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第16回桜庭メルの心霊スポット探訪:裏人形館 三

 「あっ、さ、桜庭メルです。こんにちは!」


 メルも慌てて名乗り返し、深く頭を下げる。

 そして頭を下げてから、メルは男性の名前に引っ掛かりを覚えた。


 「夢崎、って……まさか人形館を作った……?」

 「おや、私のことを知っているのか。その通り、私が人形館とこの裏人形館を作った、人形狂いの夢崎だ」

 「あっ、やっぱりここ裏人形館で合ってるんですね」


 夢崎氏の幽霊によって、この建物が正真正銘の裏人形館であることが改めて確認できた。


 「桜庭メルくん、だったかな?君にはお礼を言いたいんだ」

 「お礼?お礼を言われるようなことなんてメルは何も……」


 裏人形館に来てからメルがやったことと言えば、窓ガラスを割り、夢崎氏が収集した人形を破壊し、挙句の果てに不法侵入だ。感謝どころか、今すぐに警察を呼ばれても文句は言えない。

 しかし夢崎氏の表情には怒りの感情は無く、それどころかメルに優しい笑顔を向けている。


 「……少し、老人の昔話を聞いてくれるかな?」

 「あっ、はい」

 「君も知っているかもしれないが、私はとにかく人形が好きでね。金に物を言わせて、世界中から人形という人形を掻き集めたんだ。人形に囲まれた生活は幸せだったが、私が集めた人形の中には危険な代物も紛れていた。本来なら、それらの危険な人形は処分するべきなのだろう。私もそれは分かっていた。だが……」


 夢崎氏が顔を伏せる。


 「私には人形を処分するということがどうしてもできなかった。だから私は処分する代わりに危険な人形を遠ざけることにした。その為に建てたのがこの裏人形館だ。この裏人形館には私が独自に研究した呪術が施してあって、家主である私の許可を得ない限りこの家を見つけることすらできない仕組みになっている」

 「えっ、そうなんですか?」

 「ああ。ただ君の場合は、人形が誘い込んでしまったせいで例外的にここに来れたようだが」


 何度捜索されても見つけられなかった裏人形館を、メルがあっさり見つけられた理由がようやく分かった。メルが発見できたのは例の市松人形に誘き寄せられたからで、それまで発見されなかったのは呪術で隠されていたからだったのだ。


 「私はずっと後悔していたのだ。これだけ危険な人形を収集し、処分することなくこの世を去ったことを。幸いにも裏人形館を建ててから危険な人形が誰かに危害を加えることは無かったが、今まで起こらなかったことがこれからも起こらないとは限らない。それに私の呪術は永遠ではない。いつの日か裏人形館の封印は綻び、危険な人形達が解き放たれてしまうだろう。私はいつか来る破綻に怯えながら死に、死後も後悔の念からこの人形館に留まり続けていた。だが……」


 夢崎氏は顔を上げ、優しい瞳でメルを見つめた。


 「君が、私のできなかったことをやってくれた。私が残してしまった負の遺産を、君が葬ってくれた」

 「そっ、そんな。メルはそんな大したことをした訳じゃ……」

 「君にとっては大したことが無くとも、私にとっては大したことだ。君のおかげで、私はようやくこの世を去ることができる。本当にありがとう」

 「ど、どういたしまして?」


 夢崎氏の体が空気に溶けるように徐々に薄くなっていく。裏人形館という未練が解消されたことで、いわゆる成仏ができるようになったのだ。


 「最後に君にもう1つだけお願いがある。恩人である君にこの上更に頼み事をするのは忍びないのだが……」

 「いえいえ、何でも言ってください」


 器物損壊やら不法侵入やらで負い目があるメルは、一も二もなく頷いた。


 「この人形館に火を放ち、全てを燃やしてほしい。この裏人形館に未だ眠っている危険な人形達を、私の妄執と共に焼き尽くしてくれ」

 「えっ、と……それは……」


 まさかの放火のお願いに、メルは言葉を詰まらせた。家主直々の頼みとはいえ、この上放火にまで手を染めるのは躊躇われる。


 「もちろんタダでとは言わない」


 夢崎氏が右の掌を開くと、その上に見るからに高級そうなライターが出現した。


 「このライターはホワイトゴールド製で、ダイヤモンドで装飾を施した代物だ。下世話な話だが、数百万の価値がある」

 「数百万!?」


 メルの知っているライターは100円ショップに売っているようなものだけだったので、数百万円のライターには思わず目を剥いた。


 「このライターを君に譲ろう」


 夢崎氏は言外に、このライターで火を放てとメルに訴えていた。


 「で、でも……」

 「無理にとは言わない。君が危険な人形を破壊してくれただけでも、私にとってはこれを譲るに値することだ。だが気が向いたなら、どうか人形狂いをその狂気から解放すると思って、この家を燃やしてほしいんだ」


 そう言って夢崎氏はライターをメルの手に押し付ける。

 メルがライターを受け取ると、夢崎氏の体は目を凝らさなければ見えないほどにまで薄くなっていた。


 「本当に、ありがとう」


 最後にもう1度感謝を口にすると、夢崎氏の幽霊は消失した。


 「え、ええ~……」


 残されたメルは、手の中のライターを見て困惑する。


 「どっ、どうした方がいいと思います?皆さん……」

 『家主がやれって言うんだからやったらいいんじゃない?』『流石に放火は……』『嫌ならやらなくていいんじゃね、無理にとは言わないって言ってたし』


 視聴者の意見も割れていた。どちらかというとやるべきではないという意見の方が多い。


 「ん~……とりあえずまあ、一旦外出ますか」


 裏人形館に火を放つにせよ放たないにせよ、これ以上裏人形館自体に用はない。

 メルは書斎を出て階段を降り、入ってきた時とは違って今回はきちんと玄関から退出した。


 「ど~しよ~……ど~しよっかな~……」


 メルは外の広場から裏人形館を見上げ、手の中でライターを弄びながら頭を悩ませる。

 メルの率直な心情としては放火などやりたくない。しかし同時に夢崎氏の遺志を叶えてあげたいという気持ちもある。

 そして夢崎氏の想いを抜きにしても、このまま裏人形館に何もしないのはどうなのかという思いもあった。

 既に裏人形館の怪異は全滅しているが、裏人形館にはまだ曰く付きの人形が多数収容されている。それを放置したまま帰るのはいかがなものか。


 「裏人形館のお人形は処分した方がいいんでしょうけど、放火は……いっそのこと、火は使わないでメルが裏人形館を解体するとか?」

 『そんなことできんのかよ』『放火は嫌で自分の手で更地にするのはいいのかよ』

 「……まあ流石に素手で解体は冗談ですけど」

 『あながち冗談でもなさそう』

 「……あ~……決めました!火点けましょう!」


 熟考の末、メルは裏人形館に火を放つことを決意した。放火という行為への嫌悪感よりも、裏人形館を放置することの危険性を重く見たのだ。

 メルはライターの蓋を開き、口を結んで裏人形館へと近付いていく。

 そしてメルがライターに火を灯そうとしたところで、背後から木の葉が擦れるような物音が聞こえた。


 「っ、誰ですか!?」


 素早く背後を振り返るメル。するとそこには見覚えのある人物の姿があった。


 「あれ、幾世守さん?」

 「こんにちは、桜庭さん」


 銀色の長い髪に水色の瞳。両腕には物々しい純白のガントレット。

 そこにいたのは、祓道師の幾世守燎火だった。


 「幾世守さん、どうしてここに?」

 「今日はたまたま所用でこの辺りに来ていたのですが、桜庭さんが旧夢崎庭園で配信をしていると聞きまして。折角ですので立ち寄った次第です」

 「そんなたまたま家の近くまで来たから急に遊びに来た友達みたいに……」


 燎火はメルが持つ呪いの包丁を危険視し、これまでに2度回収を試みている。しかし2回ともメルに敗北したため失敗に終わっていた。

 今日この場に現れたのは、燎火にしてみれば3度目の正直という訳だ。


 「というか幾世守さん、どうしてここまで来れたんですか?この家には呪術?が仕掛けてあって、許可が無いと近付けないって家主の幽霊さんが言ってたんですけど」

 『家主の幽霊さんとかいうパワーワード』『普通は家主さんの幽霊だろ』

 「私達祓道師はその手の技術のエキスパートですから。素人が施した付け焼刃の呪術は私には効きません」

 「そういうものですか」


 メルにはその手の知識が無いため、専門家の燎火の言うことは鵜吞みにする他ない。


 「で、幾世守さんはメルを殺しにここに来たんですよね?」

 「……私としては桜庭さんの討伐は不本意ではあります。ですが桜庭さんの特殊怪異指定はまだ解除されていませんので」


 メルは燎火達祓道師から「特殊怪異指定」なるものを受け、怪異と同等の存在と見なされている。祓道師にとって、今のメルは討伐対象だ。


 「前の時は見逃したんですから、大人しくそこで諦めておけばよかったのに。まだメルを殺そうとするなら、今度は命の保証はありませんよ」

 「……元より覚悟の上です」


 燎火の頬を冷や汗が伝う。

 メルの強さは、燎火も身を以て知っている。そしてメルが本当に燎火の命の保証をするつもりが無いことも、燎火には伝わっているだろう。

 だがそれでもなお、燎火はメルに向かって戦闘の構えを取った。例え自分が命を落とす可能性があろうとも、必ずメルを討伐するという気概が感じられる。


 「……祓道師っていうのは大変ですね。誇りのために命まで懸けないといけないなんて」


 メルは呆れたように溜息を吐き、それから燎火に包丁の切っ先を向けた。

 今にも殺し合いが始まるかと思われたその時。


 「カロロロ……」


 空き缶がアスファルトの坂を転がり落ちるような音が聞こえてきた。

 メルと燎火はほぼ同時に音の聞こえた方向へを顔を向ける。両者共に険しい表情をしていた。


 「今の音って……」

 「ええ、祟り唄(たたりうた)です」

 「祟り唄?」

 「祟り神の特徴的な鳴き声を、祓道師はそう呼んでいます」


 メルも燎火も、今の音が祟り神の声であることを確信していた。


 「カロロロ……」


 燎火の言う祟り唄が再び聞こえる。

 音の出処はかなり近く、尚且つメル達の方へと急速に近付いていた。


 「桜庭さん、あそこ!」


 燎火が指差す方向にメルも視線を向ける。すると森の木々の向こう側に、大柄な人間のような影が見えた。


 「カロロロ……」


 影が木々の隙間を抜け、メル達の広場へと姿を現す。

 その姿を一目見た瞬間、メルは驚きのあまり大きく目を見開いた。


 「カロロロ……久し振りだな、桜庭メル」


 そう言って大きな口を歪めて笑うのは、全身が赤い毛皮に覆われた、ゲラダヒヒに似た猿の怪物。


 「緋狒神(ヒヒガミ)……?」


 前回の心霊スポット探訪でメルと死闘を繰り広げ、メルに討たれたはずの祟り神。

 緋狒神の姿がそこにあった。

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ありがとうございます

次回は明日更新します

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