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第21回桜庭メルの心霊スポット探訪:勿忘神社 三

 魅影は相変わらずテディベアを抱えながら、ぷかぷかと宙に浮かんでメルを見下ろしている。


 「常夜見さん。何しに来たんですか?」

 「探偵さんが謎解きに苦戦しているようだったから、助手としてお手伝いに来たのよ」

 「その探偵のくだりやってるのもう常夜見さんだけですよ」


 メルの嫌味などどこ吹く風の魅影。メンタルが強い。


 「ここで死んでいるのは全員、思惟食神(オモイジキ)に食べられた犠牲者の成れの果てよ。全ての記憶を貪られ、この世の全てから忘れ去られた者達。微生物にすら忘れられた彼らの肉体は腐敗することなく、誰からも認識されないまま永久に残り続ける。最早彼らを認識できるのは、私やあなたのような自然律から外れた存在だけだわ」

 「……メルをあなたと一緒にしないでください。ていうかなんでそんなことまで知ってるんですか」

 「私は助手として、探偵さんの役に立つ情報を持ってきただけよ?」

 「探偵の助手がほぼ答えみたいな情報持ってきちゃったら、それはもうミステリーじゃなくてコメディなんですよ」

 「あら、それはごめんなさい」


 クスクスと笑う魅影を前に、メルは顔を顰めた。


 「そうだわ、折角だから思惟食神がどこにいるかも教えてあげましょうか?」

 「いえ、いいです」

 「そんなこと言わないで。思惟食神はそこよ」


 魅影は神社に唯一存在する建物を指差した。勿忘神社は小さな神社で、建物は本殿が1つだけだ。


 「思惟食神は現代における多くの祟り神とは違って封印状態に無いわ。自らの意思で勿忘神社の本殿に閉じ籠り、この街の人間を消費し続けているの」

 「メルは教えてくれなくていいって言ったんですけど?」

 「いいえ、桜庭さんは知っておくべきだわ。重要なのは思惟食神は閉じ籠っているけれど封印されてはいないということ。思惟食神はその気になればいつでも外に出て、この街の全てを食らい尽くすことができるわ。こんな風にね」


 魅影がペロッと赤い舌を露にする。するとその表面に刻まれた幾何学的な模様が、紫色の光を放ち始めた。

 それを見たメルは即座に太もものホルダーから包丁を抜き、上空の魅影目掛けて投擲する。しかし魅影は風船のようなふわりとした動きで容易く包丁を回避した。


 「おいでなさい、羽占鬼灯(ハネウラカガチ)


 瞬間、魅影の真下の地面に直径2mほどの紋様が出現する。魅影の舌にあるものと同じその紋様が強い光を放ち、そこからコウモリの羽を1枚だけ持つ巨大な蛇が出現した。

 蛇の出現と同時に、メルは投擲した包丁の回収に走り出す。


 「シャァァァァッ!」


 しかしメルが包丁をその手に収めるよりも、大蛇が口から毒液を吐き出すのが先だった。

 毒液は本殿の扉に命中し、その水圧によって扉の一部が破壊される。更に毒液が掛かった扉がジュウジュウと音を立て始め、チーズのように溶けてしまった。


 「カロロロロ……」


 扉が破壊された本殿の中から、忌々しい音が聞こえてくる。そして遂に思惟食神がその姿を現した。

 それは異様な姿だった。概ね人間に近い形はしていたが、6本の腕と4本の足を持ち、そして頭部は黒い毛を持つ馬の様な形状をしていた。


 「さぁ、思惟食神は住処を壊されて怒っているわ。このままだと怒りのままにあらゆる記憶を食らい尽くし、地図上からこの街が消えることになるでしょうね」

 「住処壊したのあなたじゃないですか!?何を他人事みたいに……」

 「カロロロロロォッ!!」

 「くっ……!」


 思惟食神の怒りの声を聞き、メルは全力で包丁の呪詛を引き出した。

 左右の瞳が赤い光を放ち、包丁から噴出した紫色の炎が天女の羽衣のようにメルの体に纏わりつく。


 「ふふっ、いい判断ね」


 魅影はそう言って笑いながら、羽占鬼灯を消失させる。


 『えっ何?』『何が起きてる?』『どういうこと?』


 思惟食神の姿は神社内の死体と同じく、視聴者には認識できていない様子だった。

 だがいずれにせよ、今のメルには視聴者の反応を窺う余裕は無かった。


 「うっ、ああっ!?」


 左手で頭を押さえ、苦しみ始めるメル。突如として激しい頭痛に襲われたのだ。

 その痛みが思惟食神がメルの記憶を捕食しようとしている証だと、メルは直感的に理解できた。


 「メルの記憶は食べさせませんよ……メルの記憶は……メルのものです!」


 メルの気迫に呼応するように、メルが纏う紫色の炎が激しく燃え上がる。

 すると頭が割れるような痛みが、嘘のようにスゥッと引いていった。


 「へぇ、精神力で思惟食神の捕食を撥ね除けたのね。やるじゃない」


 上空で魅影が感心したように呟く。

 これまでのようにメルに祟り神をけしかけたらすぐにその場を立ち去るようなことはせず、今回は観戦に留まるようだ。


 「けれど思惟食神の力は、ただ記憶を奪うだけではないわ」


 メルには聞こえない声で小さく呟き、魅影はクスクスと悪辣に笑った。


 「ああああっ!!」


 思惟食神の捕食を振り払ったメルは、包丁を構えて思惟食神へと突撃していく。


 「カロロロロォッ!!」


 思惟食神はその場から動かず、嘶くように咆哮を上げる。

 するとその瞬間、メルの頭に大量の「記憶」が流れ込んできた。


 「あああっ!?」


 大学受験に失敗した記憶。

 付き合っていた彼氏に浮気された挙句手酷く捨てられた記憶。

 両親から虐待を受けていた記憶。

 交通事故で長い入院生活を余儀なくされた記憶。

 大切な友達を自らの手で殺めてしまった記憶。


 そんな()()()()()()()()()()()が激流のように脳裏に溢れ出し、メルは思わずその場に蹲った。


 「思惟食神は記憶を食らうだけでなく、記憶を与えることもできるの」


 苦しむメルを見下ろしながら、魅影が歌うように言葉を紡ぐ。


 「思惟食神は外敵への攻撃手段として膨大な量の『偽の記憶』を植え付ける。数十人分の人生に相当する『偽の記憶』によって、本来の自分の記憶は希釈され拡散していく。そうなってしまえば『本当の記憶』なんてものはもう2度と思い出せない。最後には自分が何者であったかさえも分からなくなり、自我が崩壊する……本当、恐ろしい攻撃だわ」


 口では怖ろしいと言いながら、魅影はとても楽しそうに笑っていた。


 「さあ、桜庭さん?あなたは果たして耐えられるかしら?」

 「ああっ、あああっ……うああああっ!?」


 地面に膝を突き、髪を振り乱して苦しむメル。脳内を埋め尽くす大量の偽の記憶によって、本来のメルの記憶が消えかかっているのだ。


 (メルちゃん!しっかりして、メルちゃん!)


 サクラが声援を送るも、今のメルはそれに耳を傾ける余裕はない。

 脳の奥から次々と湧き上がってくる偽の記憶が、メルの本当の記憶を押し流していく。

 今のメルは自分の名前が何なのか、どこで生まれたのか、両親の顔さえ分からなくなりかけていた。


 「ぐっ……ああああああっ!!」


 このままでは「桜庭メル」が消えて無くなってしまう。そう直感したメルは包丁を振り上げ、自分の腹部にその刃を突き刺した。


 「がふっ!!」

 (メルちゃん!?)


 口から大量の血が溢れ出し、メルの黒マスクやブラウスの胸元を真っ赤に染める。


 「ああああああああああっ!?」


 メルの包丁は苦痛を増幅させる。普通ならば発狂してもおかしくないような凄まじい苦痛がメルの全身を駆け巡った。

 だがその想像を絶する痛みが、混濁する記憶からメルの意識を逸らしてくれた。


 「ふぅ~っ……ふぅ~っ……」


 メルは血走った両目で思惟食神を睨み付ける。

 今のメルの脳を支配するのは2つ。身を裂く激痛と、思惟食神への敵意だけだ。


 「あああああっ!!」


 メルは腹から包丁を引き抜き、流れ出す血もそのままに思惟食神へと躍りかかる。


 「カロォッ!?」


 思惟食神は既にメルを仕留めたつもりだったのだろう。まさかメルが襲い掛かってくるとは思っていなかったのか、驚くような声を上げる。

 そしてメルの攻撃に対応するだけの猶予は、思惟食神には与えられていなかった。


 「ああっ!!」


 力を振り絞るようにメルが繰り出した包丁が、思惟食神の胸へと突き刺さる。

 その瞬間、思惟食神の全身に数十もの裂傷が生じる。更に包丁から噴出する紫色の炎が思惟食神の体内を焼き尽くし、全身の裂傷から炎が漏れ出した。


 「カロロロロォォッ!?」


 全身を内側から焼かれる苦痛にのたうち回る思惟食神。

 思惟食神が見境なく振り回した腕が直撃し、メルは大きく吹き飛ばされた。


 「がはっ!げほっ、がほっ、がふっ!」


 メルは激しく何度も咳を繰り返し、その度に口から大量の血が溢れ出す。

 包丁で腹を突き刺したことによる激痛は今も尚メルの体を苛んでいる。だがその苦痛こそが、メルの精神を偽の記憶から守っているのだ。


 「はぁ……はぁ……」


 メルは思い通りに動かない体に鞭を打ち、狂気じみた精神力を以て上半身を起こす。

 そうして思惟食神に視線を向けると、思惟食神は既に力無く地面に横たわっていた。手足などの末端部分は既に灰のようにボロボロと崩れ始めている。

 メルの全身全霊を込めた刃は、一撃で祟り神の命に届いたらしい。


 思惟食神の死体から、金色の光が浮かび上がってくる。

 光はゆらゆらと形を変え、髭の長い老人の顔を形作った。

 老人は感謝と申し訳なさが入り混じったような表情でメルに会釈をすると、そのまま空気に溶け込むようにして消えていった。


 「勝った……」


 思惟食神の死に伴い、メルの脳内に溢れていた偽の記憶も綺麗に消え去った。

 安心感と苦痛からメルは思わず意識を手放しかけるが、歯を食いしばって何とか意識を保つ。

 ここで気を失ってしまう訳にはいかなかった。まだ配信は終わっていない上に、この場にはまだ敵が残っている。


 「お見事だわ、桜庭さん」


 残るもう1人の敵、上空で戦闘を見守っていた魅影が、パチパチと拍手をしながら地上に降りてくる。


 「たったの一撃で祟り神を殺してしまうだなんて。私の知る限りそんなことができるのは桜庭さんだけだわ」

 「常夜見さ、げほっ、ごほっ!」


 メルが話そうとした言葉は、せり上がってきた咳と血によって阻まれた。


 「けれどいくら思惟食神の偽の記憶に抗うためとはいえ、呪物で自分のお腹を突き刺すなんて、無茶をしたわね。仕方が無いから、少し治してあげるわ」


 魅影がメルに右の掌を向ける。

 するとメルの腹部の刺し傷が塞がり、苦痛も多少和らいだ。


 「さて、それじゃあそろそろ私は失礼させていただくわね」


 再びふわりと浮かび上がり、そのまま上空へと消えていこうとする魅影だったが、


 「ま……待ってください……!」


 その背中をメルが呼び止めた。


 「今日という今日は、逃がしませんよ……」


 メルは痛みが和らいだのをいいことに無理矢理立ち上がり、上空の魅影を睨み付ける。


 「……あなた、そんな体で私と戦うつもりなの?」


 まさかメルが食い下がってくるとは思っていなかったようで、魅影は驚いた様子で空中で静止する。


 「確かに私はお腹の傷を治療はしたけれど、傷口を軽くくっつけただけよ?下手に動けばまたすぐに傷口が開いてしまうわ」

 「ご心配ありがとうございます……けど、それでもメルはあなたを逃がすつもりは無いんですよ……!」


 メルはまず血塗れの黒マスクを剥ぎ取り、それからブラウスの胸元に手を入れてネックレスを引き出し、ペンダントトップを固く握りしめた。


 「祓器召喚!」


 メルの叫びと共にペンダントトップから白い光が溢れ出し、メルの右目へと収束していく。

 そしてメルの右目に、白い薔薇のような形をした『夷蛭』が展開された。


 「ご飯の時間ですよ、『夷蛭』!」


 瞬間、周囲の空間がビリビリと揺らぎ、白い薔薇が徐々に赤く染まり始める。

 起動した『夷蛭』が、周囲から霊力を吸収し始めたのだ。


 「きゃっ」


 魅影が空中でバランスを崩し、地上へと降りてくる。『夷蛭』に霊力を吸収されたことで虚脱感に襲われ、平衡感覚が乱れたのだ。


 「……へぇ、本気で私と戦うつもりなのね」

 「メルはいつだって本気ですよ……!」

 「いいわ、少しだけ遊んであげる」


 魅影は鋭い犬歯を剥き出しにして笑顔を浮かべると、両手を祈るように組み合わせる。


 「――エルドリッチ・エマージェンス」


 そして魅影の赤い唇から、不思議な響きを孕んだ呪文が発せられた。

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次回は明日更新します

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[一言] この女はそろそろわからせてやりたいですね…
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