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第11回桜庭メルの心霊スポット探訪:相来寺 前編

 「皆さんこんばんは、心霊系ストリーマーの桜庭メルで~す」


 もうすぐ深夜に差し掛かろうという時間帯、メルは人気のない路上で配信を始めた。


 「桜庭メルの心霊スポット探訪、今日は第11回なんですが~……その前に1つ、皆さんにお知らせしたいことがあるんです」

 『こんばんは~』『待ってた』『お知らせ?』『なんだろ』

 「なんと……メルのチャンネルの登録者数が、1万人を突破しました~!わ~、パチパチパチ~!」


 人目が無いこともあって、路上で盛大に拍手をするメル。激しく手を打ち合わせる音が、静かな夜によく響いた。


 『おおおお!!』『おめでとう!』『やっと1万行ったか~』


 視聴者達からも続々と祝いのコメントが寄せられる。


 「いや~、行きましたね1万人。登録者数1万人がメルの最初の目標だったのですごく嬉しいです!ただね~……メルちょっと納得いってないことがあって」


 満面の笑みから一転、眉を顰めて不満を表明するメル。


 『納得いってないこと?』『何?』

 「前回の配信の後に登録者数が1万人を突破したってことは、当然前回の配信を見て新しくチャンネル登録がしてくれた人がいた訳ですよ」

 『そりゃそうだ』

 「で、そういう人達がしてくれたコメントを、メルは読んでみたんです。そしたらですよ!」


 びしっ!とメルはカメラに人差し指を突き付ける。


 「『銀髪の女の子が可愛かったので登録しました』って書いてあったんです!」


 銀髪の女の子というのは、メルが前回の配信中に出会った幾世守(きせもり)燎火(りょうか)という少女のことだ。「祓道(ふつどう)」という魔法のような不思議な力を使う少女だった。


 「1万人突破の切っ掛けが、たまたま配信に映ったチャンネル無関係の美少女って酷くないですか!?なんか1万人突破記念を幾世守さんに搔っ攫われた気分なんですけど!?」

 『草』『キレすぎだろ』『まああの子可愛かったもんな』

 「ですよね!?可愛かったですよね!?」

 『いやなんで可愛いことにまでキレてんだよ』『キレすぎて訳分かんなくなっちゃってるじゃん』

 「……まあ実際別に怒ってはないんですけど。1万人超えたの普通にめっちゃ嬉しいですし」

 『なんなんだよ』『情緒がおかしい』


 5分ほど視聴者とのじゃれ合いを楽しんでから、メルは今回の配信の本題に入った。


 「今回の配信はですね、視聴者さんから『行ってみてほしい』ってリクエストしていただいた心霊スポットに行ってみようと思います!えっと、ちょっと待ってくださいね……」


 メルはポケットから、視聴者のリクエストをプリントアウトしたA4用紙を取り出す。


 「読みますね。

 桜庭メルさんこんにちは、いつも配信楽しく見させてもらっています。

 私の地元に相来寺というお寺があるのですが、そこには女性の幽霊が出るという噂があります。

 この噂が本当なのか気になっているのですが、私は怖くて確かめに行けません。

 メルさん、どうか配信でこの噂が本当か確かめてください。お願いします。

 ……とのことですね~」


 メルは簡潔なリクエストの文章を読み終えると、紙をポケットに仕舞ってカメラに視線を戻した。


 「という訳で、今日はこの相来寺というお寺に行ってみて、本当に女の人の幽霊が出るのかを確かめてみようと思います!」

 『なんかいつになくシンプルな配信になりそうだな』

 「そうですね~。でもたまにはこれくらいシンプルな回があってもいいですよね。毎回毎回凝った怪異ばっかり配信してたら胃もたれしちゃいますから」

 『凝った怪異って何だよ』

 「相来寺はここから5分くらい歩いた場所にあるんで、早速行ってみましょう!」


 メルはカメラに向かって宣言すると、張り切って夜道を歩きだした。


 「メルね、心霊スポットで配信する時、一応その場所のこと事前にネットで調べるんですよ」

 『そんなことしてるんだ』『意外かも』『メルはもっと脳死で心霊スポットに突撃して力技で生還してるイメージだった』

 「ちょっと!メルのことなんだと思ってるんですか!?」

 『ヤバい奴だと思ってる』

 「ぐうっ……」


 何も言い返せなかったメルは、辛うじて「ぐうの音も出ない」という状況だけは回避した。


 「は、話を戻しますけど!そんな感じでメルも一応下調べはしてるんで、今日行く相来寺のことも調べてみたんですよ。そしたら地図とかは出てきたんですけど、幽霊の話は全然出て来なかったんですよ」

 『ガセネタってこと?』

 「ガセとは思いませんけど、本当に地元でしか知られてないようなマイナーな噂なんじゃないかな~って。正直、今回の配信は空振りで終わっちゃうかもしれません」

 『心霊系の配信って空振りが普通なんだけどね』


 本来幽霊や怪異に遭遇することは非常に稀なのだが、第3回の配信以降毎回何かしらの幽霊や怪異に遭遇しているメルは、その辺りの感覚が完全に麻痺していた。


 「もし幽霊出なかったらどうしましょう。アドリブダンスショーとかやってみましょうか」

 『メルってダンスできるの?』

 「学校の授業でやりました!」

 『あんまできなそうだな』

 「あっ、見えてきましたね相来寺」


 メルの進行方向に、小ぢんまりとした山門が見えてきた。その山門こそが、今回の目的地である相来寺の入口だ。

 メルは小走りで山門に向かい、カメラを持つサクラもそれに追従する。


 「皆さん到着しました~。ここが相来寺です!」


 山門の側に立ってカメラにアピールするメル。山門は近くで見るとかなり年季が入っていた。


 「早速中に行ってみましょう!」


 メルは勇んで山門をくぐった。

 相来寺の境内は山門から20mほど離れた場所に本殿があり、その右側には寺務所らしき建物がある。そして境内の左手には、山の斜面に沿って墓地が広がっていた。

 本殿や寺務所はあまり大きくないが、墓地の方は中々の広さだ。


 「おお~……お墓の方は結構雰囲気ありますね。幽霊出るとしたらあっちの方でしょうか」

 『暗っ』『幽霊出そ~』


 相来寺の具体的にどの辺りに幽霊が出るのか、メルは詳しいことを知らなかった。


 「とりあえず境内を色々見てみましょうか。まずは~……本殿の周りを1周してみますね」

 『墓地行かないの?』

 「お墓は最後にします」


 配信を盛り上げるために最も幽霊の出そうな墓地を最後にするという、メルのストリーマーらしい判断だった。

 墓地を後回しにし、本殿や寺務所の周囲を探索するメル。

 しかし見つかったのは野良猫が1匹だけで、幽霊は影も形も見えなかった。


 「ん~、何もいませんね~。という訳で、いよいよお墓の方行ってみましょうか」


 10分ほど境内を探索した後、メルは満を持して墓地の方へと向かった。


 「とりあえず1番上まで行ってみましょうか。こういう時は最初に1番上から全体を見てみるのが1番ですから」

 『何回1番って言うんだよ』『前回も最初に1番高いとこ行ってたよな』『ナントカと煙は高いところが好きって言うもんな』

 「あ~!?今メルのことバカって言いましたか!?」


 視聴者に揶揄われながら、メルは墓地の石段を登り始める。

 すると。


 「きゃあああっ!!」


 墓地の上の方から、女性のものと思われる悲鳴が聞こえてきた。


 「悲鳴?ちょっと行ってみましょう」


 メルは即座に走り出し、高速で石段を駆け上がる。

 悲鳴が聞こえたということは、誰かが幽霊を目撃した可能性がある。或いは人気のない墓地が犯罪の現場になっているかもしれない。

 いずれにせよ、メルが駆けつけない理由はなかった。

 石段の1番上まで登り切ると、そこは開けた場所になっていた。特に何か用途のある空間ではないのか、人工物は見当たらない。


 「うわっ、何あれ……」


 広場の中心に鎮座しているものを見て、メルは思わず顔を顰める。

 それは異形の怪異だった。姿形は人間に近いものの、普通の人間の倍近く大きい体格を持つ怪物が、四つん這いになっている。怪異の手足は異常に長く、四つん這いになったその姿は蜘蛛を彷彿とさせた。

 そして怪物の口から伸びているこれまた異常に長い舌の先には、先程の悲鳴の主と思しき若い女性の姿があった。意識を失っているのか、地面に倒れたまま動かない。


 「ヒヒヒ……」


 怪異は耳障りな笑い声を零しながら、舌先をゆっくりと女性に近付けている。

 怪異は女性を捕食するつもりだ。メルはそう直感した。


 「てやああっ!」


 メルは瞬時にスカートの中から包丁を抜き出し、怪異へと躍りかかった。

 包丁の刃が月の光を受けて煌き、次の瞬間、切断された怪異の舌が放物線を描く。

 名状しがたい叫び声を上げながら、苦痛にのたうつ怪異。その隙にメルは錐揉み回転しながら跳躍する。

 怪異が受けた苦痛を怒りに転化する頃には、包丁の刃は既に怪異の首筋に迫っていた。


 「やあああっ!!」


 高速で錐揉み回転するメルは、怪異の首筋に一瞬で5回包丁の刃を叩きつける。だがその攻撃は最早過剰ですらあった。

 遠心力によって絶大な威力を獲得した刃は、いとも容易く怪異の首を刎ね飛ばした。

 メルが着地するのと同時に、怪異の体はボロボロと崩壊を始める。


 「ふぅ……」


 メルは小さく息を吐き、振り返って崩れ行く怪異の姿を見上げた。


 「……これが、噂の幽霊だったんですかね?」

 『殺してから言うなよ』『せめて疑問に思ってから殺せよ』

 「しょ~がないじゃないですか、女の人襲われてたんですから」


 メルが女性に目を向けると、丁度女性が立ち上がろうとしているところだった。


 「あっ、大丈夫ですか?怪我してないですか?」


 メルの問い掛けには答えず、女性は無感情に服の土埃を払う。

 そして顔を上げると、女性の瞳は血のように赤く、瞳孔が爬虫類のような縦長の形をしていた。


 「やはりあの程度の雑魚ではあなたの相手にならないようね、桜庭メルさん?」

 「えっ、メルのこと知ってるんですか?」

 「ええ、よく知っているわ」

 「もしかしてメルのファン……じゃ、なさそうですね」


 メルがそう感じたのは、女性の表情が理由だ。女性の表情に好きな配信者と会えた喜びの感情はなく、メルを揶揄うような表情を浮かべている。


 「あら、私は桜庭さんのファンよ?」

 「本当ですか?ありがとうございます」


 女性はクスクスと悪戯っぽく笑っている。やはりメルにはその女性が自分のファンとは思えない。


 「まだ名乗っていなかったわね」


 女性はスカートの裾を摘み、優雅にカーテシーをする。


 「初めまして、私の名前は常夜見(とこよみ)魅影(みかげ)。怪異使いよ」

 「怪異使い……?」


 知らない職業に首を傾げるメル。ただ「怪異を使う」という字面から言って碌な職業ではなさそうだ。


 「怪異使いはその名の通り、怪異を使役することを生業とする者よ。私は家族ぐるみで怪異使いをしているの」

 「へ~……祓道師とはまた違うんですね」


 メルが知る唯一の怪異に関する職業である祓道師は、怪異を退治するのが仕事だ。

 魅影の言う「怪異を使役する」というのがどういうことなのかはメルには分からないが、退治と使役では畑が違うことは明らかだ。

 そしてメルが祓道師の名前を出した途端、魅影はゴキブリでも見つけたかのように顔を顰めた。


 「祓道師なんかと一緒にしないで頂戴。あんな物の価値も分からない蒙昧な連中と同列に見られるだなんて不愉快だわ」

 「うわすっごい悪口出てきた」


 祓道師と怪異使いが相容れないことは、魅影のその言葉で察せられた。


 「それで、その怪異使いの常夜見さんはこんなところで何してたんですか?話の流れからすると、さっきの怪異は魅影さんが使役してたってことですか?」

 「察しがいいわね。ええ、その通りよ」

 「……ひょっとして、メルにリクエストを送ってきたのも常夜見さんだったりします?」


 魅影は驚いたように目を僅かに見開いた。


 「あら、そんなことにまで気付いたの?あなたってとっても鋭いのね」

 「やっぱり……」


 メルの推測に明確な根拠は無かった。ただ相来寺に現れた怪異が魅影の使役したもので、メルに遭遇させるのが狙いだったとするならば、メルをこの場に呼び寄せたのも魅影の仕業ではないかと考えたのだ。

 そしてその推測は見事に的を得ていた。


 「相来寺に幽霊が出るっていう噂も、そもそも噓だったってことですか?」

 「そうね」

 「なんでそんなことしてたんですか?」


 メルに虚偽のリクエストを送って誘き寄せ、使役する怪異に自らを襲わせるふりをさせ、その怪異をメルに殺させる。実に手間のかかった狂言だ。

 一体何故そんな狂言をしたのかと、メルは魅影を問い質す。


 「そんなの決まっているじゃない。あなたの力を確かめるためよ」

 「メルの力?」

 「ええ。けれど失敗だったわ。さっきの怪異では、あなたの力を測るには弱すぎた。もっと強い怪異をぶつけるべきだったわ」


 悩ましげに溜息を吐く魅影。


 「メルの力なんて測ってどうするんですか?」


 メルのその質問には、魅影は答えない。


 「あなたの力を知るためには、やっぱり私のお気に入りをぶつけるしかなさそうね」


 魅影はそう呟き、ペロッと赤く綺麗な舌を出した。

 外に露出した舌の表面には、幾何学的な紫色の紋様が刻まれている。


 「おいでなさい、『荒羆(あらひ)』」


 魅影が不思議な響きを孕んだ声でそう言い放つと、メルと魅影との間の地面に、直径2mほどの紫色の紋様が出現した。その紋様は魅影の舌にあるものとよく似ている。


 「なっ、何!?」


 地面の紋様が強い光を放ち、メルは困惑しながら左腕で目を覆う。


 「グアアアアッ!!」


 紋様から荒々しい咆哮が聞こえてきたかと思うと、紋様の中から巨大な影がずぶずぶと這い出して来る。

 姿を現したのは、大きな熊だった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 視聴者達が何故オカルトを普通に受け入れているのかとか 世間の反応とか蜘蛛退治後の村はどうなったのかとか 気になるところが全く書かれない
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