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第12回桜庭メルの心霊スポット探訪:幽霊トラック 二

 「とっ、とりあえずこの街を探索してみましょう!きっと帰る方法も見つかるはずです!」

 『声裏返ってるぞ』『大丈夫かよマジで』


 メルは冷や汗を流しながら街を歩き始めた。


 「それにしても、すっごい都会ですよね~。メルこんな都会に来たの初めてです」


 メルは周囲のビルを見上げ、感嘆の声を漏らす。

 街のビルはメルの見る限り50mを下回るものが無く、見ているだけで首が痛くなってしまいそうだ。

 ビルの合間を縫うようにして張り巡らされている高速道路が、近未来的な雰囲気を演出している。


 「ちょっと、どれかビルに入ってみましょうか。何か情報があるかもしれないし」


 建物に興味が湧いたメルは、手近なビルへと近付いていく。

 そしてビルの中に入ろうとして、メルはあることに気が付いた。


 「あれ……?入口が無い……」


 ビルの周りを1周してみても、入口らしきものがどこにも見当たらなかったのだ。

 疑問に思ったメルは、窓からビルの中を覗き込んでみた。


 「うわっ、空っぽ!」


 するとビルの中は完全ながらんどうだった。備品はおろか部屋の区切りすら存在せず、窓から反対側の窓までを何の障害もなく見通すことができる。そして上階に上がるためのエレベーターや階段の類すら、ビルの中には見当たらなかった。

 建物の1階というより、最早ただの巨大な箱だ。


 「すっごいハリボテですね……メルの人生で1番ハリボテですよ」

 『人生で1番ハリボテって何だよ』


 メルは試しに他のビルもいくつか見てみるが、どれも中の様子は同じだった。

 街に聳える高層ビル群は、そのどれもがハリボテだ。


 「ちなみにこれ、窓は割れるんでしょうか」


 疑問に思ったメルはスカートの下から包丁を取り出し、柄の部分を近くの窓に叩きつける。

 すると窓ガラスは派手な破砕音を立てて粉々に砕け散った。


 「普通のガラスみたいですね。窓を割れば一応ビルの中に入ることはできると」


 それを確かめたところでメルはビルへの興味を失った。

 次にメルが注意を向けたのは、ビルの隙間を蛇行する高速道路だ。高架のため地面からでは高速道路の様子は見えないが、車の走行音らしき音がずっと聞こえている。


 「あの高速道路も気になるんですけど……どこか登れるところありますかね?インターチェンジとかあるのかな……」


 ひとまずメルは高速道路に登ることを直近の目標に定める。

 そのために必要なのは、下の道から高速道路に上がることのできるインターチェンジを探すこと。という訳でメルは高速道路を辿るようにして歩き始めた。


 「……おっ」


 高速道路を支える柱の陰に、メルは何か動くものを見つけた。

 幽霊トラックの都市伝説では、この街にはとある敵対的な存在がいる。


 「もしかして……鬼?」


 メルがそう呟いたのと同時、柱の影から何かが飛び出してきた。

 それは人のような形をしていたが、頭部からは無数に枝分かれした1対のヘラジカのような角が生えている。

 その姿はまさしく、幽霊トラックの都市伝説に語られる鬼そのものだった。


 「やっぱり、鬼が出ましたね」


 メルは口元を緩めつつ、「桜の瞳」で鬼を見据える。


 「え?」


 「桜の瞳」に映った光景に、メルは困惑の声を漏らした。

 「桜の瞳」では、鬼の体を縁取るようにして赤い光が見えた。つまり鬼は怪異であるということになる。

 それはいい。鬼の正体が怪異であることはメルの予想の範疇だった。


 メルが困惑したのは、鬼だけでなく、この街そのものが赤い光に包まれて見えたことだ。


 「どういうこと……?」


 街全体が赤く見える理由が分からず、メルは眉を顰める。

 そんなメルに対し、鬼は咆哮を上げながら駆け寄ってくる。鬼の血走った目は、明らかにメルを捕食対象と見なしていた。


 「くっ!」


 困惑するのは外敵を排除した後で。そう判断したメルは、鬼に向かって包丁を横薙ぎにした。

 赤黒い刃は正確無比に鬼の首筋を捉え、その鋭さを以て一太刀にして鬼の頭を刎ね飛ばす。

 切断面から赤黒い血が噴水のように噴き出し、頭部を失った鬼の体はゆっくりとうつ伏せに倒れた。

 メルは地面に広がる血を一瞥してから、鬼の死体の側に跪き、死体を指で軽く突く。触った感触は豚肉に近かった。


 「……最悪、食料と水分は確保できる、と」

 『おいなんかとんでもねぇこと言ってるぞ』『血を啜って生き延びようとしていらっしゃる?』『人間性を捨て去るのちょっと早すぎない?』


 鬼の血液から水分を、鬼の肉から食料を得ることができるという事実は、メルにいくらかの安心感をもたらした。仮に長期間この街から出ることができなくとも、飢えや渇きに苦しむことは無さそうだ。

 鬼の血や肉を摂取して体に害はないのか、という点に関してはメルは見ないふりをした。


 「というか、めちゃくちゃ鬼が集まってきてますね」


 メルは視線を鬼の死体から周囲の街並みへと移す。

 道路の向こうやビルの影などから、次々と鬼が姿を現していた。それらの鬼は皆メルへと向かって一目散に駆け寄ってくる。


 「これってあれですかね、さっきの鬼の鳴き声が原因な感じですかね」

 『あ~』『そうかもね』


 今しがたメルが殺した鬼は、思い返せば何やら特殊な響き方のする咆哮を上げていた。

 あれが他の鬼を呼び寄せる合図だとしたら、メルの下に鬼が集結しつつあるこの状況も頷ける。


 「とりあえず皆殺しにしますか」

 『わぁ物騒』『法治国家でなかなか聞けるセリフじゃないよ』


 一刻も早く高速道路に上がってみたいメルだが、鬼に追われながらではおちおちインターチェンジも探せない。ということでメルは一旦鬼を殲滅することにした。


 「てやああっ!!」


 近付いてくる鬼達に対して、メルは手当たり次第に包丁を振るう。

 率直に言って鬼はあまり強くなく、メルが一太刀包丁を振るえばそれだけで首を刎ねて殺すことができた。

 更に頭もあまりよくないようで、メルに次々と斬首される同族を目の当たりにしているにもかかわらず、皆無策でメルへと突進してくる。


 「数ばっかり多くてヤですね~」

 『なんか無双ゲー見てる気分』『鬼が脆すぎる』『鬼が脆いんじゃなくてメルが強いんだろ』


 10体、20体と鬼を斬り捨てていくメル。しかし斬れども斬れども新たな鬼がひっきりなしに現れ、途切れることが無い。

 鬼の咆哮に他の鬼を呼び寄せる効果があるというメルの推測が正しいとすれば、鬼の出現が途切れないことも頷ける。

 何せ現れる鬼達は1体の例外もなく咆哮を上げているのだ。咆哮が新たな鬼を呼び、そうしてやって来た鬼が更に咆哮を上げてまた新たな鬼を呼び寄せる。鬼が途切れるはずもない。


 「これっ、もしかして無限に出てくるやつだったりします!?」

 『俺らに聞かれても分からんけど』『流石にゲームじゃあるまいし無限ってことはないでしょ』『でもメルの配信は何が起こるか分からないからな……』


 今は鬼を圧倒しているメルだが、鬼が無限に現れ続けた場合、いつかは押し切られてしまうだろう。メルの体力にも限りはあるのだ。

 しかしメルの懸念に反し、100体ほど鬼の首を刎ねたところで新たな鬼は現れなくなった。少なくともこの周辺の鬼は全滅したとみていい。


 「あ~……疲れた~……」


 周囲に生きている鬼が存在しないことを確認したメルは、脱力してその場にへたり込んだ。

 足元には鬼を殺し続けたことで形成された血溜まりがあるが、返り血によって既に全身血塗れになっているメルには今更気にならない。


 「この服、多分もう洗濯じゃどうにもならないですよね~……」

 『多分無理だな』『クリーニング屋に持ってってもダメかな?』『こんなん持ち込まれたクリーニング屋の気持ち考えろよ』


 メルは鬼の血に染まってしまったブラウスを指で摘んだ。メルの言う通り、その汚れ具合は洗濯で回復できる範疇を大幅に超えている。


 「今回も服買い替えかな~……」

 『かわいそう』『かわいそう』『元気出して』


 怪異との戦いの被害が服に及ぶことも多く、高頻度で衣装の新調を迫られるメル。弱小ストリーマーであるメルは、配信で得られる収入と衣装代がほぼトントンという悲しい現状を背負っていた。

 5分ほど腰を下ろして体を休めたところで、メルは再び立ち上がって高速道路沿いを歩き始めた。鬼の100体斬りによって失われた体力は既にほぼ回復している。

 実に人間離れした回復能力である。


 「1度に100体も鬼を殺したのは疲れましたけど、まとめて殺せたのはよかったかもしれませんね。1体ずつ延々と出てこられても鬱陶しいですし」


 周辺の鬼は一掃されているため、メルの歩みを妨げるものは現れない。メルには鼻歌を歌う余裕すらあった。


 「あっ!皆さんあれ見てください!」


 鬼との戦闘の場所から歩くこと10分。高速道路に沿って交差点を曲がったところで、メルは喜びの声を上げた。

 メルが指差す前方には、高速道路に入るための料金所らしき施設がある。料金所から高速へと登っていく道も見えた。

 それはまさしく、メルが探していたインターチェンジに他ならない。


 「インターチェンジありました!これで高速に上がれそうです!」


 目的の施設を発見できた喜びそのままに、メルは料金所に向かって駆け出す。

 料金所を発見した時点でメルとの距離は100mほど離れていたが、メルはその距離を10秒と少しで走り切った。


 『はっやい』『世界新では?』


 人類最高峰クラスの走力で料金所に到着したメルは、高速道路に上がる前に一旦料金所の中を覗き込んだ。


 「わ~、これもハリボテですね」


 料金所には内装が存在していなかった。それは言うなれば料金所の外装を持つただの箱。先程見たビルと同じハリボテだ。


 「この街にあるものは全部ハリボテなんですかね?」

 『そうなんじゃない?』『その街のことはもうメルにしか分からないから』

 「まあ料金所が空なのはありがたいんですけどね。メル今お財布持ってませんから」


 そしてメルは料金を踏み倒して料金所を通過する。

 ランプウェイを徒歩で登って高速道路へ近づいていくと、やはり車の走行音のようなものが聞こえてきていた。


 「車が走ってるんですかね?ハリボテだらけのこの街に……まあ、行ってみれば分かりますよね」


 走行音は疑問だが、実際に高速道路をその目で見ればその正体はすぐに分かることだ。ランプウェイの半ばであれこれ考える必要は無い。

 そうしてランプウェイを登り切ったメルの目の前を、高速で何かが通り過ぎた。


 「わっ」


 驚いたメルは僅かに後退る。

 高速の物体はいくつも目の前を通過していく。それが車のような形をしていることはメルの目にも見えたが、あまりに速度が速すぎるために物体のディテールを捉えることができない。


 「アウトバーンじみてますね……アウトバーン見たこと無いですけど」


 車らしき物体の速度は時速100kmでは利かない。その無法な速度に、メルは速度無制限区域を持つ高速道路であるアウトバーンを連想した。

 と、メルは不意に強い嫌な予感を覚え、咄嗟にその場から大きく飛び退いた。

 直後、一瞬前までメルが立っていた場所に、車らしき物体が一切速度を落とさずに突っ込んできた。

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