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第15回桜庭メルの心霊スポット探訪:猿山公園 前編

 「皆さんこんばんは、心霊系ストリーマーの桜庭メルで~す」

 『火傷治るの早っ』


 とある夜。

 いつものように配信を始めたメルは、前回の配信で負った火傷がすっかり無くなっていた。


 「心霊スポット探訪第15回、やっていこうと思いま~す」

 『傷治るの早くない?』『もう大丈夫なの?』

 「皆さんご心配ありがとうございます、メルはもう大丈夫です!」


 前回の配信でメルはかなりの大怪我を負ったため、配信開始早々視聴者達から怪我の具合を心配するコメントが続々と寄せられる。

 しかしメルが自分で言っている通り、メルの怪我は全て完治している。


 「今日はですね、視聴者さんからのリクエストで、猿山公園という場所にやってきました!いつもみたいに送られてきたリクエストをそのままコピーしてきたので、今から読みますね」

 『待ってました』『A4用紙待ってた』『今日はA4用紙見れて嬉しい』


 メルがポケットから四つ折りになったA4のコピー用紙を取り出す。メルが視聴者のリクエストに応える際のお決まりの流れに、コメント欄が軽く沸いた。


 「え~と……

 桜庭メルさん、いつも楽しく配信拝見させていただいております。

 私の地元に、猿山(ましらやま)公園という公園があります。

 山の麓にある公園で、ハイキングが楽しめる他、アスレチックやバーベキュー場などの施設も備わっている広い公園です。

 休日になると家族連れで賑わう人気のアウトドアスポットなのですが、この猿山公園にはあまり知られていない不気味な噂があります。

 それは、猿山公園には全身真っ白の幽霊が現れ、その幽霊を目撃した人は頭がおかしくなってしまうという噂です。

 私は元々この噂を信じていなかったのですが、先日私の知人が猿山公園で救急車に運ばれるという出来事がありました。

 聞いた話によると、知人は奇声を上げながら血が出るほどに自分の体を掻き毟り、その後に泡を噴きながら気を失ったそうです。

 知人の意識はまだ戻っていません。

 そのようなことがあってから、私は猿山公園の噂が怖くて仕方ありません。

 私には幼稚園に通う子供がいます。

 息子が通う幼稚園では、毎年猿山公園に遠足に行きます。

 もし遠足に行った息子が、猿山公園で幽霊を目撃してしまったら。そのせいで息子が知人と同じようになってしまったら。

 そう考えると怖くて仕方がありません。

 桜庭メルさん、お願いします。猿山公園の噂の真偽を調べてください。

 そして噂が本当だったなら、どうか猿山公園の幽霊を殺してください。

 ……とのことですね~」


 リクエストを読み終え、メルはA4用紙をポケットに戻した。


 「小さなお子さんをお持ちの視聴者さんからの真剣なお便りでしたね~。心霊系ストリーマーとして、これにお応えしない訳にはいきません!」

 『人の親がこの配信見てるのか……』『まかり間違って子供と一緒に見てないことを祈る』

 「ちょっとなんですか、まるでメルの配信が小さなお子様には見せられないコンテンツみたいな言い草じゃないですか」

 『そう言ってるんだよ』『てかメルじゃなくても小さい子供にホラー配信見せたらダメだろ』

 「……確かに」


 視聴者に完全に論破されたメルだった。


 「という訳でですね。今日はこの視聴者さんのリクエストにお応えして、猿山公園に本当に幽霊が出るのか!調査していこうとっ、思います!」


 メルはカメラに向かってビシッと敬礼をして、それから猿山公園を歩き始めた。


 「そうだ。メル、最近コメントで質問とかいただくことがあるんです。でもなかなか答えるタイミングが無くて、答えられてなくて。だから幽霊が見つかるまでの間、質問コーナーやろうと思います!」

 『おお』『助かる』

 「メルに聞きたいことがある視聴者の方、もしいらっしゃいましたら、どしどしコメントしてください!答えられる範囲で答えます!」


 メルがアドリブで質問コーナーを始めると、早速いくつもの質問がコメント欄に寄せられた。


 『心霊系ストリーマーになろうと思ったきっかけは何ですか?』

 「ん~、きっかけらしいきっかけは無いんですよね~。ストリーマーになりたいな~って思ってて、何の配信をしようか悩んでた時に、たまたまテレビでホラー映画のCMを見かけて……あっ、じゃあ心霊系にしようって思った感じで。だからきっかけは、しいて言えば~……CM?」

 『CMて』『桜庭メルは本名ですか?』

 「それはナイショです」

 『何歳ですか?』

 「ナイショです。御想像にお任せします」

 『彼氏はいますか?』

 「いません」

 『好きな男性のタイプは?』

 「ん~……考えたこと無いな~……メルより強い人、とか?」

 『無理だろ』『いねぇよそんな奴』


 テンポよく質問に答えながら、当てもなく猿山公園を歩くメル。

 すると前方に、木製の大きなアスレチックが見えてきた。


 「わ~、ああいうアスレチック楽しそうですよね~。メルもやってみたいな~」

 『余裕でクリアしそう』


 猿山公園は24時間いつでも入れるが、アスレチックは残念ながら営業時間中しか利用できなかった。


 「今度またアスレチックやりに来たいですね~」

 『メルちゃんってアウトドア派?』

 「どっちかっていうとインドアですね~。体を動かすのは好きですけど、機会が無いとあんまり外に出ないです」

 『機会って配信とか?』

 「そうですね。配信はいい運動になってます」

 『いい運動で済ませていいレベルじゃないだろ』


 視聴者とやり取りをしながらアスレチックの横を通り過ぎる。

 するとメルの耳に、「キャハハハハ!」という笑い声が聞こえてきた。


 『何だ今の声』『幽霊?』

 「かもしれませんね……ちょっと行ってみましょうか」


 メルは声の聞こえた方向に早足で向かう。


 「ヒヒヒヒヒッ!」


 再び笑い声が聞こえてくる。

 今度の笑い声は、1回目に比べるとかなり声が低かった。1回目が女性の声、2回目が男性の声のようにメルには聞こえた。


 「幽霊だとしたら、何体もいるってことでしょうか……」


 視聴者からのリクエストには、幽霊の数に関する記述が無かった。何となく1体しかいないものと思っていたが、考えてみれば幽霊が複数いたとしてもおかしくは無いのだ。


 「キャハハハハ!」

 「ヒヒヒヒヒッ!」


 また笑い声が聞こえてくる。あまり聞いていて気持ちのいい笑い声ではなかったが、場所を特定するには役立った。


 「あっ、あそこ!」


 メルは前方に2つの影を発見する。猿山公園の幽霊は真っ白という話だったが、2つの影はそれぞれ赤色と緑色だった。


 「キャハハッ!も~、カズったら~」

 「ヒヒヒッ!アイナこそ~」

 「なんだ……ただのカップルか」


 何ということはない、2つの笑い声の正体は、ごく普通のカップルだった。

 カップルはそれぞれ赤と緑のジャージ姿で、男性の方は右手にビニール袋をぶら下げている。大方近所のコンビニにでも買い出しに行ってきたのだろう。


 「カズ~」

 「アイナ~」


 酒が入っているのか、カップルはべたべたと乳繰り合い歩いている。傍目には相当なラブラブ具合に見えた。


 「……他の所行きましょうか」

 『だな』『そうしよ』


 メルの存在はあのカップルの邪魔になるだろうし、メルとしてもあまり関わり合いになりたくないタイプのカップルだ。メルはカップルの視界に入らないよう、そっとその場を離れた。

 カップルが見えなくなってから、メルは再び視聴者の質問に答え始めた。


 『好きな食べ物は何ですか?』

 「唐揚げです。圧倒的に唐揚げです」

 『唐揚げにレモンはかけますか?』

 「かけないです。レモンはレモンで食べます」

 『レモンはレモンで食べます!?』『無人島に1つだけ持っていくとしたら何ですか?』

 「ん~……ケチャップ、かな~……ていうか皆さん、結構真面目に質問してくれるんですね。自分で言うのもアレですけど、もっとイヤらしい質問とか来るのかと思ってました」

 『いや……』『メルはそういう目で見れないっていうか』『メルはもう違う生き物だと思ってる』

 「……何だろう、あんまりいい気はしませんね」


 別にイヤらしい質問をしてほしい訳では決してないが、自分が全くそういう対象として見られていないのもそれはそれで腹が立つ。

 そんな複雑な感情にメルが頬を膨らませたその時。


 「キャアアアアッ!?」


 甲高い悲鳴が猿山公園に響いた。アスレチックの方向だ。

 その悲鳴を聞いた瞬間、メルは弾かれたように走り出す。


 「今の声……さっきの女の人ですかね?」


 メルは今の悲鳴の主を、先程見かけたカップルの女性の方だと睨んでいた。

 高速で公園内を走り続けると、前方に2つの人影が見えてきた。

 2つの内、緑色のジャージ姿の男性が地面に倒れ、赤色のジャージ姿の女性がその側に座り込んでいる。


 「大丈夫ですか!?」


 メルが声を掛けながら近付くと、女性が顔を上げた。


 「何がありました!?」

 「カズが……カズが急に……」


 女性はパニックに陥っているようで、口から出てくる言葉は要領を得ない。

 カズと呼ばれる男性の方に視線を向けると、カズは白目を剥いて口から泡を噴きながら意識なく倒れていた。まるで電気を流されているかのように、その体はビクンビクンと激しく痙攣している。

 明らかに異常な状態だ。


 「彼氏さんに何か病気とかは?」


 メルがそう尋ねると、女性は弱々しく首を横に振った。


 「とりあえずあなた、えっと……」

 「あ、アイナです」

 「アイナさんは119番に電話を……」


 言い終えるよりも先に、メルの視界の端で何か白いものが動いた。

 それは全身を白い光に包まれた人型の存在で、人間に比べると背中がかなり丸まって見えた。

 人型はメル達の様子を観察するように少し離れた場所に佇んでいる。


 「あれは……」


 メルは「桜の瞳」を白い人型に向ける。すると人型は赤い光で縁取られて見えた。

 怪異だ。


 「キャアアッ!?」


 メルの視線を追って人型の存在に気付いたアイナが、取り乱した様子で悲鳴を上げる。


 「アイツっ、アイツを見たらカズが……っ」

 「えっ、彼氏さんはアレを見た途端に倒れたんですか?」


 アイナは何度も首を縦に振った。


 「なるほど……」


 メルは改めて人型を見据える。

 状況から見て、カズが倒れたのはあの怪異が原因である可能性が高い。ということは、元凶であるあの怪異を始末すれば、カズの意識は戻るのではないか。メルはそう考えた。


 「とりあえずアイナさんは、119番に電話をしてください」


 メルはアイナにそう告げると、素早く太もものホルダーから包丁を抜き取り、人型に向かって走り出した。


 「てやあっ!」


 一瞬で人型の目前に迫ったメルは、人型の首に当たる場所に目掛けて包丁を振った。

 すると人型の首と胴体はあっさりと切り離され、その両方が霞のように消えていった。


 「あれ、手応えが無い……」


 人型の首を斬ったというのに手には何の感触も受けず、メルは首を傾げた。


 (どうやら今の怪異は、物質的な肉体を持っていなかったようね)


 訝しむメルの脳内にサクラの声が響く。


 (肉体が無いって、幽霊と同じってことですか?)

 (そうね。そう言えば、メルちゃんは肉体を持たない怪異と戦ったのは初めてかしら)

 (そうかもしれません)


 怪異は千差万別。幽霊と同じように物質的な肉体を持たない怪異というのも当然存在し得る。

 そして幽霊と同じと考えれば、斬った際の手応えが無いことにも納得がいく。


 「というか、見たらダメな怪異をカメラで映しちゃいましたけど……視聴者さん達大丈夫でしたかね?」

 『別に何ともないけど』『大丈夫だよ~』

 「問題なさそう……ですかね?」

 『てかなんかあった人は聞かれてもコメントできないんじゃないの』

 「……確かに」


 見ただけで害をもたらす怪異の姿を配信してしまったことに不安を感じるメル。しかし視聴者数が一気に減少する、コメントの勢いが急激に衰えるなどの変化は見られなかったため、ひとまず問題はなかったと見なすことにした。


 「もし具合が悪くなった視聴者さんがいたら、すぐに配信見るのやめてくださいね」


 ともあれ、これで怪異は仕留めた。元凶が消えたことで、カズの意識が回復している可能性がある。

 メルはカズとアイナの元に戻った。

初めてレビューをいただきました。ありがとうございます。

いただいた感想も全て嬉しく読ませていただいています。

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ありがとうございます

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