桜庭メルの心霊スポット探訪番外編:幾世守家 五
「やっぱり2人も持ってると走りづらいですね~」
「これが走りづらい人間の速度ですか……!?」
メルは燎火の道案内を受け、幽山を軽快に登っていく。
「今更ですけど、お屋敷って頂上にあるんですか?」
「頂上ではありませんが、それに近い位置にあります」
燎火と煌羅を抱えていても、メルは今のところ特に不都合は感じていなかった。
両手が塞がっているため地雷を破壊することはできないが、見えているのだから破壊せずとも回避すればいい。
そして絡祓に関しても、新手が襲ってくる気配は無かった。
「絡祓も来ないですね……全滅したんでしょうか?」
「その可能性はあります。量産できるような代物ではないはずですから」
「倒した分だけでも充分量産されてませんでした?」
「……確かにそうですね」
燎火と会話をしながら足を動かしていたメルは、不意に視界の端に青色の光を捉えた。
最初は「桜の瞳」で見える幽霊の光かと思ったが、即座にそうではないことに気付く。
「桜庭さん避けてください!」
背中の燎火が叫ぶ頃には、メルは既に回避行動に入っていた。
直前までメルが立っていた場所を、十字型の青い炎が通り抜ける。
「『青鷺』……一体どこから……」
メルは祓道の出所を探す。少なくともメルが聴覚で探知できる範囲に、祓道師の存在は確認できなかった。
「祓道による超長距離からの狙撃……まさか」
「幾世守さん、心当たりが?」
「……はい。狙撃を得意とする祓道師は多くありません」
メルの耳に、何者かが近付いてくる物音が聞こえてくる。
「ましてこれ程の精度となると、考えられるのは私の叔母の……」
「ご名答~」
そして近くの頭上から、1人の女性が姿を現した。
幾世守家の例に漏れず銀髪と水色の瞳を持つその女性は、メルよりも少し年上に見える。
「やはり……爛叔母様」
「やだも~、燎火ちゃん、爛ちゃんって呼んでっていつも言ってるでしょ~?」
爛と呼ばれたその女性は、場にそぐわない明るい声色で燎火に絡んでいる。
「やはり、叔母様ほどの祓道師まで動員され始めましたか……」
「そりゃそうよ~!だって外部の人間を幽山に招き入れるなんて、死刑にされてもおかしくないような掟破りだもの。しかもなんかいなくなってた煌羅ちゃんまで協力してるし」
爛がメルの腕の中の煌羅に視線を移す。
「祓道師2人が同時に裏切り、しかも片方は当主の娘よ?前代未聞だわこんなこと。おかげで屋敷にいた祓道師はもう総動員よ総動員」
話している内容の重大さとは裏腹に、爛の口調は軽薄だった。そういう性格なのだろう。
「反逆者を無力化せよ、生死は問わないですって。実の娘だってのにお兄ちゃんも薄情よね~。ま~あたしも流石に可愛い姪っ子の命まで取る気は無いけど~……あなたは別よ、燎火ちゃんのお友達」
爛がメルに鋭い視線を向ける。
「これ以上燎火ちゃんに掟を破らせないためにも、あなたはここで必ず殺すわ」
「……困りましたね~」
メルは燎火と煌羅を地面に降ろし、爛を睨み返す。
「こっちは怪我人連れてるんで、あんまり余計な人に構ってる暇は無いんですよ」
「余計な人、ですって……!?」
爛の額に青筋が浮かぶ。
「言っておくけれど、あたしを今までの絡祓や祓道師と同じだと思ったら大間違いよ!」
「悪いですけど、すぐに終わりますよ。だって……」
メルは太もものホルダーから包丁を引き抜いた。
「メル、これを使いますから」
メルはこれまで祓道師との戦闘で包丁を使ったことが無かった。包丁の呪いによって、意図せず相手を殺めることを恐れたためだ。
しかし一刻も早く先に進みたいメルは、今回人間相手に包丁の使用を解禁することにした。
「武器を持ったところであたしに勝てると思わないことね!『青鷺』!」
爛が『青鷺』を放つが、メルは既にそこにはいない。
雷のような速度で爛との距離を詰めるメル。
次の瞬間、爛の左肩から血飛沫が上がった。
「っ!?ああああああああああっ!?」
肩を押さえた爛が、喉が引き千切れそうなほどの絶叫を上げる。大きく体を仰け反らせて地面に倒れ、泣き叫ぶ赤ん坊のように転げ回る。
「痛いでしょ?この包丁は痛みを増幅する効果がありますからね。メルは斬られたこと無いので分からないですけど」
メルはそう言いながら包丁を太もものホルダーに仕舞う。
涙と鼻水を撒き散らしながら苦痛に喘ぐ爛は、最早戦える状態ではなかった。
「行きましょうか、幾世守さん」
「そ、そうですね……」
実の叔母の醜態に、燎火は表情を引き攣らせていた。
燎火を背負い煌羅を抱き上げ、メルは再び走り出す。
「……そういえばさっきの人って多分、狙撃が得意なんですよね?」
「そうですね。射程の長さに関しては叔母様の右に出る者はいません」
「じゃあなんでわざわざ近付いてきたんでしょう?遠くからずっと攻撃してた方が絶対にいいのに」
「……自己顕示欲、でしょうか」
「自己顕示欲か~……」
その後も何人かの祓道師と対峙したメルだが、包丁でひと撫ですれば1人の例外もなく沈めることができた。
そうしてメルは、遂に目的地に辿り着く。
「桜庭さん、見えてきました。あれが幾世守家の屋敷です」
燎火が右手を伸ばして指し示したのは、天守閣のような巨大な和風の建物だった。
「わっ、おっきい!幾世守さんいいとこ住んでるんですね~」
「まあ、それは否定しません」
そしてその城の如き建物の前で、1人の男性がメルを待ち構えていた。
「お父様……」
「えっ、あの人が幾世守さんのお父さんですか!?」
メルは驚いた。
煌羅の父の灼耶もそうだったが、目の前の男性は大きな子供がいるような年齢には見えない。
「はい。あれが私の父で、幾世守家現当主の幾世守熾紋。私の知る限り、最強の祓道師です」
「……へぇ~」
メルは燎火と煌羅を地面に降ろし、熾紋を真っ直ぐに見つめる。
「まさかここまで辿り着くとはな」
熾紋が落ち着いた口調でメルに語り掛ける。
「お前のような小娘が、幾世守家の全ての祓道師と幽山の全ての防衛機構を退けたというのか」
「そうですね。そんな大したことありませんでしたよ?」
「その割には立っているのはお前1人のようだが」
「ぐうっ……」
痛いところを突かれたメルは、思わずぐうの音を零す。
「なるほど、最強の祓道師と呼ばれるだけのことはあるようですね……」
「桜庭さん、父は別に口論で最強の称号を得ている訳ではありません」
メルが燎火とふざけた会話をしていると、熾紋は不愉快そうに眉を顰めた。
「想像通りの、いや想像以上の愚かな娘だ」
「……幾世守さん、あなたのお父さんめちゃくちゃ失礼なんですけど」
「そ、その……すみません」
熾紋ではなく敢えて燎火に話しかけるメルの態度に、熾紋は更に眉間の皺を深くする。
「呪物をその危険性も理解せずに振り回し、何の知識も持たずに我々祓道師の真似事をしている。これを愚かと呼ばずになんと呼ぶ」
「祓道師の真似事?それはおかしくないですか?」
感情の読めない熾紋の瞳を、メルは真っ直ぐに睨み返す。
「祓道師ってメルを殺そうとしてムキになってる殺人集団ですよね?でもメルは幽霊と怪異と祟り神しか殺したこと無いですもん」
「……何?」
「あっ、違いましたね。結局メルを殺せてないから殺人未遂集団でしたね」
「……貴様、我々祓道師を愚弄しているのか?」
「してるに決まってるじゃないですか。そんなことも説明されないと分からないんですか?」
これまで祓道師に対して抱いていた不満を全てぶつけるように、熾紋を煽りに煽るメル。
「幾世守さんから聞いてますよ、最近の幾世守家はメルを殺すことに集中しすぎて、怪異の討伐が疎かになってるって。そんな体たらくの祓道師なんて、コケにされて当然じゃないですか?」
「……燎火、一体どういうつもりだ」
唐突に会話の相手を燎火に変更する熾紋。痛いところを突かれたのだろうか。
「何故このような者を山に招き入れた。何故幾世守家に楯突くような真似をした。一体何がお前をそうさせたのだ」
「……私が祓道を修めているのは、人を殺めるためではありません」
燎火は冷や汗を流しながらも、毅然と熾紋に言い返す。
「幾世守家が桜庭さんの存在に気付いてから、私は怪異討伐の命を受けたことは1度もありません。大人達は皆口を開けばどのように桜庭さんを殺めるかの話し合いばかり。桜庭さんの言う通りです、一体いつから幾世守家は人殺しの集団に成り下がったのですか!」
「口を慎め、燎火」
熾紋が燎火を威圧する。
「そこの娘は特殊怪異だ。人間ではない」
「っ、詭弁です!特殊怪異指定を行っているのが幾世守家である以上、幾世守家にとって不都合な人間を怪異と指定することで殺害を正当化しているに過ぎません!」
懸命に熾紋へと訴えかける燎火を見て、メルがぽつりと呟く。
「この人、3回くらいメルを襲ってきた人ですよね……?」
今は完全な協力者である以上、メルも燎火の過去の振る舞いについてとやかく言うつもりは無い。ただ時々ふと「今の幾世守さんってあの時の幾世守さんと同じ人なのかな……」と思う時があるのだ。
「桜庭さんのことだけではありません!私達に仕向けられた侵襲絡祓、あれは一体どういうことですか!?命を落とした同胞の死体を警備人形に作り替えるなど……それが誇り高き祓道師の所業ですか!?」
「侵襲絡祓?何を言っている。あんなものは子供を怖がらせるための与太話だろう」
おや、とメルは首を傾げた。
今の口振り、まるで熾紋は侵襲絡祓の存在を知らないかのようだ。嘘や隠しごとをしているようには見えない。
現当主ですら存在を知らないとなると、侵襲絡祓は一体誰が造り出したものなのだろうか。
「どうやら私は教育を誤ったようだ」
メルが思案している間に熾紋は口論を切り上げ、冷たい瞳を燎火に向ける。
「私の娘がよもやこれほど祓道師としての誇りに乏しい親不孝者に育つとは」
「誇りを失っているのはどちらですか……!」
「これ以上の会話は時間の無駄だ」
熾紋はそう言って、首元からネックレスを引っ張り出した。
「どれだけ不出来でも私の娘だ、命までは奪いはしない。忌まわしき特殊怪異を始末した後で、もう1度祓道師としての教育を施すとしよう。今度は天地が翻っても幾世守家に楯突くことの無いよう、徹底的に。そこで寝ている灼耶の娘も一緒にな」
熾紋がペンダントトップを固く握りしめる。
「――祓器、召喚」
その言葉と共にペンダントトップから白い光が溢れ出し、熾紋の目の前の空中に集まっていく。
程なくして集まった光は、白い刀身を持つ日本刀を形作った。
宙に浮かぶその刀の柄を熾紋が手に取る。
「残念ですけど、幾世守さんへの再教育は無理ですよ」
メルは包丁の切っ先を熾紋に向ける。
「だってメルが今日、あなたをボコボコのボコにしますから」
「……思い上がりがその身を滅ぼす。自らの愚かさを、死を以て思い知るといい」
熾紋もメルに向かって祓器を構えた。
ここ数日誤字の報告を沢山いただきまして、とてもありがたいのですが、自分の誤字の多さに軽く絶望しております
次回は明日更新します




