第6回桜庭メルの心霊スポット探訪:某別荘地 前編
「皆さんこんばんは、心霊系ストリーマーの桜庭メルで~す」
大きな邸宅が何軒も連なった街並みを背景に、1人の少女がスマホ片手に愛嬌を振りまいている。
ピンクのブラウスに黒のスカート、黒いマスクにツインテール。駆け出し心霊系ストリーマー、桜庭メルの姿がそこにはあった。
「心霊スポット探訪、今日は第6回をやっていこうと思うんですけど~……皆さん、ここどこだか分りますか?」
メルが背後の街並みを示す。
豪邸と呼べるような家屋がいくつも並んだその光景は、素直に受け取るなら高級住宅地に見える。
『分かんない』『なんか見たことあるような気が……』『金持ちが住んでそう』『俺分かるかも』
配信を見ている視聴者の反応は様々だ。
「実はここ、とある別荘地なんです。後ろにある家はみ~んな、お金持ちの別荘なんですよ~」
『へー』『なんてとこ?』『なんかちょっと寂れてね?』
「あっ!寂れてるってコメントしてくれた方、鋭いですね~。この別荘地、昔は大人気だったらしいんですけど、10年くらい前からすっかり人が寄り付かなくなっちゃって。今ではほとんどゴーストタウンなんですって」
『なんで?』『何かあったの?』
「いいですか皆さん、ここだけの話ですよ……」
メルは人目を憚るような演技をしながら、スマホに向かって小声で囁く。
「実はこの別荘地……心霊スポットなんです」
『でしょうね』『知ってた』『冒頭で心霊スポット探訪って言ってただろ』
「10年前、この別荘地で不審な死体が発見されたんです。その事件以降、この別荘地では不可思議な現象が相次いで……」
『その囁くやつやめろ』『誰の目を憚ってるんだ』『シンプルに聞きづらい』
「はい、ごめんなさい」
コメントの指摘を受け、メルは素直に声量を元に戻した。
『10年前の不審な死体ってどんなの?』
「メルもあんまり詳しく調べられなかったんですけど、動物に襲われたような傷があったとか」
『熊?』『熊かな?』
「どうなんでしょう、メルこの辺りに熊は出ないって聞きました」
『さっき行方不明者がどうとか言ってなかった?』
「ああ、そうでしたそうでした。10年前に不審な死体が見つかってから、この別荘地で不審死が相次いだそうなんです。亡くなった方の多くには噛み傷とか引っ掻き傷があって、中には銃で撃たれたような傷があった方もいたとか」
『銃で撃たれた傷?』『ちょっと脈絡が無いな』『どういうことなんだろ?』
メルが語った別荘地の心霊現象に対し、視聴者の食いつきは悪くなかった。疑問や考察のコメントが機械音声でいくつも読み上げられる。
『そこって幽霊は出ないの?』
「幽霊の目撃情報もありますよ~。首に『食い千切られたような』傷がある男の人の幽霊だそうです。だから例の不審な死体の幽霊なんじゃないかって、勝手に思ってるんですけど」
この別荘地で最初に発見された不審な死体。それがこの別荘地で発生する心霊現象の原因だとメルは睨んでいた。
『俺その別荘地知ってるけど、メルの普段の生活圏からちょっと遠くない?』
「そうなんです!今日はちょっと張り切って遠出しちゃいました」
『今の時間バスとか無いよね?』『彼氏に送ってもらってんだろ』
「普通にバイクで来ましたよ~」
『バイク乗るの!?』
「はい、乗りますよ」
『その恰好で?』
「この格好で」
雑談は10分ほど続き、それなりに盛り上がった。
「さて、それじゃあそろそろ探訪を始めていきましょう!と、その前に~……装備品を確認していきたいと思います!まずはこれ!ヘッドライト~」
メルが意気揚々と取り出したのは、頭部に装着する照明器具だ。
「前回ね、これ着けるのにツインテ解いちゃったんですよ。それが悔しくって、ツインテのままこれ着ける練習してきたんです。ほら、こうやって……」
メルはツインテールを器用に避けながら、ヘッドライトを頭に取り付ける。
「ね?練習したんですよこれ」
『すごい』『器用だな』『一切他に応用が利かないスキル』
「それと、これもちゃんと持ってきてますよ。この……」
メルが唐突にスカートの中に右手を突っ込む。
『いきなり何してんだ』『ああ、アレか』『サービスタイムか?』
「じゃんっ」
スカートから引き抜かれたメルの右手には、1振りの包丁が握られていた。
「いつでもどこでもメルと一緒!呪いの包丁で~す」
『うわでた』『チャンネルレギュラーじゃん』『まだ持ってたのかよそれ』
「勿論ずっと持ってますよ~、捨てても捨てても戻ってきますし」
『そういやそうだった』『純然たる呪物』
「最近はどこに行くにも持ち歩いてるんで、何だか愛着が湧いてきちゃって。柄の部分とかデコってみようかな~とか考えてます」
『呪物をデコるな』『余計呪われそう』『呪われる前に警察に捕まりそう』
「職質はね~……本当に気を付けないとですね~……」
遠い目をするメル。常に太もものホルダーに包丁を収納しながら生活しているメルは、街で警察官やパトカーを見かける度に冷や冷やしているのだ。
「銃刀法の話はこれくらいにしておいて、そろそろ幽霊を探しに行きましょうか!とは言っても、具体的にどこら辺に幽霊が出るのかとかはメル知らないので、とりあえず別荘地の中をウロウロしてみようと思います!」
メルは包丁をホルダーに戻し、カメラに向かって敬礼の真似事をしてから、別荘地を歩き出した。
「この別荘地って結構高いところにあるんですよ、なんとか高原っていって。だから夜になると空気もひんやりしてて、風が気持ちいいです」
夜風を全身に浴びながらメルは軽く体を伸ばす。
『結構薄着だけど大丈夫?』『風邪ひかないでね』
「大丈夫です、メル風邪ひいたこと無いので」
『つよい』『つよい』『ナントカは風邪ひかないってやつ?』
「むっ、それはメルをバカだと言いたいんですか?いいんですか、侮辱罪は一年以下の懲役若しくは禁錮若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料が科せられますよ?」
『なんて?』『早口言葉?』『なんでそんなにすらすら刑法が出てくるのか』『法律家の方?』
「法律家じゃないです、心霊系ストリーマーです」
視聴者とのやり取りを楽しみながら、メルは道なりに街を歩く。
とうの昔に寂れた別荘地ということで、辺りはゾッとするような静寂に包まれていた。メルの声以外に聞こえてくるのは、風に揺れる木々の音、それから獣の鳴き声くらいだ。
「この鳴き声、何の動物が鳴いてるんだろ。皆さん、この鳴き声聞こえてます?」
『聞こえる』『聞こえてるよー』
「これ何の鳴き声ですか?詳しい人いませんか?」
『なんだろ』『わかんない』『犬じゃね?』『犬の鳴き声に聞こえる』
「メルも犬かな~って思ったんですけど、ここってもう住んでる人いないんですよ。それなのに犬がいるのかな~って」
『野犬じゃね?』『野生化したやつがいるとか』『危ないから気を付けて』
「野良犬は怖いな~……包丁出しとこうかな」
『草』『最初に出てくる発想がそれかよ』『野犬から逃げるよりも野犬と戦う方を選んだか』
そのような調子でメルは30分ほど歩き続けたが、残念なことに夜の散歩は平穏そのものだった。
「何にも起こりませんね~……あ、なんかここが端っこっぽいです」
『幽霊まだー?』『なんも出ない』
「う~ん……このまま何にも出て来ないと、メルちょっと困るんですけどぉ……」
『何も出ないのが普通だから』『前回と前々回がおかしかっただけだろ』
「とりあえず、来たのとは別の道に行ってみますね。もうしばらくはウロウロしてみようと思います」
メルはまだ見ぬ幽霊を求め、徘徊の続行を決断する。
「もしこのまま幽霊が出て来なかったらどうしましょう。即興歌ってみた企画でもやりましょうか?」
『ちょっと見たい』『メルちゃんの歌聞いてみたい!』『メルって歌上手いの?』
「前にカラオケに行った時、友達には癖になるねって言われました」
『判断に困る』『上手いとも下手とも言ってない』『余計聞いてみたくなった』
視聴者と雑談しながら街を彷徨うメルの視界に、何やら白いものが映り込む。
「ひっ!?……ああなんだ、白骨死体か」
メルは一瞬驚いたものの、その正体が白骨死体だと気付き、すぐに落ち着きを取り戻した。
『白骨死体!?』『「なんだ白骨死体か」じゃないんだよ』『死体の第一発見者としてあるまじき反応』『人が死んでんだぞ』
「白骨死体はね~……メル、この間いっぱい見たばっかりなんですよ~。もう見慣れちゃいました」
『あったなそんなこと』『殺人トンネルの時か』『にしたってその反応はないだろ』
メルは以前の生配信の際、大量の白骨死体を発見したことがある。その時の経験から、メルにとって白骨死体は既に驚くべき程のものではなくなっていた。
「でもどうしてこんなところに白骨死体が放置されてるんでしょう。誰からも気付かれなかったんですかね?」
疑問を口にしながら、メルは白骨死体に顔を近付ける。
『よく近付けるよな』『度胸がすごい』
「ん?ここ……ちょっと見てください」
死体の一部に違和感を覚えたメルは、スマホのカメラを死体の頭に近付けた。
「頭蓋骨のここ、穴が開いてますよね」
『確かに穴あるね』『それがどうしたの?』『てかあんまり白骨死体ドアップにするなよ』
頭蓋骨の眉間の辺りには、1cm程度の小さな穴が開いている。
「この穴……もしかして銃創じゃないですか?」
『銃で撃たれた跡ってこと?』
「そうです。そんな感じしませんか?」
メルの言う通り、頭蓋骨に空いた穴は言われれば銃創のようにも見える。しかし、
『言われればそうかも知れないけど分からん』『銃創なんて見たこと無いから分からん』
「……ですよね~」
銃創の実物を知る視聴者などいるはずもなく、メルの推測は確かめようが無かった。
「ん~……まあ、いつまでも白骨死体見てても仕方ありませんし、行きましょうか」
1分ほど白骨死体を眺めたところでメルは見切りをつけ、また街を歩き始めた。
「……さっきからずっと聞こえてる動物の声も、なんかちょっと不気味ですよね」
メルは先程から聞こえ続けている、犬らしき動物の鳴き声に意識を向ける。
山が近いということで最初は大して気にしていなかったメルだが、絶え間なく聞こえ続ける鳴き声に徐々に違和感が大きくなる。
「何なら鳴き声の数も増えてきてませんか?」
『増えてるかは分からないけど、さっきよりも鳴き声大きくなってる気がする』『分かる、近付いてきてる感じするよな』
「言われてみれば確かに、さっきよりも鳴き声が近いかも……?」
『マジで野犬とかいるんじゃない?』『メルちゃん、本当に気を付けて!』
1度はっきりと認識したら、鳴き声が次第にメルへと近付いてきているのがはっきりと感じ取れた。
メルは眉尻を下げて周囲を見回す。
「野良犬が出てきたら、やっぱり襲ってくるのかな……犬とはまだ戦ったことが無いから、メルちょっと不安です」
『だから何で戦おうとするの』『逃げろよ頼むから』
突如、メルの近くの茂みがガサガサと激しく揺れる。
そして茂みの中から、黒い影が物凄い勢いで飛び出してきた。
「きゃっ!」
メルは反射的にその場から飛び退き、黒い影を回避する。
視線を向けるとヘッドライトが影を照らし、その正体が明らかになった。
「え……?」
そこには血走った目でメルを睨み付ける、犬の生首が宙に浮かんでいた。