第18回桜庭メルの心霊スポット探訪:滅三川 後編
「これは……宝石ですか?」
メルは見るからに頑丈そうなケースに入れられた、くすんだ輝きを放つビー玉サイズの赤い石に目を留めた。
値札を見るとお値段なんと377万円。とても買えたものではないが、それでもこれがどんな代物なのかは気になる。
「それは龍石って言ってね。自然に存在する霊力が集まって固まったもんさね。飲めばどんな病気もたちどころに治るって言われてるから高い値が付くんだ」
「宝石じゃなくてお薬ってことですか?」
「そういうことになるかねぇ。まあ病気が治るなんてのは迷信で、実際龍石なんて飲んだら体のあっちこっちから血を噴き出して死んじまうんだがねぇ。ひゃっひゃっひゃっ」
「ひえぇ~……」
高価な上にその効用は迷信、服用したら死に至る。何とも恐ろしい薬である。
と、ここまで未知の商品ばかり見てきたメルだったが、ようやく見覚えのある商品名を発見することができた。
「あっ!これって確かお酒ですよね?」
メルは青色の酒瓶を手に取った。ラベルには「鬼ころし」の文字が印字されている。
「おや、よく知ってるねぇ」
「はい。お正月の集まりで親戚の人が飲んでました」
「そうかいそうかい。ただそれはただの鬼ころしじゃなくてねぇ、1口飲ませりゃどんな鬼でもたちまち殺せちまう猛毒なのさ。まさに神便鬼毒酒さねぇ」
「しんべ……?何ですか?」
「ちなみに人間が飲んでも普通に死ぬさね」
「じゃあダメじゃないですか」
メルは即座に酒瓶を棚に戻した。飲んだら死ぬ酒など買っても仕方が無いし、そもそもの話メルは酒を飲めない。
ちなみに鬼ころしのお値段は3万3000円だった。
鬼ころしを始めとする酒類が陳列された棚の隣には、おつまみになりそうな塩味の強い駄菓子が並んでいた。それらの駄菓子の内の1つ、ドライソーセージを手に取る。
「『しにくカルパス』……?これ何ですか?」
「ああ、それはいいもんだよ。食べてって食べてって、最後に1欠片だけ残しておくだろう?するとその欠片がどんどん大きくなってって、最後には元のカルパスの大きさまで戻るんだ。つまり全部食べ切らない限り無限に食えるカルパスってこったねぇ」
「え~、すごいですね!どういう仕組みなんですか?」
「あたしも詳しい仕組みは知らんけどね、そのカルパスは神様の肉を材料に作られてるんだと。だから無くならないんさね」
「神様のお肉ですか?すご~い」
「ただ1つ問題があってねぇ……」
老婆が深刻そうな表情で一旦言葉を切る。
一体このしにくカルパスがどんな問題を抱えているのかと、メルは息を呑んで老婆の言葉を待つ。
そして10秒ほどたっぷり間を空けてから、再び口を開いた。
「……あんまり美味しくないんさね」
「あ~」
『そんだけかい』『なんだよ』
勿体ぶった割には些末な問題だが、メルは「味は大事ですよね~」と頷いていた。
「でも無限に食べられる食べ物ってすごくいいですよね、災害の時とかにも役に立ちますし。これおいくらですか?」
「1200円さね」
「え~!?やす~い!」
これがただのカルパスなら1200円は割高だが、無限に食べられるカルパスとしては破格も破格だ。
「これください!」
「はいよ~」
メルはしにくカルパスを勘定台に持っていき、老婆に1200円を支払う。
袋の類は持ってきていなかったので、メルはカルパスをポケットに仕舞った。
「そうだ、お嬢ちゃん呪物持ってるだろう?」
「えっ、どうして分かるんですか!?」
今日もメルは右太もものホルダーに呪いの包丁を忍ばせている。だが今日はまだ1回も包丁を抜いてはいなかった。
にもかかわらず包丁の存在を老婆に言い当てられ、メルは驚きを露わにする。
「ひゃっひゃっひゃっ。あたしの目は特殊でね、呪いを色で見ることができるんだ」
「え~、そうなんですか、すご~い」
メルが「桜の瞳」によって幽霊・怪異・神格・祟り神を色で見分けることができるが、老婆の場合は呪いの存在を色で知覚することができるらしい。
それはそれで便利そうな能力だとメルは思った。
「どれ、少し見せてみてくれんかねぇ」
「えっ、それは……」
何度か包丁を奪われそうになった経験のあるメルは、包丁を他人の手に渡すことに抵抗があった。
するとそんなメルの反応を見た老婆が愉快そうに笑う。
「別にあんたから呪物を奪おうって訳じゃないさ。あたしゃこんな商売やってるもんだから呪物が好きでねぇ、見たことの無い呪物は一目見たくなる性分なんさね」
「そうなんですか……?」
「見せてくれたらしにくカルパスもう1本あげよう」
「う~ん……ちゃんと返してくださいね?」
メルは悩んだ挙句、包丁を取り出して老婆に渡した。2本目のしにくカルパスが魅力的だったのもあるが、老婆がメルから包丁を奪おうとしているようには見えなかったからだ。
「ほぅほぅほぅ!」
どこかから取り出した黒い手袋をはめ、メルから包丁を受け取る。その途端、老婆は爛々と目を輝かせた。
「これほど強い呪いを湛えた物品を見るのは久し振り……いや、初めてかもしれん!これは……そうか、殺した相手から呪いを吸収する性質があるのか!それにしてもこれだけの呪い……お嬢ちゃん、この包丁で何人殺した?」
「何人って……メルは人を殺したことなんて無いですよ」
「そうかい?そりゃ悪かったね。なら怪異は何体殺したんだい?これだけ強い呪いだ、下手したら祟り神だって殺したことはあるだろう?」
「全部で何体かはちょっと数えきれないですけど……祟り神は4です」
包丁を見ただけでそこまで分かるのか、と驚きつつ、メルは老婆の質問に素直に答える。
「4体もかい!?1体殺すだけでも何百人犠牲になるとも知れない祟り神を、4体も……お嬢ちゃん只者じゃあないねぇ」
「そ、そうですか~?えへへ」
「4体もの祟り神の祟りを吸収したら、そりゃあこれだけ強力な呪いにもなるさねぇ……はぁ、いいもんを見させてもらったよ」
ひとしきり包丁を色々な角度から眺めて満足したのか、老婆から包丁が返却される。
「それじゃあこれがお礼のしにくカルパスと、あとそれからこれもサービスでお嬢ちゃんにあげよう」
老婆は事前に約束していたしにくカルパスともう1つ、玩具の鉄砲を勘定台の上に並べた。
「これ、何ですか?」
「これは銀玉鉄砲……って言っても、お嬢ちゃんには分からないかねぇ。まあ要するに小さい子供向けの鉄砲の玩具さ。新聞紙1枚も貫通できないような弱い鉄砲さね」
「へ~……でもなんでこれをメルに?」
メルは首を傾げた。老婆の好意はありがたいが、メルに銀玉鉄砲を譲ろうと思った理由が分からない。
人間は外見で判断できないとはいえ、メルはどこからどう見ても玩具の鉄砲で喜ぶようなタイプには見えない。
「まあまあ、話は最後まで聞きな。その鉄砲はただの鉄砲じゃない、呪いの鉄砲なんさね」
「呪いの鉄砲?」
「ああ。その鉄砲を人に向けて引き金を引くだろ?すると弾が入っていなくとも、相手の体に鉄砲で撃たれたような穴が開くんさね。証拠も残らんで人を殺せる優れもんだよ」
「わ~物騒~」
警察に捕まらず人を殺すことに特化したような呪物だ。物騒以外に言いようがない。
「お嬢ちゃんはきっとこれからも怪異やら何やらと戦うことになるだろう。そん時にゃきっとこいつが役立つこともあるだろうさ」
「それでこれをメルに?わ~、ありがとうございます~!」
老婆は別にメルが鉄砲を好きそうだと思った訳ではなく、メルの役に立つと考えて呪いの鉄砲を譲ってくれるつもりらしい。
そういうことなら、とメルはありがたく老婆から鉄砲を受け取った。
「それとさっきちらっと言ったかもしれないけどねぇ、その包丁は殺した相手から呪いを吸収する性質があるみたいだよ」
「お婆さん、そういうことも分かるんですね?」
「まあ年の劫さね。ただ呪いを吸収するって言っても無尽蔵に吸える訳じゃない、いずれは限界が来るさね。その包丁を使い続ければ、その内吸いきれなくなった呪いが溢れ出すかもしれないから、それだけは気を付けることさね」
「……分かりました、気を付けます」
メルは神妙な顔で頷いた。
2本目のしにくカルパスと呪いの鉄砲もポケットに仕舞ったところで、メルはそろそろお暇することにした。
「それじゃあメル、そろそろ帰りますね。今日はありがとうございました」
「こちらこそいいもん見せてくれてありがとねぇ。また来れたらまた来な」
「はい、また来れたら。ちなみになんですけど、ここって帰る時は普通に帰れるんですか?」
どういう理屈かは分からないが、この店は時間や天候によって来られる時と来られない時があるらしい。そうなると必然的に、帰る時のことも心配になってくる。
しかしメルの懸念を、老婆は右手をひらひら振って否定した。
「ああ、心配ないよ。店を出て適当に歩いてりゃ元居た場所に戻れるからね」
「え~、便利ですね」
それを聞いて安心したメルは、最後にもう1度老婆に頭を下げて店を出る。
そして言われた通り適当に歩いていると、気が付けばメルは路地に入る前の公園に立っていた。
「わ、ホントに戻って来れた」
『マジ?』『すげぇ』『いつの間に!?』
「え~、どこ通って戻ってきたんでしょう?帰りはあの狭い道とか通ってないですもんね?」
店に行く前に最初に通った、メルが体を横にしてギリギリ通ることのできる狭い路地。
メルは公園を出て、狭い路地があった場所を見に行った。
「あれっ!?無くなってる!」
しかしそこに路地は無かった。まるであの路地は幻だったかのように、路地があった形跡すら見当たらない。
「えっ、皆さんここでしたよね?あの細い道があったのって」
『多分?』『覚えてない』『そこだったと思うよ』
「え~……不思議~……」
狐につままれたような気持ちのまま、メルは公園へと戻ってくる。
「なんで道が無くなってたんでしょう……とりあえず、しにくカルパス食べてみますね」
『なんでだよ』『草』『話題が急カーブ過ぎる』
メルは首を傾げながら公園のベンチに腰を下ろし、ポケットからしにくカルパスを1本取り出した。
ペリペリとカルパスのパッケージを剥き、食べる前に黒マスクを顎まで下ろした。
「それじゃあ食べてみます。いただきま~す」
『おっマスク下ろした』『メルちゃん可愛い!!』『顔は可愛いんだよなコイツ……』
「あむっ」
メルはカルパスを小さく1口齧り、もむもむと口を動かす。
20回ほど咀嚼してから、メルはゆっくりと首を傾げた。
「……びみょ~」
『草』『微妙なんかい』『まああんまり美味しくないって言ってたもんな』
店主の老婆が言っていた通り、しにくカルパスの味はあまり良くなかった。
「でも全然マズくないです。1200円でこれが無限に食べられるなら全然アリです。皆さんも是非買ってみてください!」
『買えねーよ』『あの店どこにあんだよ』
「じゃあそろそろ配信も終わりにしましょうか」
メルは1口齧ったカルパスを仕舞い、立ち上がってスカートを整えてからカメラに向き直った。
「皆さんいかがだったでしょうか、第17回桜庭メルの心霊スポット探訪!今回は視聴者さんの思い出の駄菓子屋さんを探すということで、無事に見つけることができました~……まあ、その視聴者さんにはちょっと見せられない内容だったかもしれませんけど」
『ウ〇コ食わされたことが知られちゃうもんな』『だからあれウ〇コじゃねーって』
「ちょっとぉ!メルの配信のコメント欄に下品なこと書き込むのは禁止です!」
『おっ学級委員長メルだ』『レアキャラだ』
「んんっ!ということで、今回の配信は見事成功ということで!それじゃあ皆さん、次回の第19回心霊スポット探訪でお会いしましょ~、バイバ~イ」
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次回は明日更新します




