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第16回桜庭メルの心霊スポット探訪:裏人形館 一

 「皆さんこんにちは、心霊系ストリーマーの桜庭メルで~す。今日は桜庭メルの心霊スポット探訪第16回、やっていこうと思いま~す」

 『今日は昼からか』『初めてリアタイできる』


 この日のメルの配信は、珍しく午前中からのスタートだった。


 「今日はですね、ネットで面白そうな都市伝説を見つけたので、それの検証をしてみようと思います!ところで皆さん、メルが今どこにいるか分かりますか?」


 メルの言葉に合わせて、カメラ係のサクラがメルの背後を映す。

 そこには色とりどりの薔薇が咲き誇っており、中々に美しい光景だった。離れた場所には洋館のような建物も見える。


 『分からない』『見たことない』『旧夢崎庭園?』

 「あっ、正解してる視聴者さんいらっしゃいますね。その通り、メルは今旧夢崎庭園という場所に来ています!正解した視聴者さんにはメルから投げキッスのプレゼントです!」

 『いらない』『思い上がるな』『ちょっと欲しい』

 「ん~……まっ!」

 『ヘタクソ』『幼稚園児のが上手い』『せめてマスク取れ』

 「……え~……っと……」

 『照れるならやるな』『何がしたいんだ』『ちょっとグッと来た』


 メルが思い付きで投げキッスなどしてしまったせいで、話が思いきり逸れてしまった。


 「これ元々何の話でしたっけ……あっそうだ、ここは旧夢崎庭園っていうところなんです。元々は夢崎さんっていうお金持ちの人のお家だったんですけど、夢崎さんが亡くなった後に公園になったんです。薔薇がキレイですよね~」

 『綺麗』『これ元々個人の敷地だったんか』『すっごい金持ち』

 「で、夢崎さんはとにかくお人形が大好きだったんですって。日本人形でもフランス人形でもマネキンでも、人の形をしてるものはもう手当たり次第に集めてて、集めたお人形を飾るためだけの離れまであったそうなんです。その離れが今後ろに見えてるあれなんですけど」


 メルが背後に見える洋館を手で示す。


 「あの建物、今は人形館になってるんです。夢崎さんが集めたお人形を無料で見学できるんですよ」

 『へー』『いいな』

 「……で、ここからが都市伝説なんですけど」


 人目を憚るように声を落とすメル。別に周りには誰もいないのだが。


 「夢崎産が集めたお人形の中には、曰く付きのものもいくつもあったそうなんです。髪が伸び続ける日本人形とか、夜になると歩き回るフランス人形とか。でも夢崎さんは、そういう曰く付きのお人形でも、1度手元に置いたものは決して手放さなかったんだそうです。お人形が好きすぎて、どんな曰くがあっても離れたくなかったんですね」

 『酔狂なやっちゃな』

 「けど夢崎さんがどれだけ愛していようと曰く付きは曰く付きですから、家族や知り合いの方が呪われてしまうかもしれません。そこで夢崎さんは他人が寄り付かないような場所に建物を建てて、そこに曰く付きのお人形を集めました。曰く付きのお人形だけが集められたその建物は、いつしか『裏人形館』と呼ばれるようになりました」

 『その裏人形館はどこにあるの?』

 「……分かりません。裏人形館はその存在だけが知られていて、夢崎さんは裏人形館をどこに建てたのかを生涯誰にも言わなかったそうです。夢崎さんが亡くなった後に何度か捜索されたんですけど、結局裏人形館はどこにも見つからなかったそうです」

 『じゃあそんなのどこにも無いんじゃないの?』『ああ、だから都市伝説ってことか』

 「その通りです!という訳で今日の企画は~……ジャン!」


 メルはポケットから四つ折りになったコピー用紙を取り出し、それをカメラに向かって広げて見せた。


 「題して!裏人形館を探せ~!」


 広げたコピー用紙には、可愛らしいフォントで「裏人形館を探せ」と印刷されている。


 『それわざわざ印刷してきたの?』『ロゴを作ってきたとかでもないんだ』『素人仕事が過ぎる』


 視聴者達には概ね不評だった。


 「今日の配信では、どこかにあると言われてる夢崎さんの裏人形館を見つけようと思います!」

 『見つけるまで帰らない感じ?』

 「それは~、その~……まああんまり見つからないようだったら良き所で帰ると思いますけど」

 『草』『正直で好感が持てる』『ちなみに裏人形館の場所の目星は付いてるの?』

 「ぜ~んぜんついてないです!手掛かりゼロです!」

 『草』『正直なら何でもいいって訳じゃねーんだぞ』

 「という訳で早速探しに行きましょう!」

 『どういう訳だよ』


 長かった雑談を終え、メルはようやく歩き出す。

 まず向かったのは、遠くに見えていた人形館だ。


 「立派な建物ですよね~」


 間近で人形館を見上げ、メルは感嘆の声を漏らす。


 「これだけ立派なお屋敷が、お人形を飾るためだけのものって言うんですからすごいですよね~。夢崎さんのお家はこれよりもっと大きいそうですよ」

 『マジか』『すげー金持ち』『夢崎さんって何してた人なの?』

 「なんか、めちゃめちゃ地主だったらしいですよ」

 『めちゃめちゃ地主って何だよ』


 メルは人形館の中には入らず、建物の形に添うように周囲を歩き始めた。


 『中入らないの?』

 「この中撮影禁止なんですよ。入れないです。だから人形館の中に裏人形館があった場合は詰みですね」

 『そんな入れ子構造なことある?』


 人形館の外観を眺めながら外周を歩き、メルは入口の丁度真裏に当たる位置までやって来た。

 人形館の裏は森になっている。


 「ん~?」


 メルは森の中に細い道を発見した。

 長い間誰も通っていないのか、雑草や木の枝によって道が埋もれかかっている。メルのように注意深く辺りを観察していなければ見落としてしまうであろう道だ。


 「皆さん、この道なんか怪しくないですか?」

 『怪しいって?』『てかそれ道か?』

 「道ですよきっと。こんな風にほとんど隠れちゃってるような道って、進んだ先に何があるか気になりませんか?」

 『確かに』『分かるかも』

 「……ちょっと行ってみますね」

 『そもそもそこ入って大丈夫なとこ?』

 「分かりません」

 『分からないんかい』


 メルは入口を塞いでいる草や枝を掻き分け、細い道へと踏み入っていった。


 「うわ~……歩きづら~……」


 草や枝が塞いでいるのは、入口に限った話ではなかった。

 掻き分けても掻き分けても、少し進めばまた新たな草や枝が道を塞いでいる。歩いて進むにはかなり鬱陶しい。


 「でもこれだけ歩きづらいってことは、長い間誰もここを通ってないってことですからね。もしかしたらこの道の先に裏人形館があるかもしれませんよ!」

 『人形館の真裏にある道が裏人形館に続いてたら、裏人形館が見つからないなんてこと無いんじゃないの?』

 「……確かに。もしそうならちょっと分かりやすすぎますもんね」


 裏人形館は何度も捜索が行われ、それでも発見できなかったのだ。仮に人形館の裏の道からそのまま裏人形館に行けるのならば、初回の捜索で裏人形館が見つかっていたに違いない。


 「……もしかして、この道進んでも裏人形館ある可能性低いですね?」

 『多分』『そうだね』『まあそう』

 「……うん、とりあえずこのまま進んでみましょう!裏人形館じゃないにしてもここまで来て引き返すのもなんか勿体ないですし」

 『コンコルド効果』


 この先に裏人形館がある可能性が低いと分かった上で、メルは進み続けることを選んだ。


 「それにしても枝が多いですね……服引っ掛けないようにしなきゃ。この服もまだ買ったばっかりですし」

 『その服いつ買ったやつ?』

 「確か……前の前の配信のすぐ後ですね」

 『本当に最近で草』『そっか前回の配信では服無事だったのか』

 「そうですね、前回は服破れたりしませんでしたね。血塗れになっちゃったんでクリーニング代は嵩みましたけど」

 『草』『かわいそう』


 怪異との戦いのせいで服の損耗が激しいメル。行きつけのショップに頻繁に同じ服を買いに行くため、最近ショップの店員に変な目で見られるようになった。

 ただでさえ他人より服飾費が多いのだ。木の枝に引っ掛けたなどというしょうもない理由で服を失う訳にはいかない。


 「こっちよ……」


 慎重に枝を避けて歩くメルの耳に、微かな声が聞こえてきた。


 (あれ、サクラさん何か言いました?)

 (私じゃないわ。どこからかしらね……)


 声の出処を探るため、メルは瞼を閉じて聴覚を研ぎ澄ます。


 「こっちよ……」


 すぐにもう1度同じ声が聞こえる。集中していたため、今回は1回目よりもはっきりと聞き取ることができた。


 「こっちよ、って言ってますね……ていうか視聴者さん達、この声聞こえてます?」

 『聞こえてない』『聞こえない』


 メルが聞いている声は、視聴者には届いていないようだった。

 声が小さいというよりは、距離が遠すぎるようだ。


 「こっちよ……」


 3回目の声が聞こえる。今回は聞こえてくる方向まで特定できた。

 どうやらその声は、メルが今いる道の先から聞こえてきているようだった。


 「……視聴者さんには聞こえてないみたいですけど、今メルには子供みたいな声で『こっちよ』って聞こえてます。この道の向こうから聞こえてきてるので、この道進んだら何かあるのは確かだと思います」


 視聴者に状況を説明してから、メルは改めてゆっくりと道を歩き始める。


 「こっちよ……」


 道を進んでいくにつれて、聞こえてくる声も徐々に大きくなる。


 「こっちよ……」

 『今こっちよって聞こえた』『メルが聞こえたのってこれ?』


 やがて謎の声は、画面越しに視聴者の耳にも届くほどはっきりと聞こえるようになった。

 そして声が聞こえ始めてから、10分ほど歩いた頃だろうか。


 「わっ」


 不意にメルの視界が大きく開けた。

 森の中に突如として現れたその空間には、明らかに人の手が加えられていた。小学校のグラウンド程の広さのその空間には雑草や木は1つも無く、地面には青々とした芝生が敷き詰められている。

 そしてその空間の中心には1軒の家が建っていた。


 「あのお家、なんだか人形館に似てますね」

 『確かに』『似てるかも』


 メルが言うように、その家の外観の雰囲気は人形館とよく似ていた。ただしかつては富豪の邸宅の一部であった人形館に比べると、その家はかなり規模が小さい。小ぢんまりとした一軒家程度の大きさだ。

 人形館の縮小版、といったところだろうか。


 「こっちよ……」


 先程からずっとメルに聞こえている声は、その家の中から発せられていた。


 「何なんでしょうね、この声もあの家も」


 メルは念のために太もものホルダーから包丁を取り出し、慎重な足取りで家へと近付いていく。

 ひとまず玄関には近付かず、メルはまず近くにあった窓から家の中を覗き込んだ。


 「ひゃっ!?」


 家の中には、古今東西様々な人形が所狭しと並べられていた。市松人形や雛人形、ビスクドールやマトリョーシカ、子供向けのおもちゃの人形、マネキンや人体模型などの人形とはあまり呼ばないような代物まで見える。


 「これって……もしかしなくても裏人形館じゃないですか?」

 『マジ?』『本当にあったん?』


 多種多様な人形が収められた、人形館によく似た外観の建物。これが裏人形館であることを疑う要素は見当たらない。

 しかしそうなると、1つの疑問が浮かび上がってくる。


 「これが本当に裏人形館だとすると、どうして今まで見つけられなかったんでしょう?メル、道を真っ直ぐ歩いてただけで着きましたけど……」

 『確かに』


 そもそもメルは、裏人形館が見つからない前提でここまで歩いてきた。人形館の裏を真っ直ぐ進むだけで裏人形館に辿り着くのなら、幾度の捜索を経て裏人形館が発見されない訳が無いからだ。

 にもかかわらず、こうして今メルの前には裏人形館らしき建物がある。


 『それ裏人形館じゃないんじゃないの?』

 「やっぱりそうなんですかね……でもこんなに怪しい場所に建ってて、中にこんなにいっぱいお人形があって、それなのにこれが裏人形館じゃなかったら……そっちの方が怖くないですか?」

 『確かに』『じゃあその建物何なんだよって話になるわな』


 窓から中を覗き込みながら、メルは視聴者と議論を繰り広げる。

 すると突然、窓の近くに置かれていた大きな市松人形の首がぐるりと回った。


 「ひゃあっ!?」


 市松人形と目が合ったメルは、危うく腰を抜かしかけた。

 家の中に人間の姿は見当たらない。誰かが動かしたのではなく、人形の首が独りでに動いたのだ。


 『今人形動いた!?』『こわっ!?』『ヤバくね?』『マジか!?』


 メルのチャンネルでは珍しい王道の怪奇現象に、コメント欄も盛り上がりを見せている。

 メルは左目の「桜の瞳」を通して家の中の人形を見た。すると人形の内のいくつかが、赤い光に縁取られて見えた。

 独りでに首を動かした市松人形も、赤い光に包まれている。


 「……やっぱりこれ、裏人形館ですよ。人形の中に何体か怪異がいます」


 裏人形館は夢崎氏が収集した人形の内、曰く付きの代物を収容したものだ。人形の形をした怪異が何体も収容されているこの家は、やはり裏人形館としか考えられない。

 「桜の瞳」で赤い光の見えない人形、すなわち怪異ではない人形は、さしずめ呪物だろうか。

 メルがそんな風に考察をしていると、


 「やっと来た」


 市松人形がそう口を動かした。

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ありがとうございます

次回は明後日更新します

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