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桜庭メルの心霊スポット探訪番外編:幾世守家 三

 「……何ですか、これ?」


 メルは首を傾げる。

 目の前にいるのはSFチックなヒューマノイドだが、その外装はありがちな金属や樹脂ではない。そのヒューマノイドの外装は、何らかの木材で構成されているように見えた。


 「『絡祓(からふつ)』……」


 木製ヒューマノイドを一目見て、燎火がぽつりと呟く。


 「からふつ?って何ですか?」

 「絡繰祓道師(からくりふつどうし)、通称絡祓です。簡単に言うと、祓道を使うことのできるアンドロイドのようなものです」

 「なんですかそれ、オーバーテクノロジー過ぎませんか!?」


 これまでメルが目の当たりにした幾世守家の超常的な技術は、祓道というどちらかというと魔術寄りの超常だった。

 しかし目の前の自立二足歩行する木製ヒューマノイドは、明らかに科学寄りの超常的な技術のように見える。


 「メル、幾世守家は魔術の人達なんだと思ってました……でも科学の人達だったんですね……」

 「桜庭さん気を付けてください!絡祓は幽山の防衛機構の1つです!」

 「侵入者、発見。侵入者、発見」


 燎火の警告と同時に、絡祓の頭部からけたたましいアラートが鳴り始める。

 更に絡祓は右手の親指と人差し指で輪を作り、それをメルへと向けた。


 「『火鼬』」


 合成音声で絡祓がそう唱えると同時に、指の輪から拳大の炎の塊が放たれる。


 「わっ!?」


 木製の絡祓から炎が放たれるという現象に驚きつつ、メルは『火鼬』を回避する。


 「お人形なのに祓道が使えるんですね……」


 絡繰祓道師の名は伊達ではないようだ。


 「メルちゃんに何するの!?」


 メルへの攻撃に激昂した煌羅が絡祓に突撃し、右手の『亀骨』を振り下ろす。

 祓器の能力によって強化された身体能力で振り下ろされた手斧は、絡祓のボディをさながら薪のように真っ二つに叩き割った。


 「わ~、結構脆いんですね絡祓って」

 「いや……あれは煌羅が馬鹿力なだけですね……」

 「メルちゃ~ん!やったよ~!」


 フリスビーを取ってきた犬のように自分の成果をアピールする煌羅。


 「そう言えば幾世守さん、祓道師は人手不足みたいなこと言ってましたよね?」

 「はい?言ったかもしれませんが、それがどうかしましたか?」

 「あの絡祓っていうのを使えば解消できたりしないんですか?」


 人手不足を機械で補うというのはよくある話だ。絡祓の存在を知ったことで、祓道師も機械化の波に乗れないものかと思うメルだったが、


 「それがそうもいかないのです」


 燎火は首を横に振った。


 「絡祓は決められた範囲の中でしか稼働できず、『侵入者を排除する』のような単純な命令しかこなせません。絡祓を動かすための設定にもかなり時間がかかりますから、幽山の外で絡祓を運用するのは現実的ではないのです」

 「上手くはいかないものですね~……っ!?」


 その時、メルの耳に再び絡祓が向かってくる音が聞こえてきた。

 しかも今回は1体だけではなく複数、少なく見積もっても10体は越えている。


 「幾世守さん煌羅さん、また絡祓が来ます!数は多分10以上!」

 「っ、そうでした、先程のアラートは他の絡祓を呼び寄せる合図です!直にこの山に配備された全ての絡祓がここにやってきます!」

 「じゃあマズいじゃないですか!?」


 メルは右脚のホルダーから包丁を取り出し、煌羅は『亀骨』を構える。燎火も右手の人差し指と中指を揃え、祓道の発動体勢に入った。


 「侵入者、発見」「侵入者、発見」「侵入者、発見」


 次の瞬間、メル達の周囲から一斉に10体を超える絡祓が飛び出してきた。


 「『青鷺』!」

 「あはっ!」


 燎火が祓道で、煌羅が『亀骨』で、それぞれ目の前の絡祓を破壊する。


 「てやあああっ!」


 その間にメルは大旋回しながら全方向に攻撃を放ち、残りの絡祓を一気に全て打ち砕いた。


 「きゃ~!メルちゃん強~い!」

 「……え、今のどうやったんですか……?」


 煌羅は手を叩いてはしゃぎ、燎火はメルの人間離れした動きに冷や汗を流す。

 しかしメルはそのどちらにも反応する余裕がなかった。


 「まだ来ます!さっきよりもたくさん!」


 メルがそう叫ぶのと同時に、またしても周囲から絡祓が飛び出してきた。


 「侵入者、発見」「侵入者、発見」「侵入者、発見」「侵入者、発見」「侵入者、発見」「侵入者、発見」「侵入者、発見」


 今度の数は先程の倍以上だ。


 「くっ……」


 メルは手近な絡祓を数体まとめて蹴散らすが、数が多すぎて一気に全滅とまではいかない。

 燎火と煌羅もそれぞれ祓道と『亀骨』で戦っているが、2人はメルと違って1体ずつしか絡祓を処理できない。


 「煌羅さん危ない!」


 1体の絡祓が煌羅の死角から『火鼬』を放つのを目にしたメルは、咄嗟に煌羅を抱き寄せる。


 「あ、ありがと……」

 「お気になさらずっ!」


 煌羅を攻撃した絡祓をメルが破壊する。

 だが残りが5体になったところで、周囲からまた20体を超える絡祓が出現した。


 「まだ出てくるのですか!?」


 燎火が悲鳴を上げる。

 まだ敵を全て処理できていなかったところに、更に現れた援軍だ。必然、メル達は徐々に不利へと追い込まれていく。

 しかもメルの耳には、ここへ駆けつける途中の更なる援軍の足音までもが聞こえていた。


 「幾世守さん、絡祓はこの山に全部で何体いるんですか!?」

 「わ、分かりません。ですが、これ程の数がいたとは……」

 「りょ、燎火ちゃん、これちょっとヤバいんじゃない……!?」


 燎火と煌羅の口から弱音が零れる。メルも口には出さなかったが、敵の数に辟易し始めていた。

 絡祓を破壊する側から新たな絡祓が現れ、周囲の敵の数は減ることが無い。それどころか倒す数以上に現れる数の方が多く、時間が経つ毎に徐々に絡祓の数が増えていく。


 「きゃあっ!」

 「幾世守さん!?」


 次第に増していく敵の数に対応しきれず、とうとう燎火の右脚に絡祓の放った『火鼬』が命中してしまう。


 「だ、大丈夫です……っ」


 強がって見せる燎火だが、焼け焦げた右脚はもう動きそうにない。


 「ま、まだ祓道を使うことはできます……!」


 脂汗を浮かべながら『青鷺』を放つ燎火だが、怪我のせいで狙いが逸れてしまった。

 そんな燎火に対して、絡祓は次々と炎の塊を放つ。


 「無茶しないでください!」


 メルは燎火の腕を引き寄せ、燎火は間一髪で『火鼬』から逃れた。


 「煌羅さん!燎火さんの周りを固めましょう!」

 「うん、分かった!」


 メルと煌羅は燎火を挟んで立つようなポジションに移動し、互いに燎火を背中で庇う。

 その立ち位置から動かずに、メルと煌羅が迫り来る絡祓を打ち砕く。燎火もいくらか冷静さを取り戻し、祓道を放って援護する余裕ができた。


 しかし機動力を削がれたことで、形勢は一気にメル達の不利へと傾いた。

 特に少し離れた場所からチクチクと『火鼬』を放ってくる絡祓に対しては、燎火の祓道しか打つ手が無くなってしまった。


 「ごめんなさい、私のせいで……」


 自分のせいで劣勢へと追い込まれてしまったことに、燎火が表情を曇らせる。


 「幾世守さんのせいじゃないです」


 メルはそう言うが、自責の念に駆られる燎火には気休めにもならない。


 「あつ、っ……!」


 煌羅の口から小さく悲鳴が漏れる。『火鼬』が僅かに頬を掠めたのだ。

 燎火を庇ってさえいなければ、煌羅には簡単に避けられるような攻撃だった。実際にどうだったかはともかく、燎火にはそう感じられた。

 自分が足を引っ張っている現状に燎火は口を結び、やがてとある考えを口にした。


 「……『礫火天狗』を使用します」

 「えっ!?」


 その言葉にメルは驚いて振り返る。

 『礫火天狗』。燎火が使用できる中で最も上位の祓道であり、無数の炎を拡散する広域殲滅が可能な祓道だ。


 「あれから私も練習しました。『白魚』があれば『礫火天狗』の発動はほぼ確実に成功します」

 「でも……あの技使ったら、幾世守さん動けなくなっちゃうじゃないですか」


 『礫火天狗』は絶大な威力を誇るために燎火の消耗も激しい。以前燎火が『礫火天狗』を使用した時は、しばらく立ち上がることすらできないほどに消耗してしまった。

 今や完全な敵地と化したこの幽山で、立ち上がれないほどの消耗は致命的だ。


 「この足ではどちらにせよもう動けません。それならせめて『礫火天狗』で桜庭さんと煌羅さんの道を開きます」

 「ちょっと燎火ちゃん何言ってるの!?」

 「私が『礫火天狗』を使ったら、2人は私を置いて走ってください。道案内は煌羅さんがいれば充分です」

 「幾世守さん……」

 「『礫火天狗』!」


 燎火が右手の人差し指と小指を立て、空に向かって高々とそれを掲げる。

 すると燎火の頭上に火が熾り、回転しながら超高密度の炎の塊へと成長した。


 「桜庭さんも煌羅さんも……私から離れないでくださいね……巻き込まれますから……」


 冷や汗を流しながら荒れ狂う炎の塊を制御する燎火。ほぼ確実に成功するという宣言の通り、炎が暴発する様子はない。


 「ああああああっ!!」


 凄まじい気迫と共に、燎火が『礫火天狗』を解放する。

 超高密度の炎の塊が無数の火球へと分裂し、燎火の周囲半径2mの空間を除いた全てに降り注ぐ。

 火球の1つ1つが絡祓を破壊するには過剰なほどの威力を有しており、50を超える絡祓が次々と粉砕されて瓦礫と化していく。


 「相変わらずすごい威力ですね……」


 災害の如き威力を目の当たりにして、メルは頬を引き攣らせながら呟いた。


 「2人とも今です!行ってください!」


 周囲の絡祓が一掃されたところで燎火が叫ぶ。今は周囲に敵影は無いが、いつまた援軍の絡祓がやってくるか分からない。


 「行ってください、じゃありませんよ」


 地面にへたり込む燎火を、メルが米俵のように肩に担ぎ上げる。


 「幾世守さんも行くんですよ」

 「え、ちょ、ちょっと!」

 「行きましょう煌羅さん」

 「うん、メルちゃん!」


 メルと煌羅は未だに炎が燃え盛る中走り出す。


 「桜庭さん、私は置いていってください!」

 「えっ、イヤですよ」

 「私はもう役に立ちません!」

 「役に立つとか立たないとかじゃないですよ。こんなところに置いて行って死なれたら、寝覚めが悪いじゃないですか」

 「っ……」


 有無を言わさぬ口調で、メルは燎火の反論をシャットアウトする。


 「だから燎火さんも絶対連れて行きます。一応言っておきますけど暴れたりしないでくださいよ?」

 「は、はい……」

 「きゃ~!メルちゃんカッコいい~!」


 アイドルを前にしたファンのような嬌声を上げる煌羅。


 「燎火ちゃんい~な~、私も怪我してメルちゃんに抱っこされてみたいな~」

 「少なくとも今はちょっと無理ですね……2人も持ったら走るのが遅くなっちゃいます」

 「というか今の私は抱っこされているというのでしょうか……?」


 少なくとも荷物を運ぶように担がれている現状は、燎火が「抱っこ」と聞いて想像するシチュエーションからはかけ離れていた。


 そうしてメルが燎火を担いだまま走ること数分。

 その間何度か絡祓の襲撃があったが、先程のように複数体がまとめて現れることは無く、1体ずつの散発的な襲撃だった。その為片手が塞がっているメルが相手をせずとも、煌羅だけで充分対処ができていた。


 「煌羅さん、また前の方から1体絡祓が来てます。お願いします」

 「うん、任せて!」


 メルの要請を受け、煌羅がメルと燎火を庇うように進み出る。

 一拍遅れて、メルが探知していた絡祓が姿を現した。


 「何、あれ……?」


 その絡祓を一目見た瞬間、煌羅は慄くように後退る。

 それはこれまでにメル達が相対した絡祓とは全くの別物だった。


 「人間、なの……?」


 煌羅が呟いたように、その絡祓はかなり人間に近い姿をしている。肘などの関節部分が絡祓と同じようなジョイントになっていなければ、人間だと勘違いしていただろう。


 「いいえ煌羅さん、違います」


 メルの肩の上で燎火が息を呑む。


 「あれは恐らく、『侵襲絡祓(しんしゅうからふつ)』……祓道師を素体として造られた絡祓です」

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ありがとうございます

次回は明日更新します

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