第17回桜庭メルの心霊スポット探訪:御香暮湖 前編
「皆さんこんにちは、心霊系ストリーマーの桜庭メルで~す」
太陽が真上に輝く日中、メルの配信はスタートした。
『メルちゃん!?』『えっ、もう配信して大丈夫なの!?』『もう治ってる!?』
騒然とするコメント欄。視聴者達が何に驚いているのかというと、メルが完全な健康体で配信を開始したことだ。
「え~っと、前回の配信では皆さんに心配をおかけしちゃったと思うんですけど……この通り!元気になりましたので!」
『治るの早すぎない?』『元気なのは嬉しいけど回復速度が人間のそれじゃないだろ』
「なんかね、思ってたより早く治りました」
『無いだろそんなこと』
前回の配信、メルは緋狒神という祟り神と戦い、過去に類を見ないほどの重傷を負った。全身の至る所に打撲や裂傷を負い、左腕に至っては骨折しているのが素人目にも明らかだった。
にもかかわらず、それらの怪我は今のメルには一切見当たらない。プラナリアの如き再生能力だ。
「という訳で桜庭メルの心霊スポット探訪、今日は第17回をやっていこうと思うんですけど……皆さん、『オコッシー』って知ってますか?」
『オコッシー?』『聞いたことない』
「オコッシーというのはですね、御香暮湖という湖で目撃情報のある未確認生物なんです。後ろにあるこの湖が御香暮湖なんですけど」
カメラ係のサクラがメルの背後に広がる湖を映す。
「この湖のどこかに、オコッシーっていう巨大水生生物が住んでるっていう噂なんです」
『ネス湖のネッシーみたいなこと?』
「そうですそうです、ネッシーのジェネリックです」
『ジェネリック言うな』
「オコッシーは何枚か写真も撮られててですね、メルちょっと今日オコッシーの写真をプリントアウトしてきたんです」
メルがポケットから、恒例となりつつある四つ折りのA4コピー用紙を取り出した。
「これなんですけど、分かりますかね?」
『白黒かい』『分かりづらっ』『画質ガビガビやんけ』
はっきり言って、メルの持ってきた写真は分かりづらいことこの上なかった。水面らしき場所にぼんやりと黒い影が映っているように見えるが、画質が悪くそれすらも定かではない。
「やっぱりこれ見づらいですよね~……これでもメルが見つけた中で1番分かりやすいオコッシーの写真をプリントしてきたんですけど」
『これで1番分かりやすかったの?』『他どんだけ酷いんだよ』
「ただオコッシー、写真はひどいのばっかりですけど目撃証言は多くてですね。地元では町おこしにも使われてたりするんですよ。だから今日の配信では、このオコッシーを探してみようと思ってます!」
バン!とオコッシーの写真をカメラに突き出すメル。
『探すってどうやって?』『湖入るの?』『おっ水着回か?』
「水着回な訳ないじゃないですか~、御香暮湖は泳げないですし」
『じゃあどうやって探すの?』
「それはですね~……」
数秒の沈黙。
『えっ考えてないの!?』
「ご名答」
『ご名答じゃねーよバカ』
オコッシーを探すにあたって、メルは特に何の作戦も考えて来なかった。ぶっつけ本番、行き当たりばったりである。
「とりあえず湖の周りグルグル回ってみようと思います。それで見つからなかったら、またその時に何か作戦考えましょう」
『なんでとりあえず無策なんだよ』『作戦考え始めるの遅すぎるだろ』
「それじゃあ早速オコッシー探し、行ってみましょう!」
視聴者からのツッコミを全て無視して、メルは御香暮湖のほとりの遊歩道を歩き始める。
御香暮湖の外周はおそよ20km。のんびり歩いていたら何時間もかかってしまいかねないので、メルは気持ち早足で歩く。
「ん~!空気が美味しいですね~」
鼻から胸いっぱいに空気を吸い込み、ご満悦の表情を浮かべるメル。
「この御香暮湖はですね、いい香りがすることで有名なんですよ。湖の周りの森から、なんかこう……フィトンチッド?の……働き?が……どうとかこうとかで……」
『あやふや過ぎるだろ』『よくそんな曖昧な知識披露しようと思ったな』
「あまりにもいい香りがするんで、湖に来た人は夢中になっちゃって、気が付いたら日が暮れちゃうって言われてるんです。観光地にもなってて、こんな風に御香暮湖の香りの香水なんてのも売ってたりするんですよ」
メルはポケットから、御香暮湖の写真がプリントされた小箱を取り出す。それは配信を始める前にメルが近くの土産物店で購入した、御香暮湖名物の香水だ。
『観光地の割には人いなくない?』
「……まあ、確かにそうですね」
視聴者からの辛辣なコメントに、メルは苦笑する。
指摘にある通り、湖の近くにはメル以外に人の姿は見当たらない。観光地としては寂しい光景だ。
「その、なんていうか……昔はね、もっと観光客も多かったみたいなんですけど、最近あんまり振るわないみたいで……」
『なんで?』
「流石に『いい匂いがする』の一本鎗だけで勝負し続けるのは厳しいみたいです……」
『あ~』『そりゃそうだ』
「でも地域の人達も頑張ってるんですよ!香水に代わる名物を作ろうって色々考えてるみたいで、その中でも今1番アツいのがオコッシーなんです!」
『ああ、そこで繋がってくるのね』
「皆さんこれ見てください、これも香水と一緒にさっき買ったんですけど」
そう言ってメルが取り出したのは、デフォルメされた首長竜のようなキャラクターが付いたキーホルダーだった。
「じゃん!オコッシーキーホルダーです!可愛いですよね~」
『オコッシーってそんな首長竜みたいな感じなの?』
「あっ、このオコッシーは100%イメージ図だそうです。今のところ分かってるオコッシーの見た目ってこれですから」
メルは冒頭で見せた写真をもう1度カメラに向ける。映っているのはぼんやりとした黒い影で、具体的なビジュアルは全く分からない。
この黒い影からメルが買ったキーホルダーのようなグッズを作ったというのだから、大した想像力である。
「他にも色々ありましたよ、オコッシーグッズ。オコッシーまんじゅうとかオコッシー人形焼きとかオコッシー大判焼きとか」
『なんでそんなアンコものばっかりなんだよ』『偏りがすごいな』
「メルはオコッシーアンコクッキーを買いました」
『そこは普通にクッキーとかでいいだろ!』『是が非でもアンコじゃん』『もうアンコを名物にしろよ』
視聴者と雑談をしながらせっせと足を動かし、湖の外周のおよそ四分の一を踏破したメル。
するとそこで湖に異変が生じた。
「あれ?」
メルは首を傾げながら欄干から身を乗り出し、湖面を覗き込む。
「なんか……波が出てきてます?」
『ほんとだ』『湖で波?』
静かだったはずの湖面に、いつの間にか小さな波が生じていた。
大きな湖であれば波が見られることもあるが、御香暮湖は目に見える波が生じるほど大きな湖ではない。そもそもさっきまで無かった波が突然発生するというのも奇妙な現象だ。
『風が強くなったとか?』
「う~ん、そんな感じはしないんですけどね~……」
メルは黒マスクの下に右手を這わせ、人差し指を舐めて唾液で湿らせた。
そしてその指を立てて風向きを探るも、やはり風は感じ取れない。
「やっぱり風は吹いてないっぽいです。じゃあこの波は何なんでしょう……」
波の原因が気にかかり、メルはしばらく湖面を観察する。
海で見られる一般的な波とは違い、今御香暮湖で発生している波はかなり不規則な動きをしていた。
「なんか……湖の中で動いてます?」
『何か魚影でも見えた?』
「いえ、そういうのは見えてないんですけど……なんていうか、メルがお風呂の中で動いた時とおんなじような波の感じな気がするんですよね」
御香暮湖に発生している波は、月の引力や風によって起こされたものではなく、水中で生物が動くことで発生しているもののようにメルには思えた。
そして仮にメルの予想が正しいとすると、この御香暮湖には身動きで湖に波を発生させるほど巨大な生物が潜んでいるということになる。
「これはちょっと本当に、オコッシーいるんじゃないですか?」
『マジで?』『見つけたら懸賞金とかもらえるんじゃないの?』
「そんなツチノコみたいなシステムは無いと思いますけど、見つけられたら嬉しいですね~」
メルが視聴者と会話をしている間にも、波は徐々に大きくなっている。それは湖に潜む巨大生物が浮上してきているようにメルには見えた。
「来るんじゃないですか?これ来るんじゃないですか!?」
『マジ?』『来る?』
波はどんどん激しくなり、メルの全身に水飛沫がかかる。
顔に着いた水を拭おうとメルがハンカチを取り出したその時、けたたましい水音と共に10mを超える高さの巨大な水柱が立った。
「きゃあああっ!?」
大きな水音と降り注ぐ大量の水に、メルは甲高い悲鳴を上げる。
全身びしょ濡れになったメルが空を見上げると、そこでは巨大な魚影が太陽の光を遮っていた。
「おっ……きい……」
『でけええええ!?』『何だアレ!?』『気持ち悪くなるくらいデカいな』
規格外の大きさの魚影に、度肝を抜かれるメルと視聴者達。
「あれは、クジラ……いや、モササウルスですかね?」
その巨大さと魚のようなフォルムから、まず最初にシロナガスクジラを連想したメル。しかし前後に左右1枚ずつ計4枚備わったヒレ足や鱗に覆われた胴体は、クジラというよりむしろ絶滅した巨大水生爬虫類のモササウルスの復元図に似ていた。
モササウルスはどういう原理か、重力に引かれて落下することなく、さながら飛行船のように空中に浮かんでいる。
メルは宙に浮かぶモササウルスを、「桜の瞳」を通して観察する。するとモササウルスの巨体は、黄金色の光で縁取られて見えた。
「金色……!?」
「桜の瞳」に見える黄金色の光は神格の光。つまりこのモササウルスが怪異などではなくれっきとした神格であることを意味する。
(メル、サクラさん以外の神様初めて見ました)
メルは脳内でサクラに話しかける。
(今までは怪異や祟り神ばかりだったものね。私も自分以外の神格に会うのは久し振りだわ)
(ちなみにお知り合いだったりします?)
(いいえ、知らない神格ね)
サクラと脳内会話をするメルを、モササウルスが大きな目玉でメルをギョロリと見下ろす。
「お前は……神か?人か?」
モササウルスの声は、ベテラン俳優のような渋い声だった。
『喋った!?』『まあ……喋るか』『猿とかも喋ってたもんな』
熟練の視聴者達は、モササウルスが人語を発するという状況にもすぐに適応した。
「えっと……メルに聞いてます、よね?」
「当り前だ。ここには俺とお前しかいないだろう」
「ですよね……なら、メルは人間ですけど……」
神か人か、というモササウルスの問いの真意がメルには今ひとつ掴めなかった。
「そうか。俺も人間だとは思っていたのだが、どうやらお前は神の霊力を持っているようだったからな」
「あっ、そういうことですか」
メルはサクラの霊力を宿している。その霊力がモササウルスを困惑させていたらしい。
「お前、名は何という」
「さ、桜庭メルです。あなたは……」
「八尋蛟神だ。ヤヒロとでも呼べ」
モササウルス改めヤヒロは、淡々とした口調でメルに尋ねる。
「メル。お前は俺を殺しに来たのか?」
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