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第15回桜庭メルの心霊スポット探訪:猿山公園 後日談

本日2話同時に投稿しております。

こちらは2話目です。

 「ひぃっ……ひぃっ……」


 人間が立ち入らない山奥を、1体の白い影が走っている。

 それは猿霊と呼ばれる存在だった。猿山に住まう祟り神、緋狒神が人間の女性を攫うために生み出した怪異であり、一目見るだけで緋狒神の祟りを受けてしまう恐ろしい存在だ。

 だがその恐ろしさとは裏腹に、猿霊は自我を持たない。猿霊の行動は基本的にターゲットに近付くかその場に留まるかの2つに1つだ。このように全速力で走る猿霊など普通は有り得ない。


 「何だ……何なんだあの女は……!?」


 猿霊が走りながら小さく呟く。自我を持たない猿霊が言葉を発するのも、本来は有り得ないことだ。

 そして猿霊の口から零れた声は、驚くべきことに緋狒神のものだった。

 何故メルに殺されたはずの緋狒神の声が、猿霊の口から発せられているのか。その理由は、緋狒神と猿霊との関係性にあった。


 猿霊とは、緋狒神が人間の女性を自らの花嫁とするために生み出した怪異である。猿霊を見た男性は死に至り、女性は緋狒神の下に導かれて花嫁となる。

 しかし実は猿霊は、ただ人間を祟るためだけの存在ではない。猿霊は緋狒神の祟りの手段であるのと同時に、緋狒神の分身でもあるのだ。


 緋狒神は特異な祟り神である。祟り神に身を窶しながらも、人間との会話が可能なほどの知性を持つ。

 そしてその知性を持つが故に、緋狒神は他の祟り神には無い傲慢さを有していた。緋狒神が人間の女性を愛玩動物として攫い、人間の男性を害虫のように無関心に駆除するのも、その傲慢さの一端の表れだ。


 しかし緋狒神が有している他の祟り神には無い特徴は、傲慢さだけではなかった。緋狒神は知性を持つが故に、臆病でもあったのだ。

 緋狒神は強大な力を持ちながらも、自らを脅かす存在が現れることを常に恐れていた。その知性のために、緋狒神は自らの死を恐れたのだ。

 死の恐怖に苛まれた緋狒神は、その対抗策として自らの分身となり得る怪異、すなわち猿霊を生み出した。


 緋狒神は自らの意識と魂を、猿霊に移すことが可能だった。肉体が滅びても真なる死を迎えることの無いよう、言わば予備の肉体として猿霊を作り出したのだ。

 だが緋狒神は猿霊という分身を作り出したものの、予備の肉体としての猿霊の性質を使うつもりは更々無かった。

 猿霊に意識と魂を移せば生き永らえることができるが、それをしてしまうと緋狒神は緋狒神としての性質を全て失い、ただの1体の猿霊となってしまう。新たに猿霊を生み出すこともできなくなってしまうのだ。

 時間を掛ければ再び緋狒神の性質を取り戻すこともできるが、それには100年以上の年月が必要となる。傲慢な緋狒神にとって、100年もの時を矮小な猿霊として過ごすことは到底耐えられない。


 故に緋狒神は、猿霊という死なないための手段を用意したものの、本当にその手段を取るつもりは無かった。

 そもそも祟り神である緋狒神の命が脅かされることなどまず有り得ない。

 猿霊を用意したのも、知性を持つが故の周到さに過ぎない。緋狒神はそう思っていたのだ。


 しかし、メルの手によって、緋狒神の肉体は死を迎えた。


 「桜庭メル……あいつは一体何なんだ……!?この俺を、殺すなど……!?」


 メルが緋狒神の首を刎ねる直前、緋狒神は死に物狂いで、メルから最も離れた位置にいた猿霊に意識と魂を移した。

 そして辛うじて命を繋ぐことに成功すると、一目散にその場から逃げ出したのだ。


 もしメルが万全であったなら、逃げ出した猿霊の存在に気付いていただろう。

 しかし当時のメルは緋狒神の祟りによってかなり消耗しており、離れた場所にいる猿霊にまで気が回らなかったのだ。

 結果として緋狒神は、幸運にも猿霊となって死を免れることができた。

 そして現在猿霊となった緋狒神は、少しでもメルから遠ざかるべく、こうして山の中を全力で移動している。


 「この俺が……人間から逃げるなど……っ」


 祟り神が人間から尻尾を巻いて逃げ出すなど、屈辱以外の何物でもない。だがそれ以上に緋狒神はメルが恐ろしくて仕方がなかった。

 緋狒神に向かって包丁を振り上げるメルの姿や、包丁で切り付けられた傷の苦痛を思い出すだけで、手足が恐怖でぶるぶると震えてしまう。


 「くそっ……緋狒神たるこの俺が……俺は神だというのに……!」


 緋狒神は立ち止まり、近くに生えている木に苛立ちをぶつける。

 しかし猿霊の体では、拳を叩きつけたところで木を揺らすこともできない。その事実がまた緋狒神を情けなくさせた。


 「大変そうね」


 その時、緋狒神の頭上から可愛らしい声が聞こえた。

 顔を上げると、木の枝に1人の人間の少女が腰掛けている。少女は黒を基調としたゴスロリ服に身を包み、縦長の瞳孔を持つ赤い瞳が夜の闇に存在感を放っていた。


 「お前……何者だ?」

 「私は常夜見魅影。怪異使いよ」

 「怪異……使い……」


 それは緋狒神には聞き覚えの無い言葉だった。山の中に閉じ籠って暮らしていた緋狒神は、人間の事情には酷く疎かった。

 魅影は足をゆらゆらと揺らしながら、緋狒神に問い掛ける。


 「手酷くやられたようね、桜庭メルに」

 「っ、何故それを……!?」

 「遠くから見ていたのよ、あなたと桜庭メルの戦いを」


 魅影は妖しい笑顔を緋狒神に向けた。


 「ねぇ、桜庭メルに復讐したくはない?」

 「なっ、何を……」

 「私なら、あなたの復讐を助けてあげることができるわ。例えば……」


 魅影が服のポケットから何かを取り出し、それを緋狒神に向かって放り投げる。

 反射的にそれを受け取ると、それは親指の爪ほどの大きさの黄金色の宝石だった。

 緋狒神はその小さな宝石に秘められた、膨大なエネルギーを感じ取った。


 「それは自然の霊力が集まってできた、高密度の霊力の塊よ。私達怪異使いは『龍石(りゅうせき)』と呼んでいるわ」

 「龍石……」

 「それだけの霊力があれば、あなたが祟り神の力を取り戻す助けになるのではなくて?」


 魅影の言う通りだった。龍石が秘める膨大な霊力があれば、緋狒神が祟り神の力を取り戻すのにかかる期間を10年は短縮できる。


 「私はあなたのために複数の龍石を用意できるわ。そして龍石以外にも、あなたの助けになるものを用意できる」

 「……俺を助けて、お前にいったい何の得がある」

 「あら。私は怪異使いだもの。人間と祟り神だったら、祟り神に味方するのは当然のことでしょう?」


 魅影はクスクスと笑う。


 「それに私、桜庭メルが嫌いなの。あの子ったら、私のお気に入りの怪異を殺してしまったんだもの」

 「……なるほど、お前も復讐が目的という訳か」

 「ええ。私達、利害が一致していると思うの。どう、私と組まない?」


 魅影の誘いに、緋狒神は暫し逡巡する。

 魅影のことが信用できるかは分からない。しかし魅影が提供した龍石が緋狒神の助けになることは確かだ。

 それに相手は所詮人間。祟り神の力を取り戻すために利用するだけ利用して、いざとなったら切り捨てればいい。自分が祟り神の力さえ取り戻せば、魅影が何を企んでいようと叩き潰すことができる。


 「……分かった。お前と手を組もう」

 「ふふっ、契約成立ね」


 緋狒神と魅影は笑い合い、こうして零落した祟り神と怪異使いの少女の契約が成立した。

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