりはないわ。あなたは大怪我を負っていて、包丁だって手元には無い。それに対して私は多少の霊力を消耗しただけ。確かに万全とは言えないけれど、それでもあなたよりはずっと有利なのよ」


 魅影はそう言い放ち、メルの左目を狙って貫手を放つ。

 しかしメルは貫手を躱しながら逆に魅影の腕を取り、魅影の体をぐっと引き寄せた。


 「なっ……」


 虚を突かれた魅影は反応が遅れ、されるがままにメルの腕に収まってしまう。


 「がぁっ!」


 メルは大きく口を開き、抱き込んだ魅影の首筋に思いっきり噛みついた。


 「あああああっ!?」


 鋭い犬歯が白い皮膚を突き破り、深々と肉に突き刺さる。その激痛に魅影は初めて悲鳴を上げた。

 更に深く歯を突き刺そうとしたメルを、魅影が思い切り突き飛ばす。


 「はぁ……はぁ……はぁ……」


 だらだらと血が流れる首の傷を手で押さえながら、メルを睨み付ける魅影。


 「やっと余裕が剥がれましたね……」


 敵意が剥き出しの魅影の表情を見て、メルはむしろ笑顔を浮かべる。


 「少しは人間らしくなったじゃないですか。で、何でしたっけ?メルよりも魅影さんの方がずっと有利、でしたか?」

 「……これで勝った気になっているなら、滑稽だわ」


 魅影も再び笑顔を作るが、先程までと比べるとその表情には余裕がない。


 「た、多少の傷を負ったとしても、私が有利であることに変わりはないの」


 そう言った魅影の体がふわりと宙に浮かび上がる。


 「ほら、こうして空に浮かんでしまえば、あなたはもう手出しができない」


 メルが『夷蛭』を起動した際には落下してしまった魅影だが、決して飛行能力を喪失した訳ではない。

 今まではメルに付き合って地上にいただけで、飛ぼうと思えばいつでも飛べるのだ。


 「私が上から『万雷』を放っていれば、それだけであなたは終わりよ!」


 魅影が右手を高く掲げると、その上に赤いプラズマの塊が形成された。

 赤いプラズマの塊から、無数の雷が地上に降り注ごうとする、その直前。


 「きゃあっ!?」


 魅影が突然悲鳴を上げて左目を押さえた。左手の指の隙間から血が漏れ出している。


 「飛んでしまえばメルには手出しができない、でしたっけ?」


 してやったりと口角を上げるメル。


 「な、何をしたの……?」


 魅影は自分が何をされたのか理解できなかった。気付いた時には額に痛みが走り、出血が始まったのだ。


 「さて、何したんでしょう?」


 答えをはぐらかすメルだが、なんということはない。予め拾っておいた小石を指で弾き、魅影の額に命中させたのだ。

 本当は目を狙って弾いたのだが、本調子でないため狙いが逸れてしまった。


 「くっ……『万雷』!」


 赤いプラズマから雨のように雷が降り注ぐ。


 「ひゃああっ」


 メルは死に物狂いで赤い雷を避け続ける。

 そうして雷が止んだ頃、空を見上げるとそこにはもう魅影の姿はなかった。


 「逃げましたか……」


 メルは舌打ちをしたい気分だった。今日こそは魅影を仕留めるつもりだったというのに、結局いつものように取り逃がしてしまった。


 「はぁ……祓器送還」


 メルは溜息を吐いて『夷蛭』を消失させる。

 ちなみに『夷蛭』が溜め込んだ霊力は、1度送還して再召喚した際にも引き継がれる。だが霊力の使い道がないメルにはあまり関係の無い話だ。


 「じゃあ……そろそろ配信終わりましょうか」


 メルは久し振りにカメラの方に視線を向けた。思えば思惟食神が現れた辺りから、視聴者のコメントにも全く意識を向けていなかった。


 「ごめんなさい皆さん、今日は全然構ってあげられなくて」

 『なんか腹立つ言い方だな』『まるで俺達がメルに構ってもらいたがってるみたいじゃん』『生配信にコメントしてる時点であながち間違いじゃないだろ』

 「皆さん、あんまり拗ねないで。ね?」

 『腹立つなぁ』『何故俺達をそんなに煽ってくるのか』『ママ……』『メルちゃんママ……』


 冗談で小さい子供に言い聞かせるような物言いをしてみたところ、少数の視聴者がメルに母性を見出してしまった。


 「今日こそは常夜見さん捕まえたかったんですけど、また逃げられちゃいました……ごめんなさい」

 『いや俺らは別に全然いいけど』『俺達に謝られても……』

 「やっぱり空飛べるのは強いですよね~……メルも空飛べるようになりたいな」

 『無茶言うな』『この上制空権まで取る気か』『ちっちゃい子供みたいなこと言ってて可愛い』『言ってること可愛いけどコイツ空飛べたらトコヨミさん仕留めに行くんだよな……』

 「……今度幾世守さんに聞いてみようかな。空飛ぶ方法知りませんかって」

 『やめとけ』『聞かれても困るだけだろキセモリさん』『アホの子だと思われるぞ』

 「ていうかこの人達どうしましょうか……」


 思い出したようにメルは神社中に転がる死体に目を向ける。中には魅影の『万雷』に巻き込まれて消滅してしまった死体もあるが、それでもまだまだ数は多い。


 「ちなみに皆さんはやっぱり死体見えませんか?」

 『見えない』『え、それマジなの?』『見えないよ~』

 「そうですか……思惟食神が死んでも、死体が見えるようになったりはしないんですね……」


 通常であれば、死体を発見した場合は警察に通報しなければならない。

 しかし今回の場合では、警察を呼んだところで警察が死体を認識できないだろう。メルが虚偽の通報をしたことになり、怒られて終わってしまう。


 「仕方ない。メルが埋葬しますか」


 メルは視聴者には聞こえない小さな声で呟いた。


 「それじゃあメル、やらなきゃいけないこともできたのでホントに配信終わりますね」

 『やらなきゃいけないこと?』『それなに~?』『てか病院行けよ』『血塗れだぞ』

 「では皆さん!また次回、第22回の心霊スポット探訪でお会いしましょう!バイバ~イ」

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ありがとうございます

次回は明日更新します

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